第41話 いざ向かうはタンニシ王国
「もしかすると、匂いに追跡されていたのかもしれんの」
おれの腕についた匂いを嗅いだあと、キングのヘルツさんが言った。
その口調はこれまでとちがい、緊張が増した感じがする。
「スメル元帥の匂いに?」
あの特有なビャクダンの香りといえば、スメル元帥しか思いつかない。
「嗅商王国の魔嗅士は、匂いで尾行するくらいの技は持っておるからの」
なぜか「鼻腔」という文字が頭に浮かぶおれ。
それだけパニックになってるということか。
説明によると、嗅覚エネルギーでつくりだした影を遠隔から操る嗅魔術なのだそう。
つまり嗅商王国で初めて相手をとらえたときから、あれはスメル元帥の影で、おれたちはずっと影を追いかけていたということか。
······なんてこった······アホやん······。
でもそれだけ技が秀逸だったんだろう。
で、本体はどこにいるんだ?
やはり母国の嗅商なのかな。
さらにキングがこう言った。
「あるいは蔵の鍵を盗んだのも、こうして後をつけることまで目論んだうえで、わざと君たちに蔵の鍵を奪い返させたのかもしれん。スメル元帥は策士としても名高いからの」
マジか、なんて計算高いんだ。
たしかに蔵へ向かう体育倉庫の入り口は、キングが立ち会わなければ開けられないはずだ。
ということは、おれたちが鍵を取り返したあとにキングが必ず一度は蔵へ向かうと踏み、そのときを狙って侵入してきたということか。
まあ冷静に考えてみれば、この世界で右も左もわからんおれたちなんかが、魔嗅士として名の通ったヤツを相手に鍵を奪い返せるはずがないもんな。
まさにスメル元帥は権謀術数をめぐらす武術家ってわけか······まったく油断ならんな。
「神具を狙っていたんでしょうか?」
「こっちにこれだけ残り香があるということは、おそらくはだいじょうぶじゃろう。しかも一度閉められた扉は、中から開けるのは不可能とされておる」
であれば、仮にスメル元帥の一部が中に入っていたとしても、神具を盗み出される心配はなさそうだな。
中には得体も知れない化け物もいるわけだし。
おれたちはその場から離れて歩きだした。
しばらく進んだあと、おれは鼻の利くチャウ丸に聞いた。
「まだ気配はある?」
「もうだいじょうぶかも」
自分で腕の匂いを嗅いでも、もうビャクダンの匂いは感じない。
まさかこんな場所でスメル元帥から接近されることになるとはな。
「ところで、どうでしたかね?」とキングが斎蔵のことをみんなに問いかける。
「たしかに見ました」
「なんかすごかった」
「セクシーだったわ」
まあ、神具に色っぽいほど不思議な魅力はあったかもね。
「からだに変化を感じておりませんか?」
そこでおれは自分のからだに意識を向ける。
さっきからずっとジンジンしているのは、興奮したせいだと思っていたが、神具に近づいたことによる変化なのかな。
「カラダの奥底からみなぎるものを感じます」とこぶしをにぎるチャウ丸。
どうやら同じような感覚を受けているようだね。
「君たちはあの蔵に入ったことで、神具が放つ五感エネルギーを浴びることになったんじゃよ」
なるほど、このからだの痺れは神具のパワーによるものだったのか。
そしてヘルツさんはこう述べる。
「その力を携えて、これからタンニシへ向かおうぞ」
えっ、へっ······どういうこと? タンニシ王国へ?
おれたちは無言で顔を見合わせるのみだ。
どうやら蔵を訪れて終わりというわけではなさそうだ。
にしても、前よりもヘルツさんの声が力強く感じるのは気のせいかな。
「君たちには、ヒトだけにしか持てない特殊な力があるからのう。神具の力と融合することで、新たな可能性がひらかれると見ておるわけですな」
そうか、だからおれたちをここまで連れてきたということか。
まあ、ただのサービスで大切な神具を見せてくれるほど、気前がいいはずはないもんね。
それだけこの先に危険が待っている可能性があるってことかもしれない。
てなわけで、これからタンニシ王国へ向かうわけね。
もちろん目的は、いなくなった娘さん探しなのだろう。
えーっと、タンニシ王国に関する予備知識はと······
たしか味覚を重んじていて、季節神は夏の味雀だったっけ。
そういや初めてキングと城で会ったとき、あそこは味にうるさいとか言ってたような。
グルメの国なのかわからんが、娘さん探しを決めたキングが行こうというのなら、これはちょっと断れない。
タンニシ王国とヤメーメ王国は交戦の歴史があるわけだし、訪れたとて歓迎されるとは限らないもんな。
ほんとにヤバかったら、誰かが助けてくれるっしょ。
誰かって誰だ?
ま、いーや。
ここは頭を凍結させて考えを遮断してと。
そこでキングが言った。
「神具に触れてはおらんですな?」
うっ――おれたちは声につまる。
「これをつけて、ちょっとだけ」と正直に手袋を見せるチャウ丸。
「だったら問題あるまいね。わしもきちんと説明しておらんかったからね」
そこでホッと胸をなでおろすおれたち。
必ずしも触ってはいけないものでもなかったようだ。
おれはさっきの蔵の神聖な余韻をからだに感じながら、キングの後ろを歩いた。
まもなくして前方に湖が見えてきた。
まさに地底湖といったところか。
「行き止まりでしょうか?」
「あれに乗っていこうぞ」
キングの声の先には、大きめのスワン。
なぜまたこんなところに?
なんだか、さらに危険な方向へ向かってる感じがするのは気のせいかしら?
ちっとも良い予感がしないんですけど。
イヌはね、嫌な予感にはすこぶる敏感なんですよ。
とかなんとか心でブツブツ言いながらも、おれは怯えながらスワンに乗り込んだ。
どうかこんなわけのわからん場所で沈没しませんように。
ここぞとばかりにヤメーメの聴神様に祈ったわけだ。




