第4話 地球の品をマガハラ大陸へ持っていく
それにしても冬が深まり寒くなってきましたね。
宿屋の物置の穴から頭を出したときには、すっかり二本足の人間の姿に戻っているんだから、“これこれ”とうれしくなったよ。
変化したこのからだに文句を言うのは、万有引力にケチをつけるようなものだもんね。
きっとこれは何かの揺るぎない原理によるものだろうから、有り難く受け入れるのみだ。
育ちがテキトーなおれは服なんて着たことがなかったから(たまに散歩で服着たスマシ顔のイヌは見かけるが)、人間の姿になったことでまとった麻の服に気分が上がるぜ。
このザラザラ、チクチク感が、またいいじゃないですか。
服って、たいていチクチクするものなんでしょ?
コンコンコンコン――
階段をのぼってくる音が聞こえ、扉の先からリナが姿を現した。
「おはよう。寝心地はどうでしたか?」と掃除のハタキを手に持つリナ。
「ああ、よかったよ」とおれは親指なんかを立ててみる。
人間の姿になったことで、心化粧だってバッチリさ。
そこでおれは布に巻いた二本の鳥の骨を差し出した。
いちおう水でざっと洗ってはある。
「現物で申し訳ないけど、換金する時間がなくて······」
リナは顔を近づけ、目を輝かせながらこう言った。
「このような骨はヤメーメでは見かけないし、ほんとに人間の世界の物を持っているのね。きっとあなたは人間なのよ」
こんなもので感動してもらえるなんて、あいすみませんって気分だ。
食べ終えた骨を何かに使ってもらえるなら、エコにもよさそうだよね。
「さっそくパパに渡してくるね」と言ってハタキを放り出して階段を駆けて行った。
あの様子だと、たぶんこの宿の一泊分の宿泊料にはなったみたいだな。
これでとりあえずは怪しまれずにすむだろう。
〈どんな世でも、金のない者には冷たいもんだからね〉
さてどうしようか――
とりあえず宿の外がどうなってるか気になるし、村に出てみるか。
そしてキングとやらに会って、海に沈んだ伝説の大陸について少しずつ探りを入れていこう。
◆◇◆◇
宿屋の階段をおりていくと、下で待っていた宿の主人から声をかけられた。
「一泊分のお代金はたしかに頂戴しました。いやあ、すごい品でした。お出かけですか?」と、にこやかな主人(あとでわかったが、カンポさんという名前らしい)。
宿代を払ったことで、前より感じがいいな。
「ヤメーメ王国の長に会いに行こうと思いまして」
「だったら通りを右に真っすぐ行った先の城ですよ」
へえ、ここには城なんてものがあるんだな。
キングというくらいだから、威厳のある国王みたいな風格かもしれないな。
何百年も続く王朝には公爵や伯爵なんかがいて、由緒ある騎士団が組まれ、ヤメーメ王国を護っているなんてこともありそうだ。
ただ宿屋を出て通りを歩いたかぎりだと、商業都市という感じはしない。
いたるところに木が茂っていて畑もあるし、のどかな村って雰囲気だ。
木に果実もなってるし、グローバルな物流が根づいた人間界とはちがい、おそらくは地産地消が基本なんだろう。
もちろんタワマンなんてもんはどこにもなく、空を思いっきり見渡せて、藁葺き屋根の木造建物集落が見える。
国土を占める森林が多い日本の木造建築の伝統は、古代から常に木が身近にあったからだと聞くが、ここも日本に似た文化を持ってるってことか。
しかも秋を象徴する竜胆や金木犀みたいなのを見かけたが、こっちの世界にも季節の移り変わりはあるのだろうか。
にしても、これまで犬小屋が生活拠点だったからか、アウェイ感がハンパないな。
いかにも、ほかのイヌが使ってる首輪をつけられてリードを引っぱられるかのような違和感があるぜ。
繊細な方にはわかってもらえると思うけど、知らない場所をひとりで歩くのって、自分が世界から切り離されたような感じがするよね。
さっきから胸のドキドキもずっとおさまらんし。
ええ、わたくし、小心者なんす。
そこで第一村人を発見――。
おぉ、やはりめちゃんこケモノっぽい姿だな。
遠目からでも顔の毛がフサフサしているのがわかるからね。
両替所の看板を見つけたので近づき、容貌がアライグマ風の両替商のおっさんに声をかけた。
「えーっと、換金してもらいたいのですが······」
両替商はおれの顔を穴があくほどじーっと見ている。
顔に何かついてます?
あっ、この顔が珍しいんだな。
たしかに顔が毛深い両替商よりは皮膚がつるっとしてるもんな。
まあおれはイヌの経験もあるから、おっさんのフサフサ感もよくわかるんだがね。
「どういったものをお持ちですか?」とやや緊張した口調で言う両替商。
おれは家の庭先から持ってきた古いゴムボールを差し出した。
勝手に拝借してきたものだが、おれが遊ぶための玩具なんだし、まあ問題ないっしょ。
両替商はゴムボールを仔細に観察したあと、ぼそりと言った。
「こ、これはすごい······」
······えっ、そうなの?
こんなの二束三文にもならんと思ってたんだが。
「どちらで仕入れてきたものでしょうか?」
「えーっと······知人から譲り受けたんです」
なんだか貴重品みたいな扱いを受けてるから、ボロボロになるまで遊び倒したゴミですよとも言えない。
「まさかボールの天然ものを、この目で拝めるときが来るなんて······」
?? ボールの天然ものってなんだ??
天然うなぎみたいに言わないでよって感じだけど。
感動の雷雨に打たれんばかりの両替商は算盤をはじき、けっきょくヤメー5枚と交換することになった。
はじめて手にしたヤメーという貨幣は、五百円玉くらいのサイズの銅貨だ。
あの宿の一泊代がヤメー2枚だから、あんなボールで二泊分にもなるのか。
なんだか海老で鯛を釣ったみたいな感じだな。
さりげなく通貨の価値について聞き出したんだが、両替商の話だと、ヤメー100枚で江戸時代の一両なんだそう。
“両”なんて通貨で言われてもわかりづらいが、これも人間界への憧れによるものなんだろう。
一両はたしか今の日本のお金で十万円くらいだったはずだから、ヤメー1枚がだいたい千円くらいだと思われる。
ちなみにヤメー半貨が五百円で、ヤメー賤貨が百円くらいだ。
つまり五千円ゲットしたようなものだ。
〈とはいえ、ここはよく知らない世界なんだし、浮かれず大事に使わないとな〉
人間がお金を稼ぐのは大変なことだと聞くし、ジーコのパパも含め、みんな汗水垂らして頑張ってるみたいだもんね。
そしておれは、ヤメーメ王国の城へ踏み込んでいくことになるわけだ。
いつか動物の考えを完璧に理解する時代が来るんでしょうかね······




