第35話 宝をおさめる蔵へ潜入
弥生月の到来ですね。じっさい弥生は3月下旬頃〜らしいですが、まあよしと。
城を出たところで、シャムりんがキングに声をかけた。
「嗅商王国も神具を求めているの?」
「おそらくはタンニシ王国もガワヤナ公国も」とキング。
おれは瞬時に頭を働かせる。
「つまりほかの国は、ヤメーメの蔵の中にある神具も狙っているわけですね?」
「まさしく。だからこそ慎重にならんといかんわけですな」
ということは、蔵の中に入るときはいつも、キングの付き添いが必要なのかもしれない。
当然だけど、だれもが好きなときに自由に行ける場所ではないのだろう。
そんな蔵はこの城のどこにあるんでしょうね。
おれはふと思いついたことをキングに尋ねた。
「聴神様はどのようなお方なのですか?」
スマホのことは省いたうえで、能力を見てもらったことも伝えた。
やっぱりあの半神半木の謎じいさんのことは気になるからね。
「ヤメーメ王国とあの方は古くからの付き合いじゃ、ホッホッ」
ずいぶんラフな感じだな。
信仰しているというより、まるで旧友について語ってるみたいだ。
キングは聴神様について聞かせてくれた。
なんでも王国が安定していた大昔に、時の王様が異父姉の間にできた息子から謀反を起こされ国が荒廃し、聴神様が特殊な力で国を平静に戻したことがあるのだとか。
その皇子は頭がよく狡猾で、当時ヤメーメの重鎮だった伯爵の願いを聞くふりをして命を奪ったそうで、その残虐さに報いを与えるべく聴神様は皇子の捕らえ、“三十歳になるまでのあいだ、日の光に当たればおぬしは死ぬだろう”という不吉な呪いをかけてマガハラ大陸の地下深くに幽閉したらしい。
しかも戦闘の神だけあって武術に通じ、過去には武術指導で国を支える優秀な騎士を何人も輩出したとのこと。
そして時の王様に、真の幸福とは浅薄な宮廷でなく、簡素な暮らしの中にこそあると教えを説いたそうだ。
この話から推測するに、やはりあのじいさんの年齢は相当なものかもしれない。
まあ、完璧な神様というより半分は植物みたいだし、何百年も生きる大木はたくさんあるもんね。
そして一行は校庭風の広場の真ん中を進んでいく。
「あの方は敬うべき占星術者であり、時として妖術者でもある。これまでも未来を見通す力で幾度となく戦いの行方を予言し、ずいぶん助けられたでの。そして古い時代において、あの方は我々ヤメーメに三つの助言を残された。
一つ、女性たちを丁寧に扱うこと。
二つ、耳を澄まし続けること。
そしてもう一つは、神具を護り抜くこと。
我々はその三つを国の金科玉条とし、貫いてきたわけです」
「すばらしいじゃない。女性も猫も大事にすべきよ」とシャムりんがおれに向かって言った。
猫として暮らしていた頃は、雄猫とのいざこざでうんざりすることが多かったという話を、以前シャムりんからチラッと聞いたことがある。
「中世ヨーロッパでは、猫は魔女の手先だと嫌われて虐待されてたのよ。その点、イヌは江戸の将軍様に大事に保護されていいものよね」
シャムりんはたぶん「生類憐みの令」のことを言ってるのかな?
時の将軍、綱吉様は犬公方なんて呼ばれてたんだっけ。
まあイヌだって、挙げたら切りがないくらいキツい過去はあるだろうけどね。
そしてキングはぼそりとつぶやく。
「ただあの方でさえ、娘の居所まではわからんようじゃ」
キツい過去を持つ方は、すぐそばにもいるわけだ。
そこで厠に行っていたチャウ丸がスッキリ顔で戻ってきて言った。
「やっぱあの麺、腐ってたみたいだな」
大衆食堂で食べたのは、たしか〝オジャパ麺〟というものだったっけ。
あのときおれもひとくちもらったけど、だいじょうぶかな。
なんか急に心配になってきた。
あらためてこの大陸の食べ物は油断ならんね。
キングのヘルツさんは百葉箱の横を通過しさらに先へ進み、まもなくしてうら寂しい石の建物が現れた。
鉄の扉には厳重そうな太い錠がなされてある。
そこでキングは歩みを止めて振り返った。
「ここですな」
えっ、これって――。
「体育倉庫······ですか?」とおれ。
「まあ、そんなところです。ただその中は我々にとって大事な空間ということになりますな」
そこで建物の陰からブタ顔の蔵守、クラさんが現れた。
その手にはしっかりと例の鍵がにぎられている。
クラさんはチラッとこちらを見たあとに、「それでは開けさせてもらいます」と緊張した声で言った。
おそらくこの蔵の開け閉めは、蔵守の大切な仕事なんだろう。
おれたちは緊張しながら、その作業を見守る。
クラさん、落ち着いて! ゆっくりね!
カチッ。
おおっ!
錠がはずされ、慎重に扉を開けていくクラさん。
ギギギギッ。
外の光が少しずつ扉の中へ射し込んでいく。
「どうかご無理はなさらないでくださいね」
眉を八の字にしたヒアリー夫人。
「ああ、心配はいらんよ」
ヒアリー夫人はゆっくりとうなずき、ヒアリングなる大きなピアスがチャリンと揺れた。
なんだか誰もが憧れる鴛鴦夫婦ぅ〜な感じがしますね。
そしてヘルツさんは扉の前で手を合わせ、なにやらブツブツ。
ん? おまじないか何か?
「さあ、行きましょう」
ブツブツを終えたキングが入っていき、おれたちはそのあとに続く。
では、ごめんあそばせ、と――。
すぐにほこりっぽい匂いが鼻に届いた。
ずいぶん薄暗いが、扉はこれ以上開けないらしい。
外から入る光が照らすのは、体育倉庫の定番と言えるサッカーボールや金属バット、バレーのネットや器械体操のマットなど。
地面がうっすらと白いのは、ライン引きによる石灰か。
さらには、乾いた草が入ったガラス瓶や荷馬車の車輪、大きな皮袋や酒樽、パン籠、ランタン――
うーん、神具はどこにあるんだ?
こんなところに置いてたら、ほこりと石灰にまみれて、すぐダメになっちゃいそうだ。
ヘルツさんは三角コーンをよけながら前進していく。
そして三段かさなった跳び箱の前まで来たときに、前に歩み出た補佐のコウモリ顔が踏ん張った格好になり、跳び箱を動かしはじめた。
ズズズズッ――
おれはその様子に目をかっぴらいた。
胸の鼓動の音が部屋にもれてるんじゃないかってほどドキドキだ。
そのとき心臓がブルッと小さく震えた。
なんと跳び箱をずらすと、その場所に四角形の穴が現れたのだ。
コウモリ顔が一歩さがると、ヘルツさんがおれたちにうなずいた。
その表情は何も語らずとも、力強い覚悟のようなものがうかがえる。
この穴の中に隠してあるのか?――
ヘルツさんは顔を穴へ向けると腰を下ろし、その穴の中に足を入れた。
エッ、エッ、入るの?
よく見ると、そこには鉄梯子がある。
そうか、梯子を下りていくわけね。
うーん、マジか。怖すぎません?
だいじょうぶなんですかねえ。
キングの姿がすっかり穴の中に入ってしまうと、おれたちは顔を見合わせた。
「もちろん行くよね?」とシャムりん。
「ここまで来て引き下がる理由はないぜ」と腹痛から復活したチャウ丸。
ふたりをこの大陸に連れてきたのはおれなんだし、ここはしっかりしないとな。
ゆっくりとしゃがみこみ、慎重に梯子に足をのせてから下りていった。
ふたりがついてくる気配を感じているとき、上の明かりがパッと消え、完全な暗闇となった。
ひぃぃぃ、おっかねえぇぇ。
どうやら跳び箱が定位置に戻されたらしい。
下りてしまった以上、止まるわけにもいかんよね。
キングの気配もしっかり感じ取りながら、足だけ踏み外さないように気をつけ、不安をごまかすために一歩ずつ数える。
ひー、ふー、みー、やー······
でも途中から、わけがわからんくなって、やめた。
どれくらい下りたんだろう――。
ようやく地面に足が着いたときには、すでにグッタリって感じだ。
イヌの頃はふだん散歩をするくらいで、あまり運動してなかったからね。
よくもまあ、テーマパークであれだけ走り回れたもんだ。
チャウ丸とシャムりんも地面についたところで、ヘルツさんが言った。
「ここからしばらくは平坦な道が続くので、のんびり行きましょうか」
いまさらながらキングが半裸ではなく、皮のコートを着ていることに気づいた。
校長室では半裸だったのに、いつのまに?
やはりすぐに帰ってこれるわけではないんだろうね。
できればチャチャッと終わらせたいんだけどさ。
おれはあたりをゆっくりと見渡す。
薄闇が広がるそこは、まさに謎めいたマガハラ大陸の地底だった。
次から地下に潜っちゃいます。




