第31話 ひさびさ地球でバカンスめし
地球の回です。
マガハラ大陸にある宿屋の穴を抜けると、おれを先頭にして犬小屋へ向かう暗闇を四つんばいで進んだ。
前方に光が見えてきて、やがてその光が犬小屋の出口周辺に射し込んだ。
「げっ、いつイヌの姿に戻ったんだ? まったく変化している感じがしなかったぜ」と驚いた様子のチャウ丸。
「犬小屋を通ってるとき、意識が飛んじゃってるんじゃないかな」
じっさいおれもわからないから、こんな答えになる。
気づいたら元のイヌの姿になっているんだから、知らずに頭をどつかれて気を失ったんじゃないかって思うくらいだもん。
「ここが世界との境目ってわけね」とすっかり猫の姿に戻ったシャムりん。
ふたりは犬小屋を通じて元の姿に戻ったカラダを興味深げに見ている。
おれだってまだとんでも現象には慣れてないので、自分がイヌであることをあらためて再確認するわけだ。
犬小屋の出口の先には、地球の景色も見える。
「とりあえずここに泊まっていけば?」
犬小屋の中は遠くまで見通せないが、かなり広そうだ。
いったいどんなつくりになっているのかはまったくの謎だぜ。
「じゃあ、そうしようかな」とゴロンとなるチャウ丸。
「暗い場所はなんか落ち着くわね」
きっと猫はそういう傾向があるのだろう。
さてと寝るか――おれらはしばし睡眠。
朝の光が犬小屋の中まで届いてきたところで、「おーい、タタロオ」と外から声が聞こえてきた。
「なに?」と言葉には出ないが、モソモソと顔を出すおれ。
そこにはジーコが立っている。
「ほら、メシだよ」
ジーコが犬小屋を覗き込もうとしたので、おれはやんわりブロック。
「タタロオ、あまり犬小屋から顔を出さないけど、疲れてるの?」
ふつうだよ、と答えたいところだが、たしかに最近はいろいろあったもんな。
それが顔に出てしまっているのかな。
〝そっちは調子どうなん?〟って聞いてみたいが、そういう対話ができないのは残念だ。
するとジーコのほうからこう言った。
「俺も最近、ダルいんだよね。なにをしてもつまらないんだ」
クゥン(それって、いつものことなんじゃないの?)。
「イヌのお前にはわからないだろうけど、受験戦争ってのがあって、それがかったるいんだ。まあ、退屈なのは今に始まったことじゃないけどね」
だよね? 人生に退屈してるのは知ってますよ。
あたいもだてに長年あなたの飼い犬やってませんからね。
そしてグチを吐き出して満足顔になり立ち去るジーコ。
その背中を見ながら「あいつ、かなりニブそうだな」とチャウ丸が言った。
「でもあの人が、あっちの世界との通路を築いたんでしょ?」
「まったく、すげえものを作ってくれたもんだ。受験戦争ってのは聞いたことがあるな。たしか生徒が戦闘機に乗って撃ち合いまくるんじゃなかったかな」
「そうなの?」
人間界もいろいろと問題ありなんだな。
だったらジーコだってグチりたくなるか。
そこでチャウ丸が言った。
「タタロオはあのジーコの脳を部分的に共有してるんだな。だったらおいらはヒトの姿になったとき、だれの脳と共有してんだろ?」
「だれかの思念とか感じ取れない? イヌだった頃と考え方が変わったとか。まあ今もイヌの姿ではあるけど」
「さあね。おいらはもともとこんな性格だったからな」
じっさい、チャウ丸とシャムりんのカラダの変化はどうなっているんだろうね。
ジーコの様子からも、今のところはそれほど怪しまれてないらしい。
やはりマガハラ大陸で長く過ごしても、こっちではそんなに時間が経ってないようだな。
もともと村山家の人たちはニブいから、少々のことでは勘づかれることもないだろう。
そしてプレートにのったメシを犬小屋の中に引っぱり入れて、みんなで食事。
「ふだん、いいもん食ってんだなあ」と煮込んだカボチャを食べながらチャウチャウ姿のチャウ丸。
「べつにふつうだよ」と答えつつ、大好きなチンゲンサイを犬食いでほおばる。
村山家の残りメシとはいえ、やっぱウンメェなあ······コレコレって気分だよ。
あっちでは獣汗酒と、大衆食堂で簡単につまんだくらいで、たいしたものを食べてないが、どうも異世界だとそんなに空腹にならないっぽいんだよね。
おれは白を基調とした薄茶色の毛に覆われたシャムりんに言った。
「ヤメーメは聴覚を重んじてるわけだし、耳がいいシャムりんは、ヤメーメで官僚になれるんじゃないの?」
「いやよ。あたしはいつだって特別ゲストよ」とすっかり猫の姿に戻った尻尾を振る。
「げっ、パパとママが来た。奥に隠れて」
にこやかにパパが声をかけてきた。
「よお、タタロオ元気か」
クウン、なんて言ってみる。
当たり前だがイヌの姿に戻ったおれは、どんな言葉も口から出てこない。
「じつは今日からちょいと泊まりに行くんだ」
「だからごはんは、いつものところに置いておくわね」
ワゥン(まさかご旅行ですか、よろしいですなあ)。
村山家が旅行なんてほとんど奇跡だな。
どこにそんな金があるんだよ。
もしや宝くじでも当たったか。
パパママが離れて行ったあと、ジーコはわざわざ気を遣って、そのへんをサクッと散歩に連れてってくれた。
そのあいだ、何度もスマホをポチポチやるジーコ。
よほどおもしろいんだろうな。
チャウ丸の話によると、スマホはどんな孤独もブッタ斬ってくれるらしいし、ムダに傷つくくらいならスマホとよろしくやってたほうがいいって感じなんだそう。
人間様はすごいメカを発明したもんだ。
それでいて、このメカはあっちではステータスが見れるんだから、チャウ丸のスマホも重宝したいところだね。
ジーコはコンビニに立ち寄りサラダチキンまで買ってくれて(吝嗇家のジーコにしては奇跡だ)、散歩が終わるとおれのあごをコショコショしてから「わるさするんじゃないぞ」と言って離れていった。
ダルいとか言いつつ跳ねるように歩いてるし、よほど旅行をたのしみにしてたんだな。
まあ、五年に一度レベルのイベントだもんな。
ちなみにおれが連れて行ってもらったのなんて、せいぜいそのへんの河川敷ていど。
車の中ではシートを汚すなと、足をしつこく拭かれたり、けっこうメンドーなんだよね。
午後になると、村山ファミリーはスーツケースを車に積んで出発した。
おれが散歩に行っているあいだ、チャウ丸とシャムりんは地球の居場所に戻っていたようだ。
「いい飼い主じゃない」とシャムりんに言われ、おれは「うーん」とうなる。
飼い主を持たない彼らの手前、返答に気も遣う。
おれが知る感じだと、ああ見えてママはパパに対してうんざりしてるっぽいんだよな。
散歩のときにパパのグチを飽きるほど聞いてきたし。
どうも道楽好きのパパのやりたい放題がぜんぶ、ママの負担になってのしかかってるらしい。
“あんな人と一緒にならなきゃよかったわ”
ってセリフ、耳にイカができるほど聞いたからね。
ヒトはペットの前だとなんでもズケズケ言うみたいで、案外家族よりも本音を知っていたりするもんさ。
まあ、そういう人間ドラマはイヌにゃわからんから、うまくやってもらうしかない。
そこでチャウ丸が唐突に言った。
「おいタタロオ、昼間の『笑っていいんですか?』って番組、もうやってないの? グラサンの人のやつだけど」
「あー、どうだろう。そういうの詳しくないんだよね」
人間界の事情通のチャウ丸は、どこかにテレビを見れる環境を持っているのだろう。
同一人物かわからんが、グラサンの人がブラッと練り歩く番組なら以前、村山家の居間のテレビに映ってるのを見たことがあるな。
ただジーコが言うように、地球にいても退屈だとわかり(たとえテレビを覗き見たとて)、犬小屋でひと眠りしたあと、ヤメーメに戻ることにした。
「またしばらくこの姿とはお別れだから、一発吠えとくか」
そしてチャウ丸は犬小屋から外へ向かって豪快にbow-wow!
〝地球のみんな、達者でな!〟と聴こえなくもない。
がっしりとした体格と赤褐色の毛、愛嬌のあるクシャッと潰れたような顔を持つ彼のチャウチャウ姿は、ここでしか見られないもんね。
「それじゃ、あたしも」
ミャャ〜〜オ!
(宮尾?)
やはりシャムりんは、猫の姿でも色っぽいよなぁ。
彼女は伝説の三銃士では〝三蔵法師〟ってことになってるし、その威厳もプラスしてヤメーメの民もメロメロなんじゃないか。
じゃあ、おれもいっとくか――
ファゥゥヲヲヲヲン!!
うんうん、これはこれで溜まったものが発散できてわるくないな。
おれは赤茶の毛に覆われた自分のカラダに目を向ける。
しがない雑種犬を猛アピールしてるかのような、たいした特徴もない姿だ。
そんなつまらんカラダでも長い付き合いだし、永遠に失うのはやっぱり寂しいから、地球に戻れる犬小屋は死守しないとな。
なんと言っても、人間の姿はたまらなく気持ちいいし、ふたりもすこぶる気に入ってるみたいだからね。
加えて能力が開発されてるんだから、人間様の姿が楽しくないはずがない。
地球でのんびりしてたほうがラクだろうけど、ヒトの好奇心と使命感とやらで、すでに後戻りができないところまで来ちゃってるみたいだし。
困ったもんだが、これも人間の性というやつか。
そしてあっちに戻れば、いよいよヤメーメ王国の宝がおさまる蔵へ向かうんだな。
おれは興奮を抱えたまま、泥のような眠りをむさぼったわけだ。
おいタタロオ、「タコができる」は蛸ではなく胼胝ですぞ。




