第27話 帰還してミミの酒場
まもなく春ですね。
「死ぬかと思ったわ」
「命が何個あっても足りないな」
シャムりんとチャウ丸がクタクタ顔で言うのもわかる。
たしかに骨という骨が悲鳴をあげてるんじゃないかってくらい動き回ったからね。
おれたちは〈ミミの酒場〉に来ている。
テーマパークから帰っているあいだに、びしょ濡れになった服もわりと乾いたみたいだ。
でも頭は今もアドレナリンがバンバン出てるから、まずは神経を休めないとね。
喉だってカラカラだし――ということで、獣汗酒をゴクリ。
ふぃぃぃ――。
この謎のお酒をおいしく感じるほど、まだからだに興奮が残ってるぜ。
神経がたかぶってる時のアルコールは救いだな。
イヌがアルコールだいじょうぶなのって?
おれは人間のからだになったから、いいもんねー(乱暴な正当化)。
ジーコよ、お酒は二十歳になってからだぞ。
ようやくゆっくりできて、ありがたや、ありがたや――。
そしておれはふたりの前に鍵を差し出す。
「とうとう取り返したわね」
「これで億万長者か」
おれはあらためて、あのとき自分が聴いた声を思い出し、語彙力が許すかぎり正確に伝えた。
でもふたりは疲れているのか、さっぱり覚えがないの一点張り。
シャムりんにいたっては
「聴毒におかされて幻聴にうなされたのね」
と同情してくれる有り様だ。
あまりのふたりの無反応ぶりに、ほんとに自分の頭のほうがおかしくなったのかと疑いたくなったよ。
でもたしかに、頭の中にあの忌まわしい声の響きが残っている。
あれは幻聴なんかではなく、状況から判断してもスメル元帥のものだと考えると腑に落ちる。
そこでクマ顔の大工とシカ顔の漁師が近づいてきた。
「まさか嗅商で〝匂いの暗殺者〟とまで呼ばれるスメル元帥を退治するなんて、さすがは三銃士様」
ん? なぜかスメル元帥を仕留めたことになってないか。
おれは頭の乱れを鎮めながら聞いた。
「あのテーマパーク、なんなの?」
これは触れておかないわけにはいかない。
だってこっちは死にそうになったんだからね。
「ヤメーメ自慢の夢の国へ行かれたのですね」と大工は得意顔だ。
どこが夢の国だよ。
これまで犬小屋で見たどんな夢よりも悲惨な悪夢だったぞ。
「即刻、取り壊したほうがいいと思うよ」とチャウ丸が言うのも納得だ。
彼の説明によると、獣魔気を動力にして手づくりで頑張ってみたらしいが、安全テストなんて発想はなかったそうだ。
この世界の魔波を獣魔気に転換する施設がテーマパークの近くにあるらしく、そのためあのあたりは特に魔波濃度が高いのだとか。
だからあんなオゲレツロン毛な化け物がいたのかもしれない。
そしてクリアに思い出されるのは、おそらくはスメル元帥による思念の声と映像――。
もちろんすべてを理解することなどできないが、おれに向けたメッセージが含まれていたのはたしかだ。
(ウヌは声が聴ける者。
ウヌはつまらぬ雑種にあらず。誉れよ――)
あれはどういうことだったんだ?
声が聴ける?
今考えてもわけがわからんな。
ま、いーや。
また何かわかるときが来るだろう。
チャウ丸とシャムりんは民に囲まれ、優雅にも肩や足をもんでもらっている。
嗅商の極悪人を退治した(ことになってる)ご褒美なのかな。
やはり彼らはチヤホヤされるのが根っから得意みたいだね。
村人はふたりを囲んでザワザワヤイヤイと騒ぎたて、バーのマスターは紙に何かをメモしている。
カウンターの先に《出禁の書》が見えることからも、まさか武勇譚を書き足すつもりなんじゃないのか。
そもそも《出禁の書》の加筆はだれに権限があるんだ?
この国に伝わる一冊しかない貴重な書だと言ってたし、だれでも扱えるものでもないでしょうに。
と、閃くものがあり、《出禁の書》を貸してもらえるかと尋ねると、なんなくオッケーが出た。
たぶんこれも、スメル元帥を退治したと思い込んでるから、気前よくなってるんだろう。
ということで、おれはべつのテーブルに行ってページをめくる。
すると嗅商に関する記述を見つけた。
【嗅商王国の嗅魔力に関する研究
【Ⅸ】
嗅覚を重んじる嗅商王国は、古い時代から魔波を嗅魔力に転換して戦闘や魔物討伐に用いてきた。
その仕組みは定かではないが、彼らは独自の鑑定システムを持っており、魔嗅士は五感魔力レベルの向上を重要な旗印とし、我が国でも採用している五感術指数の高い術者は国内で高い地位を獲得している】
なるほどねぇ。
五感術指数というのは、魔の術者にとって重要な目安になっているらしい。
昔はここヤメーメにも魔聴士という存在がいて、五感魔力レベルを上げることでさまざまな能力を身につけていたみたいだ。
その術者の魔力タイプを表すのが「経験ステート」。
イヌは人間よりも多い八種類の血液型があるけど、魔力タイプは大づかみに解釈するとそういったものか。
「嗅魔レベル」とは嗅覚の魔力における概念らしい。
あのとき映し出された「攻撃五感」や「探知五感」が具体的なスキルで、おれが発動する技は、その「攻撃五感」に基づいていると考えるのが自然だろう。
そしておそらく今も潜在的な力が開発されているということか。
あのとき見たものから理解するのは困難だが、この書物と照らし合わせるとだいたいそんな推測になる。
それと、あのとき目にした季節神について。
【春の嗅竜、夏の味雀、秋の聴虎、冬の視鳳】
太古より大陸に存在し生物の五感を生んだとあるだけで、それ以上のことは書かれていない。
おそらくこの国において、キングも含めだれも詳しくは知らないのかもしれない。
そしてここヤメーメは、秋の聴虎。
この世界にも、たしかに季節の移ろいがあるということなのだろう。
にしても、生物の五感はその季節神が生み出したというのはすごいな。
人間界でそんな話は聞いたことないが、これはただの神話なのかなんなのか。
あのとき映し出された大陸の歴史や魔物の誕生経緯についての記述も見あたらなかったが、それは嗅魔王というのがおそらく嗅商王国の話で、おおよそこの《出禁の書》は三銃士に関する書籍だからかもしれない。
おれが聴いた声から推測するに、長きにわたり嗅魔王を擁する嗅商王国が大陸を支配し、各国がそれに抗うために起こったのが三銃士も絡んでくるあの戦国時代なのだろう。
嗅魔王が何百年も生きたのか、代々の世襲的なものなのかは謎だが、とてつもない力を持っていたことはまちがいない。
今もその分子が大陸のどこかにいるのだろうかと思うとゾッとするな。
《出禁の書》から、ヤメーメの王様の娘さんの記述を探したが、〈七人娘は今なお所在がわからず〉とあるくらいで、詳細には触れてない。
文字の濃さからも加筆したものと思われるから、やはり《出禁の書》はキングの娘さんが姿を消した以前から書かれてきたものだろう。
にしては保存状態がよすぎるな。
あるいは地球とは湿度が異なるため、風化速度もまったくちがうのか――
とペラペラめくってたら、最後の項目にこの書は魔波による特殊加工で劣化を防いでおり、〈魔波の解除を禁ず〉とあった。
やはりこの大陸ならではの保存の工夫があったわけか。
いずれにせよ、この国にとっては貴重な資料なのだろうから、バーのマスターに今後の書の管理について失礼のない程度に振ってみた。
すると「ふだんは城で管理されており、あなた方に見てもらうために、今は特別にキングからお預かりしているのです」とのこと。
そういうことだったのか。
おそらくキングは、おれたちがこのバーに立ち寄ることを先読みしていたのだろう。
おれらがこの書を読んで何かの役に立つよう取りはからってくれていたわけだ。
見た目は半裸のじいさんだが、いろいろと気にかけてもらってたんだね。
どうぞこれからもご厚誼をたまわりますようお願いしゃす!
まずは無事に蔵の鍵を取り戻したことの報告に行かないとな。
これでキングもホッとするんじゃないかな。
ご高齢だし、心配事なくのんびり過ごしてもらいたいからね。
ハタチはおさけになってからです。




