第23話 嗅商王国の市座で売ってみた
今日は金環日食ですね。日本で次の観測は2030年。
ウサ坊主の提案に乗って市座へ行ってみた。
これがけっこうな盛況ぶりで、まるで選手交代の激しい試合みたいに民が行き来し、広場では骨董市を思わせる雰囲気でテントが並び、あらゆる商品が扱われているのがわかる。
ただ驚いたのが、その品々だ。
ヘルメット、剣道のお面や竹刀、上皿てんびん、車のバンパー、サッカーのスパイク、蛍光灯から古そうな書籍まで――
どれも現代の人間界で目にするようなものばかりなので、人間への憧れが強いという話はたしからしい。
かと思うと、年季の入った鉄剣や銅剣なんてのもある。
あの剣は白銀色をしているから、もしやミスリル製とかじゃないよね?
そこでウサ坊主が口を開く。
「あそこに見える牙は、Sランク魔物のキングマスラオのものですよ。相当の魔波を含んでいたはずです」
「何に使うの?」
「砕いて魔波を動力転換し、あらゆる魔道具の精製に用いるため、あの値段なんですよ」
札には200枚とある。
日本円で考えると、嗅銭一枚が五千円くらいだから、ヒューと口笛が出そうだな。
ウサ坊主の説明によると、ほかにも珍獣の皮や爪など、この世界ならではのさまざまな商品が置かれてあるらしい。
死んでも動くアンデッド系の魔物から獲れた品は高級品なんだそう。
人間の食で言うなら、希少な松茸や白トリュフみたいなことか。
かたやヤメーメで見かけるものといえば、せいぜい人間界の憧れで似せて作ったガラクタていどだ。
嗅商王国の北の狩り場を隔てた先には山脈があり、そっちに王室関係のものが集まっているらしく、東方に湖沼やジャングル、さらに辺境には地下三百階層のダンジョンがあり、そういったところにあらゆる魔物が生息しているため、騎士団や冒険者による討伐も盛んに行われているのだとか。
どうりでこれだけ国が栄えているわけだ。
国家の領地に関しても、ヤメーメとは比べものにならんほど広いみたいだもんな。
にしても、ダンジョンなんてまさに異世界って感じがするな。
「まあ、ステキ!」
シャムりんが目を輝かせた先にあるのは、加工した鉱石による指輪やイヤリングといった宝飾品だ。
「じゃあ買ってやっか」と仕留めた獲物を売って得た銀貨一枚でイヤリングを購入。
さっそくシャムりんはエメラルドグリーンの石がついたイヤリングを耳につけご満悦だ。
やっぱり女子は綺麗なものが好きだもんね。
ほかにもさまざまな装飾品が並んでいるのは、嗅商王国には銀細工師が多く、加工技術が発展しているからとのこと。
おれもここいらで日本の心と言えるお米や醤油を久々いただきたいところだが、これほど人間界の商品が陳列していても見あたらない。
そこでホイップクリームみたいな髪型の商人が声をかけてきた。
「何か売れるものはありませんか?」
「そうだなあ」とポケットをさぐるチャウ丸。「こんなのは、どうだい?」
それは穴のあいたボロボロの靴下だ。
「なんでそんなものを持ち歩いてるの?」
「靴下を常備するのが紳士ってもんだろ」
「人間ってそういうものだっけ?」
「ダイナマイトを発明した人を冠する賞に集うのが、人間のユニークなところじゃないか」
そんな名誉ある賞があるのは知ってるけど、靴下を常備するのとは関係なくね?
「ではさっそく交渉してみましょう」
ウサ坊主が商人に話しかけ、靴下を見せた。
げげっ······あろうことか商人は、その汚い靴下に顔を近づけて匂いを嗅いでいるじゃないか······変態じゃん。
匂いの信仰も度がすぎないか?
「うーん、これはなかなかの一品。嗅銭2枚ですな」
チャウ丸も、こんなのでそんなに? という顔だ。
そりゃそうだ、こんなボロ靴下が一万円だよ?
日本人が聞いたら、全員が使い込んだ靴下を鞄に詰めて集まるだろうよ。
ジーコの家のタンスからまとめて回収してくれば、嗅商王国で暮らすのもむずかしくなさそうだな。
そこでおれもポッケから、ここぞとばかりにアンティークの腕時計を差し出す。
人間の世界で年代物の時計は価値があるって聞くから、村山家からこっそり拝借してきたのさ。
すると商人はやはり顔を近づけて匂いを嗅いだあと、その顔をギュッとしかめた。
「価値なしだね」(棒読み)
どないやねん、価値基準がよーわからんぞ!
どうもおれは見た目が若いから、物の道理も知らん青二才とでも思われてんのか。
あんなボロ靴下に負けたかと思うと、なんか腹立たしいな。
でもここでブツクサ言ったら、それこそ負け犬の遠吠えだよね(おれ、イヌなだけに)。
その次にチャウ丸が風呂敷から出したのはトイレの芳香剤。
香りを重視する国において、ずいぶん都合のいいものを持ってきたもんだ。
案の定、ウサ坊主の顔に喜色が広がり、「これは高く売れるかもしれませんね」と品を渡したところで、商人の目がかっぴらいた。
さっきのが嗅銭2枚なら今度はその十倍はいくんじゃないか――。
そう期待したところで、急にウサ坊主が声をあげた。
「あっ!」
「どうした?」
ウサ坊主が呆然顔を向けるほうをおれも見る。
テントの奥の暗がりに浮かぶうっすらとした黒いシルエット。
「ヤツがスメル元帥です!」
えっ、えっ、えっ、マジかよっ!
こんな偶然ってある?
同時に向こうもおれたちに気づいたのか、くるりと背中を向けて走りだした。
突然の出来事に一瞬ポカンとなり、どうする? と顔を見合わせるおれたち。
その刹那、「追うわよ!」とシャムりんが叫び、いっせいにテントを飛びだす。
チャウ丸は最後まで芳香剤のことが気になる様子だったが、あきらめてついてきた。
人混みをスイスイと抜けるスメル元帥の姿はやはり朧で薄黒く、容姿をハッキリととらえることができない。
それでも町人にぶつかりながら、おれたちはシャカリキで駆ける。
「いてえな」とか「あぶねえな」とか声が届くが、かまってなどいられない。
姿はハッキリ見えなかったが、それでも首から下がっていたのは、まちがいなく鍵だった。
おそらくは蔵の鍵か――
ただスメル元帥の動きがあまりにも俊敏で、すぐに見失ってしまった。
なんじゃアイツ、足速すぎんだろ。
その敏捷さはおれらと比べても、ブリーダー仕込みのグレーハウンドと肺病を患ったじじいの雑種イヌくらいちがう。
とうてい追いつけないと判断して立ち止まるおれたち。
「まったく逃げ足が速いわね。ほんとにさっきのがスメル元帥なの?」とシャムりん。
嗅商王国の重鎮とされる人物がこんな町中にいるものかね、という疑問はおれもいだいている。
「こういう時のわたしの聴覚は狂いなく正確です。だからこそ、わたしがあなた方の同行に選ばれました。ヤメーメにはスメル元帥が持つ聴覚波動のデータがあり、それをわたしは頭の中に叩き込んでますから、まず間違いありません」
そこまで言われたら、これ以上何も言えない。
あなたが同行に相応しいスペシャリストなのはよくわかったよ。
ただこれまで聞いたかぎりでも、スメル元帥はかなりヤバい存在みたいだし、ここは一か八かでむやみに接近するより、オール・オア・ナッシングじゃない妥協案を探ってみるのも生存における合理性というものだ。
そこでチャウ丸が口を開く。
「ここはおいらにまかせてくれ」
そして目を閉じ、スーッと息を吸い込む動作。
「この程度の匂いであれば、追跡可能だな」
おお、チャウ丸、たのもしいぜ!
スメル元帥のビャクダンの匂いを探知できるってわけだな。
同じイヌでも、チャウ丸の嗅覚のほうがおれなんかより断然すぐれているもんな。
そのあとは鼻をクンクンするチャウ丸を先頭に町をしばらく練り歩く。
やがてチャウ丸は確信した顔でおれたちを見た。
「どうやら町を出たみたいだ。たぶんヤメーメに向かってるぜ」
そのとき「馬車はどうだい?」と声をかけられた。
そこにはウマ面のおじさんと、荷台を引いた馬。
ほかにも馬に二輪車をけん引させた小型戦車みたいなのも見える。
「戻りくらいはラクしたいわ」とシャムりん。
まあその気持ちはわからんでもない。
しかもあんな俊足野郎を走って追いかけても、埒があかんだろうからね。
「いくらだい?」
けっきょく馬車を借りるのに、靴下を売って得た金すべてがふっ飛ぶことになったわけだ。
ありがとうございます。
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