第22話 香る国、嗅商王国を訪問
ヤギ座の人と付き合うには、共感アピールすることです。
町に入って最初に感じたのは、ずいぶんいい香りがするな、ってことだ。
そこかしこで、芳しい匂いがするからね。
気持ちがリラックスするようなやわらかい匂いだ。
たまにミントや金木犀みたいな匂いも届いてくる。
「香ばしいわね」とシャムりんも同じように感じていたようだ。
おそらく国全体で、香りを工夫する取り組みがなされているのだろう。
匂いというのは二〜三千種類の嗅ぎ分けができると何かで聞いたことがあるが、この場所はとりわけいい匂いに特化したものを寄せ集めた印象を受ける。
これだけ嗅ぎ取れるのは、おれがイヌだったことも関係しているのかもしれない。
「さて、どこからあたりましょうかねえ」
チャウ丸は匂いのことよりも、嗅商王国の町並に関心が向いている様子。
遠目から見たとおり町は発展していて、通りにはレンガづくりの建物が軒を連ね、舗装された道も清潔で、中世西洋風の町並といった感じだ。
さすがに車が走っていることはないが、馬車通りみたいなのもあるし、土の地面まるだしのヤメーメよりも明らかに町のつくりが立派なのがわかる。
ウサ坊主はレンガ敷きの地面を踏みながら「むかしはヤメーメもこんな雰囲気だったんですけどねえ」と言ってたし。
今のヤメーメの姿からはとても信じられないが、古きよき時代もあったというわけだ。
おれも小さい頃からレンガ敷きの町並に憧れを持ってたんだよねえ――
ってあれ? これはジーコの記憶か?
まあいいや、たぶんガキの頃にジブ○か何かの映画でも観て、西洋風の景色に心を惹かれていたんだろう。
適当にブラブラしてから、草原で仕留めた魔物を売りに行くことにした。
石畳の路地に入ると、黒レンガの二階建てに洒落たフォントで吊り下げの看板が出ている。
ただ解体屋の前まで来たはいいものの、今度はマジックボックスからどうやって獲物を出すのかという問題が浮上する。
備え付けのマジック棒を箱に向かって振ったりしても、何も起こらない。
これだから説明書なしの品を扱うのは厄介なんだよな。
「唱えてみたら?」
そうだね、じゃあおれが――
「オトメチックジャッカル!」
ピシャリと叫んで棒を振っても無反応。
「タタロオ、メオトだぞ」
「あっ······(赤面)」
でも、もう一度叫びたい気力がわかず······。
顔がケモノっぽい嗅商の民に変な目で見られただけだ。
毎回そうだけど、何も反応しないと胸の内側を筆で撫でられたみたいな感じで恥ずかしくなるよね。
こういう恥じらいは、人間特有のもの?
それともおれが自意識過剰なだけ?
すると解体屋のおっさんがおれたちに気づき近づいてきた。
やたらデカい鼻腔をさらにおっぴろげながら言った。
「ああ、マジックボックスね。出し方がわからないの? 出したいものを頭の中でイメージして棒を振るだけさ」
そうなのか、サンキュー。
ということでやってみたら、ほんとにすんなり原寸大の魔物が出てきたんだからビックリだよ。
もちろん死んだままの姿だ。
どうやらこの手のマジックボックスは、嗅商王国では知れ渡ったものらしい。
「アンタらは見ねえ顔だが、冒険者かなにかか? ギルドに登録はしてるのか?」
ウサ坊主から聞いた話では、嗅商王国は安定しているので騎士団や商会の組織もあり、冒険者を支援、管理するギルドもあるみたいだもんな。
ここに来るまでも、商会所の看板を見かけたし、槍や盾を売っている道具屋もあった。
町ゆく民も、どことなく屈強そうな者が多い気がする。
北には狩り場があるらしいから、そこで獲物を仕留めて生計を立てる者もいるのだろう。
やはり衰退の途にあるヤメーメとは、国の地盤がぜんぜんちがうようだな。
おっさんからの質問は適当に受け流し、ブツを差し出す。
「ふむふむ、メオトチックジャッカルならBランクの魔物なので、1匹5枚ですな」
あれこれ詮索されたくなかったので、解体作業は見ずにそそくさと退散。
「少なくないか?」
解体屋を離れてからチャウ丸が苦情声で言った。
「でも嗅銭5枚はヤメー25枚に相当しますので」
おお、だったら納得できるな。
2匹で50枚だから5万円くらいか······むしろいい稼ぎになったぜ。
嗅銭と呼ばれる銀貨は、やはり銅貨のヤメーより質がいい。
そのカネを持って、とりあえず何かを食べることにした。
通りには花屋や仕立屋のほかにもオープンカフェ風の洒落た店があり、スーツやドレスなどで身なりをととのえたケモノ顔の者たちが優雅にくつろいでいる。
ヤメーメみたいに警官やアニメ風のコスプレを見かけないだけで、ずいぶんまともに見えるぜ。
店内はどことなく二十年ぶりの同窓会みたいな雰囲気もあるが、その微妙な親しみ感からもみんな顔見知りってことなのかな。
「ここにも獣汗酒はあるの?」
「あれはヤメーメの名産品なのでどうかわかりませんが、いい匂いの飲み物は揃っていることでしょう」
さっそく席につくと、店員がメニューを持ってきた。
ウサ坊主は要領がわかっているみたいで、適当に選んで注文。なかなか頼りになるな。
そして運ばれてきたライトグリーンの飲み物は、顔を近づける前から、ぷうんと果実の匂いが鼻に届いた。
おぉ、かなり食欲をそそってくるなぁ。
口をつけると、これがなかなかおいしくてリンゴベースの味がする。
人間界で言うなら、酸味強めのアップルフレーバーのエナジードリンクに近いのかな。
「うん、わるくないわね」とシャムりんも満足げだ。
ほかのテーブルには、パスタやケーキみたいなのも見え、食文化もヤメーメよりはまともそうだ。
ここには、アルコールや香水を作る蒸留技術があるのかもしれない。
「まずはスメル元帥というヤツの情報を集めないとな」
「でも、そうすんなりと見つかるものかしら」
ウサ坊主の話だと、嗅商王国には一万近い住民がいるっていうからな。
ヤメーメはその十分の一もいないみたいだから、人口からして規模がちがう。
すると、嗅商の民が声をかけてきた。
「あなた方は、ヤメーメからいらしたのですか?」
そうだと答えると、ジロジロとおれたちを見る。
ほかにも民が、もの珍しそうに近づいてきた。
「あなた方はなぜそんなに人間のような姿なのですか?」
おっと、きたか······。
ここは伝説の三銃士のことをダシに使うべきか。
いや、この国はまだよくわからんから、黙っておくほうが無難だろう。
人間の姿についての質問には触れずに、「探している人がいるんですが」と言ってみた。
「だれでしょう?」
「スメル元帥なのですが――」
もちろんその名は知ってるだろうと思って答えたら、民の顔がわかりやすくひきつった。
腫れ物を扱うような表情だ。
「あまり深入りしないほうがいいですぞ」
そう言い残して、民たちは離れていった。
「なんか、穏やかではない様子だな」と口の端を曲げるチャウ丸。
そこでウサ坊主が口を開く。
「噂によると、一千年以上続く嗅商王国において、スメル元帥はマガハラ大陸の広い範囲で魔物討伐を行い、さらに他国との戦で連勝をかさねて名誉将軍にまでのぼり詰めた武闘派みたいですね。帝位争いのとき、複雑な御家騒動をまとめて王家の信頼を獲得した経緯もあり、王国直轄の騎士団や王家の皇太子に武術を指南するほどで、今では誰も逆らえず、あらゆる方面に意見する立場なんだとか」
ふーん、それはご立派だこと。ご意見番的な立ち位置にいるわけね。
だから嗅商の民はあんな表情をしていたのか。
日本のサムライは氏族ごとに集団化したが、ヨーロッパの騎士は血縁でなく契約関係のはずだ。
それにならうなら、スメル元帥と国の結びつきも強そうだな。
さらにウサ坊主の話によると、この国には匂いの魔力を学問として扱う〝嗅霊工学〟というものが存在し、スメル元帥はその学問を極め尽くしたことで指導的立場を獲得するにいたっているのだと。
嗅霊工学についてはよくわからんが、どうやら権威と武術に加え、知性もそなえ持っているらしい。
野球でいうなら、走攻守を兼ねそなえたオールラウンダーってところか。
ふとメジャーで大活躍して茶の間を元気にする超有名日本人選手の顔も浮かぶ。
それほど有能なヤツだからこそ、自らヤメーメに乗り込んで厳重なセキュリティを突破し、貴重な鍵を盗むことができたのかもしれない。
あるいは、あのときヤメーメが蛮族の襲撃を受けたのも、どさくさにまぎれて盗み出すというスメル元帥による作為だった可能性もあるな。
スメル元帥は別名で「匂いの暗殺者」とも呼ばれてるらしく、そんなヤツにおれらが近づいていってもいいのか不安だが(いいはずがない)、チャウ丸はすでにヤメーメの宝物に心を奪われてるから、引き返せる空気でもない。
できればケガなく無難に終えたいところだが······と思っていたときウサ坊主が言った。
「今ちょうど市座が開かれてますので、よかったら見ていきませんか」
あまり深刻に考えず、おれも観光気分を味わっておくか。
ただ、そう平穏に物事がおさまらないのは知ってんだけどね。
おつかれの中、いつも読んで下さりありがとうございます。
ぜひ第1話もご覧くださいませ(ペコ)。




