第2話 宿屋の娘が大陸のことを教えてくれた
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わずかでも好奇心があれば、もう一度同じことを試してみようって、ひらがなを習う小学生でも考えるよね。
ご多分にもれずおれもそう考えたわけで、Uターンして暗闇へ向かってみたんだ。
煮詰めたブラックコーヒーみたいな闇を進むと前方に光が見えだし、穴を抜けたらやはりあの場所に出た。
そこは謎の大陸にある宿屋の物置部屋だ――
当然おれはソッコー、鏡でチェックだ。
ホッ――糠喜びじゃなくてよかった、人間様の姿だぜ!
からだの細胞は七年で総入れ換えするっていうが、まさにそれが刹那で起こってるってことか。
なんだか、からだじゅうの部品をまるっと交換されたような気分だよ。
ただそのとき事件が起こった――
部屋に少女が入ってきて見つかっちまったんだ。
白雪姫に出てくる魔女みたいに鏡に見入ってたせいで、少女の登場にまったく気づかなかったぜ。
ありゃりゃ、ヤベえか?
十四歳くらいの少女は、じいっとおれのほうを見ている。
「パパの言うとおりだわ。きっとあなたは人間なのね、すごいわ······」
返事に困ったので、おれが知る日本人らしく曖昧な笑みも添えつつ、「寝心地が最高だったよ」なんて言ってみる。
「うそだ。ちがうところから来たんでしょ? だってわたしとは全然ちがうんだもん」
げげっ、バレてる······?
たしかに彼女は、人間よりケモノの雰囲気が強いもんな。
人間らしさがうかがえるセミロングの髪の毛は蜂蜜色で、淡いブルーのつぶらな瞳。
とはいえべつに毛深いとかでは全然ないし、顔はリスっぽくてかわいらしい。
もし学校に通っていたら男子生徒からモテるだろうね。
イヌだったおれは学校なんざ行かせてもらえなかったが。
「どこから来たの?」と猜疑の目を向ける彼女。
うーん、煙幕を張るべきか······いや、ここは正直に言うことにしよう。
「たぶん地球?」
おれの知識だとそんな答えになる。
というか、この脳にインプットされた知識の抽斗から、勝手にその言葉が出てきたわけだ。
そこで少女の目がぎょろっと大きくなった。
「地球って人間がいるところよね?」
「ああ、そうだね」
イヌもいるぜ、と思いながらチラッと鏡を見る。
そこにはやはり二本足で立つ人間っぽいおれの姿。
武士は食わねど高楊枝じゃないが、浮かれすぎずイヌとしての誇りもしっかり持っときたいな。
「すごいわ。信じられない······」
おれの姿に、ずいぶん感動していらっしゃるじゃないか。
まあ、いまだにおれも驚嘆の毛布にくるまれてるけどね。
だって人間様だよ?
10年使い倒した下着みたいに残念なおれなんかが、いいんでしょうか?
気道と食道が一緒になってるのは人間だけって話だが、まさに喉のあたりがそんな感じするからね。
「きみのなまえは、なんていうの?」
「リナ」
「おれはタタロオ。ここはヤメーメってとこなの?」
「ええそうよ。聴覚を重んじる国なの」
聴覚を重んじる?
音を波の周波数に置き換えるドップラー効果万歳みたいなこと?
「海に沈んだ伝説の大陸って、ほんと?」
よくわからんから、おれはどんどん質問してみる。
気分は天手古舞だが、知りたいことはてんこ盛りだからね。
「パパから聞いたけど、あなたほんとに何も知らないのね」
「いろいろ仕事とかで忙しくてね」
万年無職のくせに、ヘンな言い訳になっちまったぜ。
この前会った宿の主人の娘さんはこう述べる。
「一度海に沈んだ大陸が潜水艦みたいに浮かび上がってきたって聞くわ。まあ真偽はともかく古い噂話だから、伝説と言えるでしょうね。地球には潜水艦っていうのがあるんでしょ?」
「うーん、まあね······」
大昔のソ連の実験でイヌがロケットに乗せられたって話は聞いたことがあるが、少なくともおれは潜水艦とやらに乗ったことがない。
にしても、伝説の大陸ってのはマジなのかな。
そこはかなり気になるところだ。
「この大陸には、ヤメーメのほかにも国があるの?」
「ええ。タンニシ王国とか、ガワヤナ公国とか。まだまだマガハラ大陸は未開の地だから、今も開拓と占領が進んでいるの」
ふーん、昔のアメリカの西部開拓時代みたいなことか。
ただ聞き逃してはいませんぞ。
占領って言いましたよね?
てことは、ろくでもない国家の侵略戦争みたいに、軍隊なんかが戦闘車輛を走らせてたりするのか?
あるいは「信○の野望」ばりに、国同士で群雄割拠ってこともあり得るな。
人間界で最初に職業的な軍団を組織したのはギリシャ都市のスパルタ人らしいが、建物を見たかぎり時代的にここはもっと新しいだろうから、騎士団の精鋭部隊とかいてもおかしくない。
うーん、この大陸けっこうヤバそうだな。
とはいえ、湧水のごとくあふれる好奇心も抑えきれない。
「できればこの宿にしばらく滞在したいんだけど、ただこの国のオカネがなくて······」と言ってみた。
「もしあなたがほんとに地球から来たのなら、人間がいる世界の物には価値があるから、それで支払うといいわ。だってこの大陸、みんな人間に憧れているんだから」
「きみも?」
「ええ、なれるものなら今日にでも人間になりたいくらいよ。あなた、ほんとステキね」
リナはそう言って相好を崩した。
なんかすみませんって、尻がこそばゆくなるね。
でもけっこう気分がいいもんだな。
もちろんイヌの時は比翼連理と無縁で、モテたことなんて一度もなかったからね。
まあおれの見た目というより、人間様がすごいってことなんだろうけど。
ただリナの発言から察するに、マガハラ大陸には人間はいないってことかもしれない。
とにかく情報をたくさん集めたかったので、それとなくいろいろ質問してみた。
リナの話によると、この国には「ヤメー」という通貨があって、この宿の一泊分がヤメー2枚。
村には両替所があるから、そこに行って人間界の物を差し出せば換金できるだろうとのこと。
人間が出したゴミにも価値があるっていうんだから、まったく驚きだぜ。
あっちの世界に戻って不燃ゴミの日に回収してうまく売りさばけば、なんとかなりそうだな。
つまり地球に戻れるメリットは、かなりでかいというわけだ。
人間界で貨幣が発明されて数千年が経つが、貨幣の本質がフローという仕組みは基本的に変わってないし、村には服屋や飲食店もあるらしいので、生活をするにはそれほど不便もしないですむだろう。
寝泊まりはここでするか、穴からあっちの世界に戻れば犬小屋だってあるわけだからね。
こっちの世界でどんな物が食されているのか聞いてみようかと思ったけど、いちおうおれは村の外からやって来たことになってるし、なんでもかんでも質問してたら怪しまれるもんね。
会話の流れでどうやって地球から来たのかという話になったが、そこは柳に風でかわしておいた。
犬小屋を通じてこっちの世界に来たことは、しばらく内緒にしとこう。
もしその事実が知れたら、おぞましい展開に転がることもあり得るし、ここは慎重になったほうがいい。
リナはこの大陸や村の外の状況にはそれほど詳しくないみたいだから、宿の外に出て自分の目でたしかめてみるしかないな。
ただおれはヤメーメ王国の貨幣を持ってないので、まずは換金するための品を集めたほうがよさそうだ。
ということで、リナって少女が部屋を出ていったあとは、おれも物置の穴に入っていった。
そしておれは人間の姿になってはじめて、異世界に通じるぶっ飛んだ犬小屋を作った張本人のジーコと対面することになるわけだ。
ペットとの関係って不思議ですよね。




