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第1話 イヌの暮らしから伝説の大陸へ

とあるイヌへの思い入れから書いてみました。

人間の姿となった雑種犬タタロオの冒険におつきあいいただけますと幸いです。

 おれはイヌだ。名前はタタロオ。

 なんの血統書とも無縁のしがない雑種だが、まさか人間の姿になって異世界にさまよいこむことになるとはね。

 なんだかラノベみたいだなって、びっくらこいたよ。

 

 というのもある日、飼い主のジーコが建てたばかりの犬小屋をチェックしてたら、意外に広いことがわかったんだ。

 なんか奥のほうからシャランシャランと水琴窟(すいきんくつ)のような音がするから、おれは気になって暗闇をどんどん進んでいった。

 すると先に琥珀色の光が見え、近づいていくと犬小屋の入り口とはちがう穴だ。

 入り口と出口がある犬小屋なんて聞いたことないぞ。 

 おれは迷ったあげく、じゃあちょっとだけというつもりで、その穴を通過。

 すると燦爛(さんらん)たる光に包まれ、まったく知らない場所に通じてたんだ。

 

 ここどこ? 部屋? 

 

 覚えのないその場所を()ず怖ずと見てたら、鏡に映った自分の姿にぶったまげることになった。


〈な、なんと二本足で立つ人間の姿じゃないか!〉


 いやいやいや、ヤバいでしょ。

 ぶっ飛んだ夢でも見ているのか? 


 おれはそれこそ人間みたいに目をこすりたくなったよ。

 じっさい漫画の主人公みたいに、ほっぺたをつねってみたりもした。

 あの動作は憧れだったし、人間様の魅力を言い出したら、枚挙にいとまがないからね。


 もちろん肉球付きの丸い手じゃなく、器用になんでもつかめる細い指のある手だ。 

 ったく人間様の進化にはあっぱれだわと、何度もグーパーしちゃったよ。

 

 おれはあらためて鏡をじーっと見る。


 その姿はイヌの雰囲気をじゃっかん残しつつも、明らかにヒトって感じの混ざり具合なんだよね······カレーうどんみたいなことか。

 

 見た目はわりと若く、おれの飼い主のジーコくらいだ。

 ただぽっちゃりした高校生のジーコよりもスリムで、山吹色の麻衣(あさぎぬ)を着ている。

 髪の色はイヌの姿を引き継いだのか、赤茶だ。

 

 ――それにしてもずいぶん頭が冴えるな。

 

 イヌの姿のときは、こんなに言葉がポンポン頭に浮かばなかったもんな。

 カレーうどんとか知らなかったし、これは人間様になった特典か? 

 

 見た目がヒトっぽいなら、当然その中身の脳みそだってヒトのものになったと考えることになる。

 ただイヌの姿のときの記憶もバッチリあるわけだから、あるいはヒトとイヌの脳がブレンドしたのではないかという仮説が成り立つわけだ。


 そういや最近、人間界ではやたらAIとやらが巷間を賑わせてるみたいだけど、そのたぐいじゃないよね?

 数学者のチューリングが遺書で予言した人工知能の進化版になっちまったとか?


「おいっ!」


 そこで突然、後ろから声をかけられ、おれの心臓はカチンと固まった。

 急に話しかけられたら、イヌだろうが、人間だろうが、そりゃびびるって。


 鏡に映っているのは、西洋人風の男だ。


 ただヒトっぽいおれとは逆に、そのおっさんはずいぶんケモノっぽくて、アニメでたまに目にする誇張(デフォルメ)されたしゃべる動物をさらにヒトに寄せた感じだ。


 ふっさりした口ひげと(とび)色のボサ髪が、かろうじてヒトの雰囲気を確保している。

 そんなケモノっぽさをプンプンただよわせる驚き顔のおっさんは、鏡越しにこっちを見ながらこう言った。


「あ、あんたはもしや······人間か?」


 だんまりを決め込もうかと迷ったが、「まあ」とだけ応えておく。

 するとおっさんは、腰が砕けんばかりの反応だ。


「に、に、人間がいるなんて······」


 いやいやいや······えっ?


 おっさんは(つか)()だまったあと、呼吸を整えてから言った。


「じっさいのところ、私は人間というものを見たことがないから、あんたがそれにあたるものなのかはわからん。だが限りなく人間に近いということだけはなんとなくわかる」


 じゃあ、あなたは人間じゃないってことですね? 

 まあおれもイヌですが、と腹を割るべきか。


「とはいえ、あんたを泊めた覚えはないが······」


 おれは必死で頭を働かせた。

 おっさんの言葉からも、ここがホテルのような宿泊施設ではないかと推測できる。

 扉の先にはベッドも見えるからね。


 ただ落花狼藉(らっかろうぜき)に物であふれるこの部屋は、ホテルと呼ぶにはいささか無理がある。

 木の床もだいぶ傷んでいるし、アールデコっぽいデザインの窓は汚れているから、日本のそこらじゅうにあるア○ホテルみたいな施設じゃなく、西洋の田舎町の古民家とか宿屋というほうが近いかもしれない。

 窓から見える壮観な景色から判断しても、おそらく二階の物置なんだろう。

 そしてこのおっさんは、宿屋の主人といったところか。


 ともあれ、言葉はきちんと通じてるみたいだ。

 とりあえずなんか言っとかないとマズいな。


「えーっと、ここはどこでしたっけ?」


 おれはすっかり寝ぼけた演技だ。むにゃむにゃ。

 口をへの字にしたおっさんの様子からも、たちどころに怪しまれてるのがわかる。


「まだ夢の中ですかい? 正真正銘、マガハラ大陸のヤメーメ王国ですぞ」


「大陸?」


 するとおっさんは、さらに耳を疑いたくなるような発言をした。


「大昔に海に沈んだ伝説の大陸ですよ」


 はあ?

 このおっさんのほうがよほど寝ぼけたことを言ってんじゃないかと思ったよ。

 とはいえおれはこっちの世界では闖入者(ちんにゅうしゃ)だし、おっさんの発言をくつがえせる情報も持ち合わせていない。


「あんたが人間なのかどうかはさておき、ヤメーメの者ではないようだが、どこから来たんだい?」


「えー、まあ、そのあたりです」と目をスイスイーと泳がせながらあごで窓の外をさし、適当に答えておく。

 犬小屋から来ましたよ、なんて答えるわけにもいかないからね。


「まだ来たばかりなので、右も左もわかってないのですが······」


 すっとぼけ作戦の低姿勢がいちばんだ。


「ここは敵国と魔物の襲撃に怯える哀れな村さ。ヤメーメについて詳しく知りたければ、キングのところに行ってくればいい」


 ······キング? 王様ってこと?


 てことは、ここはトップダウン式の中央集権的な王朝国家なのか。

 そんなお偉いさんのところに出向くのはなんか気が引けるな。

 向こうだって、どこの馬の骨(イヌの骨)ともわからんおれなんかが来ても戸惑うだろうし。 


 にしても敵国と魔物の襲撃ってのは、聞き捨てならんな。

 ラノベ定番の冒険者による魔物討伐なんてのもあんのかな? 


 そこで下の階から「パパー、手伝ってぇ」と若い女性の声が届いてきて、「じゃあ、ごゆっくり」とおっさんは言葉を残して階段をおりていった。


 もっといろんな情報を仕入れたかったが、わかったのは犬小屋の穴を抜けたら海に沈んだ伝説のマガハラ大陸のヤメーメ王国にある宿屋に通じていたってことくらいだ。

 まあこれだけでも、じゅうぶんぶっ飛んだ情報だけどね。


 そして極めつけが、人間っぽい見た目となったおれの姿。

 主人の驚きっぷりからも、ここではよほど人間が珍しいのだろう。

 

 とんでもない体験をしてしまい頭がクラクラするので、とりあえず宿屋の物置部屋から退散することにした。

 傷んだ木の壁にはバケツの蓋ほどの穴が開いているが、あのおっさんはこの穴のことを知っているのだろうか。

 ソファーが陰になっているから、あんがい知らない可能性もあるな。

 そしておれは腰をおろして、その穴に入っていくわけだ。

 

 するとすぐに漆黒の闇に包まれ、何も見えなくなった。

 おれは四つんばいで進んでいく――。

 

 いやあ、まさか人間の姿になるとはなぁ······。

 となると、おれは以前の世界でどうすればいいんだ? 

 まさか人間の姿のまま犬小屋で暮らすわけにもいかんだろうし。


 でもそんな心配は不要だったみたいだ。

 なぜなら暗闇を抜けて犬小屋を出たときには、元のイヌの姿に戻っていたからだ。

 

 そりゃあ、ショックだよ。

 ためしに声を出してみたら「ワンッ」だもん。

 嗚呼、悲しきかな、イヌに逆戻りかよ。


 ふだん何かを頑張ってる人であれば同意してもらえると思うけど、いい結果が出たかと思いきやそれが何かの手違いだったら、やっぱりへこみますよね。

 せっかくダイエットしたのに体重をはかったら元通りだったみたいな、気分はまさにリバウンドな感じかも。

 

 からだはいつもの赤と茶色と胡麻色をミックスした個性もひったくれもない毛に(おお)われてるし、どこにでもいるザ・中型犬だ。

 べつに血統犬に憧れてるわけじゃないが、風采の上がらないイヌを長年やってると、性格だってひねくれてくるんじゃないかと思えてくるんだよね。


 にしてもこりゃ、とんでもないものを発見してしまったな。

 そうかそうか、海に沈んだ伝説のマガハラ大陸か。

 ようし、こうなったら徹底的に謎の大陸を探索してやるぞ!

タタロオ、異世界でうまくやっていけるかな······

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