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王都を発って五日。
一行は北方の大河を越え、レニス地方の中心都市ハールトンへ辿り着いた。
王国でも有数の交易都市。
その街並みは賑やかで、通りを歩く商人たちの笑い声が絶えなかった。
けれど、ライルは足を止めた。
街の入口に建つ巨大な門に描かれた紋章。
それは、勇者の姿を模した像だった。
聖光を掲げ、民を救う少女の姿。
だが、その顔立ちはミナそのものだった。
「……これは、いったい」
ミナが目を丸くした。
「私、こんなのにされちゃってるんですか?」
「おそらく、あなたの“奇跡”が王都から伝わった結果です」
「でも、早すぎません?」
「噂は、真実よりも速く旅をします」
門をくぐると、さらに衝撃的な光景が待っていた。街の広場では、仮装した役者たちが演劇をしている。
舞台の上には“勇者ミナ”と名乗る少女役の俳優が立ち、悪魔に扮した男を倒し、「神の声に導かれた」と叫んでいた。
観客たちは喝采を上げ、銀貨を投げる。ミナはその様子を呆然と見つめた。
「……なにこれ……」
ライルが淡々と答える。
「この街では、信仰が“見世物”です。神の言葉より、芝居のほうが儲かる」
「ひどい……」
子どもたちが木の棒を掲げ、勇者ごっこをしている。
「悪い魔族をやっつけろー!」
「ミナさまの光をくらえー!」
無邪気な声。
だが、その裏にある“利用”という現実が、ライルには見えていた。
「彼らは信じていません。“勇者”を崇めることで、自分の生活を飾っているだけです」
「信じるって、そういうことなんですか?」
「時に、そうです」
◇◇◇
二人は街の宿屋に入った。
中は豪華で、壁には勇者の肖像画まで飾られている。
宿の主人がにこやかに近づいてきた。
「おや、旅のお二人さん。……って、あれ? 嬢ちゃん、その髪の色と目の色……」
ミナは困ったように笑った。
「え、えっと……ただの偶然です!」
「まるで“勇者ミナ様”のようじゃないか! こりゃ縁起がいい!」
その場で、主人は宿泊費を半額にした。
「勇者様の加護を信じてるんでね! いやぁ、ありがたい!」
「……なんか、複雑です」ミナが小声で言う。
ライルは小さく笑って答えた。
「信仰というのは、便利な道具です。誰もが“何か”を信じたい。その象徴が、今はあなたなんです」
ミナは沈黙した。
彼女の胸に浮かぶのは、あの村での子どもたちの笑顔。
あれは確かに“救えた”瞬間だった。
でも、いま目の前にあるのは金で飾られた虚像。
「ねえ、ライルさん。これって、私が“誰かを助けたい”って思った気持ちまで、嘘にされてるみたいです」
「嘘にされたのではなく、“飾られた”のです」
「飾りって、そんなに大事なんですか?」
「この国では、“本物”より“見栄え”が価値になることもある」
ミナはしばらく何も言わず、ただ遠くを見ていた。
その目は少しだけ寂しそうで…けれど、どこかに怒りも宿っていた。
◇◇◇
翌朝、二人はハールトンの中心にある大聖堂へ向かう。その正面には“勇者ミナ像”が立っている人々がその足元に花を捧げ、祈りを捧げていた。
祭壇の前で、神官が朗々と声を上げる。
「勇者ミナは神の子である! 彼女は光の化身として現れた!」
信者たちが口々に唱和する。
ミナはその光景を見つめ、唇を噛んだ。
「……私、こんなの望んでません」
「分かっています」
「なんで、こうなっちゃうんですか?」
「人は、救われたいからです。たとえそれが“他人の作った救い”でも」
ミナは拳を握った。
祭壇の上の自分の像が、まるで別人のように見えた。
その手には剣、背には光の輪。
それは“人間”ではなく、“神話”としての勇者だった。
「ねえ、ライルさん」
「はい」
「私、あの像を見てると怖いんです」
「なぜです?」
「“自分じゃなくなっていく”気がして。このままだと、本当に私が“勇者ミナ”になっちゃいそうで」
ライルは彼女の肩にそっと手を置いた。
「心配いりません。本物のあなたを知っている人間が、ここにいます」
ミナは彼を見上げ、少しだけ笑った。
「……ありがとう。なんか、安心します」
その瞬間、鐘の音が鳴り響く。大聖堂の奥、神官たちの集まる部屋から、“異教徒取り締まり”の告知が読み上げられる。
“神の名を騙り、奇跡を冒涜する者がいる。その者たちを捕らえ、裁きにかけよ。”
ミナの顔が強張った。
「……嘘の信仰で、また誰かが罰せられるんですか?」
「ええ。そして、これが“信仰のビジネス”の裏側です」
ライルはその紙を握りしめ、静かに言った。
「この町には、“神のふりをする人間”が多すぎる」
◇◇◇
昼下がりのハールトンは、陽光が眩しいほどに賑わっていた。
広場の露店には色鮮やかな布が並び、人々は祭りのように笑っていた。
だが、その笑顔の裏で、見えない歪みが広がっている。
「……“異教徒狩り”が始まったそうです」
通りを歩きながら、ライルは低く呟いた。
「昨日の布告を聞いた人たちが、次々と“異端者”を告発しています。ほとんどが無実の貧民です」
ミナの足が止まる。
「それって……ただの、言いがかりじゃないですか」
「この町では、“神の名”が金になるんです。告発すれば、報奨金が出る」
風が吹き抜け、どこかで鐘が鳴る。その音がまるで、祈りではなく“取引”の合図のように聞こえた。
「……許せない」
ミナの拳が震える。
「助けを求めてる人を罰して、それを“信仰”だなんて」
「怒りは正しい。けれど、感情だけでは潰せません」
「それでも、何かしなきゃ」
ライルはしばらく黙り込み、そして静かに頷いた。
「分かりました。……ただし、やり方を考えましょう」
◇◇◇
二人が向かったのは、町の外れにある古い倉庫街。そこでは“信仰グッズ”の生産と称し、奴隷が働かされているという噂があった。
「ここが、“神聖商会”の倉庫です」
「勇者ミナの肖像を使ったお守りや護符を作ってるって聞きました」
扉の隙間から中を覗くと、薄暗い中で十数人の人影が見える。女子供関係なくぼろ布のような服を着せられ、木型に銀粉を塗り続けている。
「……まさか、“奇跡の護符”をこんな場所で」
「はい。“勇者の加護”を売るために、勇者の名が使われています」
ミナの唇が震えた。
「そんなの、私のせいじゃないのに……私の名前で苦しんでる人がいるなんて」
「誰のせいでもありません。ただ、誰かが“信仰”を金に変えただけです」
その瞬間、倉庫の奥から怒声が響いた。
「おい、サボるな! その護符は明日までに百枚だ!」
中年の監督官が鞭を振るう。子どもが転び、粉をこぼした。男の鞭が振り下ろされる
「やめて!」
声が響いた。
ミナが走り出て、男の腕を掴む。
「子どもにそんなことしないで!」
「なんだ貴様! 許可なく入るな!」
監督官の手がミナを突き飛ばそうとした瞬間、イルの手がそれを止めた。
「暴力は不要です」
「誰だ、お前は!」
「王命で派遣された勇者一行の補佐官です」
男の顔が青ざめる。
「ゆ、勇者一行……? まさか……!」
「まさか、ですよ」
ライルの声が冷たい。
「この状況を王に報告すれば、あなたの首は飛ぶ」
ミナは子どもに駆け寄り、膝をついた。
「大丈夫? 痛くない?」
少年は怯えながらも、小さく頷いた。
「……ありがとう、お姉ちゃん」
その言葉に、ミナの胸が熱くなった。
“誰かを救いたい”
あの夜、ライルに誓った気持ちが、再び心の奥で燃え上がる。
◇◇◇
その夜。
広場では“勇者祭”が開かれていた。
市民が松明を掲げ、歌い、祈り、偽物の奇跡を喜んでいる。教会の神官が壇上で叫んだ。
「勇者ミナの光は我らを導く! 祈りを捧げよ!」
その声に混じって、奴隷の子どもたちの影が見えた。
彼らは解放されたものの、家も金もない。
“救われた”という実感も持てないまま、広場の片隅にうずくまっている。
ミナは彼らの姿を見て、拳を握った。
「……このままじゃ、何も変わらない」
「どうするつもりですか」ライルが問う。
「“本物”を見せます。嘘の奇跡じゃなく、私の光を――この町の人たちに」
「……また、命を削る危険があります」
「分かってます。でも、今はそれしかない」
ミナが広場の壇上に上がると、人々のざわめきが止んだ。
「え? 本物の……?」
「勇者ミナ様だ!」
神官たちが慌てて動き出すが、
ミナはそれを振り返らず、両手を広げた。
「みんな、聞いてください!」
「勇者ミナが、直接話してるぞ!」
「神の啓示か!?」
ミナの声が広場を満たす。
「私は神の声なんて聞いていません!助けたのは、私の意思です!この光は、神様の力なんかじゃない!“人の想い”の力です!」
ざわめきが広がる。
神官の一人が怒鳴った。
「異端だ! 勇者を名乗る偽物だ!」
「偽物なら、確かめてください!」
ミナが手を掲げる。
掌から、白い光が生まれた。
それは穏やかで、温かく、誰の命も奪わない。
倒れていた子どもたちの体が光に包まれ、傷が癒えていく。
「……あったかい」
「体が……軽くなった!」
群衆の中から歓声が上がる。
偽りの祈りが、ほんの一瞬、真実に変わった。
ミナは微笑みながら言った。
「神が救うんじゃない。“人が人を救う”それが、本当の奇跡です!」
ライルはその光景を見ながら、心の奥で静かに誓った。
この少女こそ、本物の“勇者”だ。嘘にまみれたこの世界で、唯一“真実を信じる者”。
◇◇◇
祭りの終わった夜、宿屋の部屋。
ミナはベッドに横たわっていた。
体は疲れ切っていたが、その表情には満足の笑みがあった。
「……少し、やりすぎましたね」
「はい。でも、みんなの顔が見られてよかったです」
「あなたが光を放った瞬間、誰もが“本当”を見た。それで十分です」
ミナは目を閉じながら、小さく呟いた。
「ねえ、ライルさん。私、もし神様が本当にいるなら、その人に“あなたを見習ってほしい”って言いたいです」
ライルは苦笑し、灯を落とした。
「……それは、光栄ですね」
外ではまだ、遠くの鐘が鳴っている。それはもう“商売の音”ではなく、ほんの少しだけ“祈りの音”に戻っていた。
38~40℃を行ったり来たりで1日22時間睡眠みたいな生活してました…
薬飲んでも38℃下回らないのほんとにきつかったヨ




