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【勇者様は今日も常識はずれ】ー荷物持ちの俺は心臓が持たないー  作者: 憂姫
理想と現実の間で

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3

王都の夜は明るすぎた。

 大通りの街灯は昼のように輝き、人々の笑い声が途切れない。

 だが、その光が届かない場所が、確かに存在する。


 王都西区、古い水路の地下に広がる“もう一つの市場”。

 表の商人が口を噤み、衛兵ですら足を踏み入れぬ――闇市。


 ライルは今、その薄暗い路地の入口に立っていた。

 背後には、いつも通り勇者の少女、ミナがいる。


 「……ねえ、ライルさん。ここ、なんか臭くないですか?」

 「排水と香辛料の混ざった匂いですね。慣れれば食欲がなくなります」

 「それ、慣れちゃダメなやつです」


 ミナは鼻をつまみながら、辺りを見回した。

 灯りは油と煤で濁り、商人たちは目を細めながら品物を並べている。

 果実、武具、薬草、そして――鎖につながれた人影。


 ミナが息を呑んだ。

 「……また、奴隷」

 「王国の許可証を持たない“闇取引”です。正規市場とは違い、捕らえられた者は身分さえ抹消されます」

 「ひどい……」


 彼女の拳が震えた。

 前回の奴隷市場で見た光景が、脳裏に蘇ったのだろう。


 ライルは低く告げた。

 「勇者様。あくまで調査です。王命による監査の一環――無用な介入は禁じられています」

 「……わかってます」

 そう言いながらも、ミナの視線は明らかに怒りを宿していた。


◇◇◇


 二人は偽装した身分証を使い、内部へと潜入した。

 暗い通路の両側に並ぶ露店には、盗品や違法薬物、怪しげな護符が並んでいる。

 人々の声は囁きに近く、交わされる金貨の音だけが生々しく響く。


 ミナはそっとライルの袖を引いた。

 「……ねえ、あそこ」


 彼女が指差した先、木箱の陰に小さな人影が蹲っていた。

 ボロ布に包まれた子供。

 まだ十にも満たないほどの少年だ。


 「売り物、ですか?」

 「恐らく」ライルの声が冷えた。

 「戦争孤児か、逃亡奴隷でしょう」

 「なんで……こんな小さい子まで」

 「この国の“経済”のためです」


 ミナは歯を食いしばった。

 子供の前に立ち、膝をつく。

 「大丈夫? 名前、言える?」


 少年は怯えたように首を横に振る。

 すると、背後から低い声が飛んだ。

 「おい、そこの嬢ちゃん。勝手に触るな」


 現れたのは、粗末な革鎧を着た中年の男。

 目には濁った光。

 「そのガキは買い手が決まってんだ。見世物じゃねえ」


 ミナが立ち上がり、男を睨む。

 「子供を売るなんて、どうかしてます!」

 「うるせぇ。口出しするなら、あんたも商品にしてやるよ」


 男が腕を伸ばした瞬間、

 ――金属音が響いた。


 ライルが男の手首を掴んでいた。

 その動きは素早く、無駄がない。

 彼の手の中の小型の魔道具が淡く光り、男の体が硬直する。


 「神経麻痺の護符です。暴力行為は控えましょう」

 「な、なんだと……!」

 男が崩れ落ちる。


 ミナは驚きと同時に、胸が締め付けられる思いだった。

 ライルの冷静さの裏にある“諦め”のような色が、見えてしまったから。


 「ライルさん……怒らないんですか」

 「怒りでは人は救えません」

 「でも――」

 「怒りで救えるなら、この世界はもうとっくに救われています」


 その声は、穏やかで、しかしどこまでも冷たかった。


◇◇◇


 闇市の奥、もっとも奥まった区画。

 そこには、王国の紋章を刻んだ木箱が並んでいた。

 「……王家の物資がここに?」

 ライルが眉を寄せる。

 「まさか、王都の貴族が裏で流しているのか」


 封印を確認すると、確かに王家の刻印がある。

 “供給品”と記されたその箱には、兵糧や薬草が詰まっていた。


 ミナが小さく呟く。

 「戦場に送るはずの物資を……ここで売ってるんですか」

 「この国の“影”ですよ、勇者様。あなたが光を浴びるほど、こうした影も濃くなる」


 ミナの唇が震えた。

 「……じゃあ、私は、そんな国のために戦ってるんですか?」

 「戦う相手は国ではありません。

  けれど、あなたが守ろうとする“人々”の中には、こうした者たちもいる」


 しばしの沈黙。

 やがてミナが顔を上げた。

 「それでも……救いたいです」

 「理由を聞いても?」

 「だって、誰かがそう言わなきゃ、何も変わらないから」


 ライルは小さく笑った。

 「……相変わらず、無茶な理屈ですね」

 「そう言うライルさんが、結局いつも助けてくれるんですけど」

 「それは職務です」

 「またそれ!」


 思わず笑い合う二人を、闇市の灯が淡く照らした。


◇◇◇


 その夜、ギルド本部に戻ったライルは、密封された報告書を机に置いた。

 封印の蝋に王家の紋章を押す。

 表向きの報告には「不正の疑いなし」と記す。


 ――真実を報告すれば、闇に消される。

 それがこの国の“常識”だった。


 ミナは黙ってその様子を見ていた。

 「嘘をつくんですか」

 「生かすための嘘です。

  本当の報告は、俺の手元に残ります」


 そう言って、ライルは小さな黒革の手帳を取り出した。

 その表紙には、無数の刻印――封印魔法。

 「これは?」

 「この国の“裏”を記録するためのものです。

  いつか、真実を明るみに出す時のために」


 ミナはじっと見つめ、そして微笑んだ。

 「……じゃあ、私も手伝います」

 「危険ですよ」

 「大丈夫。私、光属性ですから。

  闇を照らすの、得意なんです」


 ライルは小さく息を漏らした。

 「……本当に、あなたには敵わない」


 闇市の記録が一つ、手帳に刻まれた。

 その小さな一歩が、いずれこの国を揺るがすほどの光となることを、

 この時の二人はまだ知らなかった。


◇◇◇



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