43
分岐域を完全に抜けてから、半日ほどが経っていた。
空は安定し、地形にも歪みはない。
だが、誰もが理解していた。それは「安全」になったからではない。
通過されたからだ。
リュミエは歩きながら、胸に手を当てていた。
(……静か……)
(でも……何も起きていないわけじゃない……)
眠っていた光は、まだ目覚めていない。
それでも、完全な沈黙ではなく、微かな鼓動だけが返ってくる。
深く、奥で。まるで次に使われる“理由”を待っているかのように。
ライルは、隊列の少し前を歩いていた。
視線は常に周囲へ。
だが、その意識の一部は、確実に後ろへ向いている。
(分岐域で終わるなら)
(“回収者”はあそこで退かなかった)
それは敗走ではなかった。判断による撤退。
つまり条件が整っていないと判断されたということ。
ゼクスが、ふと口を開いた。
「なあ」
「次に来るのはどんな連中だと思う?」
その問いに、誰もすぐには答えなかった。
リーネが、慎重に言葉を選ぶ。
「確実なのは無秩序な存在ではないということです。」
「観測し、測り、判断する」
「光そのものよりも“運用”を見ています」
ルアナが、不安そうに眉を寄せる。
「つまり次は」
リーネは、リュミエを見る。
「あなた個人ではなく、あなたたちが対象になる可能性が高い」
その言葉に、空気がわずかに重くなった。
(私だけじゃなくて皆も)
リュミエは、無意識にエアルの手を握る。
エアルは何も言わず、ぎゅっと握り返した。
ライルは、その様子を見て、静かに口を開く。
「それなら私の判断は間違っていなかった」
ゼクスが、ちらりと彼を見る。
「盾になるってやつか」
「ええ」
ライルは、淡々と続ける。
「光を使う者が前に立ち続ければ必ず消耗する」
「ならば光の使われ方を変える必要がある」
リュミエは、歩みを止めた。
「ライルさん」
彼は、振り返る。
リュミエは、少しだけ迷ってから、言葉を選んだ。
「私次も前に立つと思う」
それは宣言ではない。
覚悟の確認だった。
「でも」
視線を上げる。
「前に立つ“順番”は私一人じゃなくていい」
ライルの目が、わずかに揺れた。
そして静かに、頷く。
「それでいい」
その瞬間。
胸の奥で、眠っていた光がほんの一瞬、確かに応えた。
(光も聞いてた、私が独りじゃないって)
エアルが、そっと口を開く。
「リュミエ」
「ぼく」
言葉を探すように、一度息を吸う。
「またこわくなると思う。でも」
小さな手が、リュミエの指を掴む。
「にげない」
リュミエは、静かに微笑んだ。
「うん」
「それでいい」
リーネが、地図を見ながら告げる。
「この先に中規模の街があります」
「分岐域を越えた者たちが、最初に辿り着く場所です」
ゼクスが、鼻で笑う。
「歓迎されねぇ気もするな」
「可能性は高い」
リーネは否定しない。
「“境界を越えた存在”は、どこでも注視されます」
ライルはゆっくりと息を吸い、背負い袋の位置を直す。
いつもと同じ重さ。
だがそこに込められた意味は、確実に変わっていた。
光をつなぐ者。
光を守る者。
そして光を使わせない判断をする者。
ここでの終わりは、派手な戦いでも、明確な勝利でもない。
だが確実に「次へ進む準備」が整いつつあった。
遠くに、街影が見え始める。
次に来るものは、影か、光か、あるいは――。
それを決めるのは、もう“個人の力”ではない。




