表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光の欠片を宿す者【旧台:勇者様は今日も常識はずれ】  作者: 憂姫
理想と現実の間で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/46

37

白霧の街に、朝の光が静かに降り注いでいた。


 霧は完全に姿を消し、澄んだ空気が街路を満たしている。

 石畳は朝露を帯び、家々の白い壁は柔らかな陽射しを反射していた。


 かつて“心を映す霧”に覆われていた街とは思えないほど、穏やかな朝だった。


(……本当に、晴れたんだ……)


 リュミエは胸に手を当て、ゆっくりと息を吸い込んだ。


 胸の光は静かで安定しており、街の空気と溶け合うように落ち着いている。


 昨夜の祝祭の余韻が、まだ街のあちこちに残っていた。

 片付けられた机や椅子、消えかけの灯り、そして家々の窓から漏れる穏やかな寝息。


 エアルはその光景を、少し緊張した面持ちで見つめていた。


「……あさ……」


 その小さな呟きに、リュミエは振り向いて微笑む。


「うん。もうすぐ、出発だね。」


 エアルは胸のペンダントに手を添え、小さく頷いた。


「……ちょっと……どきどきする……」


(初めての旅だもんね……)


(でも……それ以上に、不安が少ない……)


 リュミエはそう感じていた。


 以前のエアルなら、この場に立つことすらできなかったはずだ。

 街を離れるなんて、想像するだけで泣き出していたかもしれない。


 それが今は――

 不安を抱えながらも、前を見て立っている。


(ちゃんと……前に進んでる……)


 胸の奥が温かくなる。


 そこへ、街の人々が少しずつ集まってきた。


 長老を先頭に、昨日笑顔を取り戻した住民たちが、静かに一行を見送ろうとしている。


「リュミエ様……本当に、ありがとうございました。」


 長老は深く頭を下げた。


 その背中は、昨日よりも少しだけ軽く見えた。


「この街は……もう霧に怯えることはないでしょう。

 心の弱さを、互いに隠さず話せるようになったから。」


 リュミエは慌てて首を振る。


「私がしたのは、きっかけを作っただけです。

 街の皆さんが、ちゃんと向き合ったから……霧は晴れたんです。」


 長老は穏やかに微笑んだ。


「それでも……あなたの光がなければ、私たちは向き合う勇気すら持てなかった。」


 その言葉に、胸の光が小さく揺れた。


(……“光をつなぐ”って……こういうことなんだ……)


 エアルが一歩前に出て、街の人々を見回した。


 小さな胸が上下し、緊張が伝わってくる。


「……みんな……」


 声が震えそうになるのを、必死にこらえている。


「ぼく……いってきます……」


 一瞬、静寂が走った。


 次の瞬間――

 街のあちこちから、優しい声が上がった。


「行っておいで、エアル。」

「気をつけるんだよ。」

「帰ってきたくなったら、いつでも戻っておいで。」


 エアルの目に涙が滲む。


「……うん……」


 小さな手が、ぎゅっと握られた。


(怖い……でも……)


(ひとりじゃない……)


 その想いが、胸の光に確かに宿っていた。


 ライルが一歩前へ出て、街の人々に向けて一礼する。


「我々は、外界を巡る旅の途中です。

 この街での出来事は、必ず胸に刻み、次へとつなげます。」


 ゼクスが腕を組んで笑う。


「坊主を預かる以上、半端な旅にはしねぇ。安心しな。」


 ルアナが手を振る。


「エアルくん、またね!成長したら、ぜったい見せに来てね!」


 エアルは小さく笑って、うなずいた。


「……うん……!」


 リーネは静かに付け加える。


「白霧の街は、これから“霧ではなく光で知られる場所”になるでしょう。」


 その言葉に、街の人々の顔が誇らしげに輝いた。


 準備は整った。


 街の門の前で、一行は立ち止まる。


 リュミエは振り返り、もう一度、白霧の街を見渡した。


(ここで出会った光……)


(エアルくん……街の人たち……)


(全部……私の中に残ってる……)


 胸の光が、確かな重みをもって応える。


 リュミエは前を向いた。


「……行こう。」


 その言葉に、皆が頷く。


 一行は、朝の光の中へ歩き出した。


 白霧の街には、もう霧はない。


 けれど――

 確かに“光”は残っていた。


 それは、リュミエの胸に、エアルの胸に、

 そして街の人々の心に、静かに灯り続けている。


白霧の街の門をくぐった瞬間、外の世界の空気がはっきりと変わった。


 街の中に残っていた柔らかな温もりとは違い、外界の風は少しだけ冷たく、けれど澄んでいる。草原の向こうには低い丘が連なり、その先にまだ見ぬ土地が広がっているのが分かった。


 エアルは一度だけ振り返り、街の白い屋根を見つめた。


(……ここが……ぼくの、帰る場所……)


 胸のペンダントが小さく揺れ、心臓の鼓動と重なる。


 リュミエはその様子を横目で見守り、声をかけた。


「大丈夫?」


 エアルは少し考え、ゆっくりと頷いた。


「……うん。さびしいけど……こわくない。」


 その言葉に、リュミエの胸が静かに温かくなる。


(本当に……強くなった……)


 以前のエアルなら、「離れたくない」と泣き出していただろう。

 けれど今は、寂しさを抱えたまま前に進もうとしている。


 ライルが地図を広げ、進行方向を確認した。


「次の目的地ですが……大樹から示された方角を辿るなら、この丘を越えた先になります。」


 指先が示す先には、遠くかすむ山影が見えた。


 リーネが補足する。


「この一帯は“外界の分岐域”と呼ばれています。光や魔素の流れが交差しやすく、異変が起きやすい場所です。」


 ゼクスが眉をひそめる。


「つまり……次も平穏じゃねぇってことだな。」


 ルアナが苦笑しながら肩をすくめた。


「でも、その分……新しい出会いも多い場所だよ。」


 その言葉に、リュミエの胸の光が小さく揺れた。


(新しい光……)


(エアルくんみたいに……誰かが、きっと待ってる……)


 丘を登り始めると、風景が少しずつ変わっていく。


 草の色は淡く、風の流れが複雑に絡み合っているのが肌で分かる。

 目には見えないが、外界の力がここで交差しているのだと、胸の光が教えてくれていた。


 エアルがふと立ち止まった。


「……リュミエ……」


 リュミエはすぐに足を止め、振り返る。


「どうしたの?」


 エアルは胸に手を当て、少し困ったような顔をしている。


「……ひかりが……さっきから……ちょっと、ざわざわする……」


 リュミエは自分の胸にも意識を向ける。


 確かに、わずかな違和感がある。

 白霧の街を離れた直後よりも、胸の奥が落ち着かない。


(これ……)


(遠く……すごく遠くから……)


 ライルも異変に気づいたようで、周囲を警戒した。


「……私も感じます。何かが……こちらを“見ている”ような……」


 リーネが静かに言葉を重ねる。


「恐らく、強い光……もしくは、それに近い存在です。まだ正体は掴めませんが……無関係ではないでしょう。」


 ゼクスが剣の柄に手をかける。


「歓迎されてねぇ感じだな。」


 ルアナがエアルの手を取る。


「大丈夫だよ。みんな一緒だから。」


 エアルは小さく頷いたが、視線は丘の向こうから離れなかった。


(……なんだろう……)


(こわい……でも……)


(助けを……呼んでる……?)


 リュミエの胸の光が、はっきりと脈打つ。


(これは……白霧の街の時と、少し違う……)


(もっと……鋭くて……)


(でも……消えかけてる……)


 リュミエは深く息を吸い、仲間たちを見渡した。


「……この先に……“助けを待ってる光”がある。」


 その声は静かだったが、確信に満ちていた。


 ライルは一瞬も迷わず頷く。


「ならば、行きましょう。あなたの光が示す方へ。」


 ゼクスが苦笑する。


「相変わらず、厄介ごとに一直線だな。」


 リュミエは少しだけ困ったように笑った。


「……でも、放っておけないんだ。」


 エアルが、リュミエの服の裾を握った。


「……ぼくも……いっしょに……いく。」


 その声には、恐怖よりも覚悟が勝っていた。


 リュミエはエアルの頭を優しく撫でる。


「ありがとう。エアルくん。」


 丘の頂に立った瞬間、風景が一気に開けた。


 谷、川、森、そして遠くの山々。

 そのどこかに、次の“光”がある。


 しかし同時に――

 胸の光が、今までにないほど強く、そして重く脈動した。


(……これは……)


(光だけじゃない……)


(影も……同時に動いてる……)


 リュミエは無意識に胸を押さえた。


 ライルが静かに声をかける。


「……感じましたね。」


 リュミエは小さく頷いた。


「うん……次は……簡単じゃない……」


 それでも、彼女の足は止まらなかった。


 光をつなぐ者として、

 守るべきものを知ってしまった者として。


 一行は丘を下り、新たな地へと歩み出す。


 白霧の街に残した光を胸に、

 そして――次に待つ“試練”の気配を感じながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ