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白霧の街に活気が戻りはじめ、霧が晴れたことを祝うように人々の明るい声が響いていた。
広場では住民たちが手分けして布を飾り、木のテーブルを並べ、果物や焼き菓子を配り合っている。霧に閉ざされていた時間を取り戻すように、街は柔らかな光と笑顔で満たされつつあった。
リュミエはその光景を見守りながら胸に手を添えた。
(こんなに……暖かい光……)
(さっきまで、あんなに不安と恐怖で包まれていた街だったのに……)
胸の光が安心したように静かに脈打つ。
すると、エアルが小さく駆け寄ってきた。
「リュミエ……!」
リュミエはしゃがみ込み、目線を合わせた。
「どうしたの?エアルくん。」
エアルは胸の前でそわそわと手をもじもじさせながら、何か言い出せずにいた。
「……あのね……ぼく……お願いがあるの……」
リュミエは優しく微笑む。
「うん。言ってみて?」
エアルは深呼吸をして、小さく震える声を絞り出した。
「ぼく……リュミエたちと……いっしょに行きたい……!」
リュミエの瞳がわずかに揺れた。
(エアルくんが……?)
エアルは必死に続ける。
「ぼく……この街が好き。でも……こわかった。霧のなかでひとりになって……こわかった……!」
胸に手をあて、ぎゅっと握りしめる。
「でも……リュミエがきて……ひかりをつないでくれたとき……ぼく……はじめて……あったかいって思ったの……」
リュミエの胸がきゅっとなる。
(あ……そんなふうに思ってくれてたんだ……)
エアルの目には迷いと、強い決意が宿っていた。
「だから……ぼくも、ひかりをつなぎたい……リュミエみたいに……!」
「……エアルくん……」
その言葉を聞きつけたのか、少し離れた場所で準備をしていた住民たちも驚いたようにこちらを見つめている。
長老もゆっくり近づき、静かに言った。
「エアル……本当に、行きたいのか?」
エアルは迷わず頷いた。
「うん……行きたい。だって……ぼくのひかり……このままだと……こわがられるだけだもん。でも……リュミエがいると……ぼくのひかり……あったかくなるの……!」
(そんな……)
(私なんかの光で……こんなに安心してくれて……)
リュミエの胸の奥が熱くなり、胸の光が小さく震えた。
長老は目を閉じ、深く息を吐いた。
「エアル……私たちはお前を失いかけて……ようやく戻ってきたばかりだ。」
エアルの肩が少しすくむ。
しかし長老は続けた。
「だが……その上でお前が“自分の光を見つけたい”と願うのなら……止める理由などない。」
エアルは驚き、長老を見上げた。
長老は微笑む。
「行きなさい、エアル。リュミエと共に行くのが……お前の光の道ならば。」
エアルの瞳が大きく開き、涙が溢れそうになる。
「……いいの……?」
「もちろんだ。私たちは……もう間違えたくない。」
その言葉に街の住人たちも頷き合った。
「エアル、大丈夫だよ。」
「帰ってきたくなったらいつでも戻っておいで。」
「あなたの光……きっと誰かを救えるよ。」
たくさんの声がエアルを包み込み、その小さな肩を押し出すように励ましていた。
リュミエはゆっくりと手を伸ばし、エアルの頬に触れた。
「エアルくん……本当に、私たちと来たいの?」
エアルはまっすぐリュミエを見上げ――弱いながらも確かな光を宿す瞳で言った。
「うん……ぼく……リュミエみたいになりたいから……!」
(あ……)
(この子……本当に……光を“つなぎたい”と思ってる……)
胸の光が優しく震え、エアルの光と寄り添うように明滅した。
そのとき――
ライルが静かに近づき、リュミエの肩に手を置いた。
「リュミエさん。」
リュミエが振り向く。
「エアルくんを連れて行くことに、不安はありませんか?」
「……不安はあるよ。でも……」
リュミエはエアルの小さな手を握った。
「でも……エアルくんはもう、“ひとり”じゃない。私たちが一緒にいれば……大丈夫だと思う。」
ライルはその答えに目を細め、小さく頷いた。
「わかりました。では――エアルくんを、正式に我々の旅に迎え入れましょう。」
ゼクスが大きく笑う。
「ちっこいのが増えるのか!いいじゃねぇか!面倒は増えそうだがな!」
ルアナが嬉しそうに手を叩く。
「わぁ!エアルくん、よろしくね!一緒にがんばろ!」
エアルの顔がぱっと明るくなる。
「……うん!!」
その笑顔は、この街で見せたどんな表情よりも輝いていた。
(この出会いが……誰かを救う光になるのかもしれない……)
リュミエは胸の光が優しく広がるのを感じた。
こうして――
白霧の街を救った少女リュミエと、光を持つ少年エアル。
二人の光がつながり、新たな旅路が始まろうとしていた。
白霧の街が完全に霧を晴らし、温かな陽光を迎え入れる頃。
街全体は小さな祝祭の準備に包まれていた。人々が灯りのついたランタンを吊るし、色とりどりの布を飾り、食べ物を広げる。霧に閉ざされていた暗い日々から解放された喜びが、あちこちで花のように咲き始めていた。
その中心にいるのは――リュミエとエアル。
エアルは胸に手を当て、時折その光を確かめるように指をそっと添えていた。
胸に宿る光はまだ不安定だが、確かに暖かさを帯びはじめている。
(エアルくん……こんなに穏やかな顔……)
(ほんとに、ここまでよく頑張ったんだ……)
胸の光が、彼の変化に寄り添うように優しく脈打つ。
リュミエはエアルの肩に手を添えながら、街の人々の様子を見渡した。
「エアルくん、街のみんなとお話してみる?」
エアルは少しだけ躊躇したが、すぐに小さく頷いた。
「……うん……リュミエがいれば、こわくない。」
その言葉にリュミエはそっと微笑む。
(もう……ひとりじゃないって思えてるんだ……)
(大丈夫。少しずつ、ゆっくりでいいからね……)
すると、街の女性たちが果物の籠を抱えて近づいてきた。
「エアル、これ……あなたの好きな実よ。霧のせいでずっと渡せなかったんだけど……」
エアルの目が驚きで丸くなる。
「ぼく……これ、すき……」
女性は優しく笑みを浮かべた。
「知ってるよ。あなたがよく市場に来て、迷いながら選んでいたのを見ていたもの。」
エアルは一瞬ためらったが、籠を抱きしめるように受け取り――
ほんの少しだけ、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見た街の人々の表情も、ふっと和らいだ。
「やっぱり、かわいい子じゃないか。」
「怖がっていたのは、私たちのほうだけだったのね。」
リュミエは胸の奥が温かくなる。
(そうだよ……エアルくんは、優しい子だよ……)
そこへ長老が今度はゆっくりと近づいてきた。
「エアル、これを持っていきなさい。」
長老の手に握られていたのは、小さな銀のペンダント。
霧をかすめるように光を反射し、繊細な細工が施されて美しい。
「これは……?」
「代々、この街に伝わる“霧避けの護符”だ。身につけている者は霧に心を飲まれづらくなる。旅に出るお前には必要だろう。」
エアルは胸を押さえた。
「……ぼくなんかに……」
長老は優しく首を振った。
「お前が必要なんだ。ここで救われた心を、胸に刻んでいきなさい。」
リュミエの胸がきゅっと締めつけられた。
(エアルくん……みんなからこんなに大事にされてたんだ……)
ルアナが駆け寄り、エアルに手を振る。
「わぁ!すごく似合ってるよ、エアルくん!」
ゼクスも頭をかきながら笑う。
「坊主、旅ってのは大変だが……まぁ、俺らがついてるからなんとかなるだろ。」
ライルは穏やかな表情で言う。
「エアルくん、私たちはあなたを歓迎します。あなたの光……大切にしていきましょう。」
エアルの瞳に涙が浮かび――
やがて、それがこぼれ落ちた。
「……ありがとう……!」
その声には、恐怖でも不安でもない。
確かな“希望”が宿っていた。
リュミエはそっとしゃがみ込み、エアルの手を包んだ。
「エアルくん……私たちの旅は、まだまだ続くよ。」
「うん……!」
「これから、いろんな光と出会う。だから……」
リュミエは胸の光がふわりと揺れるのを感じながら、言葉を続けた。
「一緒に行こう。エアルくんの光で……たくさんの心を照らしてあげよう。」
エアルの顔に、まだ幼いけれど確かな決意が宿った。
「うん……!ぼく……がんばる……!」
その時、空に夕陽が広がり、白霧の街の屋根を金色に染めた。
霧を抜けた光が、エアルの胸の光と重なるように輝く。
(あぁ……きれい……)
(エアルくんの未来は……こんなふうに輝くんだ……)
リュミエの胸の光もそれに応えるように柔らかく脈打った。
こうして――
新たな仲間・エアルを加えたリュミエたち一行は、
次なる光を求めて歩み出す準備を整えていくのだった。




