29
外界の村は、朝の光に包まれ、昨夜の混乱が嘘のように穏やかな時間を取り戻していた。
だがミナたちの前には、未だ消えない“光の道”が伸びている。
大樹の奥から生まれたその道は、淡い金色の光を帯び、外界の深部へと続いていた。
まるで大樹自身が「進みなさい」と示しているかのようだった。
ミナはその光を見つめながら、胸を押さえる。
胸の光が、昨夜のような苦しさではなく、
期待と緊張を含んだ柔らかい脈動を繰り返していた。
(行かなきゃ……
でも……すごく……怖い……
だって外界の深部なんて、私……何も知らない……
でも……それでも……歩きたい……)
その迷いと決意が混ざった想いを、光はすべて感じ取っているように揺れ続ける。
ライルがミナの横に並び、そっと問いかける。
「ミナ。
まだ光は……“痛む”感覚がありますか?」
ミナはゆっくり首を振る。
「ううん……痛くないの……
でも……なんていうのかな……“呼ばれてる”みたいな感じ……
奥に……手を引っ張られるみたいに……」
リーネが穏やかに説明する。
「大樹が示す道は、大樹自身が必要と判断した時にしか開かれません。
ミナ様の光と大樹の意思が一致したから、この道が生まれたのでしょう」
ゼクスが腕を回しながら笑う。
「つまり、行くしかねぇってことだな。
大樹が案内役なら、そう簡単に危険にはならねぇだろ」
ルアナがミナの手を握る。
「ミナ、深部はね……綺麗な場所も怖い場所もあるよ。
でも大樹が示した道なら大丈夫。
“歓迎されてる道”だから!」
ミナはぎゅっとルアナの手を握り返し、小さく息を吸った。
(歓迎されてる……
そう言われると……胸が少し軽くなる……
外界の深部って……どんなところなんだろう……)
ミナが光の道へと一歩踏み出したその瞬間――
胸の光がふわりと膨らみ、大樹から柔らかな風が吹いた。
その風はミナの髪や草花を揺らし、
まるで「大丈夫」と言ってくれているようだった。
ミナは不意に涙がこぼれ、慌てて目元を押さえた。
「なんで……涙が……」
ライルはミナの肩に触れ、優しく微笑む。
「大樹が……あなたの決意を喜んでいるんですよ。
光が安堵している……そんな反応です」
ミナは目を閉じ、胸の光にそっと語りかける。
(大丈夫だよ……
行こう……一緒に……
外界の奥を……見に行こう……)
光は、まるで答えるように暖かく揺れた。
ミナたちは光の道を進み始めた。
道は足元に柔らかい光の花が咲いているような形で続き、
歩くたびに淡く光がはじけて、小さな粒が宙へ舞い上がった。
リーネがその粒を見ながら言う。
「これは……“導きの花”ですね。
大樹が旅人に与える、道しるべの光です」
ゼクスが目を細める。
「なんつーか……幻想的すぎて現実感がねぇな」
ルアナが笑う。
「外界ではよくあるよ?
でもこれだけ綺麗なのはミナが一緒だからだと思う!」
ミナは頬に手を当てて、少し恥ずかしそうに言った。
「わ、私のせいで……?」
リーネが微笑む。
「ミナ様の光の魔素に引き寄せられたのです。
大樹も、光森林も……
光を好む存在は、あなたの近くでは本来以上に姿を見せるでしょう」
ミナは胸が熱くなり、光を見下ろす。
(私の光が……呼んでるんだ……
こんなに綺麗な景色……
全部……光のおかげ……
なんだか……嬉しい……)
しかし――
光の道を進むにつれて、ミナの胸に“別の感覚”も生まれ始めていた。
(……あれ……?
なんだろう……
誰かに……見られてる……?
違う……
“待たれてる”……?)
ミナは思わず足を止めた。
ライルが振り向き、心配そうに声をかける。
「ミナ?どうしました?」
ミナは胸を押さえ、不安と期待の混ざる表情で言った。
「なんか……呼ばれてるの……
さっきよりもっと強く……胸の奥が引っ張られるみたいで……
誰かが……待ってる気がして……」
ルアナが目を丸くする。
「えっ……ミナに?
誰が……?」
リーネは真剣な顔でミナの胸の光を見つめた。
「……ミナ様の光が“対になる存在”……
あるいは“大樹の親類の精霊”に反応している可能性が……」
ゼクスが眉をひそめる。
「つまり……何かいるってわけか」
大樹の光の道は、さらに深く奥へと続いていた。
ミナは胸の光にそっと触れ、心の中で尋ねる。
(誰……?
私を……呼んでるの……?
それとも……私が……会いに行きたいの……?)
光は答えるように、柔らかく、しかし確かに脈打った。
ミナはその鼓動を感じながら、一歩前へ踏み出した。
「行こう……
怖いけど……
光が……進めって言ってるの……!」
ライルが頷く。
「わかりました。
ミナを守りながら進みます。
一緒に行きましょう」
ミナの胸の光は、
その言葉に応えるように強く輝いた。
光の道を進むほどに、外界の空気は静かになり、
風の音さえもゆっくりとした呼吸のように、穏やかなリズムへ変わっていった。
ミナは胸を押さえながら、足元に広がる淡い光の花びらを見つめる。
光に触れるたび、胸の奥がほんのり熱くなり、
まるでこの道そのものがミナを歓迎しているように思えた。
(どうして……こんなに……安心するの……?
王都では……歩く道が怖かったのに……
今は……ただ前へ進むだけで……胸が暖かい……)
光はミナの迷いを少しずつ溶かし、
不安と期待が混ざる胸の奥を、柔らかく包んでいく。
ゼクスが後ろから状況を確認しつつ歩いていた。
「静かすぎるな……
外界の深部ってもっと騒がしいかと思ってたんだが」
リーネが淡く笑い、軽く杖を持ち直す。
「深部といっても、“大樹に選ばれた道”ですから。
危険を避けて案内するよう、調整されているのだと思います」
ルアナが前を指差して飛び跳ねる。
「そうそう!大樹が開く道は全部“安全ルート”だから!
でも……たまに“歓迎されすぎて迷子になる”けどね!」
ゼクスが眉を寄せる。
「歓迎されすぎて迷子……?どういう状況だそれ……」
ルアナは悪びれず言った。
「だって光が綺麗で吸い込まれるんだもん」
ミナは思わずクスッと笑った。
(吸い込まれる……気持ちわかるかも……
こんな綺麗な道……見たことないから……)
しかし――
深部へ向かうほどに、胸の光はさらに強く脈動を始めた。
ミナは足を止め、胸を押さえる。
「ん……また……強くなってる……
まるで……呼ばれてるみたいに……」
ライルがすぐにミナへ寄り、光の揺れを確認するように見つめた。
「痛みはありますか?
昨日のような “暴走の兆候” ではなさそうですが……」
ミナは小さく首を振る。
「痛くないの……
でも……なんていうか……“ここじゃない”って言われてるみたいで……
もっと……奥に……なにかがいる感じ……」
リーネが神妙な面持ちで魔素の流れを読む。
「……これは……“対の精霊”が反応している波動……
大樹の近縁の精霊か、あるいは……
ミナ様の光と深く関わる存在が、この先に……」
ゼクスが肩を鳴らす。
「つまり、誰かさんが“お呼ばれ”してるってわけだ」
ミナは胸を押さえながら、小さく呟く。
「……怖い……
でも……
行かなきゃいけないって……光が言ってる……」
ライルはミナの手にそっと触れた。
「ミナ。
あなたは一人では行きません。
必ず僕たちが隣にいます」
その言葉が胸に染みて、光がふわりと温かく揺れた。
(この人が隣にいるだけで……
こんなにも安心するんだ……
不思議……
でも……嬉しい……)
そして一行は、光の道をさらに進んだ。
---
“深部の境界” に触れる瞬間
光の道の先、木々の並びが不自然に途切れていた。
小さな湖がある。
水面は鏡のように滑らかで、周囲の光を反射し、夜空の星を閉じ込めたように輝いていた。
ミナはその景色を見た瞬間、息を呑んだ。
(きれい……
こんな場所……まだ世界にあったんだ……)
湖の中心に、小さな島のように浮かぶ光の塊。
まるで蕾のようであり、
心臓のようでもあり、
光を吸って、また吐き出している。
胸の中にいる光と同じリズムで。
ミナは足が勝手に前へ出る。
「……あれ……」
ライルが慌てて手を取る。
「ミナ、危険かもしれません。無理に近づかないで――」
ミナは首を振った。
「違うの……
あれ……私と……同じ……
光が……同じなの……!」
胸の光が激しく脈打ち、痛いほどの共鳴が起こる。
リーネは震える声で言った。
「……まさか……
“外界核”――!」
ゼクスが目を細める。
「核って……なんだよ?やばい奴か?」
ルアナが息をのみながら説明する。
「外界にはね……“世界そのものの心臓”って呼ばれるものがあるの。
それが外界核。
光を扱える存在は……みんな、あれの影響を受けてるんだよ……!」
ミナの呼吸が荒くなる。
胸の光が、湖の光へ必死に応えようとしている。
(呼ばれてる……
あの光に……
私、行かなきゃ……)
ライルはミナの手を強く握り、目を合わせた。
「ミナ。
行きたいと思うなら……僕たちも一緒に行きます」
ミナは唇を震わせ、言葉を拾い上げるように呟いた。
「……こわい……
だけど……行きたい……
あの光の意味……知らなきゃ……前へ進めないから……」
胸の奥の光は確かに答えていた。
“行け”
“向き合え”
“ここに来た意味を知れ”
ミナは足を進め、光の湖のほとりに立った。
胸の光が水面の光を吸い寄せるように揺れた。
湖の中央の“外界核”もまた、鼓動で応える。
世界が、ミナを呼んでいた。




