28
外界の大樹に守られた夜が明け、村は柔らかな朝日に包まれていた。
光花は夜の輝きを閉じ、薄い露を纏って静かに揺れている。
ミナは大樹の根元に腰掛け、胸の光を撫でながら朝の風を吸い込んだ。
「……外界の朝って……気持ちいい……」
胸の光も柔らかく明滅し、昨夜の恐怖が嘘のように落ち着いている。
ライルが隣に座って、少しだけ微笑んだ。
「眠れましたか?」
ミナは小さく頷く。
「うん……大樹の中って、なんか……安心して眠れた。
夢も……あったかかったよ」
ライルは胸に手を当てるミナを見て、穏やかな声で言った。
「ミナの光も……落ち着いていますね」
ミナはぱちりと瞬きをした。
「わかるの……?」
「ええ。
昨日の光は“助けを求める”ように震えていましたが……
今は……“ここにいたい”と穏やかに揺れています」
ミナは顔を赤くし、胸をそっと押さえた。
(ライルさん……そんなふうに……)
その時、ルアナが元気な声で走ってきた。
「ミナー!ライルー!朝ごはんできたよー!」
ゼクスも欠伸をしながらやってくる。
「外界の朝メシってやつも試してみるかー」
リーネは大樹に手を当てて魔素を読み取りながら言った。
「昨夜の大樹の反応……まだ少し余韻が残っています。
ミナ様の光が……ここまで影響力を持つとは思いませんでした」
ミナは不安そうに胸を見下ろす。
「……影響しすぎ……だったりする……?」
ルアナが笑って手を振る。
「ちがうよ!
大樹はね、“好きな人の光”じゃなきゃあんなに動かないんだよ?」
ミナは顔を真っ赤にした。
「す、好きって……!」
ライルは軽く咳払いをして話題を変える。
「黒鷲の隊員たちはどうなりましたか?」
ルアナは顎に手を当て、外を指差す。
「まだ村から離れたところで迷ってるみたい。
大樹の結界が強すぎて、しばらくは近づけないよ」
ゼクスが満足げに笑う。
「なら安心だな。
この村にいる限り、奴らは手も足も出ねぇってわけだ」
ミナは少しだけ息をつき、胸の光を見つめる。
(本当に……ここなら……大丈夫なんだ……
こんな場所……あったんだ……)
その時、大樹の内部から風が吹いた。
ミナの胸の光がふわりと揺れ、
大樹の葉がかすかに揺れ響く。
ルアナが目を丸くする。
「……大樹がミナを呼んでる」
ミナは驚いて振り返る。
「えっ……また……?」
ライル、ゼクス、リーネも身構えたが、
大樹からは穏やかな風しか来ない。
リーネが静かに言った。
「昨夜のような“緊急”ではありません。
これは……“伝えたいことがある”という反応です」
ミナは胸の光を押さえたまま、大樹の根元へ近づいた。
木肌に触れると、心に直接、声が触れた。
“ミナ”
ミナは小さく息を呑む。
(また……聞こえる……!)
“あなたの光は、この世界と繋がっている”
“あなたは……外界の子”
ミナの胸が強く脈打つ。
「外界の……子……?」
ライルと仲間たちは静かに見守っていた。
大樹の声は、さらに深くミナへ語りかける。
“あなたが持つ光は、王都のものではない”
“あなたが生きる場所は……ここ”
“境界を越えたのではない。
本来の場所へ、戻っただけ”
ミナの瞳が揺れた。
(戻った……?
わたしの……場所……?)
大樹の声は続く。
“光は自由であれ”
“そして――選びなさい”
ミナははっと顔を上げる。
「選ぶ……?」
ゼクスが眉をひそめる。
「選ぶ?何をだ?」
リーネが息を飲む。
「……もしかして……これからの“道”を……?」
ルアナがミナの手を握る。
「ミナ……大樹はね、自分の居場所を選べって言ってるんだよ」
ミナは胸に手を当て、深く息をした。
昨日、必死に逃げた王都。
その後に見た、外界の光。
この村の温かさ。
大樹の声。
ルアナの手の温もり。
そして――
ライルの支え。
ミナの光が、答えを探すように柔らかく揺れた。
(ここで……生きていいの……?選んでいいの……?怖い……でも……)
その時――
ミナの胸の光が、ひときわ強く輝いた。
大樹が揺れ、枝葉が光を返す。
ミナは胸に手を当てたまま、小さく呟いた。
「私……もう……逃げたくない……みんなと……この世界で……生きたい……」
ライルがそっとミナの肩に触れた。
「ミナ。それがあなたの“選ぶ道”なら……僕たちは、どこまでも支えます」
ミナの胸がまた光る。
その光は――決意の色だった。
ミナの胸の中で、光がゆっくりと脈打っていた。
その光は、昨夜の恐怖に揺れた弱々しい色とは違い、
まるで小さな心臓のように、
“生きる”と“願う”力を宿した確かな鼓動だった。
外界の大樹は、その光に呼応するように葉を揺らし、
枝の影が優しい揺れを描く。
ミナはぼんやりとその揺れを見つめながら、
胸の奥から込み上げてくる温かい感情に気づいていた。
(不思議……
怖いことがあったばかりなのに……
大樹のそばにいるだけで……心が落ち着く……
どうしてだろう……)
胸の光が、まるで「ここにいて」と言うように揺れる。
ルアナはその変化を見て、目を輝かせた。
「ミナ……大樹が喜んでる……!
ミナの光と、大樹の温度が同じになってるんだよ!」
ミナは驚きに胸を押さえる。
その形は、まるで心臓を抱くように、そっと包む形になってしまう。
リーネが静かに言う。
「この力の同調……外界の民でもめったに見ません。
ミナ様の光……本当に“外界の子”として扱われ始めています」
ゼクスは大樹に寄りかかりながら、肩で笑う。
「つまりここはミナのホーム。
俺たちもそのおこぼれで守ってもらえてる……ってわけだな」
ミナはその言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
(守られてる……
私が……?
外界に……?
こんなの……ありえないのに……
でも……嬉しい……)
気づけば、頬が少し熱くなっていた。
そして――
ライルがそっとミナの隣に膝をついた。
その動作は静かで、派手でもないのに、
ミナの心に一番強く、優しく触れた。
「ミナ。
あなたが選んだ場所なら……僕たちはどこにでも行きます」
ミナは息を呑んだ。
胸の奥で、光が跳ねるように揺れる。
(……そんなふうに言われたら……
怖かった気持ちが、全部……溶けちゃう……)
目の奥が熱くなり、視界が潤む。
「……ライルさんが……いてくれるなら……
私……もっと強くなれる……
そう思えるの……」
言ってしまった瞬間、
一気に顔が熱くなった。
(わ、私……何言ってるの……!?
でも……本当にそう思ったから……
嘘じゃない……
あ……恥ずかしい……)
ライルは優しく微笑んだ。
その微笑みは、ミナが初めて王都で見た冷たい人々の笑顔とは違い、
本物の温度を持つ微笑みだった。
ゼクスが茶化すように咳払いをした。
「うぃーっす。朝から甘い空気だなー。
俺たちもいるの忘れんなよ?」
ミナは赤面し、視線をそらす。
「ち、違っ……!違うの……!」
ルアナが笑いながらミナの手を握った。
「ミナ。決めたなら……大樹に“言葉”で伝えなきゃだめだよ。
心だけじゃなくて……言葉で伝えた時、大樹は本当に動くの」
ミナの心が大きく揺れた。
(言葉で……
ちゃんと……?
そんなこと……できるかな……
でも……大樹は待ってくれてる……)
ミナはゆっくりと大樹に向き直った。
光が胸の奥から上り、喉の奥が熱くなる。
大樹の幹に手が触れた瞬間――
“ミナ”
心に声が流れ込んだ。
ミナの背中がびくりと震える。
(また……聞こえた……
大樹……)
声は風のようであり、光のようであり、
優しいのに、底が見えないほど深かった。
“あなたの光は、この世界と繋がっている”
“あなたは……外界の子”
ミナの瞳が揺れる。
(外界の……子……?
私……そんな……)
“選びなさい”
その一言が、胸に重く染み込んだ。
ミナは深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。
肩が震え、膝が少しだけ力を失いそうになる。
(選ぶ……
逃げるか……ここで生きるか……
私が……選ぶ……)
怖かった。
でも――
それ以上に、今の光景を失いたくなかった。
ミナは大樹へ向かって、一歩前へ出る。
心の奥の震えを押し殺し、必死に言葉を搾り出した。
「大樹さん……ありがとう……
私……この場所が好き……
胸が苦しくなくて……
光が……ここだと自由で……
誰も怖がらなくて……
優しくて……
あったかくて……
生きてていいって……
そう思えるの……」
声が震える。
涙がこぼれそうになる。
でも――止めなかった。
「だから……私……
ここで生きたい……!
逃げるだけじゃなくて……
みんなと一緒に……外界で……歩きたい……!」
その瞬間――
大樹が光で満たされた。
ミナは息を飲んだまま動けない。
光の粒が彼女の周りへ降り注ぎ、
頬に触れるたびに温かさが広がる。
ルアナが叫ぶ。
「すごい……!大樹が……ミナを“迎えてる”!!」
リーネは感動に震えていた。
「ここまで強い祝福は……外界の歴史でも珍しい……
ミナ様は……外界そのものに認められたのです……!」
ゼクスは腕を組み、満足げに言う。
「よっしゃ。これでミナは正式に外界の子だな。
もう王都の連中なんか怖くねぇ」
ミナの胸の光がさらに強く揺れ、
その中に“嬉しい”という感情が形になるように震えた。
(ここが……
本当に……私の……居場所……)
ライルがそっとミナの肩へ触れた。
「ミナ。
本当に……よく言えましたね。
あなたの決意、僕たちも受け取りました」
ミナは涙をこぼしながら微笑む。
「うん……ありがとう……!
私……怖かったけど……
でも……みんながいて……
外界が受け止めてくれて……
大樹さんが背中を押してくれて……
だから……言えたの……!」
その時――
大樹の奥に光の道が生まれた。
まるで精霊たちが踊るように揺れ、
遠くの外界深部まで続く“旅の入口”が現れていた。
リーネが息を呑む。
「大樹が……次の道を示している……
ミナ様に……“進め”と言っているのです……!」
ゼクスが笑い、拳を鳴らす。
「なら行くしかねぇだろ。
外界の奥なんて、わくわくしてくるな」
ルアナはミナの手を握り、瞳を輝かせる。
「ミナ!一緒にいこ!
外界にはね……もっとすごい場所がいっぱいあるんだよ!」
ミナの胸にある光が応えるように跳ねた。
(行きたい……外界の先を……見てみたい……
この光と……みんなと……)
ミナは大きく頷いた。
「うん……行こう……!
私の光が行けって言ってるんだもん……!」
ライルは穏やかな笑みを浮かべたまま、
ミナの背にそっと手を添えた。
「では……ミナの選んだ未来へ。
僕たちみんなで」
ミナの胸の光は――
決意と始まりの輝きをその形に宿し、
優しく、力強く、光り続けていた。




