27
外界の村エルネアは、黒鷲特務隊の侵入に強く反応し、大地と光花が生き物のように動き出していた。
ミナたちはルアナの先導で、大樹の裏手へと走り抜ける。
足元の根がまるで“道を作るように”動き、彼らを安全地帯へ導いていく。
ミナは胸を押さえながら息を切らす。
「はぁ……はぁ……胸が……熱い……!」
ライルが横でミナの背を支える。
「無理をしないでください。光が暴走しそうです……!」
ミナは涙目で首を振る。
「でも……守りたい……!村も……みんなも……!」
胸の光はミナの感情に呼応し、どんどん強く脈打っていく。
リーネが後ろを振り返り、魔素の流れを読む。
「黒鷲隊員たち……進めていません!大地が完全に行く手を塞いでいます!」
ゼクスが短剣を握りしめながら叫ぶ。
「なら一気に逃げ切るぞ!ミナ、持ちこたえろよ!」
村の奥には、巨大な大樹の根が絡み合い形成した洞窟のような空間があった。
ルアナが手を振る。
「ここだよ!大樹の“内側”なら安全なの!」
ミナたちはその空間へ駆け込み、大樹の影に身を寄せた。
大樹の内部は微かに光り、草と木でできた壁は柔らかく脈を打っているようだった。
ミナは驚きに目を見開く。
「ここ……生きてる……?」
ルアナが頷く。
「大樹はね……村全体を守る精霊なんだよ。ミナの光が大樹を呼んだの」
ミナの胸の光がふわりと揺れる。
(大樹が……私を……?)
その時だった。
外から黒鷲の怒号が響く。
「勇者ミナ・カミシロ!
抵抗は無意味だ!
これ以上の逃亡は――」
その声が途切れた。
轟音が響き、大地が揺れる。
ルアナが外の状況を見て、叫ぶ。
「大樹が……隊員たちを外側へ押し返してる!
こんなの……初めて見た……!」
リーネが震える声で言う。
「ミナ様の光……外界においては“祝福”として扱われているのかもしれません……」
ゼクスが壁を叩きながらつぶやく。
「つまりここはミナのホームグラウンドってことか」
ミナは大樹の内部へ視線を向ける。
温かな光が、まるで彼女を包み込むように広がっていた。
(ここ……落ち着く……)
ミナの心が穏やかになっていくにつれ、胸の光も柔らかさを取り戻していく。
その時――
大樹の奥から、柔らかな声が響いた。
“怖がらないで。ここはあなたの居場所”
ミナははっとして胸を押さえる。
「……声が……」
ライルがそばへ寄り、心配そうに尋ねる。
「ミナ?どうしました?」
ミナはゆっくり首を振り、言葉を探すように口を開く。
「誰かに……話しかけられた気が……するの……」
リーネが息をのむ。
「まさか……大樹の精霊が……直接……?」
ゼクスが眉をひそめる。
「精霊って……喋るのか?」
ルアナは真剣な表情で言った。
「大樹は言葉じゃないの。心に直接届くの。
ミナ……大樹はあなたを受け入れてるんだよ」
ミナの胸が再び熱くなる。
(受け入れられてる……?
ここが……私の居場所……?)
外では、黒鷲隊員たちがじたばたと抵抗していた。
だが――
大地が足を絡めとり、木の根が彼らを押し返し、光花が精神を乱す光を放つ。
リーネが冷静に判断する。
「この状況では……黒鷲隊はこの村に近づけません。
大樹がミナ様を“守る対象”と認識しています」
ライルはミナの肩にそっと触れる。
「ミナ。
あなたは……ここでは“歓迎される存在”なんです」
ミナは涙をこぼした。
「ここ……苦しくない……
息が……しやすい……
王都では……ずっと……胸が重かったのに……」
ルアナがミナの手を握る。
「ミナ。あなたの光は、この大樹と似てるんだよ。
だから呼ばれたの。
だから守られてるの」
ミナは胸に手を当て、目を閉じた。
(ここにいても……いいの……?
みんなと……ここで……生きていっても……?)
すると――
胸の奥で、また声が響く。
“あなたは、この世界に選ばれた子”
“光は自由であれ”
ミナの光が大きく優しく揺れ、
大樹の内部に温かな風が吹き抜けた。
その風は、ライルたちの頬も優しく撫でていく。
ゼクスが目を細める。
「なんだ……あったけぇな……」
リーネは深く息を吸う。
「大樹の魔素……ミナ様の光と完全に共鳴しています……」
外の怒号はいつの間にか消えていた。
黒鷲隊員たちは、もはや村の外に押し出され、光花に惑わされ、撤退を余儀なくされている。
ライルはミナを抱きしめるようにして言う。
「ミナ。
あなたはここにいていい。
この世界がそう言っている」
ミナの涙が静かにこぼれ落ちる。
「……嬉しい……
本当に……嬉しい……」
彼女の光は、今日一番の柔らかい輝きを放っていた。
大樹の内部は、まるで温かな胎内のように静かで柔らかかった。
ミナは胸に手を当てたまま、ゆっくりと呼吸を整え、涙を拭った。
大樹の内側の壁に触れると、木でありながら生き物のように脈を打っている。
「……あったかい……」
ミナが呟くと、木の壁はふわりと光を返した。
まるで「わかっている」と言うように。
ライルはその光景を優しい目で見つめる。
「ミナ。
大樹は……あなたを本当に受け入れているようです」
ミナは胸の前で指をぎゅっと握りしめ、首をふるふると振った。
「なんで……なんでこんなに……あったかいの……?
私……こんなの……初めてで……」
リーネがそっと答える。
「外界は、“心”の状態によって反応が変わります。
ミナ様の光が純粋で、守りたいという願いが強いから……
大樹はそれに応えているのでしょう」
ゼクスは腕を組んで壁を見上げる。
「つまり……外界はミナにとって最強の味方ってわけだよな」
ミナは少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「味方……こんなに……優しい世界があるなんて……」
ルアナはミナの手を握りながら言った。
「ね?外界は怖くないよ。
ミナはここで守られてるし……
私たち……友達でしょ?」
ミナは小さく頷き、心からの微笑みを見せた。
(友達……
外界で……友達ができるなんて……
夢みたい……)
だがその穏やかな時間は長く続かなかった。
外から再び、大地が震えるような低い音が響いた。
ミナはびくっとして胸を押さえる。
「ま、また来た……?」
リーネが魔素の流れを読む。
「いえ……黒鷲隊員の気配とは違います。
これは……もっと自然の……大きな魔素……?」
ルアナが青ざめる。
「……もしかして……大樹が“本気”で動いてる……?」
ゼクスが怪訝な顔を向ける。
「どういう意味だ?」
ルアナは唇を震わせながら説明した。
「大樹が全力で動くのはね……“誰かを外敵から隠す時”だけ。
でも……動きすぎると……
本当の力が目覚めちゃうの……!」
ライルが眉をひそめる。
「本当の力……?」
ルアナは声を震わせる。
「大樹の本質は……“守護”じゃなくて……
“境界に干渉する精霊”なの……!」
ミナは息を呑む。
「境界……?」
ルアナが頷く。
「外界と王都の境界。
世界と世界の境界。
大樹は“境界の精霊”。
だから……ミナを守るために……境界に触れようとしてる……!」
ミナの胸の光がぞくりと震える。
(境界……また……越えちゃう……?
どこへ……?)
大樹が唸るように光を放ち、内部全体が揺れ始めた。
ミナは耐えきれず、膝をつく。
ライルが駆け寄り、ミナの肩を抱く。
「ミナ!!無理をしないで!!」
ミナは呼吸を乱しながら涙をこぼす。
「こわい……!
でも……大樹が……守ってくれてる……
それだけは……わかるの……!」
ミナの光がふわりと大樹へ向かって広がる。
それに呼応して、大樹の内部がいっそう明るくなる。
リーネが驚愕する。
「大樹の動き……ミナ様の光が“調整”している……?」
ゼクスも息を呑む。
「ミナが……大樹を制御してるのか……?」
ミナは震えながらも、壁に触れた。
すると――
大樹の光が柔らかくなった。
揺れも収まり、内部は静けさを取り戻していく。
ルアナが目を見開き、涙を浮かべた。
「ミナ……すごいよ……!
大樹の力を……“落ち着かせた”……!」
ミナは戸惑いながら胸を押さえる。
「私……触っただけなのに……?」
ライルはミナの手を優しく包み込み、静かに言った。
「ミナの光は……この世界と同じ波。
だから、ただ触れるだけで……世界が応えてくれるんです」
ミナの胸の光が、安堵のように揺れた。
(私……この世界に……必要とされてる……?
ここでなら……生きていいの……?)
その時、大樹の奥から薄い光が集まり、花のように漂い始めた。
ミナの胸の光に呼応するように、柔らかい色を放つ。
ルアナが息を呑む。
「大樹の……“祝福の光”……!」
リーネが呟く。
「ミナ様の存在を……大樹が正式に認めた……ということです」
ゼクスが軽く笑う。
「じゃあミナはもう、外界の正式メンバーってわけだ」
ミナの胸に温かい涙が滲む。
「私……ここに……いてもいいの……?」
ライルはそっとミナの隣に膝をつき、真っ直ぐに言う。
「もちろんです。
あなたは……この世界に選ばれた光。
そして僕たちの大切な仲間です」
ミナの涙が一筋こぼれ、光の中で揺れた。
胸の光は――
これまでで一番、穏やかで、美しい強さを宿していた。




