26
外界の村で歓迎を受けたミナたちは、村の中央にある大樹の前で夕食をご馳走になった。
木の根をくり抜いた器に入った温かなスープ。
香草の香りが鼻をくすぐり、舌に優しい甘みが広がる。
ミナは一口飲んだ瞬間、目を丸くした。
「おいしい……!」
ルアナが嬉しそうに笑う。
「でしょでしょ!外界草の実を煮込んだスープなんだよ!」
ゼクスがスプーンを止める。
「外界草の……実?草に実がつくのか……?」
ルアナは首をかしげる。
「え?つかないの?」
リーネが苦笑する。
「王都では……つきませんね」
ルアナは衝撃を受けた顔をした。
「えぇ!?じゃあ王都の草は……食べられないの!?」
ゼクスが妙に誇らしげに言う。
「草は草だぞ。見て楽しむだけだ」
ルアナは「信じられない……」と肩を落とした。
ミナは笑いながら草の実をスプーンですくって口に運ぶ。
(甘くて……ちょっとお芋みたい……
外の世界の食べものって……こんなに優しい味なんだ……)
日が落ちると、村は淡い光に包まれた。
家々の壁に咲いた花が、星のように光っている。
ミナは思わず息をのむ。
「わぁ……夜なのに……暗くない……!」
ルアナが得意げに胸を張る。
「これが《光花》だよ!夜になると咲いて光るの!私たちの村は“夜でも眠らない”んだ!」
ライルは静かに周囲を観察しながら頷く。
「自然が光を生む……王都では考えられませんね」
ミナは胸の光を押さえながら、光花の道を歩く。
花の光に呼応するように、胸の光もゆっくりと揺れていた。
(……なんだろう……身体が軽い……
光花の光と……私の光が……似てる……?)
その時だった。
風がふわりと吹き、
胸の光がいつもより強く明滅した。
ミナは思わず立ち止まり胸を押さえる。
「ん……?」
ライルが振り返る。
「ミナ?どうしました?」
「ううん……なんか……胸が……くすぐったい……?」
ゼクスが眉を上げる。
「光が騒いでるのか?」
ミナが答える前に――
村の外、暗い草原の方で“チリ……チリリ……”と小さな音がした。
ミナはそちらへ顔を向ける。
風で草が揺れたわけではない。
明らかに“何か”が近づいている気配。
リーネも魔素の流れに気づき、杖に手を置く。
「……外界獣ではありません。もっと……軽くて……柔らかい気配……?」
ミナは胸の光を抑えながら、小さく呟く。
「なんだろう……私……呼ばれてるみたいな……」
次の瞬間――
村の外の暗闇から、無数の光の粒が舞い上がった。
ミナは目を見開く。
「……蛍……?」
しかし、それは蛍とは呼べない存在だった。
ふわりと漂う光の粒は、やがて形を取り――
小さな、羽の生えた生き物へと変わった。
透明な羽。
淡い光。
ミナの胸の光と同じ波で揺れる小さな命たち。
ルアナが驚きの声を上げる。
「わっ……!《光精霊》だ……!
村にこんなに来るの、初めて見た……!」
ゼクスも目を細める。
「こいつらが……精霊……?」
リーネは震える声で言った。
「光精霊は人に近づかないはず……光を持つ者にのみ惹かれると言われています」
ミナは胸の光を押さえたまま、動けずにいた。
光精霊たちはふわりとミナの周りを漂い、
まるで挨拶でもするように胸の光へ寄り添ってくる。
そのたびに胸が温かくなり、光が揺れた。
ミナは震える声で呟く。
「……怖くない……
むしろ……懐かしいみたい……」
ライルがミナを守るように背に手を添える。
「ミナ……大丈夫ですか?」
ミナは頷く。
「うん……この子たち……優しい……」
光精霊たちはミナの光に反応し、
花のようにふわりと色を変える。
淡い白。
柔らかな青。
優しい金色。
まるでミナの心をそのまま映しているようだった。
ルアナが息をのむ。
「ミナ……本当に光に“選ばれてる”んだ……!」
ミナは光精霊たちを見つめながら思った。
(外の世界は……
怖いものばかりじゃなくて……
こんなに……綺麗なものもあるんだ……)
だが――
その幻想的な空気を、破壊するような出来事が起こる。
遠くで、冷たい金属音が響いた。
「……チィン……」
光精霊が一斉に震え、散るように空へ逃げていく。
ミナの胸の光も、突然強く脈打った。
リーネが声を上げる。
「この反応……まさか……!」
ゼクスが短剣を構える。
「おい……誰だ……!」
村の外、草原の影に人影が立っていた。
月明かりに照らされ、
黒い外套と金の鷲の紋章が静かに浮かび上がる。
ミナは凍りつく。
(まさか……どうして……!)
影の人物が冷たい声で告げた。
「――光反応、発見。
勇者ミナ・カミシロ。
黒鷲特務隊、対象を確保する」
ミナの胸の光が悲鳴を上げるように揺れる。
静かな外界の夜が、一瞬で張り詰めた。
黒い外套の人物は、光花の道を踏みしめながらゆっくりと姿を現した。
フードが外れ、月光がその顔を照らす。
細い目。
冷たい表情。
そして胸元には――黒鷲特務隊の紋章。
ゼクスが小さく舌打ちした。
「……外界まで来たかよ。黒鷲ってのは本当にしつけぇな」
ライルはミナを庇い、一歩前へ出る。
その顔は静かだが、目だけは鋭く光っていた。
「どうやって境界を越えた。
外界は王都の兵が入れる場所ではなかったはずだ」
隊員は答えない。
ただ無機質な声で繰り返す。
「勇者ミナ・カミシロ。確保対象。
抵抗は不要。外界での逃亡行動は想定外」
ミナは胸を押さえ、震えていた。
(どうして……どうして追ってくるの……
ここは外界……誰も来れないはずなのに……!)
リーネが目を細める。
「……魔素の流れが不自然です。
境界を“無理やりこじ開けた”痕跡がある……!」
ゼクスが低く唸る。
「特務隊がそんな芸当できるかよ……!」
隊員は一歩、また一歩と近づいてくる。
光花の光が反射し、外套の金具が乾いた音を立てた。
ミナはついに声を漏らす。
「来ないで……来ないで……!」
胸の光が怯えるように波打つ。
その光に反応し――
村の外へ逃げた光精霊たちが、かすかに震えていた。
隊員は冷たく言い放つ。
「勇者の確保は国の最優先事項。
逃亡は許可されない。
外界にいようと変わらない」
ミナの膝が震える。
ライルはミナの肩に手を添え、静かに告げた。
「ミナ。怖がらなくていい。
あなたは、もう“囚われる子”じゃない」
その一言で、ミナの息が少しだけ整う。
しかし――
隊員の後方、草原の闇で別の影が動いた。
ゼクスが瞬時に短剣を構える。
「隠れてんのは、お前一人じゃねぇよな……」
暗闇から三つ、四つと影が現れる。
すべて黒鷲の紋章をつけた外套姿。
合計――五人。
ライルは表情を変えずに言った。
「人数が多い……ミナを狙っての小隊規模……」
リーネは震える声で続けた。
「外界に来られる人数じゃありません……!
何らかの補助器具を使って無理やり侵入したとしか……!」
隊員たちは無言で陣形を変え、ミナたちを囲むように散開する。
その動きは王都近衛よりも滑らかで、冷酷だった。
ミナの胸がまた脈打つ。
(逃げられない……?
せっかく……自由になれたのに……!)
ミナは震えながら、涙声で言う。
「もう……やだよ……!
外の世界に来たのに……
なんで……!」
胸の光が揺れる。
弱々しく、壊れそうな光。
その瞬間、ライルがそっとミナの手を握った。
「大丈夫です。
ミナの光は……“願い”に応じて強くなる」
ミナは涙を浮かべ、ライルの手を握り返す。
「でも……私……怖くて……!」
ライルは微笑む。
「怖くていい。その気持ちが光になる。
ミナは……一人じゃないから」
ミナの胸の光がふわりと広がる。
弱々しい光は――
ライルの声に応えるように、温かさを取り戻し始めた。
その光を見て、隊員の一人が呟く。
「……光反応、増幅。
勇者の安定状態は危険。
囲い込み開始」
影が一斉に動く。
ゼクスが叫ぶ。
「来るぞッ!!」
黒鷲の隊員たちが間合いを詰めようとした、その瞬間――
村の地面が突如として揺れた。
ルアナが叫ぶ。
「みんな、下がって!!
“村が怒ってる”!!」
大地の根がざわりと音を立て、光花が一斉に咲き乱れた。
黒鷲隊員たちは足を止め、周囲を警戒する。
リーネが驚愕する。
「外界の魔素……ミナの光と反応して村が“防衛”しようとしているのです……!」
ミナの胸が強く輝く。
(村が……私たちを……守ってくれてる……?)
その光は、光花の道を通り、村全体へ広がっていく。
黒鷲隊員たちが動揺し始める。
「光の干渉……!行動不能域が広がっている……!」
「魔素濃度が上昇……思考が鈍る……!」
ミナは涙をこぼしながら叫んだ。
「やめて……やめてよ……!!
私は……もう……囚われたくないの……!!」
光が爆ぜる。
まぶしい白光があたり一面に広がり、
黒鷲隊員たちは腕で目を覆い動きが止まる。
その隙にゼクスが動いた。
「今だッ!!全員、ミナを中心に下がれ!!」
ライルはミナを抱えるようにして後退し、
リーネも魔法障壁を展開する。
村の根と光花が道を開き、
ミナたちを守るように閉じたり開いたりする。
まるで村全体が“盾”になっているかのようだった。
隊員たちは追撃しようとするが、
大地そのものが彼らの足を締め付けるように絡みつき、進めない。
ルアナが叫ぶ。
「ミナ!村はあなたの味方だよ!
早く……大樹の裏へ!」
ミナは恐怖で震えつつも、
胸の光に導かれるように走った。
ライル、ゼクス、リーネ、そしてルアナが続く。
ミナは走りながら涙をこぼす。
(怖い……でも……もう……逃げたくない……!
みんなを……守りたい……!
この村も……!)
その願いが――
胸の光へと流れ込む。
光が再び強く脈動した。
その光が放たれる直前、
ミナは確かに聞いた。
“ここにいなさい。
あなたの光は……この世界が守る”
そんな声が――
胸の奥で響いた気がした。
別作品も書きたくなりストックはほぼ無いですが、本日19時に投稿します
読んで貰えると泣いて喜びます




