25
外界獣を退けた後、草原を歩く三人と二人は、しばらく続く大地の広がりに圧倒されていた。
空の色は王都よりも深く、風はどこまでも自由に吹き抜けていく。
ミナは胸に手を当て、そよぐ草の音を聞きながら、何度も深呼吸をしていた。
(外の世界……怖かったはずなのに……息がしやすくて……気持ちいい……)
胸の光が穏やかに揺れ続けている。
ライルは隣でミナの歩幅に合わせながら、新しい地の空気を感じ取っていた。
「適応していらっしゃるようですね。ミナの表情が……とても落ち着いています」
ミナは少し照れながら胸を押さえる。
「うん……なんだか、呼吸が軽くて……歩くのも苦じゃないよ……」
ゼクスが後ろで肩を回しながら笑う。
「外界獣を一発目で退けたんだ。もう立派に“外界デビュー”だな」
ミナは慌てて否定する。
「ち、違うよっ……!私……ただ胸が熱くなって……守りたいって思っただけで……!」
リーネが微笑む。
「それが大切なのです。外の世界は“心”がそのまま力になる場所でもありますから」
ミナは目をぱちぱちさせる。
「心が……そのまま……?」
リーネは頷き、指で草を撫でた。
「外界は、人の意志や感情に反応する魔力が濃いのです。王都とは違い、自然の魔素が“生きている”。だからミナ様の光も……より強く、伸び伸びと出ているのです」
ミナは胸の光を見て、小さく息を呑んだ。
(この光……この世界だと……強い……?)
そんな時だった。
ゼクスがふいに立ち止まり、手を上げる。
「……誰かいるぞ」
ライルもすぐに身構える。
ミナは胸が跳ね上がり、リーネが杖を構える。
草原の向こう、小さな丘の麓で、影が動いていた。
ミナは息をのみ、光が反応して小さく揺れる。
ゼクスが短剣をゆらりと構える。
「外界獣か……?」
リーネは目を細め、魔素の流れを読む。
「いえ……魔獣ではありません。これは……“人の気配”ですが……」
ライルが警戒を解かないままミナを庇う。
「外界に人……?」
そう呟いた瞬間――
草むらの中から姿を現したのは、
耳の長い少女だった。
ミナは驚きで固まる。
「……えっ……?」
少女は淡い銀髪を揺らしながら、こちらに歩いてきた。
年はミナと同じくらいか、少し幼く見えるほど。
だが――その耳は人間のものではなかった。
三角形でぴんと立った長い耳。
草原の風で揺れる薄い服。
足元に草と花をまとったような軽い靴。
リーネが息を呑む。
「……“外界民”……!」
ミナはぽかんと口を開けた。
「エル……ネア……?」
少女は警戒した様子もなく、まっすぐミナの前に来て、首をかしげた。
そして――
胸の光を見て、ぱあっと瞳を輝かせる。
「あなた……光ってる……!」
ミナはあたふたしながら胸を押さえる。
「え、えっと……これは……!」
少女は身を乗り出し、ミナの胸元を覗き込む。
「すごい……きれい……!外の世界に来た人間が“光る”なんて……私、初めて見た!」
ミナは戸惑いながらも、少女の瞳が純粋すぎて何も言い返せなかった。
ゼクスが呆れたように言う。
「おい……近いぞお前」
少女は振り返り、ぺこっと頭を下げる。
「ごめんなさい!驚かせるつもりじゃなくて……」
ミナは思わず優しく笑ってしまう。
「う、ううん……大丈夫……」
少女は嬉しそうに胸を張った。
「私はルアナ!この先の村に住んでるの!」
ルアナと名乗った少女は、ミナの目の前でにこにこしている。
ミナも胸の光を押さえながら小さく名乗った。
「私は……ミナ……です」
するとルアナはさらに目を輝かせた。
「ミナ……可愛い名前!
ねぇ、ミナたちは旅の人?外界獣の匂いがするよ?」
ゼクスが肩をすくめる。
「まぁ、さっき一匹倒したからな」
ルアナが驚いて口元を押さえる。
「すごい……外の世界に来たばかりの人間が……!あなたたち……強いんだね!」
ミナは慌てて手を振る。
「ち、違うよっ!私ほとんど何も……!」
ゼクスがぼそっとつぶやく。
「いや、さっきの光盾は普通にすごかったぞ」
ミナは顔を真っ赤にする。
その様子にルアナはくすくす笑い、手招きをした。
「ねぇ、ミナたち!私の村に来て!きっと歓迎してくれるよ!」
ミナは驚き、ライルを見る。
「村……?」
ライルは慎重ながらも、ルアナの瞳の純粋さを見て判断した。
「警戒はしますが……情報を得られるなら、行ってみる価値はあります」
ゼクスも頷く。
「外の世界の地理もわかってねぇしな。案内役がいるなら助かる」
リーネは冷静に付け加える。
「外界民と接触できるのは貴重です。ミナ様の光がどう扱われるか……それも確認しなければ」
ミナは胸を押さえながらこくりと頷いた。
(外の世界の……村……初めての場所……初めての人たち……)
ルアナは笑顔でミナの手を取る。
「こっちだよ!すぐそこ!」
ミナは少し驚きながらも、その手の温かさに安心を覚えた。
(この世界……怖いだけじゃなくて……優しい人もいるんだ……)
五人は草原を進み、
薄い霧の向こうに見え始めた小さな村へ向かっていく。
外の世界最初の“人ならざる村”。
ミナの胸の光は、期待に似た柔らかな輝きを放っていた。
ルアナに案内され、五人は草原を越え、小高い丘を回り込んだ。
その先に見えたのは、これまでに見たどんな村とも違う光景だった。
家々は木と草で編まれ、丸いドームのような形をしている。
壁には風でそよぐ花が咲き、枝のように伸びた蔦が自然と家を覆っている。
ミナは驚きに目を丸くする。
「……すごい……森の中みたいなのに……建物……!」
ルアナが誇らしげに胸を張る。
「これが私たち《エルネア》の家だよ!木の声と、地面の力を借りて作るの!」
ミナは思わず地面へ視線を落とした。
(木の声……地面の力……?聞こえるの……?)
ライルも興味深そうに周囲を観察していた。
「この建築……魔法というより“自然そのものの変形”に近いですね」
リーネが頷く。
「外界の魔素は人の魔法とは相性が異なります。地そのものが、命のように動いている……そう言っても過言ではありません」
ゼクスは完全に建物をつつこうとして、ルアナに怒られた。
「触っちゃだめーっ!まだ“起きてる家”なんだから!」
ゼクスが目を細めて聞き返す。
「は?家が起きてる……?」
ルアナはケラケラ笑う。
「木が眠ってるときに触らないと、枝で怒ってくるんだよ?」
ゼクスは後ずさりした。
「外の世界……やっぱこえぇな……」
ミナはくすっと笑いながらも、胸の光を押さえて周囲を見つめた。
(ここの空気……柔らかい……安心する……)
すると――
村の人々がミナたちに気づき、一斉に集まってきた。
耳の長い男女、背に葉のような羽を持つ子どもたち、髪に草花を編み込んだお年寄り。
その誰もが、ミナの胸の光を見て瞳を輝かせた。
「光を持つ人だ……!」
「本当に……光っている……!」
「エルネアの地に、光の客人など……久しく来ていなかった……!」
ミナは急に注目されて慌てる。
「ひゃっ……!あ、あの……!」
ライルはミナの前に立ち、できるだけ穏やかに説明する。
「私たちは旅の者です。危害を加える意図はありません。彼女の光も……制御できます」
村人たちは安心したように頷き、ミナを囲む輪がほどける。
ルアナがミナの手を引き、村の奥へ案内した。
「来て来て!長老様に会ってもらわないと!」
ミナは緊張しつつも、胸の光で手元を温めながら進む。
奥の大きな木の根元に、丸い長屋のような建物があった。
中へ案内されると、薄い布越しの光が優しく差し込んでおり、木の香りが満ちていた。
中央には、穏やかな目をした老女が座っていた。
ルアナが嬉しそうに叫ぶ。
「長老様!光る子を連れてきたよ!」
老女――エルネアの長老は、深い緑の瞳でミナを見つめた。
「……お入りなさい、人の子よ。あなたの胸の光……外界の“呼び声”によく応えている」
ミナはどきりとして胸を押さえた。
「呼……び声……?」
長老はゆっくり頷く。
「その光は、あなたが持ち込んだものではない。外界が、あなたを選び、宿したもの……あなたの“心”と共鳴し、形となったものです」
ミナの胸の光が、小さく明滅する。
(外界……が……私を……?)
ライルは長老に礼をしつつ尋ねた。
「ミナの光は、この世界でどのような意味を持つのですか?」
長老は静かに手を上げる。
「外界には、古い言い伝えがあります。
“光を胸に抱く客人は、境界をつなぐ者となる”と」
ミナははっと息をのむ。
境界。
つなぐ者。
胸の奥が熱くなる。
長老は続ける。
「あなたの力は、恐れではなく“願い”で輝く。
そのような光は滅多に現れません。
ゆえに……この世界はあなたを歓迎するでしょう」
ミナの目から涙がこぼれ落ちた。
「わたし……歓迎される……?」
王都で追われ、恐れられ、縛られていた日々。
光ゆえに捕えられ、利用されようとした過去。
その全てと反対の言葉だった。
長老は微笑み、ミナの手を包み込むように触れた。
「あなたはもう“囚われた子”ではありません。
あなたは……この世界の客人であり、守られるべき存在です」
ミナは涙を拭いながら、震える声で言った。
「ありがとう……ございます……」
ルアナが背中を撫でる。
「ミナ、泣かないで。だって……私たち、友達になれるよ!」
ミナは驚いたようにルアナを見る。
「と、友達……?」
ルアナは満面の笑み。
「うん!ミナ、優しいし……光、あったかいし!」
ミナの胸の光がふわりと広がる。
(友達……外の世界で……友達……)
ライルは少し離れてその光景を見ていた。
その目は優しく、どこか誇らしげだった。
長老は続けて、五人へ告げた。
「旅の疲れを癒しなさい。
この村はあなたたちの敵ではありません。
外の世界は広い……ゆえに、休む場所も必要でしょう」
ゼクスが安堵の息をつき、リーネも胸に手を当てる。
村人たちが次々と温かい食事や香草茶を持ってきて、五人を囲む。
ミナは涙をぬぐいながら、胸の光を押さえた。
(外の世界……優しい……
ここでなら……少し……笑える……)
そして、初めての外界の夜がやってくる――
ミナの胸の光は、かつてないほど穏やかに揺れていた。




