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眩い光がゆっくりと収まり、ミナはそっと目を開けた。
風が頬を撫でる。
草の匂いが胸いっぱいに広がる。
気温も空気も、さっきまでとはまるで違う。
ミナは思わず息をのんだ。
「ここ……どこ……?」
境界門を抜けたその先には、見たこともない広大な大地が広がっていた。
高く澄んだ空。
まるで絵具をそのまま落としたような青。
地平線に続く草原。
そして、巨大な岩柱がいくつもそびえ立ち、白い霧のようなものが穏やかに揺らめいている。
ライルはミナの隣に立ち、胸元の防御魔道具を整えながら言った。
「……ここが、“外の世界”」
ミナは言葉を失ったまま、草原の風を感じていた。
胸の光が、柔らかく震える。
(息が……しやすい……
森や王都の空気より、ずっと……優しい……)
ゼクスは辺りを見回し、口元を緩めた。
「へぇ……思ったより悪くねぇな。もっと毒沼とか荒野かと思ってたぜ」
リーネは小さく笑いながらも、慎重に地面へ手を触れた。
「魔力の流れが違います。外の世界は、王都とは魔素の密度が異なる……どちらかといえば、“自然のまま”という印象です」
ミナは首をかしげる。
「自然……?」
リーネは頷き、説明する。
「王都は人の手で“魔力の流れ”を整えている場所です。だから魔法の発動が安定する。ですが……外の世界は、魔力がそのまま循環する。生き物も環境も、全てそこに合わせて変化しているということです」
ミナの胸の光が「ふわ」と広がる。
(自然の魔力……だから息をすると胸が軽いの……?)
アトラの言葉がよみがえる。
――外の世界には、あなたの光と“同じ波”をもつ大地がある。
ミナは胸を押さえ、少しだけ目を細めた。
「……不思議。怖くない……なぜだろう……?」
ライルは優しくミナを見る。
「ミナの光と、この世界が……おそらく相性が良いのでしょう」
ゼクスが腕を組む。
「つまりミナにとっては、こっちの世界の方が“自然”ってことか。そりゃ面倒見が増えるな」
ミナは「えっ」と小さな声を上げた。
「わ、私……ここで……普通に生きられるってこと……?」
ライルが微笑んだ。
「はい。むしろ、王都より……ずっと」
胸の光がゆっくりと揺れ、
ミナの目に少し涙が浮かぶ。
(よかった……ここなら……)
そんなミナの肩に、ゼクスがぽんと手を置く。
「感動してるとこ悪ぃが……油断は禁物だぜ」
ミナは慌てて姿勢を正す。
リーネが真剣な表情で付け足す。
「はい。外の世界は“王都より安全”ではありますが……王都より“危険”でもあります」
ミナは瞬きをした。
「え……両方……?」
ゼクスが笑みを浮かべる。
「要するに、“人間の常識”が通じねぇってことだ」
言葉の意味を理解しようとしたその時――
草原の奥で、低くうなるような風の音がした。
ミナはびくっとし、胸の光が反応して微かに脈打つ。
ゼクスが即座に短剣を構えた。
「来たな……!」
ライルはミナの前に立つ。
「ミナ、後ろへ!」
リーネは杖を握りしめ、風の揺れた方向へ集中する。
草原の影が揺れた。
巨大な影は地を這うように近づく。
ミナは恐怖に肩を震わせながらも、逃げ腰にならず胸の光を押さえた。
(ここは……王都じゃない……外の世界……!私……ここで最初の……)
影が速度を増す。
草が押し分けられ、空気が唸る。
ゼクスが叫んだ。
「構えろッ!!」
次の瞬間、草原から現れたのは――
王都で見た魔獣とは違う、
青い甲殻に覆われた四脚獣だった。
リーネが叫ぶ。
「“外界獣”……!ミナ様、決して一人で前に出てはいけません!!」
ミナの光が強く揺れた。
(こ、これが……外の世界……最初の敵……!)
外界獣が低い咆哮を上げる。
地面が震え、空気が裂ける。
ゼクスが短剣を構え、
ライルが防御魔道具を展開し、
リーネは術式を準備する。
ミナは胸を握り、震える声で呟いた。
「……でも……みんなと一緒なら……怖くない……!」
胸の光が強く脈動する。
その光が、戦いの始まりを告げるように草原の空気を揺らす。
外界獣が咆哮を上げた。
その声は空気を震わせ、草原の表面が揺れるほどの圧だった。
ミナは喉の奥がきゅっと締まり、自然とライルの背へ身を寄せる。
だが、逃げようとはしなかった。
胸の光が、恐怖より強い“別の感情”で脈打っている。
(怖い……でも……守られてばかりじゃ……もうやだ……!)
ゼクスが短剣を構え、外界獣へ低く唸る。
「外界獣は王都の魔獣よりタフだぞ……!油断すんなよ!」
リーネが素早く術式を組み上げながら言う。
「青甲獣……防御力が非常に高い個体です。弱点は“動き出しの瞬間”だけ!」
ミナは息を呑んだ。
「動き出す瞬間……?」
ライルはミナを守るように庇いながら、短く説明する。
「走り出す瞬間、脚の付け根がわずかに露出する。そこが唯一の弱点」
ゼクスはニヤッと笑い、短剣を軽く回した。
「じゃあ、動いた瞬間にぶっ刺す……ってわけだ。得意分野だな」
青甲獣の四つの目がぎょろりと動き、ミナへと向いた。
その瞬間、獣毛の逆立つような悪寒がミナの背を走る。
(わたし……狙われてる……!)
胸の光が反応し、ふわりと広がった。
青甲獣が低い姿勢へ移行する。
リーネが叫ぶ。
「ミナ様!光を抑えてください!狙われます!!」
ミナは胸を押さえ、震えながらも首を横に振る。
「……でも……私も……みんなと一緒に……!」
青甲獣が足を踏みしめた。
空気が圧縮されるような感覚。
ゼクスが叫ぶ。
「来るぞッ!!」
外界獣が地を裂く勢いで突進してきた。
轟音とともに草が吹き飛び、四脚が大地を叩く。
ミナは叫び声をあげそうになりながらも、震えた声で呟いた。
「た、助けて……でも……私も……!」
胸の光が熱を帯びる。
ぱあっと広がり、半透明の光膜がミナの前に生まれた。
それは“盾”のように前へ広がる。
ライルが驚く。
「ミナ……!これは……!」
光の膜が揺れ、外界獣の突進を受け止めた。
「ぐっ……!」
激しい衝撃が光の膜に打ちつけられる。
ミナは膝をつきそうになりながらも、必死に耐える。
「みんなを……守る……!」
胸の光が脈打つ。
外界獣が押し返せず、足を滑らせた。
ゼクスが叫ぶ。
「今だっ!!」
外界獣がバランスを崩した瞬間、ゼクスは地を蹴り影のように跳び込む。
脚の付け根、甲殻の隙間――
そのわずかな弱点へ、短剣が突き刺さる。
「おらぁッ!!」
外界獣が苦鳴をあげ、地面へ転がり倒れた。
リーネが追撃の魔法を放つ。
「《風裂・三連》!!」
鋭い風の刃が甲殻の隙間を打ち、外界獣の体を地面へ縫い止める。
ミナは光の盾が消えるのを感じ、肩で息をしながら呟いた。
「はぁ……はぁ……
わ、私……できた……?」
ライルがすぐにミナの肩を支える。
「ミナ……すごいです。あなたの光が、僕たちを守った……!」
ミナは胸に手を当て、驚いたように光を見る。
「これ……私の……盾……?」
リーネが感嘆の声を上げる。
「勇者の光で“防御の具現化”……王都の記録にありません。ミナ様の力はやはり……“心の形”に応じて変化する……!」
ゼクスは短剣を拭いながら呟く。
「つまりミナは……守りたいって気持ちだけで、盾を出せるってことか。便利すぎるだろ……」
ミナは照れながら俯く。
「で、でも……守りたいって思ったら……勝手に光が……!」
ライルは優しく微笑んだ。
「それがミナの力なんです。
戦うためじゃなく……守るための光」
ミナの胸がじんわりと温かくなり、光が柔らかく明滅する。
(守れた……
私……初めて……誰かを守れた……!)
涙がにじむ。
ゼクスが頭をポンと叩く。
「よくやったじゃねぇか、勇者。これなら外の世界でもやっていける」
ミナは涙を拭き、小さく笑った。
「……はい……!
みんなと一緒なら……!」
草原の風が心地よく吹き抜ける。
外界獣が倒れた地点から、淡い光の粒が空へ昇っていく。
リーネが不思議そうに呟く。
「……これは、“外界獣”特有の消散現象……倒されると、魔素に戻る……?」
ライルがミナの手を取りながら言う。
「外の世界には、まだまだ知らないことが多いですね」
ゼクスが前方を指差す。
「さて……最初の洗礼は済んだな。
ここからが本番だ。外の世界はもっと広いぞ」
ミナは胸の光をそっと押さえ、
草原の向こうに見える遠い地平線を見つめた。
「行きましょう。
みんなで……もっと先へ!」
胸の光が大きく明滅し、
新しい旅路を照らすように輝いた。




