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光の欠片を宿す者【旧台:勇者様は今日も常識はずれ】  作者: 憂姫
理想と現実の間で

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鳥のさえずりが、夜明け前の空気を震わせていた。

 泉の水面には薄い霧が漂い、

 焚き火の残り火がかすかに赤く瞬いている。


 ミナは毛布の中で身じろぎし、

 ゆっくりと瞼を開いた。


 「……ん……朝……?」


 視界に映ったのは、

 薄橙色に染まり始めた空と、

焚き火の向こうで静かに立つライルの背中だった。


 風で揺れる黒髪。

 腰に下げた防御魔道具の青い輝き。

 背筋の曲がらない、細身の頼もしさ。


 ミナは寝起きのぼんやりした頭のまま、

 その背中にじんわりと胸が温かくなるのを感じた。


 (……昨日のこと……夢じゃない……

  ライルさんが守ってくれて……

  ゼクスさんも助けてくれて……

  私……生きてる……)


 胸の光が小さく灯り、

 心音と重なるようにやわらかく揺れる。


◇◇◇


 そばでは、ゼクスが木の根に背を預けて眠っていた。


 珍しく深い眠りのようで、

 彼の短剣は手の届く位置に置かれたまま、

 無防備とまではいかなくても、

 普段よりは緩い警戒だった。


 ミナはそっと呟く。


 「ゼクスさん……疲れてたんだ……」


 昨日一日、彼は二人を逃がすために走り、戦い、

 崖道の終点でも追手を撒くため動き続けていた。


 ミナは胸の前で小さく手を握った。


 (守ってくれる人が……こんなに近くにいる……

  それだけで……こんなに安心できるんだ……)


◇◇◇


 その時。


 ライルが音もなくミナの方へ目を向けた。


 「……おはようございます、ミナ」


 ミナは肩を跳ねさせ、

 自分の胸がドキッと高鳴るのを感じながら返す。


 「お、おはようございます、ライルさん……!


  ……あ、あれ、もう見張り……交代になってませんでしたか……?」


 ライルは微笑む。


 「いえ。

  ミナがぐっすり眠っていたので、起こしたくなくて」


 ミナの頬が一気に赤くなる。


 「そ、そんな……!

  ライルさんだって疲れてるのに……!」


 ライルは静かに首を振った。


 「あなたの顔が安らかだと……

  それだけで、俺は休めている気がします」


 ミナの心臓が跳ね上がる。


 (そんな……そんな優しいこと言われたら……

  胸が……苦しい……)


 胸の光がふわりと揺れる。


◇◇◇


 その一方で。

 彼らの会話とは別の場所――泉の対岸で、

 草むらが微かに揺れていた。


 ライルが気づく。


 「……?」


 表情がわずかに硬くなる。


 ミナが不安げに寄る。


 「ライルさん……何か……?」


 ライルは手で制し、耳を澄ませた。


 「足音……軽い……

  魔獣ではありません。人の気配です」


 ミナの顔が青ざめる。


 「騎士団……!?」


 「いえ。足取りが違います……近づいてきます」


 ミナがぎゅっと胸を押さえたその瞬間――


 草をかきわけ、

 一人の影が姿を現した。


◇◇◇


 ミナは息を呑んだ。


 現れた人物は、小柄な女性。

 深緑色のフードコートを羽織り、

 腰には何本もの巻物と魔法具、

 背中には小ぶりの杖。


 目元は穏やかで、どこか影のある微笑み。


 女性は二人から距離を取ったまま、

 丁寧に会釈した。


 「……お騒がせしてしまいましたね。

  おはようございます、勇者さま」


 ミナは完全に警戒態勢に入り、

 ライルの背へ隠れ込むように立つ。


 「え、えっと……あなたは……?」


 女性は胸元に手を当て、静かに名乗った。


 「私は《ルノワ支部・情報屋》の

  リーネ・アスターと申します」


 ミナが驚き、ライルも眉をひそめた。


 「ルノワ支部……ゼクスさんと同じ……?」


 リーネは優しく微笑む。


 「はい。ゼクス様から連絡を受けて、

  あなた方を迎えに参りました」


◇◇◇


 その時、

 寝ていたはずのゼクスが影のように立ち上がった。


 「……お前か。

  来るのが早ぇよ」


 ミナは驚いて声を上げる。


 「ゼ、ゼクスさん!? 起きてたんですか!?」


 ゼクスは眉間を押さえ、

 面倒くさそうにリーネを睨む。


 「リーネ……なんで来た。

  迎えは昼頃でいいって言ったろ」


 リーネは悪びれもせず言った。


 「えぇ。それが、王都側の動きが少し早くて。

  安全を確保するため、急ぎました」


 ゼクスは舌打ちした。


 「チッ……マジかよ。

  あいつら、もう森を抜けたのか?」


 リーネは首を横に振る。


 「いえ。森の外れに“精鋭隊”を配置しています。

  特に……勇者確保のために新たな指揮官が来ています」


 その言葉に、空気が一気に張り詰めた。


 ミナは震える声で尋ねた。


 「……し、新しい指揮官……って……誰……?」


 リーネは一瞬だけ言葉を迷わせた後、

 静かにその名を告げた。


 「――王都直属特務隊《黒鷲》

  隊長、レオニス・アークライト」


 ミナの背筋が凍りついた。


 「レオニス……

  レオン隊長の……兄……?」


 ライルの顔も険しくなる。


 ゼクスが短く吐き捨てた。


 「レオンより遥かに厄介だ。

  戦闘力も、頭も、冷徹さも、全部あいつのほうが上だ」


 ミナの胸の光が大きく揺れた。


 (まだ……追ってくるの……?

  まだ私を……捕まえに……?

  どうして……私の意思を見てくれないの……)


 怖さと悔しさと悲しさが胸に押し寄せる。


 ライルはミナの手を取って、

 揺れる光をそっと包み込む。


 「ミナ……大丈夫です。

  俺たちがいます」


 ミナは涙をこらえながら頷いた。


 リーネは穏やかな声で告げる。


 「ここにいては危険です。

  ゼクス様と私がご案内しますので……

  すぐに移動を始めましょう」


 ミナは揺れる胸の光を押さえ、

 怖さを抱えながらも言った。


 「……はい……

  行きます……」


 朝の光が三人と一人を照らし、

 逃避行の新しい一日が始まった。


朝日が森の端を照らし、

 草原に淡い光の筋が伸びていく。


 泉のほとりで荷物をまとめた三人と一人は、

 ゼクスの短い合図で歩き出した。


 「急ぐぞ。

  黒鷲くろわしが森を半包囲してる。

  このままじゃ昼前に追いつかれる」


 リーネが補足するように言う。


 「森の南側に、安全なルートがあります。

  そこに、私たちの“拠点”があります」


 ミナはライルの袖をそっと掴み、

 不安と期待が入り混じった声で尋ねた。


 「拠点……って……本当に安全なんですか……?」


 リーネは優しく頷く。


 「ええ。

  王都騎士団の探知網から外れた場所です。

  表向きは“薬草屋”ですが、

  本来はルノワ支部の“避難所”として機能しています」


 ミナは少し安心したように、胸の光をおさえた。


 (よかった……

  少しだけ……呼吸ができる場所があるんだ……)


◇◇◇


 四人は森の縁を歩きながら、

 小さな丘陵を越えていく。


 風は心地良いが、

 空気には緊張の粒が混じっている。


 ゼクスは前方を警戒し続け、

 ライルはミナの歩幅に合わせながら周囲を見張る。


 リーネは地図の巻物を開いて確認している。


 その慎重な歩みの中で、

 ミナはひとつの疑問を口にした。


 「その……黒鷲って……強いんですか……?」


 ゼクスが足を止めずに答える。


 「戦闘力は王都最強。

  勇者の補佐と“管理”を任される部隊だ」


 ミナの背筋が震えた。


 「じゃあ……

  私を、無理矢理にでも連れ戻すつもり……?」


 リーネは静かにミナを見る。


 「勇者さまは“国の柱”ですから。

  正しく扱われれば宝……

  間違って扱われれば、兵器として扱われる」


 ミナの目が揺れた。


 (……兵器……

  そんな風に呼ばれたくない……

  私は……ただの人間なのに……)


 ライルはその目の揺れを見逃さず、

 歩きながらミナの手を取った。


 「ミナ。

  あなたは兵器ではない。

  あなたは……ミナ・カミシロという一人の少女です」


 ミナの胸が熱くなる。


 胸の光がほんの少し弾むように揺れた。


◇◇◇


 やがて、森の南側へ入る細い道へ差し掛かった。


 リーネが先頭に立ち、

 ゼクスが殿を務める形で進んでいく。


 森の木々は高く生い茂り、

 陽の光を細かく分けて地面へ落としている。

 鳥のさえずりも徐々に少なくなり、

 静寂が深くなる。


 その沈黙を破るように、

 ゼクスが低く呟いた。


 「……ついてきてるな」


 ミナとライルが振り返る。


 「え……?」

 「敵……ですか?」


 ゼクスは短剣に手を添えたまま、

 周囲を睨んだ。


 「足音はねぇ。でも……

  “目”で追われてる感覚がある。

  黒鷲の連中は隠密もできるからな」


 ミナは胸を押さえる。


 「そんな……もう見つかって……?」


 リーネが冷静に言う。


 「黒鷲は“探知”が専門ではありません。

  今はまだ、位置を特定されてはいません。

  気配を追われているだけです」


 ライルはミナを庇うように前へ出て、

 きっぱりと言った。


 「なら……急ぎましょう。

  ミナを捕まらせるわけにはいきません」


 ゼクスも続く。


 「安心しろ。

  黒鷲は正面から来る奴らじゃねぇ。

  斥候が先に動いてるだけだ」


 ミナは深く息を吸い、

 ぎゅっと両手を握った。


 (こわい……

  でも……逃げるだけじゃなくて……

  自分で立って進みたい……!)


 胸の光がゆらりと灯る。


 ゼクスがちらりとミナを見て、

 ぼそっと言った。


 「……光がぶれると、敵に位置を読まれる。

  落ち着けよ、勇者」


 ミナはびくっとして、慌てて謝る。


 「ご、ごめんなさい……!

  落ち着きます……!」


 ミナの返答に、ゼクスは小さくため息をつく。


 「……素直なのは良いけどよ、緊張すんな。

  俺らが一緒だろ」


 その言葉は不器用だったが、

 ミナの胸には強く響いた。


◇◇◇


 森の影が深まっていくにつれ、

 リーネが突然立ち止まった。


 「……着きました」


 ミナとライルは目を見開いた。


 そこは森の一角。

 ただの茂みしかないように見える。


 だが――

 リーネが手元の巻物を広げ、

 小声で呪文を唱えると、


 ――空気がふっと揺れ、

 茂みの奥から古い木造の建物が姿を現した。


 「わぁ……!」


 ミナの目が輝く。


 ゼクスはあくびをひとつして言った。


 「ようこそ。

  ルノワ支部の避難所《アトラの隠れ家》だ」


 リーネが続ける。


 「ここでしばらく身を隠せます。

  勇者さま……どうか、お疲れを癒してください」


 ミナの胸の光が、

 安心したようにやわらかく明滅した。


 ライルはミナを見て微笑む。


 「ミナ……

  やっと……休めますね」


 ミナの目に涙が浮かんだ。


 「ライルさん……ゼクスさん……リーネさん……

  本当に……ありがとうございます……!」


 リーネは優しく答えた。


 「さぁ、中へ。

  入ればわかりますが……

  ここはただの避難所ではありません」


 ミナは首を傾げた。


 「え……どういう……?」


 ゼクスが短剣を腰へ戻し、

 ミナへだけ視線を向けて言った。


 「ここには――

  “お前たちを待ってた奴”がいる」


 ミナの胸が大きく脈打つ。


 (わたしたちを……待ってた……?)


 ミナの光が、静かに揺れた。


 そして――

 四人は《隠れ家》の扉をくぐった。


 その先で、

 ミナたちを“見守る者”との運命が動き始める。

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