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光の欠片を宿す者【旧台:勇者様は今日も常識はずれ】  作者: 憂姫
理想と現実の間で

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23/46

20

草原を抜けてしばらく走った三人は、

 西に傾く陽が森の陰へ落ち始める頃、

 小さな泉のほとりでようやく脚を止めた。


 風の音だけが耳に残り、

 長い逃避行の疲労がいっきに押し寄せてくる。


 ミナはその場に膝をつき、

 胸へ手を当てて大きく息を吸った。


 「はぁ……はぁ……

  ライルさん……ゼクスさん……

  やっと、止まれました……」


 ライルはミナの肩に手を添え、

 呼吸を整えるように背中を優しくさすった。


 「大丈夫です。ここはしばらく安全です。

  騎士団は崖道で足止めされていますから」


 ゼクスは木陰に寄りかかり、短剣を点検しながら言う。


 「ま、追って来たとしても夜だ。

  この辺りは魔獣も出る。あいつらは基本、撤収する」


 ミナは息を整えながらも、

 ゼクスの姿を見て不思議そうに首を傾げた。


 「ゼクスさん……あんなに戦って……

  全然、息も乱れてないんですね……」


 ゼクスは肩をすくめる。


 「慣れだ。お前らを逃がすくらい、造作もねぇよ」


 だが、その声の裏にはわずかな疲労が滲んでいた。

 ミナは気づいたものの、そっと胸にしまった。


◇◇◇


 夜が落ちる前に、

 三人は手早く焚き火を準備した。


 焚き火を囲むと、

 炎の温かさが、張り詰めた心を解かすように広がっていく。


 ミナは火を見つめながら、ぽつりと呟いた。


 「……今日、一日だけで……

  こんなに心臓がドキドキしたの……人生で初めてかもしれません」


 ライルは苦笑した。


 「ええ。俺もです。

  まさか勇者と一緒に、崖道を命がけで走るとは思いませんでした」


 ミナは頬を膨らませる。


 「も、もう……!

  それは私が足手まといだったって意味ですか……!」


 ライルは慌てて手を振る。


 「ち、違います! そうじゃなくて……

  あなたが“生きたい”と思ってくれたから走り抜けられた……そういう意味です!」


 ミナは一瞬きょとんとした後、

 火に照らされて赤くなった頬で俯いた。


 「…………そんなこと、言われたら……

  余計にドキドキします……」


 ゼクスが呆れたように火に小枝を投げ込む。


 「お前ら、逃げてる最中なのにようやるな……」


 ミナはむっとして言い返す。


 「ゼクスさんだって……さっき助けてくれた時……

  す、すごく格好よかったですよ!」


 ゼクスの手が止まった。


 「…………は?」


 ミナは真剣な顔で続ける。


 「ほんとに。あの、崖の上にひょいって現れて……

  魔術官の術式を一瞬で壊して……

  “行けぇ!!”って、すごく頼もしかったです」


 ゼクスは火の光を避けるように顔をそらし、

 ボソッと呟いた。


 「……あんた……褒めるの下手なのか、上手いのかわかんねぇな……」


 ミナはきょとん。


 ライルは微笑ましく見守る。


◇◇◇


 しばらくすると、

 ミナの胸の光が小さく瞬き始めた。


 ミナがそっと胸に手を当てる。


 「光……今日はずっと揺れてばかりです……

  怖かったり、不安になったりしたから……?」


 ライルは焚き火越しに優しく言う。


 「ミナの光は、心の反応です。

  あなたが泣きたかった時には揺れて、

  誰かを守りたい時には強くなった」


 ミナの胸が熱くなる。


 「……そんな風に言われたの、初めて……」


 ゼクスが火を見ながら言った。


 「勇者の光ってのは、攻撃魔法だと思われてる。

  でも……お前の光は、もっとやわらかいもんだな」


 ミナは驚き、ゼクスを見た。


 「ゼクスさん……?」

 「俺は武器しか握ってこなかったからわかる。

  お前の光は敵を殺すためのもんじゃねぇ。

  “誰かを救うため”の光だ」


 ミナの目が潤む。


 (救うための光……

  そんな風に言ってくれる人……初めて……)


 ライルも静かに頷いた。


 「だからこそ……ミナはミナのままでいてください。

  誰の命令に縛られる必要もありません」


 ミナは胸を押さえて、涙をこらえた。


 「ライルさん……ゼクスさん……

  私……生きててよかった……」


◇◇◇


 焚き火の温もりが三人を照らす。


 ミナの光も穏やかに揺れ、

 その揺れは安心の証のようだった。


 ライルはミナの隣にそっと腰を下ろす。


 「明日は安全なルートを探して、

  街の外れにある宿場町へ向かいましょう。

  騎士団の手が届きにくい場所です」


 ミナはこくりと頷いた。


 「……はい」


 ゼクスはその二人の様子をちらりと見て、

 また火へ視線を戻す。


 「宿場町の近くに、俺の知り合いの拠点がある。

  しばらく匿ってもらえるはずだ」


 ライルが驚く。


 「そんな場所が……?」

 「なんでも屋みたいな連中だ。

  だが、信用はできる」


 ミナは安心したように微笑んだ。


◇◇◇


 やがて火は小さくなり、

 夜の静けさが周囲を包み込む。


 ミナは肩を震わせながら、そっと呟いた。


 「二人がいて……よかった……

  今日、ほんとうに何度も怖かったから……」


 ライルは優しく返す。


 「大丈夫です。

  これからは……俺たち三人で進んでいきましょう」


 ゼクスはその言葉に横目を向け、

 小さな声で付け加えた。


 「まあ、逃げるにしろ戦うにしろ……

  三人のほうが生存率は上がる」


 ミナは笑った。


 「ゼクスさん……そういうところ、好きです」


 「……やめろ。照れるだろうが」


 焚き火の赤い光が三人を照らし、

 逃避行の初めての“平和な夜”が、

 静かに更けていった。


焚き火の火が落ち着き、

 夜気がしんしんと降りてくる頃。


 泉のほとりは静まり返り、

 水面は月光を淡く反射しながら、

 三人の姿をゆらりと映していた。


 ミナは火のそばで毛布に包まり、

 少し眠気を含んだ表情で空を見上げていた。


 「……星が、こんなに綺麗なの、初めて見ました」


 夜空には、王都ではほとんど見えなかった星々が

 一面に広がっている。

 その光はどれも小さく優しく、

 今日までの不安と恐怖をわずかに溶かしていくようだった。


 ライルも隣に座り、同じ空を見て言った。


 「王都は灯りが多いですからね。

  ここまで明るく星が見える場所は、なかなかありません」


 ミナはきゅっと毛布を抱えながら呟く。


 「……なんか、落ち着きますね。

  逃げてるのに、不思議……」


 ライルはそっと微笑んだ。


 「落ち着いていいんですよ。

  今日は……よく頑張りました」


 その言葉にミナは、胸の奥が温かくなる。


 (ライルさんって……

  どうしてこんな時にまで優しくできるんだろう……

  私……どれだけ助けられてばかり……)


 ミナの胸に、じんわりと光が灯った。


◇◇◇


 一方ゼクスは焚き火の反対側で、

 短剣の手入れをしながら二人を時々ちらりと見ていた。


 ミナが小声でライルに寄りかかりそうになるたび、

 ゼクスは「まったく……」と呟いているようだったが、

 その表情はどこか柔らかかった。


 しばらくして、

 ライルがゼクスへ向けて静かに言った。


 「……ゼクスさん。

  今日は本当に助けていただき……感謝しています」


 ゼクスは短剣を拭く手を止めずに答える。


 「気にすんな。仕事でもねぇけど……

  放っといたら、勇者が殺気で泣いて倒れてただろうしな」


 ミナはむっとして言った。


 「そんなことありませんっ。

  私は……ちゃんと逃げるって決めてました……!」


 ゼクスは鼻で笑う。


 「逃げる覚悟した顔してたら、

  あんな涙ボロボロ出ねぇよ」


 ミナは「うっ」と声を詰まらせる。


 ライルは苦笑しながらフォローした。


 「ミナは……とても怖かったんです。

  それでも俺の手を離さなかった。

  それが一番大事なんです」


 ミナは胸を押さえ、

 焚き火の光を受けてぽつりと言う。


 「ライルさんが……そばにいてくれたから……

  だから、逃げられたんです」


 ゼクスはやれやれと肩をすくめる。


 「まったく……

  あんたら二人だけで逃げてたら、

  どっちかが崖下まで真っ逆さまだったな」


 ミナは「そ、それは……」と言いかけて、

 涙目でライルの服を掴む。


 「ライルさん……ゼクスさん……

  ふたりとも……ありがと……」


 声を震わせながら、

 ミナは本心をぽつりと吐き出した。


 「私……ひとりだったら、

  きっともう走れなかった……

  こわくて、こわくて……

  胸が苦しくて……」


 ライルは静かにミナの手へ触れた。


 「ミナ。あなたは、強いです。

  今日一日、それを誰よりも感じました」


 ミナは涙をこぼしながら首を振る。


 「ちがう……

  強いんじゃなくて……

  ただ、助けられてばかりで……

  何も返せなくて……」


 ゼクスがミナの方へ視線を向け、ぼそりと言う。


 「返す返さねぇは関係ねぇよ。

  危ない時に“逃げる勇気”があるだけで充分だ」


 ミナは驚いてゼクスを見る。


 ゼクスは柄にもなく目をそらしながら続けた。


 「お前の光は……

  守るための光だろ。

  なら今は、自分を守るために使えばいい」


 ミナの目が、静かに大きく揺れる。


 (自分を……守るために……

  光を使ってもいい……?)


 ゼクスの言葉は、ミナの心に深く刺さった。


 ライルも頷く。


 「ミナ。

  あなたが笑っていてくれるなら……

  それだけで俺たちは報われるんです」


 ミナは火の揺らぎを見つめながら、

 胸の光に手を当て、小さく呟く。


 「……うん……

  ライルさん……ゼクスさん……

  私……強くなりたい……

  ふたりを守れるくらい……」


 その瞬間、ミナの胸の光がふわりと優しく揺れた。


 ただ涙を流す光ではない。

 “願い”と“小さな決意”が宿った光だ。


 ライルはその光を見て、静かに微笑んだ。


 (ミナ……

  あなたはもう、逃げるだけの人じゃない)


◇◇◇


 火が小さくなり、

 夜気がさらに深く落ちてくる。


 ゼクスが立ち上がり、周囲を見回した。


 「さて。寝る前に見張りを決めるか」


 ライルは即座に言った。


 「俺が最初に立ちます。

  二人は休んでください」


 ミナは慌てて手を挙げる。


 「い、いえ……私も起きて……」

 「ミナは寝てください。

  今日は心の疲労が大きいはずです」


 ミナは反論しようとしたが、

 ライルの優しい声に押されて、小さく頷いた。


 「……はい……じゃあ……少しだけ……」


 ゼくスは焚き火に枝を追加しながら言った。


 「じゃ、俺が二番。

  お前らが寝てる間くらい、守ってやるよ」


 ミナの胸がぎゅっと温かくなる。


 (……ふたりとも……優しい……)


◇◇◇


 やがてミナは毛布にくるまり、

 焚き火の近くで横になった。


 眠りにつく直前、

 ミナは半分夢の中のような声で呟いた。


 「……ライルさん……

  今日の私……ちゃんと……逃げられましたか……?」


 ライルはそっとその髪を撫でる。


 「ええ。

  あなたは……胸を張っていいくらい、立派でした」


 ミナは安心したように微笑み、

 眠りに落ちていった。


 胸の光も、穏やかな脈動だけを残している。


◇◇◇


 雲が静かに月を覆い、

 泉の水面が揺れる。


 ミナが眠りに落ちた後、

 ゼクスがライルに問うように声をかける。


 「……なあ、ライル」

 「なんでしょう」


 ゼクスは迷うようにして言う。


 「お前……覚悟、してんのか?」


 ライルの目が細くなる。


 「覚悟……とは?」


 ゼクスはミナの眠る姿をちらりと見て、小声で続けた。


 「勇者を守るってのは……

  王都を敵に回すってことだ。

  お前一人の問題じゃねぇ。

  “こいつ”も巻き込む」


 ライルは焚き火の火を見ながら、

 ゆっくりと答えた。


 「……覚悟しています。

  俺はもう……ミナを手放す気はありません」


 ゼクスはわずかに息を呑む。


 「……そっか」


 ライルの目は穏やかでありながら、

 “折れない意志”を秘めた光を宿していた。


◇◇◇


 夜風が静かに吹き抜ける。


 三人の影は、揺れる焚き火に寄り添うように映り、

 その中心には、眠るミナの穏やかな表情があった。


 ――逃避行の夜は、こうして静かに更けていく。


 そして次の朝、

 三人には思いもよらない“新たな出会い”が待っていた。

タイトル詐欺がより激しくなっちゃった…

内容にあうタイトル考えます…

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