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光の欠片を宿す者【旧台:勇者様は今日も常識はずれ】  作者: 憂姫
理想と現実の間で

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18

森の奥へと駆け出した瞬間、

 ミナは風の冷たさと地面を蹴るたびに走り抜ける衝撃で、

 胸の中の緊張が一気に全身を巡るのを感じていた。


 耳の後ろをかすめる木々の枝、

 落ち葉を踏む音、

 そして後ろから迫る騎士団の怒号。


 「勇者を逃がすな!!」

 「囲め! 奥へ逃がすな!!」


 足音が重く、距離が近い。

 魔力で強化された騎士たちの走力は侮れず、

 並の逃走ではすぐに追いつかれる。


 ミナは息を切らしながら、必死にライルの腕を握る。


 「ら、ライルさん……! このままじゃ……!」

 「大丈夫です。森の地形なら俺の方が詳しい」


 ライルは息を乱しながらも、目は鋭く周囲を見渡している。


 (王都騎士団を振り切るためには……

  開けた場所に出るより、木々の多い斜面へ誘い込む方がいい)


 その判断は、長年ギルド支部で裏方として地形読解をしてきたライルならではの感覚だった。


◇◇◇


 しかし――ミナは限界だった。


 呼吸が苦しい。

 胸が痛む。

 足が思うように動かない。


 「はっ……はっ……!

  ご、ごめんなさい……足が……!」


 ミナの足がもつれ、倒れそうになる。


 ライルは一瞬で支え、彼女の体を抱えるように持ち直した。


 「無理をしないでください! ミナ!」


 ミナは涙を浮かべながら首を振る。


 「でも……ライルさんが……殺されちゃう……!

  私の……せいで……!」


 ライルはきっぱりと言った。


 「ミナのせいじゃありません。

  あなたを“道具扱い”した王都が悪い。

  あなたは……あなたのままでいいんです」


 ミナの胸に光が灯り、涙がこぼれた。


 (こんな時でも……どうしてライルさんは……

  私を責めないの……?)


 心が揺れ、胸が熱くなる。


◇◇◇


 しかし、追撃の手は緩まない。


 魔術官が詠唱する声が聞こえる。


 「第二封印陣、捕縛結界展開!!」

 「魔力反応、前方70! 進行方向を塞げ!!」


 ミナの顔が青ざめる。


 「ライルさん……! 前にも……魔術陣……!」


 ライルは舌打ちし、素早く判断する。


 「ミナ。抱きついてください!」


 「えっ――きゃっ!」


 ライルはミナを抱え上げたまま、体を低くして――

 一気に右の斜面へと飛び込んだ。


 枯れ草を踏み、木の根を避け、

 斜面を転げ落ちるほどの勢いで駆け下りる。


 ミナが小さく悲鳴をあげながら、必死にライルへしがみつく。


 「わ、わ……!!」

 「離れないでください! 落ちたら大怪我です!」


◇◇◇


 斜面下部に到達した瞬間――

 ミナの胸の光がふわりと広がった。


 「……あ……光が……!」


 ライルが息を飲む。


 ミナの光は微細な粒子となって空気中に散り、

 “敵意”を持つ者ほど道の先を見誤るように微弱な干渉を始めていた。


 魔術官が叫ぶ。


 「前方の地形が……歪む……!?

  これ……勇者の光の幻惑……!!」


 ミナが肩で息をしながら言う。


 「ごめんなさい……でも……

  誰も傷つけたくなかったから……!」


 ライルは振り返り、ミナの髪を優しく撫でた。


 「大丈夫です。ミナの光は誰も傷つけません。

  ただ……“守りたいものを守る”だけです」


 その言葉にミナの胸が強く脈打つ。


◇◇◇


 しかし、敵はそれでも追ってくる。


 レオンの怒号が森に響く。


 「惑わされるな!!

  勇者の光は精神干渉が主体だ!!

  斬れなくとも、進むことはできる!!」


 騎士団は結界の中で光の干渉を抑え、

 前方の地形が揺らいでも力づくで突破してきた。


 ミナは震えながら言う。


 「ライルさん……! 本当に追いつかれる……!」

 「まだです。まだ道はあります」


 ライルは斜面奥の、さらに獣道の細い入口を見つけた。


 騎士たちの重装備では通れない経路。

 だが、二人なら辛うじて通れる。


 「ミナ、伏せて!」


 ミナがライルの背に腕を回し、顔を隠すように伏せた瞬間――

 ライルは体を低くし、その獣道へ一気に飛び込んだ。


◇◇◇


 獣道は狭く、湿った土の匂いと苔の感触が体に触れる。


 ミナは息を乱しながら囁く。


「ライルさん……怪我してない……?」

「大丈夫です。あなたこそ……無理をしていませんか?」


 ミナは首を振る。


「私……ライルさんのためなら……


  どんな場所でも……逃げます……!」


 その言葉に、ライルの心が大きく揺れた。


 (ミナ……

  あなたは……どうしてそこまで……)


 胸の奥が痛くなるほどに切なく、

 そして温かい。


 しかし、今は立ち止まれない。


◇◇◇


 獣道の出口が見えてきた。

 出口の先は、森を抜けた広い丘陵地帯。


 ライルは息を吐き、ミナへ告げた。


 「もう少しです。森を抜ければ――

  “彼ら”にも手が出しにくくなる。

  あと少しだけ……頑張ってください」


 ミナは強く頷く。


 「はい……ライルさんと一緒なら……大丈夫です!」


 光がミナの胸で静かに揺れる。


 ――その光を見て、ライルは小さく微笑んだ。


 (強い……本当に強い子だ……

  怖くても、泣きながらでも……前に進んでいる)


 ミナの光は、

 どんな魔術よりも温かく、柔らかく、強かった。


◇◇◇


 だが、出口へ辿り着く寸前――

 森全体が低く唸るような音を立てた。


 ミナは目を見開く。


 「え……なに……?」


 地面が震え、小さな石が弾む。


 ライルはすぐにミナを背に庇い、警戒の眼差しを向けた。


 「……騎士団ではありません。

  これは……“魔獣の気配”です」


 ミナの顔が青ざめる。


 「魔獣……!? こんなところに……?」


 ライルは険しい顔で頷く。


 「王都騎士団に加え……魔獣も……

  これは厄介なことになりました」


 地響きが大きくなる。


 ミナはライルの手を握り、震える声で言う。


 「ライルさん……怖い……!」

 「大丈夫です。絶対に守ります」


 ミナの光が揺れ、

 二人は獣道の影に身を寄せたまま、

 現れる“未知の存在”を待つ。


 ――その先で、

 二人を救う“新たな仲間”との出会いが

 静かに近づいていた。


森の奥で低く唸るような音が響き続け、

 ミナはライルの服をしっかり握りしめたまま、

 息を潜めて揺れる地面を見つめていた。


 木々の葉が震え、鳥たちが一斉に飛び立つ。

 地響きは徐々に大きくなり、

 ただの魔獣の接近ではないことを感じさせた。


 「……ライルさん……近づいてきます……!」

 「はい。衝突に備えてください」


 ライルの声が低い。

 その緊張は、ミナにも伝わる。


 (魔獣……騎士団……

  どうしてこんなに追われなくちゃいけないの……

  私……ただ、ライルさんと自由に生きたいだけなのに……)


 胸がきゅっと痛む。


◇◇◇


 ――ガサッ!


 森の奥の暗がりから、巨大な影が現れた。


 全身を黒い毛皮で覆われ、

 その体は熊より一回りも二回りも大きい。


 額には赤い魔核が埋め込まれ、

 牙と爪は岩すら砕く鋭さ。


 魔獣・ダークベア


 ミナは息を呑んだ。


 「こ、こんな大きな魔獣……!」

 「ミナ、後ろへ!」


 ダークベアが唸り声を上げると、

 騎士団の追撃の音さえかき消されるほどの震動が空気に走った。


 そして――

 魔獣の赤い目がこちらを捉える。


 ミナは震え、ライルの腕にすがった。


 「ライルさん……私……光で、止められるかな……?」

 「ミナ……あなたの光は攻撃には向きません。

  あいつを止めるには――」


 ライルが言い終わる前に、ダークベアが突進してきた。


 地面が割れそうな轟音。

 木々がなぎ倒され、土が舞い上がる。


 「伏せて!!」


 ライルはミナを抱き寄せ、身を低くして避けた。


 ドガァァンッ!!


 ダークベアはすぐ背後の倒木へ激突し、

 木が丸ごと根本から砕けた。


 ミナは涙目になりながら震える声を絞り出す。


 「む、無理……! こんなの……ライルさんが危ない……!」

 「大丈夫です。時間を稼げば――」


 そう言った瞬間だった。


◇◇◇


 ――ヒュッ。


 風を裂く音。

 何かが高速で飛来し、

 ダークベアの首元へ一直線に突き刺さった。


 銀色の刃。

 細身の投げナイフ。


 ダークベアが苦悶の咆哮を上げた。


 「グルオォォォォッ!!」


 ミナが驚いて声を上げる。


 「な……なに……!?」

 ライルも険しく周囲を見渡す。


 「誰かが……投げた?」


 次の瞬間――

 木々の影から、一人の影が現れた。


 身軽な装束に、複数の短剣を腰に下げ、

 フードの奥から鋭い瞳が光る。


 若く見えるが、動きに無駄がない。

 森を駆ける風のように軽く、静かだ。


 人物は素早く間合いを詰め、

 ダークベアの足元へ回り込んで声を発した。


 「――《連刃・三式》」


 瞬間、三方向から銀の軌跡が閃き、

 ダークベアの関節部分を正確に切り裂いた。


 魔獣は大きくバランスを崩し、

 倒木を巻き込みながら地へ倒れ込む。


 ミナは呆然とその光景を見つめた。


 「す……すごい……!」


 ライルの表情は警戒を解かず、

 その人物の動きをしっかり目で追っている。


 (剣士ではない……

  身のこなしは“近接暗器使い”……

  単独でダークベアの関節を断つ技量……

  腕が立つ)


 人物は軽く刃を払うと、

 フードを下げて顔を露わにした。


 短い黒髪、鋭い目つき、無駄のない体の線。

 年齢は二十代前半ほど。


 そして、無愛想な声で言った。


 「……あんたら、騎士団に追われてるんだろう?

  なら、森を抜けるまで手を貸す」


 ミナは驚き、ライルは警戒しながら問い返す。


 「……あなたは、何者ですか?」


 人物は淡々と胸元の紋章を見せる。


 「《隠密戦術ギルド・ルノワ支部》

  準S級――ゼクス。

  あんたらを守れと……“とある人”に頼まれてきた」


 ミナが目をぱちぱち瞬かせる。


 「ま、守れって……誰に……?」

 「言えねぇ。だが……悪いやつじゃない」


 ゼクスと名乗った青年は、あくまで冷静だ。


 ライルはミナを庇いながらさらに問う。


 「……あなたは、王都と敵対するのですか?」


 ゼクスは鼻で笑った。


 「王都? 知ったこっちゃねぇ。

  あいつらは“勇者を戻せ”しか言わねぇしな。

  まともに話す気があるようにも見えねぇ」


 ミナが不安そうに尋ねる。


 「じゃあ……私たちを……助けてくれるんですか……?」


 ゼクスはミナの瞳を見つめ、

 数秒だけ沈黙したあと、短く答えた。


 「……ああ。

  勇者、お前……泣いてたろ。

  “逃げたい”って顔に書いてあった」


 ミナは驚いて顔を赤らめた。


 ライルの胸にも鋭く刺さる言葉だった。


 (この青年……一目でミナの心を見抜いた……

  ただ者ではない……)


◇◇◇


 その時、森の奥から騎士団の怒号が近づいてきた。


 「いたぞ!!

  魔獣の咆哮が聞こえた! 近い!!」


 ゼクスは舌打ちし、素早く短剣を構えた。


 「話は後だ。

  こっちの抜け道を使う。ついてこい」


 ライルはミナの手を取り、強く頷いた。


 「ミナ、行きます」

 「はいっ!」


 ミナはゼクスの後について駆け出した。


 風が三人の間を抜ける。


 騎士団の影は迫り、森は揺れ、

 逃避行はさらに加速していく。


 ――その先に待つのは、

 二人の運命を変える“新たな縁”と“新たな追跡者”。


 だが今はただ――

 光と影と鋭い刃を頼りに、

 三人は森を駆け抜けていくのだった。

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