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【勇者様は今日も常識はずれ】ー荷物持ちの俺は心臓が持たないー  作者: 憂姫
召喚された少女と荷物持ちの男

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2

バルストの町を発って二日後。

 勇者一行は、山間の小さな村に辿り着いた。

 草の匂いが濃く、森を抜ける風に混じって、獣の匂いがする。


「ここが依頼のあった村か……」

 ライルは地図を確認し、村長の家へと向かう。

 彼らが受けたのは、村を襲う魔獣退治の依頼だった。

 とはいえ、詳細な情報はない。

 何が相手なのか、被害の規模も不明。

 勇者パーティの初任務にしては、あまりに曖昧すぎる内容だった。


「勇者様、まずは状況の聞き取りを――」

「うん! 任せて!」

 ミナは元気よく答え、村長の家の扉をノックした。


 出てきたのは、腰の曲がった老人だった。

「おお……お主らが勇者様か。ありがたい、ありがたい……」

 その手は震えており、目の下には深い隈がある。


 ライルが簡潔に質問を重ね、被害状況を把握していく。

 どうやら、夜になると畑を荒らす巨大な影が現れ、家畜を喰らうという。

 人間の犠牲者も、すでに二人。


「恐らく、中型以上の魔獣だな」

「倒せばいいんですね?」

 ミナは軽い調子で言うが、ライルは険しい顔をした。

「夜行性の獣が相手です。姿を見ないまま突っ込むのは危険すぎます」


「でも、放っておけないでしょ?」

 ミナの声には迷いがなかった。

 老人の震える手を見つめ、拳を握りしめている。


 ライルは息を吐いた。

 こうなると、もう止めても聞かないのは分かっている。


「……せめて罠と結界を張ってからにしましょう。敵の出現位置を絞るんです」

「分かりました!」


◇◇◇


 夜が訪れた。

 月のない暗闇の中、森の影が不気味に蠢く。

 ライルは結界石を地面に埋め、結界を展開する。

 その中心でミナが剣を構えた。


 突如、地面が震えた。

 木々がざわめき、草を踏み割る音が近づいてくる。

 闇の中から現れたのは、岩のような体を持つゴーレム。

 土と魔力でできた、暴走型の魔獣だった。


「でかっ……! あれ、倒せるの!?」

「勇者様、落ち着いて! 攻撃は俺の合図を待ってください!」


 ライルが叫ぶより早く、ミナは踏み出していた。

 彼女の周囲に青白い光が集まり、瞬く間に大気が震える。

「――《ディバイン・ブレイク》!」


 閃光が走り、森の一角が吹き飛んだ。

 ゴーレムの腕が砕け、粉塵が舞う。


 しかし、その威力は制御を超えていた。

 魔力の奔流が暴走し、ミナの足元の地面が裂ける。

「きゃっ……!」

「勇者様!」


 ライルは駆け寄り、携帯していた防御魔道具を展開。

 淡い光の膜が彼女を包み込み、飛び散る魔力を弾いた。

 その瞬間、彼の防御結界が軋む音を立てる。

 結界を維持するたびに、腕に激痛が走った。


「……ライルさん! 離れて!」

「無茶を言うな。勇者様を放って逃げたら、俺の職務放棄だ」


 結界が割れる寸前、ミナが震える手で印を結ぶ。

「お願い……止まって……!」

 光が一瞬にして収束し、暴走は静まった。


 倒れ込むミナを支え、ライルは息を吐く。

「だから言ったでしょう。無理をするなと」

「……でも、助けなきゃって、思って……」

「その気持ちは、立派です。けれど、次は俺にも相談してください」


 涙を浮かべる少女に、ライルは静かに微笑んだ。

 背後では、崩れ落ちたゴーレムの残骸が静かに光を失っていく。


◇◇◇


 翌朝。

 村人たちは安堵の声を上げ、ミナを囲んで感謝を述べた。

 彼女は照れくさそうに笑いながらも、視線はどこか遠くを見ていた。


「……ライルさん」

「はい」

「私、怖かった。自分の力が、どうなるか分からなくて」

「怖いと思えるうちは、まだ大丈夫です」

 彼は穏やかに言った。

「本当に恐ろしいのは、恐れを忘れることですから」


 その言葉に、ミナは小さく頷いた。


 ――この旅は、ただの魔王討伐ではない。

 それぞれが、自分の“弱さ”と向き合う旅になる。


 ライルは朝焼けに染まる空を見上げ、心の中でそっと呟いた。

 「勇者様。どうか、無茶だけはなさらないように」


 そして次の瞬間。

 彼の背後で、ミナが元気な声を上げた。


「ライルさん! 村の子供たちに“かくれんぼ”誘われました!」

「……今ですか」

「うんっ! 朝活って大事ですよ!」


 ライルのため息が、朝の風に混ざって消えていった。


◇◇◇


夜の森は静まり返っていた。

 焚き火の赤い光がゆらゆらと揺れ、パチリ、と薪が弾ける。

 その音が、昼間の戦いの余韻をかすかに思い出させる。


 ライルは焚き火のそばで、割れた防御結界具を手にしていた。

 魔力の過負荷で焦げた金属片は、もう再使用できない。

 だが、彼はそのひび割れた欠片を指先で撫で、静かに息を吐いた。


「……命の方が、よく持ったものだな」


 勇者の暴走魔力に包まれたあの瞬間、あと一歩でも遅れていれば、自分も少女も焼き尽くされていただろう。

 彼の腕にはまだ熱傷の痕が残っている。痛みというより、火照りのような鈍い灼け跡だ。


 ふと視線を上げると、焚き火の向こうでミナが毛布にくるまり、じっとこちらを見ていた。

 目が合うと、彼女は気まずそうに笑う。


「……ライルさん、寝ないんですか?」

「このくらいの夜番なら慣れています。勇者様こそ休んでください」

「でも、なんか眠れなくて……」


 ミナは焚き火の炎を見つめながら、膝を抱えた。

 その表情には、昼間の快活さはない。

 光と影が頬をなぞり、どこか現実の重さが滲んでいた。


「……怖かったんです」

「え?」

「自分の力が、勝手に動くのが。人を傷つけたらどうしようって思って」


 ミナの声は小さく震えていた。

 ライルは少し考え、穏やかな声で返した。


「怖いと思えるのは、いいことですよ」

「いいこと?」

「恐れを持てる人は、制御しようと努力します。恐れを忘れた者は、暴力に溺れるだけですから」


 焚き火がぱちりと鳴った。

 ミナはしばらく黙っていたが、やがて微笑みを浮かべた。


「ライルさんって、なんか先生みたい」

「……生徒に胃痛を与えられている先生、でしょうね」

「ふふっ、それはごめんなさい」


 くすくすと笑う声が夜に溶けていく。

 ライルは視線を火に戻した。

 この数日で、彼の中の“勇者像”はずいぶん変わった。


 最初は、王命に従うだけの任務だった。

 常識知らずで手のかかる少女の監督役。

 それだけのはずだった。


 だが、ミナの真っすぐな言葉や、恐怖を隠せない顔を見ていると――どうしても放っておけない。

 “勇者”ではなく、“一人の女の子”として、守らなければならないと感じてしまうのだ。


「……勇者様」

「なに?」

「次に危険な任務があった時は、必ず俺の指示を待ってください」

「うん、わかった。……でも、もしライルさんが危ない時は?」

「それでもです」

「ダメです。私が守ります」


 その言葉に、ライルは思わず笑ってしまった。

 焚き火の光が彼女の瞳を照らす。まっすぐすぎるその光に、言葉が詰まった。


「……勇者様に守られる荷物持ち、ですか」

「いいじゃないですか。持ちつ持たれつですよ」

「そう言う割には、あなたはずっと無茶をしてばかりです」

「だって、助けたいんですもん」


 その一言に、ライルは返す言葉を失った。

 理屈ではない。

 彼女の行動原理はいつだって、“助けたい”の一点にある。

 無鉄砲で、無計画で――けれど、誰よりも正しい。


 彼はふっと笑い、頭をかいた。

「……本当に、あなたは俺の心臓に悪い」

「心臓?」

「ええ。鼓動がうるさくて眠れそうにない」


 ミナはきょとんとした顔をしたが、すぐに意味を察して、頬を赤らめた。

「……それって、ちょっと照れるんですけど」

「いや、ただの比喩です」

「そういうところがずるいんですよ」


 ふたりの間に、焚き火の音だけが残る。

 夜風が吹き抜け、木の葉がさざめいた。


 やがて、ミナが小さく呟く。

「ねえ、ライルさん」

「はい」

「この旅が終わったら、私はどうなるんでしょうね」

「……それは」


 ライルは答えられなかった。

 召喚された勇者は、使命を終えると元の世界に還る――それが通例だ。

 だが、目の前の少女をこの世界から消す未来を想像するだけで、胸の奥が締めつけられた。


「……考えるのは、まだ早いですよ」

「そうですね。今は……今日の夜を無事に過ごすことが先ですね」


 ミナは微笑み、毛布に身を沈めた。

 そのまま、まどろむように目を閉じる。


 ライルは焚き火を見つめながら、ゆっくりと立ち上がった。

 冷えた空気の中で、ひとり呟く。


「勇者様。あなたを守るのが俺の務めです――たとえ、その先に何が待っていようと」


 火の粉が舞い、夜空に溶けて消えた。

 その光はまるで、二人の距離を照らす灯火のように見えた。

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