15
影の底は、まるで命を奪われる瞬間のような断末魔を上げながら崩れ続けていた。
天井には無数の亀裂が走り、光苔が砕け散り、大地は震え、重く湿った空気が激しく揺れる。
その混乱の中心を、ライルとミナは必死に走り抜けていた。
二人の手は強く結ばれ、離れれば二度と会えない未来が待つと直感できるほど、この地下世界は危険で、冷たく、容赦がなかった。
ミナは息を乱しながらも、ライルの背中を必死に追う。
胸の奥には、恐怖ではなく――
**「ライルと離れたくない」**という強い願いが燃えていた。
(怖い……でも……
ライルさんが手を離さないから……私は走れる……!)
崩落した瓦礫が進路を阻み、天井から岩が降り注ぐ。
その度にライルは結界を展開し、ミナを庇いながら前へ進んだ。
「ミナ、ついてきて!」
「はいっ……! 絶対離れません!!」
◇◇◇
しかし、背後から響く重い足音は止まらなかった。
崩れ落ちる洞窟をものともせず、**灰影封鎖兵**が迫ってくる。
黒い仮面の奥で蒼い魔核が激しく脈動し、
彼らの靴が地面に食い込み、地震のように地鳴りが響いた。
ガルデルの怒声が後方から飛ぶ。
「封鎖兵!! 勇者を逃すな!!」
その叫びは崩落の音に混ざり、影の底全体の空気を震わせた。
ミナの胸に怒りと恐怖が同時に湧く。
(どうして……どうして私たちをこんなにも……!)
振り返りかけたミナの腕を、ライルは強く引いて言う。
「ミナ、前だけを見てください。
守るべきものは“前”にあります」
その一言に、ミナの胸が温かくなった。
「はいっ!」
◇◇◇
封鎖兵が槍を構え、一斉に突進してくる。
岩壁を蹴り、崩れた天井の中を無表情に走り抜ける様は、すでに“人”のものではなかった。
ライルはミナの手を強く握りしめ、叫ぶ。
「ミナ――光を!!」
「はいッ!!」
二人の指先から、光が弾けた。
――ボウッ!
温かく柔らかい光が洞窟壁面に走り、
まるで導かれるように一筋の“光の道”が描かれていく。
ミナは驚きながらも胸が熱くなる。
(光が……出口を示してくれてる……!?)
ライルも息を呑んだ。
「これが……ミナの新しい光!」
ミナは頬を赤らめながら言う。
「ライルさんを……もっと守りたいって思ったら……
勝手に光が……!」
ライルは走りながら微笑む。
「ありがとう。
あなたのおかげで……生きて帰れます」
(本当に……役に立ててる……!
私……ライルさんを守れてる……!)
◇◇◇
しかし、封鎖兵たちはまだ追ってきている。
蒼い魔核が明滅し、無表情な仮面が暗闇を揺らす。
彼らは感情を失い、ただ命令に従うためだけに動く存在だった。
その姿にミナは震える。
「声が……人じゃない……」
ライルが短く答えた。
「声帯は切除されています。
命令だけで動く兵士なんです」
ミナは胸を押さえ、涙がにじむ。
「そんな……そんなの……ひどい……!」
ライルはミナの手を握り返す。
「あなたの光は……彼らの苦しみを感じているんです」
ミナの胸が締めつけられる。
(私が感じてるの……この人たちの痛み……?
こんな姿にされて……ずっと……苦しんで……)
ミナは涙を拭い、決意を固めた。
「ライルさん……私、やります」
「ミナ……?」
ミナは立ち止まり、封鎖兵へ向けて両手を広げた。
「もう……誰も傷つけたくない……!
戦わなくていいように……助けたい……!」
光がミナの胸から広がる。
「――《光祈》……!」
優しい光が波のように封鎖兵たちを包み込む。
蒼い魔核が揺れ、動きが止まり――
封鎖兵たちは一体、また一体と静かに地面へ倒れ伏した。
ミナは涙をこぼしながら呟く。
「ありがとう……もう、戦わなくていいんだよ……」
ライルはそんなミナを抱き寄せ、震える肩を撫でた。
「ミナ……あなたは、本当に優しい」
「優しいなんかじゃ……ないです……!」
「いいえ。あなたの光は“人を救う光”です」
ミナは涙を拭いながら顔を上げる。
「……ライルさんがいるから……
私は前に進めるんです……!」
ライルの胸が熱くなる。
「俺も……あなたがいたから進めたんです」
◇◇◇
森へと続く道は風に揺れ、封鎖兵の気配は遠のいていた。
ガルデルの姿もない。
だが、決着はまだ先にあると二人は理解していた。
その静けさのなか、ミナはライルの手を握り直す。
「ライルさん……私、もっと強くなりたいです。
あなたの隣に並びたい……!」
ライルは目を見開き、優しく微笑む。
「……ミナ。
俺もあなたと並んで歩きたい。
あなたを守るだけじゃなく……
あなたに守られたいと思うほどに」
ミナの目に涙があふれ、胸の奥が熱く脈打つ。
「……ライルさん……!」
「あなたと共に生きたいと……心から思っています」
ミナの胸から柔らかい光が溢れ、
空へ向かって優しく広がっていった。
風がそっと吹く。
影部の遺跡が静かに沈黙し、森は平穏さを取り戻していく。
ミナとライルは手を繋いだまま――
光が差し込む新しい道へと歩き出した。
「一緒に生きる」
その誓いが、静かに、しかし確かに結ばれた。
◇◇◇
影の底から脱出した直後も、大地からは崩落の振動が響き続けていた。
荒い息を吐きながら、ライルとミナは地上の冷たい風を胸いっぱいに吸い込み、互いが無事であることを確かめ合うように手を握り続けていた。
ミナは震えた声で呟く。
「……生きて、出られたんですよね……?」
ライルは息を整えながら頷き、ミナの手を優しく握り直す。
「ええ。あなたと一緒に、ちゃんと生きて出られました」
その言葉に、ミナの胸が熱くなる。
膝が震え、顔を覆うように両手を上げながら涙が溢れる。
「……ありがとうございます……!
ライルさんがいなかったら……私、本当に……」
声が途切れ、涙が地面に落ちた。
ライルはそっと涙を拭って言う。
「ミナ。あなたがいたから、俺は生きていられるんです」
ミナは驚いて顔を上げた。
「わ、私……役に立てましたか……?」
「ええ。あなたの光が俺を守ってくれた。
あなたの想いが、俺を救ってくれたんです」
ミナの頬が赤く染まり、泣き笑いのような表情になる。
◇◇◇
だが、安堵は長く続かなかった。
風が止み、森の空気が重くなる。
ミナが不安そうにライルの袖を引く。
「……ライルさん。気配、が……」
「分かっています。まだ終わっていません」
木々の影の奥から、黒い仮面が揺れた。
蒼い魔核がかすかに脈動する。
――残存の封鎖兵。
魔核はひび割れ、身体も損傷しているのに、彼らはまだ歩いてくる。
命令が残っている以上、彼らは止まらない。
ミナは胸を握りしめた。
「もう……こんなに傷だらけなのに……!」
「命令で動く肉体です。苦しみも痛みも関係ありません」
その言葉がミナの心を深く刺した。
(この人たちは……ずっと苦しめられてきた……)
ミナは一歩前に出る。
「ライルさん……私、やります」
「ミナ……?」
ミナは胸に手を当て、ゆっくりと光を広げた。
「これ以上、傷つけたくないんです。
こんなふうに利用されて……もう、やめさせたい……!」
ミナは光を胸から手へ流し込み、祈るように呟いた。
「――《光祈》……休んで……」
柔らかい光が封鎖兵たちを包み、
蒼い魔核が揺らいだ。
封鎖兵の動きが止まり、
やがて静かに地面へ倒れ伏した。
ミナの目に涙があふれる。
「ありがとう……もう、戦わなくていいんだよ……」
ライルはそんなミナを抱き寄せ、震える肩を優しく撫でる。
「ミナ。あなたは優しい。
その優しさが……人を救うんです」
ミナは震えた声で言う。
「私……怖かった……!
でも……ライルさんがいたから……前に進めたんです……!」
「ええ。あなたは強い。
そしてその強さは、誰かを守るためのものです」
ミナの目に再び涙が浮かび、胸が温かく脈打つ。
◇◇◇
封鎖兵が静かに倒れ伏す中、
二人の前の道はゆっくりと風に揺れながら開けていく。
ミナはライルの手を握り直す。
「ライルさん……私、もっと強くなりたいです。
あなたと並んで歩けるくらいに……!」
ライルの瞳が揺れ、静かに微笑む。
「ミナ。
俺もあなたと並んで歩きたい。
あなたを守るだけじゃなくて……あなたに守ってほしいと思うほどに」
ミナは声にならない喜びで涙をこぼす。
「ライルさん……」
「あなたと共に生きたいと……心から願っています」
ミナの胸から、温かな光がふわりとあふれる。
恋情を帯びた優しい光が空へ広がり、
薄曇りの空をほんのり照らした。
◇◇◇
風が優しく吹き抜ける。
影部の遺跡が静かに沈黙し、森に平穏が戻り始める。
ミナとライルは手を繋いだまま、
光が差す新しい道へと歩き出した。
二人の影はそっと重なり、
これからの旅路を象徴するように前へと伸びていく。
「一緒に生きる」
その静かな誓いが、確かに結ばれた。




