14
洞窟の天井が軋むような音をたて、影の底全体に大きな振動が走った。
――ミシ……ミシミシ……!
無数の光苔が落下し、青白い光が散乱する。
まるで天上の星がひとつずつ落ちてくるように、淡く、儚く、空間が揺れ始めた。
その“崩落”の中を、ライルは全力で駆けていた。
「ミナ……! ミナぁぁぁぁ!!」
声が枯れるほど叫び、血を流しながら走り続ける。
ミナの姿を見つけた瞬間、胸が焼け付くほど熱くなった。
(生きている……!そこに……いる……!)
ミナも涙を流しながら走り出した。
光が両手に溢れ、彼女を包むように揺れ動く。
「ライルさぁん!!」
二人の距離は数メートル。
しかし――
その間に“ガルデル”が立ちはだかった。
黒い外套が舞い、男の周囲に青白い電流のような魔力が収束する。
「ここは通さない」
洞窟の揺れなど気にした様子もなく、その目はただ冷たく光るだけ。
ミナはライルへ向かう足を止められず、叫んだ。
「どいてッ!!」
「勇者。君は“国家”に属するべきだ。その男に囚われてはならない」
ガルデルの指先で魔術陣が浮かび上がる。
ミナの胸に、恐怖と怒りが混じる。
「囚われてなんか……いません!!私は……自分の意思で……!」
ミナの言葉を遮るかのように、ガルデルの術式が一気に展開した。
「――転移捕縛陣」
足元に青い魔術陣が広がり、ミナの身体が光に引かれる。
「やッ……いやあああ!!」
その瞬間。
「触るなあああああッ!!!」
ライルの叫びが洞窟を震わせた。
結界の光が矢のように飛び、捕縛陣を切り裂く。
光が生き物のように捻じれ、ガルデルの魔術陣が弾け飛んだ。
ミナはよろけながらも、転移から解放されて膝をつく。
ガルデルが低く呟く。
「……やはり、お前は厄介だな、ライル・グレイアード」
ライルは荒い呼吸のまま、ミナへ向けて手を伸ばした。
「ミナ……!」
「ライルさん……!」
二人の手が――ようやく触れた。
その瞬間、ミナの光が花開くように揺れた。
暖かく、柔らかい光。
影の底を覆うほどの、強い輝き。
ミナは涙を拭い、ほとんど震えながらライルの胸に飛び込んだ。
「うわぁぁぁん……!ライルさん……っ……ずっと会いたかった……!!」
ライルは震える手でミナの背を抱きしめた。
「ミナ……ッ……無事で……本当に……よかった……!」
その腕は力強く、温かい。
ミナは声を震わせて答えた。
「ライルさんが……迎えに来てくれるって……ずっと信じてました……!」
「俺も……あなたなしでは生きていけない……」
熱い涙が二人の間に落ちる。
しかし――
その幸福の一瞬はあまりにも短かった。
◇◇◇
「感傷は終わりだ」
ガルデルの声が響いた。
洞窟の天井がさらにひび割れ、巨大な岩が落下してくる。
「ミナ、下がれ!」
「はいっ!」
二人は一斉に飛び退き、岩は地面に叩きつけられる。
轟音。
粉塵。
崩落が止まらない。
ガルデルは崩れゆく空間の中でも、冷静に術式を組み立てていた。
「貴様らはここで終わりだ。影部も、勇者も――不要」
ライルの表情が鋭くなる。
「ガルデル。あなたは……どこまで堕ちれば気が済むんだ」
ガルデルの瞳に、微かに狂気が宿った。
「世界のためだ。勇者は“扱われるべき力”。個人に任せるのは災厄だ」
「それは違う!!!!」
ミナが叫ぶと、光が彼女の身体から溢れた。
「私は……誰かを守りたいから……この力を使うんです!!あなたたちみたいに……人を傷つけるためじゃない!!」
その光は“治癒”でも“攻撃”でもない。
“意志そのもの”の光。
ガルデルは眉をひそめた。
「……やはり勇者は危険だ。その感情が力を増幅させる」
ライルがミナを庇いながら言う。
「危険なのは……あなたたちの“支配欲”だ」
ガルデルの表情がわずかに歪む。
「ライル・グレイアード。貴様だけは……絶対に許さん」
その目には、明確な殺意が宿っていた。
◇◇◇
――その時だった。
洞窟の奥から、足音が響く。
規則正しい足音。
冷えた気配。
「……あれは……!」
ライルの表情が険しくなる。
ミナは息を呑む。
暗闇の奥から現れたのは――
灰影部隊の“新型封鎖兵”。
全員が黒い仮面をつけ、
胸に蒼いコアのような光を宿している。
精神封鎖に加え、魔力制御のための補助具が装着されている。
ガルデルが冷たく笑った。
「影の底に眠っていた“封鎖兵”。感情を排し、指示にのみ従う最強の兵士たちだ」
ライルは絶句した。
「馬鹿な……!封鎖兵は禁忌の計画だったはずだ……!!」
「禁忌? ああ、そうとも言う」
ガルデルは淡々と答える。
「だが――国家は、いつだって禁忌を踏み越えてきた」
灰影封鎖兵が一斉にミナへ向けて槍を構える。
ミナは足がすくんだ。
(こんな……数……!?ライルさんひとりじゃ……!)
だが、ライルはミナの手を握り締めた。
「ミナ……俺を信じてください」
「信じます……!ずっと……信じてます!!」
その瞬間――
二人を中心に、光が渦を巻いた。
洞窟全体が揺れ、
崩落が加速し、
残された時間はわずか。
それでも――
二人は決して離れない。
光と影の戦いが、いま始まる。
◇◇◇
影の底が、完全に目を覚ましたかのように揺れていた。
天井から巨大な岩が崩れ落ち、
床のあちこちに亀裂が走る。
洞窟を照らす光苔がどんどん剥がれ、
青白い光は薄れ始めていた。
その混乱の中心に、
ミナとライルは並んで立っていた。
敵は――灰影封鎖兵 十数名。
その身体は鎧のように黒光りし、
胸部に埋め込まれた蒼い魔核が脈打っている。
まるで、生きた魔道兵器。
ガルデルが冷笑する。
「こいつらは感情を持たない。
恐怖も、痛みも、迷いもない。
そして――勇者を捕えるために造られた」
ミナは震えた。
だが、逃げるという選択肢はもうない。
ライルが一歩前へ出る。
「……ミナを渡すつもりはありません」
「渡させないさ。強制的に“奪う”のだからな」
ガルデルの合図とともに、封鎖兵たちが動き出した。
◇◇◇
最初の一体が突進してくる。
その速度は、普通の兵士では《目で追えない》ほどだ。
ミナが息を飲む間もなく――
「来るぞッ!!」
ライルがミナを抱き寄せ、反転しながら結界を重ねる。
「《偏光結界・重ね張り》!!」
光の盾が二重に展開し、
封鎖兵の槍が火花を散らして跳ね返った。
しかし……
衝撃が強すぎて、ライルが膝をつく。
「ライルさん!」
「大丈夫……まだいけます」
額から汗が流れ、
背中の傷がさらに開いて血がにじむ。
ミナの心が張り裂けそうになる。
(ライルさん……もう限界なのに……
私を守るために……全部受けてる……)
封鎖兵が次々と迫る。
――ドドドドッ!!
岩壁を蹴り、天井から落ち、四方から襲いかかってくる。
ライルは結界を展開し続けた。
だが、結界は少しずつひび割れ、
限界が近づいていた。
ミナは震える手でライルの肩に触れた。
「……ライルさん、もう無理しないで……」
「無理じゃありません。
あなたを守れるなら……どれだけ傷ついても構わない」
ミナの目から涙が流れる。
(どうして……
どうしてこの人は……)
喉の奥に熱い感情がこみ上げる。
◇◇◇
ガルデルの声が冷たく響く。
「補佐官ライル。
お前の“罪”がここで清算される時だ」
レンの言葉と同じ“罪”という言葉。
影部の任務の失敗。
救えなかった誰か。
ミナはライルの震える背中を見た。
「罪……なんて……」
「ミナ。今は戦闘に集中してください」
「でも……!」
ミナは拳を握りしめ、
ライルの背中へ額を押し付けた。
「ライルさん。
あなたは……悪くなんかない」
ライルの動きが一瞬止まる。
胸の奥に、熱いものが流れた。
ミナは続けた。
「だって……あなたは……
私をこんなに守ってくれて……
いつだって、優しくて……」
封鎖兵が槍を振り下ろす。
ライルは結界を強引に起動し、跳ね返す。
しかしその間もミナの声が届く。
「誰かを救えなかったこと……
それは“罪”じゃない……!」
「ミナ……」
「守りたい人を守れなかった時……
その痛みを知ってる人だから……
私は――あなたの側にいたいんです……!」
涙混じりの声。
その言葉が、ライルの胸に深く刺さった。
◇◇◇
突然、足元の大地がさらに崩れた。
――ズドォォォン!!
影の底の中心が大きく裂け、
封鎖兵たちは一斉に包囲の配置を変える。
ガルデルが叫ぶ。
「封鎖兵、第二陣!
勇者を囲め!」
ミナの身体が怯えて後退した瞬間、
ライルがミナを抱き寄せて耳元で囁いた。
「ミナ……聞いてください」
「……?」
ライルはミナを見つめ、
その手を強く握る。
「あなたの言葉で……
俺はもう、逃げないと決めました」
ミナの瞳が揺れる。
「影部の罪も……仲間を救えなかった後悔も……
全部抱えて……
あなたを守り抜く」
その瞬間、封鎖兵が突っ込んできた。
ライルはミナの手を握ったまま叫ぶ。
「ミナ……!
俺に力を貸してください!!」
胸の奥で、ミナの光が爆発する。
「はいッ!!
ぜんぶ……捧げます!!」
ミナの身体から巨大な光が放たれた。
――ボウッッ!!
光が渦巻き、ライルと融合するように流れ込む。
ライルの結界が一気に広がり、
封鎖兵たちを弾き飛ばした。
ガルデルが驚愕の声を上げる。
「な……に……!?
勇者の光が……補佐官に……!?」
ミナの光とライルの結界――
それはまるで“ひとつの力”になった。
◇◇◇
封鎖兵が再び立ち上がる。
しかし、以前ほど冷静ではない。
ガルデルが叫ぶ。
「封鎖兵!!
連携攻撃、第一波――!!」
槍が光を纏い、一斉に振り下ろされる。
しかし――
ライルは微笑んだ。
「ミナ。手を……」
「はい……!」
二人の手が重なり、
光と結界がひとつに融合する。
ライルが叫ぶ。
「――《光底結界》!!」
眩しい光が球状に広がり、
封鎖兵の攻撃を完全に打ち砕く。
封鎖兵たちは後方に吹き飛ばされ、
胸の魔核が軋む。
ミナは涙を流しながら叫んだ。
「ライルさん!!
これ……すごい……!」
「ええ……あなたの光が……
俺の力を“強くしている”……」
ミナの胸が熱くなる。
(私の光が……ライルさんの力になってる……
一緒に……戦えてる……)
◇◇◇
ガルデルが奥歯を噛み締めて叫ぶ。
「封鎖兵第三陣!!
勇者を包囲しろ!!」
しかし――
洞窟はもう限界だった。
――グラァァァァァ!!!
天井が崩れ、巨大な岩が落ち始める。
ミナは思わずライルの腕にしがみつく。
「ライルさん!!
このままじゃ……!!」
「ええ……ここはもう……持たない」
ガルデルも封鎖兵も、崩落に巻き込まれ始める。
ライルはミナの手を握り、
決意の目で言った。
「ミナ――
二人で……“ここから出る”」
ミナも頷いた。
「はい……!
二人で……絶対に……!」
光が強く脈動する。
崩落する影の底。
落ちる岩。
迫る封鎖兵。
その中で、
二人の光だけが――暗闇を切り裂き、
出口へ向かって走り出す。
ミナとライルの影は、
崩れゆく影部の歴史を背にしながら、
一つの未来を選ぶために重なっていく。
「絶対に守る」
「絶対に離れない」
その誓いを胸に――




