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光の欠片を宿す者【旧台:勇者様は今日も常識はずれ】  作者: 憂姫
理想と現実の間で

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 森の空気が一瞬にして張り詰めた。

 黒樹林の外縁――「転移の森」と呼ばれる場所は、常に薄い魔力が漂っている。

 そのため、魔力を帯びた者に反応し、時に“意図せぬ転移”を引き起こす危険な地帯でもあった。


 強制転移陣によってライルと引き裂かれたミナは、

 転移の森の一角に放り出され、危険な森をさまよっていた。


 だが――


 ミナの前に現れた黒外套の男は、

 “ただの追手”ではない。


 「勇者。君は王都へ返す。

  世界の秩序維持のために」


 その声には怒りも喜びもない。

 ただ淡々とした命令の音。


 ミナは震えながらも、男の正体がわかってしまった。


 「あなた……ギルドの人ですよね……

  どうして私を……?」


 男はフードをわずかに外した。

 ミナは息を呑む。


 ――見覚えがある。

 王都冒険者ギルドの副本部長。

 ライルと幾度も作戦を交わしたことのある、あの男。


 「“灰の協定”……知らないでは済まされないのですよ、勇者」


 協定。

 それはギルドと監察局の間で結ばれた、闇の取り決め。


 ミナは言葉を失う。


 「あなたたちは……味方じゃなかったんですか……」

 「味方? そんなものは幻想だ」


 男は静かに一歩近づく。


 「勇者。あなたの力は人類の力。

  それを個人が自由に持つなど、危険極まりない」


 ミナは怒りで顔を上げた。

 「私は……自由に使いたいなんて言ってません!」

「ならば、王の管理を受けなさい」


 ミナの胸が締め付けられる。

 “管理”。

 それは、あの王都の部屋。

 光を奪われた生活。

 笑うことも泣くことも許されない日々。


 もう……戻りたくない。


 ミナが一歩後ずさったとき――

 森の奥から凄まじい怒号が響いた。


 「ミナから離れろォォォ!!!」


 その声が聞こえた瞬間、

 ミナの胸が破裂しそうなほど震えた。


 「ライルさん……!!」


 木々が揺れ、土が跳ね上がる。

 息を切らしながらライルが森の奥から駆けてきた。

 顔には傷、服には血。

 崖での戦闘の痕跡がありありと刻まれている。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 ミナは走り出しそうになった。


 けれど、ライルは鋭く手を伸ばした。


 「ミナ! 動くな!!」


 その声に動きが止まる。


 男の足元で、淡い青い魔術陣が光を帯びていた。

 転移陣。

 ミナを“奪う”ための罠。


 ミナは震えた。

 「こ、怖い……」

 「大丈夫だ。絶対守る」


 ライルの声は低く静かだったが、

 その中に燃えるような強い意思が宿っていた。


◇◇◇


 黒外套の男――副本部長は、

 ライルを見ると表情を変えた。


 「久しぶりだな、グレイアード」

 「……貴様か、ガルデル」


 ミナは驚きに瞳を揺らした。

 「知り合い……?」


 ライルは短く頷いた。


 「こいつはギルド副本部長。

  俺を“影部”から引きずり出そうとした男だ」


 ガルデルは不気味な笑みを浮かべた。

 「引きずり出そうとした? 違うな。

  “飼い慣らそうとした”の間違いだ」


 ミナの胸がざわめく。


 ガルデルは冷たい目でミナを見た。

 「勇者。お前もだ。

  力は支配のために使われるのが正しい。

  個人の情動など、国の邪魔でしかない」


 ミナは震える声で返した。

 「人を……救いたいって思う気持ちが……邪魔なんですか?」

 「当然だ。力を持つ者に“意思”は不要」


 その瞬間、ミナの瞳の色が変わった。

 光が、胸の奥から溢れそうになる。


 (そんなの……間違ってる……!

  私の光は……誰かを傷つけるためのものじゃない……!)


 ミナが叫ぶように言う。

 「私は……“私の意思”で光を使う!」


 ガルデルは冷笑した。

「ならば――奪うだけだ」


 魔術陣が点灯し、ミナの足元が淡く揺れる。


 「ミナァ!! 動くな!!」

「ライルさん……!!」


 ライルは腰の魔具を抜き、

 左手を地面に叩きつけるように置いた。


 「――“第四式・捕縛解除陣アンカー・ディスペル”!!」


 青い閃光が走り、ガルデルの魔術陣が一瞬だけ弾け飛ぶ。


 ガルデルの目が鋭く光った。

 「ほう……まだ“影部”の術式が抜けていないとはな」


 ミナは困惑した。

 「影部……?」

 ライルは答えない。

 だが、その沈黙が何より多くを語っていた。


 ガルデルは続ける。

 「ライル。

  勇者を連れ帰れば、お前の罪は帳消しにしてやろう」

 「お断りだ」

 「愚か者。

  お前が守った少女は、いずれ“国に従属する道具”になる。

  お前がどれだけ抗おうが無駄だ」


 ミナの胸が強く締め付けられた。


 (道具なんかじゃない……

  私は……私は――)


 だが、そのとき。


 森の奥から灰影部隊の無機質な足音が迫ってきた。

 規則正しく、狂いなく。


 「補佐官ライル、捕縛対象確認」

 「勇者ミナ、確保」


 ガルデルが薄く笑う。

 「――始めろ。優先は勇者だ」


 灰影部隊十数名が一斉に動き出す。

 無音の矢。

 精神封鎖兵の乱れない足音。

 転移術式の兆候。


 ミナは咄嗟に叫んだ。

 「ライルさん! 逃げて!」

「逃げない!!」


 ライルはミナの前に立つ。

 彼の動きは、ミナが知る中で最も鋭く、速かった。


 ガルデルが冷笑しながら言う。

「ライル。その体では勇者を守れん」


 ライルは低く呟いた。

 「……俺は、お前の知ってる“影部の俺”じゃない」


 ミナの胸が熱く震える。


 次の瞬間――

 ライルはミナを抱き寄せ、耳元で囁いた。


 「ミナ。

  絶対に――離れないでください」


 ミナは震える声で答えた。

 「うん……離れない……!」


 その瞬間。

 ガルデルの手が上がり、

 灰影部隊が一斉に突撃した。


 ライルはミナの手を握り、叫んだ。


 「ミナ――行くぞ!!」


 森が揺れ、戦いが始まる。


◇◇◇


森が裂けるほどの衝撃が走った。

 ライルはミナの手を引き、灰影部隊の突撃をかろうじて回避する。


 矢が木々に深く突き刺さり、腐朽した幹が粉々に砕け散る。

 その攻撃力は、かつて王都で見たどんな精鋭部隊よりも異質だった。


 「ミナ! 伏せて!」

 「はいっ!」


 ミナが地面に身を伏せた瞬間、

 ライルは魔具で半円状の結界を展開する。


 「――《偏光結界》、最大展開!」


 光が弾け、灰影部隊の矢が曲線を描くように弾かれる。

 だが、彼らの動きは止まらない。


 足音は乱れず、呼吸のリズムすら同じ。

 完全な無意識――精神封鎖。


 ライルは歯を噛む。


 (こいつら……本当に殺す気で来ている……!

  王都の監察局がここまでやるとは……)


 しかしその時、

 ミナの叫びが耳を打った。


 「ライルさん、後ろ!!」


 振り向くと、背後――

 別の個体が無音で接近し、短剣を振り下ろしていた。


 「ちっ……!」


 ライルは結界を強引に捻じ曲げ、短剣を弾く。


 金属音が森に響き、火花が散った。


◇◇◇


 その光景を数歩離れた場所から見ていたガルデルは、

 不快さを隠そうともせず、鼻で笑った。


 「さすがは“影部の遺物”といったところか」


 ミナは弾かれた光の隙間から彼を睨みつけた。


 「どうして……どうしてこんなことするんですか!」

 「どうして?」


 ガルデルは冷笑した。


 「勇者は“戦争の均衡装置”だ。

  その力が民間に漏れれば、世界は崩壊する」


 ミナは絶句する。


 「崩壊……? 私がいるだけで?」

 「君は自覚がない。

  だからこそ危険なんだ」


 ミナの手が震えた。


 ガルデルが手を伸ばす。


 「勇者。君は王都へ戻るべきだ」

 「戻りません……!」


 胸の奥から光が溢れそうになる。

 震える声で、それでも叫んだ。


 「私は……ライルさんといたい!」


 ガルデルの表情がわずかに歪む。


 「……ライルか」

 吐き捨てる声。


 「君が“国家の道具”でなくなる最大の要因……

  それがあの男だ」


 ミナは目を見開いた。


 (ライルさんが……?

  私を“人”として見てくれたから……?)


 ガルデルは無感情に続ける。

 「だから排除する」


 ミナの胸に、深い怒りが燃え上がった。


 「排除……?

  ライルさんは……私の支えなんです……!」


 光が溢れ――

 ミナの掌に淡い紋様が浮かび上がる。


 治癒魔法とは違う。

 攻撃魔法とも違う。


 “心を守るための光”。


 それは勇者の新しい能力。

 彼女が自分の意思で目覚めさせた光だった。


◇◇◇


 一方その頃、ライルは灰影部隊に囲まれていた。

 肉体強化された兵士が次々と襲いかかり、

 ライルは結界を破られないよう、必死に身体を動かす。


 呼吸が荒くなる。

 肩から血が流れ始めていた。


 (まずい……あと数分で防御結界が壊れる……!)


 しかし――

 ライルの足は一歩も退かなかった。


 ミナがいる。

 それだけで、身体は前へ進む。


 兵士の一人が首元へ短剣を振り下ろす。

 ライルはその腕を掴み、地面へ叩きつけた。


 「退け……どいつもこいつも……!」


 その声には怒りと焦燥と、

 “ミナを守りたい”だけの感情が詰まっていた。


◇◇◇


 その隙に、ガルデルがミナへ向かって手を伸ばす。


 「――来い、勇者」


 ミナは後退し、涙をにじませながら叫ぶ。


 「来ないで!!」


 光が彼女の周囲を包む。

 森の風が光を反射し、淡い金色の渦を生み出す。


 ガルデルはまったく怯まない。


 「その光……治癒ではないな。

  “拒絶の光”か。

  勇者の力は、やはり進化する……!」


 手の動きが加速し、

 ミナの腕へ触れようとした、その時。


 「ミナァァァァ!!!」


 ライルの声が、風を切った。


 次の瞬間――

 ライルが灰影部隊を突破し、ミナの前に飛び込んだ。


 「触れるな!!!」


 ライルはガルデルの腕を掴み、

 力任せに弾き飛ばした。


 衝撃でガルデルは数メートル後方へ削られるように滑る。


 ミナは息を呑んだ。


 「ライルさん……!」

 「ミナ、大丈夫ですか……!?」


 ライルは血を流しながらも、ミナの頬に触れた。

 その手は震えていたが、温かかった。


 ミナはその手を両手で包む。


 「ライルさん……怖かった……!

  離れたくなかった……!」


 ライルは答える代わりに、彼女の頭を抱き寄せた。


 「離しません。

  もう二度と……あなたを一人にはしない……」


 ミナは胸が熱くなった。


 その温もりが――

 彼女自身の光をさらに強くする。


◇◇◇


 二人の間で光が溢れ、

 ガルデルは不快な顔でその光を睨みつけた。


 「……愚か者ども。

  感情は弱さだ。

  国家を蝕む毒だ」


 ライルは静かに答えた。


 「感情があるから……人は人なんだ」

 「無意味なものだ」

 「あなたは間違っている」


 ガルデルの表情がわずかに歪む。


 ライルは続ける。


 「ミナは“道具”じゃない。

  彼女は……彼女自身の意思を持つ、一人の少女だ」


 ミナは涙をこぼした。


 ガルデルはため息をつき、背後にいる灰影部隊へ指示を出す。


 「やはり……始末する」


 灰影部隊がミナへと矢を向ける。

 ライルは身体を張ってミナを覆う。


 「ミナ、俺の影に隠れて!」

 「ライルさん!!」


 だが――

 その瞬間。


 ミナの光が大きく膨れ上がり、

 二人を包むように膜を作った。


 矢が放たれ、膜に触れた瞬間――

 “パリン”と音を立てて、矢が弾かれた。


 ガルデルが目を見開く。

 「これが……勇者の“拒絶領域”……!」


 ミナは震える声で言った。


 「私は……人を守りたい……

  大切な人を……守りたい……

  そのためなら……力を使う……!」


 光がさらに強くなる。

 森を照らし、灰影部隊が一瞬ひるんだ。


 ライルはミナの肩を支えながら囁いた。


 「ミナ……ありがとう……!」


 その瞬間。


 ガルデルはすばやく術式を展開し、全員の空間の魔力を乱した。


 「――勇者の捕獲はまた後でいい。

  今は退く」


 灰影部隊は一斉に消え、森の奥へ退いた。

 ガルデルも最後にミナを一瞥し、冷たく笑った。


 「勇者。

  いずれ必ず――お前を“国家”に戻す」


 そして姿を消した。


◇◇◇


 戦いの余韻だけが残る森で――

 ミナは力が抜け、その場に膝をついた。


 「はぁ……はぁ……」


 ライルが慌てて支える。


 「ミナ、大丈夫ですか!?」

 「うん……大丈夫……

  でも……怖かった……」


 ミナの瞳に涙が溢れた。

 ライルは彼女をそっと抱きしめる。


 「ミナ。

  本当に……よく頑張りました」


 ミナは震えながら、ライルに抱きつく。


 「ライルさん……

  私……あなたがいないと……」


 ライルは少しだけ顔を寄せ、

 彼女の耳元で静かに言った。


 「俺も……あなたがいないと、生きていけない」


 森の木々が風で揺れ、

 二人を包む光が静かに消えていく。


 世界はすでに動き始めている。

 ガルデルの影。

 監察局の本隊。

 勇者を巡る争奪戦。


 だが――いまだけは。


 ミナとライルは互いの温もりを確かめ、

 “断ち切られた鎖”を胸に刻んでいた。

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