6回目
男を追いかけていた。その男は私の親を殺した殺人犯だった。
そいつは殺人犯の癖に教会に逃げ込んだ。赦しが欲しいとでもいうのだろうか。馬鹿馬鹿しい。そんなもの赦すわけがない。私は自分の手を汚してもこの男を殺す、と決めている。
男を追って私は教会へ足を踏み入れた。男は逃げることも隠れることもなくそこに立っている。一体なんの真似なのだろう。私が男を殺したくて追いかけていることくらいわかっているだろうに、微動だにしない。けれど、疑問を抱くよりも好機だという気持ちが勝って、ナイフで腹を刺した。ちゃんと刃を上に向けて。内臓を傷つけられるように。そうすれば上手く殺せる。
反撃されると思っていた。けれど、男は無抵抗だった。私は無抵抗な男を刺した。男は刺されても決して反抗しなかった。
私は人を殺した。だくだくと流れる血で私の手は真っ赤に染まっている。
アドレナリンの所為で神経が過敏なっている私の手には、人の体に刃物が刺さる感触がはっきりと残っている。ナイフがプツリと皮を貫き、柔らかく弾力のある肉にどんどん刃が埋まっていく、その感触が。
男は何も言わない。もう死んだのだろうか。立ったまま死ぬなんてありえないけれど、そう思うほど男は動かない。顔を上げると、男と目が合った。そして、体が固まった。
「し、おん…?」
男は答えない。ただヘラリと笑う。
「な、なん、で。なんでしおんが。ど、して?どうして」
どうして私は紫苑を刺しているのだろう。どうして殺そうとしているのだろう。どうして、ここに。なんで今気づくの。どうして血濡れの紫苑を見るまで思い出さなかったの。どうして思い出してしまったの。私は。わたしは…。わたしがどうしてしおんをころそうとしているの。
「ぁ、あ…ぁ、ぃ、や…いやあああぁぁぁぁぁ」
身体中が震えて、力が抜ける。私は握りしめていたナイフを手放した。紫苑は私の手を支えにしていたのだろうか、その瞬間に倒れた。地面に横たわる紫根を呆然と見つめる。
私が紫苑を殺す。あの時と同じ場所を刺して。わたしが、しおんを。
カタカタと震える両手を握りしめる。死なないでと縋り付くことは出来なかった。だって、私が殺すのだ。死なないでと願っていた私が紫苑を。
「はは」
乾いた嗤いがもれる。
紫苑が私を殺した時、どうして嗤っていたのか、ようやくわかった。嗤うしかないのだ。そうすることでしか感情を発露できない。嗤うことでしか自分を蔑むことが出来ない。
「ははははははははは」
私は壊れた人形のように嗤い続ける。
まただ。また、私は壊した。リンドウだけでなく紫苑までも。
───ああ、私の所為だ。私の所為だ私の所為だ私の所為だ私の所為だ
どれくらいの嗤っていたのだろう。私は教会の扉が開いた音で口を閉じた。少しだけ正気に戻る。そして、振り向くとそこには。
「リンドウ………」
ポツリと呟いた私を見た後、倒れている紫苑を見てリンドウは眉を寄せた。
「遅かったか…」
リンドウは何も言わずにこちらに歩いてくる。覚えているのか、いないのか、わからないけれど、敵意はないように思われた。
「お前つくづく間が悪いよなぁ」
どうやら記憶があるようだ。
リンドウは私のところまで来ると、紫苑の生死を確認する前に、私の頭に手を乗せ、ぐしゃぐしゃにかきまわした。
「思い出さなきゃ幸せだったのにな。そうしたら、何の憂いもなく死ねただろうに」
そう言いながらリンドウは、紫苑のそばにしゃがみこみ、手首をとって脈を測る。うわー死んでんなぁ、と嫌そうな声音で呟いて、刺さったナイフを引き抜いて、立ち上がる。
「しっかし、お前ら業が深いよなぁ。殺して、殺されて。俺だけ何もないとか寂しいわ、ってことで俺も混ぜてくれよ」
リンドウは私にナイフの柄を差し出す。
「…ぃゃ」
私は首を振りながら一歩下がる。リンドウが怖いと思ったのは初めてかもしれない。
「んなこと言うなよ。1人も2人も変わらねぇだろ」
リンドウは私が下がった分だけ、距離を詰める。
「俺、警察官だから、本当は銃で脳天ぶち抜けばいいんだけどさ。死体見たから無理なんだよ。だから、頼むわ」
リンドウは私に無理矢理ナイフを押し付けて、手を開いて見せる。その手はカタカタと震えていて、死体を見たくない、と以前言っていたことを思い出した。
「これじゃ、流石に銃は打てねぇから」
───だから、お前が殺してくれ
あまりにも酷い言葉だ。それは、人に願うのは躊躇われるし、頼まれた相手も傷つく願いだ。けれど、私たちは死に慣れていて、人を殺したことこそ初めてだけれど、何度も自死をしているし、心中だと一緒に死んだこともある。だから、罪悪感も少ない。
わかっている。私もリンドウも死ななければいけない。だけれど、私の手もカタカタと震えている。今更なのはわかっている。1人殺せば2人も一緒だという言葉も納得している。けれど、人を刺すのが、人を殺すのが怖い。しかも、大切な人間を自分の意志でこの手にかけるなんて。
「わかった。じゃあ、こうしよう。お前が俺を刺せ。で、俺がお前の頭を吹き飛ばしてやる。これならいいだろ」
「…銃撃てないって言ったじゃない」
口の中が乾いて張り付くのをどうにか動かして、返事をする。リンドウは私の言葉に笑った。よく見る愉快そうな顔だ。
「嘘じゃねぇよ。震えてたら狙いが外れるかもしれねぇし。まぁ、どうせ死ぬなら、お前に殺されてみたいと思って言ったけどな」
「馬鹿じゃないの」
小さな声で吐き出した言葉は震えていた。そして、リンドウの言葉が少し嬉しい自分に吐き気がする。紫苑やリンドウだけじゃない。どうやら私もしっかりと壊れているらしい。
「あ、安心しろ。ゼロ距離で撃てば外さねぇから」
リンドウの言葉に小さく笑う。その姿を見てリンドウが安堵したことがわかった。
「仕方ないから殺してあげる。…だから、ちゃんと殺してね」
勝気な笑みを無理矢理作って、リンドウに近づく。そして、抱きつくようにナイフを突き立てる。リンドウは小さく、ありがとう、と笑ってから、私の頭に銃口を当てた。
幸せなんて望まないから、今度こそ3人で生きられますように。そう願わずにはいられなかった。
「またな」
その言葉を合図に引き金が引かれた。そのまま崩れ落ちる私を抱き止めて、リンドウは私を紫苑の隣に横たえる。そして、その隣にリンドウも転がった。




