3回目
気がつくと目の前にはリンドウがいた。
「え…?」
「さあて、お嬢さん行きましょうか?」
「アンタ何言ってんの?」
わけがわからない態度で手を差し出すリンドウに思わず、ツッコミが漏れる。
大体、この状況は一体なんだろう。今私は何をしていた…?というかここはどこだろうか。ホテル街に見えるのだけれど。
「誘いを受けてくれたのはお嬢さんなのにひどいな〜」
どうしてそんなことをしているのかわからないけれど、少し紫苑に似せた話し方のリンドウは酷く不気味だった。というか、これ本当にリンドウか?
「誘いって何?アンタ、リンドウじゃないの」
リンドウ本人でない可能性に不安になって一歩足を引いた。けれど、リンドウはそんな私を見て盛大に溜息をついた。
「はあああ。今かよ」
口調も雰囲気も一気にらしくなったリンドウは、ついてこい、といった風に歩き出した。状況はよく飲み込めなかったが、間違いなく本物のリンドウなので、大人しくついていくことにした。
連れてこられたのは、高層マンションの最上階だった。そのワンフロアが今のリンドウの住居らしい。しかも、1人で住んでいる。
「で、どうなってるの」
部屋に通され、フカフカで大きなソファに座わり、くつろいだ状態で尋ねた。ドリップしたコーヒーまで出されて、いたれりつくせりだ。
「その前に、お前今何歳かわかるか」
「えっと…18?」
そこまで考えて、あれ?と思う。どう考えてもおかしいのだ。私には16までの記憶しかないし、目の前のリンドウは明らかに社会人だ。なのに、自身は18歳だと思う。記憶は間違っていないはずなのに何かがおかしい。
「じゃあ、名前は」
───名前…?
考えて浮かんだ名前は雪花のものではなかった。生い立ちも思い出したけれど、やはり雪花のものではない。私は違う人間だった。
「え、は?どういうこと!?」
「…お前16で死んだんだよ。通り魔に刺されて呆気なくな」
言われて考える。すると、段々あの時の光景が思い出された。確かに私は刺されて死んだ。しかも、間の悪いことにリンドウといる時に。
「その後、俺と紫苑はちゃあんと2人で死んだんだぜ?で、はい終わり…のはずだったんだけどな。そうは問屋が卸さなかったんだよ」
「つまり3回目ってこと?」
「そうだ。しかも、みんなバラバラだ。歳も違えば住んでるところもな。しかも覚えてないときた。詰んでんだろ」
神様はどーしてこう俺に冷たいのかねぇ、なんて苦い顔してリンドウはぼやいている。
確かにリンドウの言葉が本当なら無理ゲーってやつだと思う。よく見つけたな、とも思う。きっと、大枚叩いて探してくれたのだろう。
この家を見れば、考えなくてもリンドウがお金持ちの家に生まれたとわかる。そして、リンドウだけが、名前も状況もあまり変わらずに生まれている。まるでリンドウを目印にしろ、と神様が言っているかのようだ。
未だに神なんか信じていない癖にそんなことを思って馬鹿馬鹿しくなった。そんな運命論的な考えは紫苑の好みだ。けれど、私は違う。信じるのは、目の前にあることだけで、それが全てだ。
「で、俺はどうにかしてお前を見つけて連れて帰ってきたってわけだ」
「え、でも、あの待ち合わせ。…援交よね」
私は所謂出会い系サイトと呼ばれるところでリンドウと知り合った。そして、今日、初めて直接会ったのだった。
今までと違って私が産まれた家は酷く貧しかった。高校はどうにかこうにか奨学金で通えているけれど、このままでは大学に行くのは難しいだろう。けれど、私は大学に行きたかった。知識は生きていく上で強みになるとそう強く思っていた。
今思えばそれはルシナの時の記憶の所為だったのだけれど、とにかくそうしなければいけないと、強迫観念のようなものまで抱いていた。だから、お金を得るために仕方なく援助交際なんて馬鹿なことに手を出そうとした。
なんとなく手玉に取れるような気がしていたのだ。小娘が何をと思うけれど、良いところのお嬢様だった時の影響で他人は自分の思い通りになるという気がしていた。記憶が戻った今は馬鹿な考えだと思うけれど、あの時の私にとっては正しい考え方だった。
そうして、リンドウに出会った。初めての客がリンドウで助かった。リンドウ以外なら予定通りお金を貰って体を売っていただろう。ついでに年上と話すことで処世術を身につけられたら万々歳だと考えて。同時に思い出さなければリンドウはどうするつもりだったのかという疑問も浮かんだ。
「それくらいしかコンタクトの方法がなかったんだよ。いきなり社会人の俺が女子高生に話しかけたら、不審者にしか見えねぇだろ。まぁ、今日、薬盛って連れ帰る気でいたから不審者ってのは間違ってないのかもしれないけどな」
「そんなことしたらアンタ捕まるわよ?」
「その辺は上手く出来るよ。知ってるだろ?俺、人の嫌がる顔が好きなんだよ」
悪どいことをニヤリと笑ってリンドウは言う。多分、人の弱みを握ってどうこうしたと言いたいのだろう。けれど、それがポーズであることは知っている。リンドウはそんなことしなくても人を思うがままに動かすなんて朝飯前だ。伊達に三回も生きてない。初めは領主で次が御曹司で…リンドウはいつも人の上に立っている。望むも望まざるもの関係なく。だから、他人を上手く使うことに長けている。
「はいはい。で私を連れ帰ってどうするつもり?再
開を祝って抱き合って涙でも流すわけ?」
「んなわけないだろ。俺は決めてたんだよ。もし、次があったら2人を囲って一生外に出さないって。そうすれば、誰もいなくならないだろ?」
狂気的な言葉に聞こえるけれど、リンドウは酷く真剣な顔をしていた。そこには悔恨が滲んでいる。
きっとそれは仕方がないことなのだ。リンドウは2回とも私の死んだ姿を見ている。大切な人が死んだ姿なんて見たくないに決まっている。私自身もそうだった。なのに、私はリンドウにそんな姿を見せてしまった。
だから、仕方がない。それに、リンドウが取ろうとしているのは、一緒に死のうとする私より、自分を犠牲にする紫苑より、余程健全な方法だ。なら、きっと私と紫苑が同意するなら問題ないのだろう。
「そのために1人でこんな広い部屋に住んでんだ。帰りたいって言っても帰さねぇからな」
「別に帰りたいなんて思わないし、言わないわよ。それより、紫苑は?」
「あぁ。アイツは後一カ月もすれば釣れるさ」
リンドウはいかにも愉しそうな表情で笑っている。
その事実は喜ばしいはずなのに、愉快で愉快で仕方がないというその表情が紫苑への心配を抱かせる。
「…生きてるわよね?」
死体が来るんじゃないか、とまでは言えなかったけれど、私の表情でわかったらしいリンドウが拗ねたように顔を顰める。
「死んでるわけねぇだろ。アイツ、ゲーマーなんだよ。ネトゲにハマってるみたいで、今度オフ会するから、その時に捕まえる」
「ネトゲねぇ」
「アイツ覚えてない癖にハンドルネームがシオンなんだぜ?これは見つけてくれって言ってるようなもんだろ」
リンドウは満足そうにそう言った。私も胸を張って得意げに笑いたい気分だった。
だって、前世に根深い言葉を使っているということは、あの頃のことが心の深いところに刻まれている証明だ。それが幸福でなくてなんだというのだろう。
私のように会えばきっとすぐに紫苑は思い出す。
「あ、お前オフ会一緒に行くか?」
「え、いいの?」
「普通ならマナー違反だろうけど、アイツと2人で会うだけだし、思い出さなかったら薬飲ませて連れて帰るから人手はある方がいい」
明日予定ないだろ?と私が来ることを微塵も疑わない様子で、リンドウはこちらを見ている。それに軽く頷いて、そういえばと口を開く。
「アンタ、私たちを囲むのはいいけど、大丈夫なの?」
「大丈夫、って何がだよ」
「今はまだ良いかもしれないけど、死ぬまで私たちを囲うってなったら親から口出しされたりするでしょ?いいとこの坊ちゃんなら結婚しないのかとか、子供作らないのかとか、色々言われるんじゃないの?」
不思議そうにこちらを見ていたリンドウは、私の言葉を聞いて、あー、とめんどくさそうに溜息をついた。そして、無表情でこちらを見た。
「お前、俺と結婚しろ」
「はあ?」
「お前が嫁で、アイツが嫁の愛人って体でお前らを囲うから俺と結婚しろ」
想像していなかった言葉が返ってきて言葉を失った。あまりにも衝撃的な台詞すぎる。
私は、とりあえずその衝撃から立ち直りたくて、リンドウから視線を外した。けれど、リンドウは私が落ち着くのを待つ気はないようで、私の反応なんてお構いなしに続ける。
「別に嫌じゃねぇだろ、お前。俺のこと嫌いじゃねぇじゃん」
その言葉に今度は違う意味で言葉を失う。
リンドウの言葉は正しい。別にリンドウと結婚することは嫌じゃないし、リンドウのことも嫌いじゃない。アスターと出会わず、リンドウと生きる未来だってきっとどこかには存在しただろう。それに、雪花だった時に面と向かって好きだと言ったこともある。
けれど、直接言われると、苦虫を噛み潰したような気分になる。それは、羞恥とかではなく、図星を指されたような後めたい気持ちだ。なんでこんな気持ちになるのかはわからないけれど、素直に頷ける発言ではなかった。
「俺を選べば幸せにしてやるよ。紫苑もな」
そこでリンドウの言葉が止まった。どうやら私の反応を待っているらしい。視線がチクチクとこちらに刺さっているのがわかる。
「はぁ…。選ぶも何もそれ決定事項でしょ」
リンドウに顔を向けて呆れたように言ってやる。
リンドウはそんなことを尋ねるようなタイプじゃない。一世一代の選択でも、もうそれしか選べないようにしてから選ばせるくらいのやつだ。そんな人間が、選べと選択肢を差し出してくるなんて頭がおかしくなったとしか言いようがない。
「選ばせる気ないなら、アンタは宣言だけしてればいいのよ。それで私たちの文句を聞き流すのがいつものリンドウでしょ」
最後に鼻で笑って睨みつけると、リンドウは少し目を見開いてから、らしくなく嬉しそうに笑った。本気で断られる可能性を感じていたらしい。
「全く馬鹿馬鹿しいわ。あ、でもアンタいくつよ。歳の差やばくない?それに高校生と結婚とかどうなの?私は別に放任主義の貧しいお家なんで平気だけど」
「は?お前、俺のこといくつに見えてんの?」
「三十路…?」
「ふざけんなよ!まだ、ピチピチの28だわ!」
「ピチピチ…。まぁ、10歳差ならギリ世間的にも大丈夫かしらね」
「別に歳なんて気にしねぇよ。俺一生結婚しねぇって宣言してたから、何歳相手でも結婚するっつったら喜ぶだろうさ」
いいとこの坊ちゃんが独身宣言なんて思い切ったことするなぁ、と思いつつも少し嬉しかった。だって、それは、記憶のない私たちのために人生を使おうとしていたということなのだから。それほど、自分の人生を私たちに割くなら、尚更、私たちを好きに扱って構わないだろうに。文句は言うけれど。
「そう。まぁ、私も家から早く出られるならそっちの方がいいから結婚早い方がいいわ。ここ、高校から遠いけど、どうせ送り迎えしてくれるんでしょ?」
電車でも行けるけど、とは思ったものの口には出さなかった。囲い込もうとしている人間が、不特定多数の人間のいる電車なんかに乗せるはずがない。
「当たり前だろ。紫苑にやらせるか俺が行くか迷い中だ。けど、アイツを部屋の外に出すの不安しかねぇんだよなぁ」
「あー確かに、今の紫苑がどうなってるかわからないしね。まぁ、私はどっちでもいいわ。どっちが送ってくれても自慢になるし」
「お前、そういうの気にするタイプだったか?」
何、いじめられてんの?とニヤニヤ笑い出したリンドウが腹立たしくて、私は盛大に舌打ちをした。いつみてもこの表情はイラっとする。
「私がいじめられるように見えるわけ?ありえないわよ。ただ、誰ともつるんでないだけ」
「へぇ。お前またぼっちなのかよ」
「ぼっちじゃないわ!鬱陶しい女子高生のノリで遊ぶくらいなら勉強している方が100倍マシだっただけよ!大体、どうせアンタもぼっちでしょ」
「俺はマトモに社会人やってるからぼっちじゃねぇしぃ。ちゃんと人とコミュニケーションとってっし」
「嘘ばっかり。休日に遊ぶような友達がいないならぼっちと大差ないから!」
言い返せなくなったらしいリンドウは口を閉じて視線を逸らした。私は、勝った、と爽快な気分でふふんと得意げに笑った。
ああ、3人揃う明日が楽しみだ。
◆◆◆
次の日。私は待ち合わせ場所から少し離れた場所で様子を窺っていた。しばらくして、黒づくめで猫背の男がリンドウに近づいてきた。黒いキャップに黒いマスクをしているので、顔は見えない。けれど、十中八九紫苑なので、背後からゆっくりと2人に近づいていく。
紫苑(仮)はリンドウを見て、動かなくなった。そして、震える手をリンドウに伸ばしたかと思うと、そのままガバッと抱きしめた。ああ、やっぱり紫苑だ。しかも、私と同じようにリンドウを見て思い出したらしい。
「おい、離れろ」
「嫌だよぉ!リンドウ〜!会えて嬉しい!」
嫌がるリンドウを無視して紫苑はギュウギュウと抱きしめる。そして、滝のように涙を流し出した。
どうやら今の紫苑は涙腺が弱いらしい。今までのリンドウならこんな簡単に泣かなかった。きっと感受性が豊かなのだろう。けれど、それは外界からの影響を受けやすいということだ。それで何があるというわけではないけれど、今の紫苑からは少し危うそうな雰囲気を感じた。
一頻り、リンドウを堪能した紫苑は、唐突にその体を解放した。
「あれ?そういえば、雪花ちゃんは?いないの?」
「ここにいるけど」
ケロッとした顔でキョロキョロと周りを見渡している紫苑の背後から私は声をかける。すると、バッと音が鳴りそうなほど勢いよく紫苑は振り返った。そして、私を見て再び目を潤ませている。仕方がない奴だ、と呆れたような溜息をつくと、ついに我慢できなくなったらしい紫苑が、私に飛びついてきた。
「雪花ちゃ〜ん!」
「ちょっ、やめなさい!苦しいから離して!リンドウ見てないで助けなさいよ!」
「あの時、お前も無視したんだろ」
あの時って、私が懺悔という名の告白をした時だろうか。あれとこれとでは状況が違うと思うのだけれど。リンドウは本当に酷い奴だ。
「嬉しいのはわかったからとりあえず離して!」
背中を全力で叩くと、紫苑はようやく私が困っていることに気がついたようで、腕から解放してくれた。
「ごめ〜ん!テンション上がっちゃってつい…」
涙を拭いながら、ヘラリと笑って紫苑はしょんぼりしている。
「まぁいい。思い出したなら話が早い。俺ん家行くぞ」
さっきとは一転、は〜い!と元気よく返事をした紫苑は、歩き出したリンドウを追いかける。私はその光景を少し眺めてから呆れたように笑った。
後ろから2人を見るこの光景がいつも幸せだと思う。今度こそ続けばいい。
リンドウの家に帰ってきた。
さっきのようにフカフカのソファに私とリンドウが座り、紫苑は下に座らされている。ふわふわのラグが引いてあるから痛くはないだろうけれど、どうしてこんなことをしているのか。椅子もすぐそこにあるのに座らせないのは、忘れていたことへの嫌がらせなのだろうか。そんなことをつらつらと考えていると、リンドウがニヤリと悪どい笑みを浮かべた。いや、ドヤ顔というべきなのだろうか。わからないけれど、兎に角紫苑を煽っている。
「そうそう。先に言っとかなきゃな。お前の天使、やっぱり俺と結婚するから」
そう言いながら、私の肩を抱き寄せる。なるほどこれがやりたくて、この配置なのか。リンドウはどうしても紫苑に嫌がらせしたかったようだ。案の定紫苑はあわあわと騒いでいる。
「えぇ!?なんでぇ!リンドウどういうこと!?」
「文字通りだけど?俺とコイツは結婚するんだよ。残念だったな」
ガーン、という音が聞こえそうなほど、紫苑はショックを受けている。少しかわいそうな気がして、フォローしようかと思った時に紫苑が言葉を続ける。
「俺、仲間はずれ…!?」
え、そこ。予想外のところにショックを受けていて、目を見開く。リンドウも驚いているらしく、ポカンとしている。
「…はぁ。お前、そこじゃねぇだろ」
「え?なにが?」
「普通、好きな女が他の奴と結婚するって嫉妬するだろ?」
「好きな人と好きな人が結婚するのに嫉妬するの?」
その言葉に言いようのない気持ちになった。胸が熱くなって、叫び出したいような、泣き出したいような、そんな気持ち。もしかしたら、これが愛おしいという気持ちだろうか。紫苑の健気な姿が愛おしい。リンドウも同じように感じたようで、変な風に顔を歪めている。
「あークソっ!お前、そういうとこだぞ。…結婚はするけど愛しあって結婚するわけじゃねぇから」
「え、そうなの?」
「ありまえでしょ!そういう意味ではリンドウのこと好きじゃないもの」
えー、と首を傾げている紫苑に結婚する理由を話した。リンドウがずっと顰めっ面で説明してたのが少し面白かった。リンドウが他人に負けている姿はあまり見ないから、新鮮だ。
全部話を聞き終えた紫苑は、首を傾げながらびっくりすることを言った。
「それって俺じゃダメなの?」
「男同士なぁ…俺はいいけど親父がどういうかはわかんねぇな」
それありなんだ。いや、わかるけど。というか、問題父親だけなんだ…。
紫苑の言葉は理解できる。けれど、なんとなく納得いかない。それこそ、男2人でくっついたら私が仲間はずれじゃないだろうか。
それに、紫苑は一体どこからその発想が出てきたんだろう。昔からリンドウへの気持ちにそういう感情も混ざっていたのだろうか。いや、別にそれでもいいんだけど。側から見れば私も一緒だろうし。
「そりゃ海外に行って式したり籍入れたりしてもいいけど、3人でいるなら日本の方が都合いいし、やっぱりコイツの方が手続きが楽だな」
そっか〜、と紫苑は若干しょんぼりしながら口を尖らせている。
「え、お前そんなに俺のこと好きだったの?」
「ん〜?雪花ちゃんと一緒だよ?そういう意味では好きじゃないけど、結婚できるくらい好き!」
リンドウは大きく息を吐いて頭を抱えた。
好感度が高いとは思っていたけれど、結婚してもいいほどとは思わなかった。男同士で結婚をしてもいいくらいって相当じゃないだろうか。
「とりあえず、手続き楽なら私でいいでしょ。それより、今アンタ何してんの?」
「俺?俺は引きこもりの廃ゲーマーだよ。いやぁ、なんでそんなことしてんだろうね〜」
紫苑は何かを誤魔化すようにヘラヘラと笑っている。自分の生い立ちを突っ込んで聞かれたくないのだろう。
良くも悪くも紫苑は環境に左右されるらしい。
生きる意味を定めたアスター、そんなこと考えなくてもいいくらい平穏な日々の中にいた紫苑、そして何も選べなくて自暴自棄になった今。
紫苑はいつだって生きにくそうな性格をしているのかもしれない。
さて、紫苑が何も知られたくないというなら、私が選ぶ言葉は一つだ。
「らしくないわね」
「俺もそう思う。けど、生きる目的が見つからなかったら堕落的になるみたい。俺、2人がいなきゃ生きていけないんだな〜」
紫苑は、のんびりとそんなことをサラリと言う。踠いて生きてきた癖に平気ですと辛さを隠す姿が痛くて怖い。
「じゃあ、今日からここがお前の家な」
「荷物だけ取りに帰りたいかも」
「わかった。じゃあ後で車出してやるよ」
突かない方がよさそうな話を華麗に回避して、リンドウは話を進める。そして、サクッと3人で暮らす話がまとまった。
「しっかし、みんなで会えてよかったわね。また、生まれ変わるなんて思わなかったし、3人一緒なんてのも思ってもみなかったから、奇跡よね」
前回は私が死ぬほど祈って命を捧げたからだろうから、まぁ納得できる。未だに神様は信じていないけれど。
じゃあ、今回はどうしてだろう。何かした記憶はないのだけれど。
「俺、御百度参りしたよ〜。雪花ちゃんが死んじゃった後」
ちゃんと裸足でやったよ、と紫苑は胸を張っている。そこまでしてまた会いたいと思ってくれたことが嬉しくて泣きそうだ。潤む涙を堪えるために私はグッと歯を噛み締めた。
「俺が準備してる時、お前そんなことしてたのかよ。どうりでいないと思った」
「ちょっと待って、用意って何?」
なんだか雲行きが怪しい気がして、口を挟んだ。堪えていた涙は一瞬で引っ込んだ。
「死ぬ準備に決まってんだろ。縄用意したり薬用意したり…まぁ色々だ」
「うんうん。リンドウが完璧に準備してくれたおかげで俺たちちゃんと一緒に死ねたんだよ!」
「…どうやって死んだの?」
「お互いの体が離れないように縄で括って、睡眠薬飲んで崖から飛び降りた。本当なら川に入水の方がらしいんだろうけど、万が一にも生き残ったら不味いからな」
恋人か!そんなのもう恋人同士の心中じゃないか。本当にこの2人は仲がいい。普通一緒に死ぬにしてもそこまでしない。いや、普通は一緒に死なないのか。
はぁ、と一つ溜息をつく。感謝すべきなのだろう。私のために死んでくれたのだから。けれど、なんというか想像してしまうと背筋が凍るような感覚に陥る。
私の中で死に際と言われると、アスターが死んでいったあの時のことを一番に思い出す。だから、2人の自殺の話を聞くと、あんな風に命が流れ出ていく様をイメージしてしまう。自分はあの頃自殺した癖に、他人はダメなんて傲慢な考えだけれど、2人の命が消えていくのはひどく苦しいことのように感じた。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、ルシナちゃんはどうやって死んだの?後追ってくれたんでしょ?」
「あぁ。アンタが腹刺されてたから、同じ場所刺して、後手首切って浴槽につけたわ」
「それで、腹にナイフ刺さってたのか」
紫苑は悲しそうにヘニャリと眉を下げて、リンドウはなるほどと大きく頷いた。
私たちはなんて馬鹿な話をしているのだろう。不健全極まりない。
私はこの話題を変えるべく、もっと重要な話を始めた。
「そんなことより、これからどうすんのよ。この家に住むのは荷物を持ってくるだけでいいとして、家の中のルールとか決めた方がいいでしょ」
そういうと、リンドウは非常に面倒そうな顔をした。いや、共同生活ではそれが一番大事だろうに。
「それに結婚の話も。親御さんに挨拶に行かなきゃいけないなら設定の擦り合わせしないといけないし。話さなきゃいけないことはいっぱいあるわよ」
紫苑はうんうんと頷きながらどこにあったのか、ノートとペンを取り出した。書記を務める気満々だ。けれど、紫苑は3人の中で一番読みにくい字を書く。別に、汚いわけではないけれど、時々解読不能な文字が挟まるのだ。つまりは、ひどい癖字だった。…進んで書こうとするということはマシになったのだろうか。
リンドウは口の端を引き攣らせて、紫苑を見ている。私も思わず眉に皺を寄せてしまう。
紫苑がノートに文字を書き出した。〇〇のルールと書いているけれど、その〇〇の部分がほとんど解読不能だ。これは紫苑に書かせてはいけない。
「はぁ、没収だ」
リンドウは小さく溜息をついてから、紫苑のノートをとりあげ、少し迷って私に渡す。書けということらしい。
正直嫌だったけれど、断って紫苑に自分がやると言われるのは面倒なので渋々受け取った。リンドウが一番綺麗な字を書く癖に、本人はやる気がないらしい。
こうして話し合いが始まった。脱線をしながら、今日が終わっていくのであった。
◆◆◆
さて、リンドウの家に住みだしてから、初めての学校だ。いつも通り適当に授業を受け、下校する。
下駄箱までくると、周りがどこかザワザワしていることに気がついた。耳を傾けてみると「校門のところにかっこいい人がいた!」「誰待ってるんだろう」「声かけようかな」なんてキャピキャピした声が聞こえてくる。十中八九、私の迎えが来ているのだろう。しかし、コイツら馬鹿じゃないだろうか。どちらが来たか知らないが、どう考えても釣り合わないだろうに。
そんな辛辣なことを思いながら、のんびりと校門を目指す。近づくにつれて人だかり出来ているのが見えてくる。目を向けるとリンドウがいた。やっぱりか。なんとなくそんな気がしていた。紫苑だったら「声をかけよう」じゃなくて「お友達になりたい」とか言うタイプの女子に好かれるだろうから。
さて、どうしようか。あの中に突っ込んでいくのは非常に面倒だ。若干現実逃避しながら見ていると、私に気づいたリンドウがこっちにやってくる。うわぁ、名前を呼ぶんじゃなくて自分が来るんだ。
自慢したいとは言ったけど、そこまでパフォーマンスして欲しかったわけじゃない。そこまで目立ちたいわけではなかった。
明日から女子に質問攻めにあうのだろう。なんと面倒な。
「旦那様が迎えに来てやったぞ」
私の手を取り、チュッと口付けてそんなことを言う。周りからは耳が痛くなるような悲鳴が上がる。と同時に「旦那って言った?」「あの女誰?」なんてザワザワもしている。
「馬鹿じゃないの」
はぁ、と溜息をついて呆れたように睨む。早く帰りたい。
「ん?お姫様はご機嫌斜めか。どうした?」
もう一度チュッと指先に口付けて、微笑む。…お前は誰だ。そもそも、お姫様ってなんだ。馬鹿なのか。そうか馬鹿なんだな。
「…別に早く帰りたいだけ」
やりすぎなリンドウにうんざりしながら、大人しく本心を口にする。舌打ちがしたくてたまらない。これだけ女子に囲まれているから流石に我慢するけれど。
「じゃあ、行こうか」
リンドウは私をエスコートして歩き出す。少し行った所に車が停めてあった。普段はそんなことしない癖に、わざわざ助手席のドアを開けて、私を乗せ、閉める。完璧な猫被りだった。
「アンタやりすぎよ」
「なんだよ。面白かっただろ」
ケタケタと今にも笑い出しそうな顔で、リンドウは車を発進させた。
「面白いのはアンタだけよ。明日から私の学校生活最悪よ」
その言葉に返事はなく、鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌でリンドウは車を走らせる。余程楽しかったらしい。
リンドウがこんなに楽しそうなことも珍しい。私は溜息一つで我慢することにした。
「次からは車で待ってて」
「んー、気が向いたらな」
聞く気はないのだとわかって、脱力する。
これは紫苑が迎えにきてくれることを願うべきかもしれない。紫苑を外に出していいか判断に迷うけれど。
そこで考えることをやめた。考えても意味がないと気づいてしまった。だから、まぁ、いいかと思った。リンドウが楽しいのならまあそれで。それより、きっと、明日から絡んでくる女子をどうかわすかを考える方が建設的だ。
だから、私は黙って外を見ていることにした。穏やかな沈黙の中、家に着くのを待った。
次の日、なんとか質問攻めを乗り切った私は昨日と同じように校門へ向かう。周りがザワザワしているけれど、もう気にしないことにした。どうせ来るのはリンドウだ。何を言われていようとリンドウの反応も私の反応も変わらない。
今日はどんなことをされるのか戦々恐々としながら門まで来ると、人だかりの中にいたのは紫苑だった。
「え、なんで!?」
思わず叫んだ声で、紫苑は私に気づいたようだ。こっちに笑顔で手を振っている。
「待ってたよ〜!」
「リンドウは?」
「お父様に呼び出されたらしいよ」
じゃあ帰ろっか!と紫苑は周りを気にすることなく、私の手を取る。マジか。旦那がいるのに違うイケメンと手を繋いで帰るとか。いや、抱きつかれなかっただけマシだろうか。私は呆れたように肩をすくめて歩き出した。
あれ?そういえば、紫苑は車を持っていただろうか。
「どうやってきたの?」
「電車だよ?俺、車の免許持ってないんだよね〜」
その内取りに行ってくるね、とサムズアップして紫苑は笑った。
こうして迎えに来るのをよくリンドウが許可したなと思う。迎えに行けるまで学校にいろ、くらい言いそうなのに。
まさか、勝手に出て来た可能性は。
「リンドウに言われて来たのよね?」
「うん。家から一歩も出ないでずっと引きこもってたって言ったら太陽の光浴びてこいってさ」
それは確かに不健康すぎる。リンドウが紫苑を外に出す決断をしたのも無理はないだろう。
人間は陽の光に当たらないと病んでいく。そして、今の紫苑は若干不穏な空気を持っている。陽に当たるだけでそれが改善されるとは思わないけれど、気休めにはなるだろう。
「そう。ありがと」
感謝を伝えると紫苑はニパッと笑って繋いだ手を大きく振った。昨日のリンドウのようにご機嫌らしい。そんな紫苑の隣で、薄く笑みを浮かべながら歩いた。
私たちは、家に帰るまでずっと手を離さず帰った。今、怖いくらいに幸せだ。
◆◆◆
その日、珍しくこの家には私とリンドウの2人しかいなかった。紫苑は宣言通り車の免許を取りに教習所に行っている。
紫苑を1人で外出させたくないというのはリンドウと私の間での共通認識で、終わり次第2人で迎えに行く予定だ。その後、どこかにご飯を食べに行こうか、なんて相談しながら私とリンドウは迎えに行く時間を待っていた。
穏やかに続くこの日常が幸せだった。この日常を守ることが出来るなら、何でも出来ると思っていた。けれど、それは願望に過ぎなくて、幸せな世界は壊れてしまう。
それは突然だった。いや、当たり前なのかもしれないけれど、前触れなく、ガタガタと家中のものが、いや、マンション自体が揺れだした。地震だ。
地震なんて今まで体験したことがなかったから、恐怖で思わず隣にいたリンドウにしがみつく。リンドウはそんな私を抱きしめて、けれども、よくわからない色の小さな声で「やばいな」と呟いた。私は何がやばいのかわからなかった。
確かに地震は危ないけれど、リンドウが地震で壊れるようなところを選んでいるはずがないし、揺れはおさまりつつある。被害は精々ガラス製品が割れているくらいで、大したことはないはずだ。
なら、リンドウは一体何について言っているのだろう。
「どうしたの?リンドウ」
「いや…ちょっと紫苑のこと考えてただけだ」
そこでハッとする。私は慌ててテレビをつけた。被害状況が知りたかった。
状況は絶望的だった。情報を追えば追うほど、生存は厳しいと思わされる。街は壊滅状態だった。このビルが崩れることなく建っているのはもう奇跡と言っていい。そんな状態だけれど、どうにか希望を見つけたくて現状を知ろうとテレビに齧り付く。それくらいしか私にできることはなかった。
どれくらい経ったのか、ふと、焦げ臭い匂いがするのに気がついた。
「ねぇ、変な匂いしない…?」
「する」
「これって」
「火事だろうな」
リンドウはなんてことない様子で答える。まるで他人事のような口調に思わず叫ぶ。
「なんでそんな落ち着いてるの!?」
「今更焦っても仕方ねぇだろ」
リンドウは私を鼻で嗤う。そして、やれやれといった風に肩をすくめる。その仕草に、自分の顔が強張るのがわかった。
だって、リンドウがこんな言い方をする時は───。
「早く逃げましょう!」
「もう無理だろ」
私の言葉にリンドウは緩く笑んだ。そのらしくない穏やかな表情は、何もかもを諦めているように見えた。逃げられる可能性はゼロじゃないのに、そんな反応をするのは本当にらしくない。どんな形であろうと、一緒に生きることが幸せだと思っているのがリンドウのはずなのに。
そんな考えとは裏腹にリンドウは、それに、と続ける。
「俺、死体見たくねぇんだよ。お前の見てからダメ。ぜーんぜんダメ。だからさ、アイツの死体見たくねぇんだ」
それは言葉にこもっている感情に似つかわしくない優しい声だった。
苦しくて仕方がない癖に、それを飲み込んで不快な思いをさせないように配慮された声。馬鹿馬鹿しいことだ。私の前でくらい泣き叫んで縋ってもバチは当たらないだろうに。
「それに願えばまた会える気がするんだ。俺も神様なんて信じてねぇけど、来世があるのは身をもって体感してるだろ。だから、祈りさえすればきっと会える」
「アイツがもう死んでるとは限らないわよ。逆に置いていくことになるかもしれないわ。それでもここから逃げないの?次を願うの?」
「それでも、アイツの死体を見たくねぇんだ。自分勝手かもしれないけど、無理だ。2回は流石に堪えた。だから、それを見るくらいなら死ぬことを選ぶ。幸いお前もいることだしな」
「…そう」
本当にらしくない。リンドウは正常な精神なら自分から死を願ったりはしない。
なら、死体というものを恐れるほど、私の死体はリンドウに傷を与えたということだろうか。だとしたら、哀れだ。だって、きっとこうなったのは、見たのが私の死体だったからだ。他人の死体ならこれほどトラウマじみたものをリンドウに残したりしない。けれど、そんなものに囚われるなんてらしくないのだ。私の所為でリンドウの何かが壊れたなんて、嗤ってしまうほど腹立たしい。
そんな風に思うけれど、でもまあいいやと思うのは、すぐ先に死が待っているからだ。
そう、私たちはここで終わるのだ。そう考えて、ああ、そうか。またなのか、とすんなり受け入れられてしまう。2度死んだことがあるからだろうか。
こうなると、もう諦念しか抱けない。
「ねぇ。何がやばいの?」
「ここで俺らが死んで、もし………。もし、アイツが1人になったらやばいなって。だって病むだろ。1人で放置したら絶対不味い」
リンドウだって、紫苑が死なないと思っているじゃないか。それでも、生を手放そうとしているのはリンドウの弱さで、臆病さだ。こんな状況でなければ、こういう弱さを見せてくれなかっただろう。それは喜ばしいことのはずなのに酷く悲しかった。
同時に、私も、紫苑は死なないだろう、と思ったし、病むだろうな、とも冷めた感情で思った。けれど、私の中にはどうせ紫苑も後を追うんだから関係ないという考えが染みついていて、そんなにやばいことには思えなかった。だって、誰かが死んだらみんな死ぬでしょう?
「囲っといてなんだけど、アイツ1人で生きていけんのかな。こっちが先に死ぬなんて思っても見なかったからその辺対策してねぇわ」
「紫苑は後を追わないと思ってるの?」
不思議な話だ。だって、紫苑が追わないわけがないのだ。前回はリンドウですら後を追ったのだから。
「さあな。けど、生きてくれる方が嬉しいだろ?」
リンドウの返事は祈りだった。
けれど…そう、だろうか。その辺の感覚は麻痺しているからわからない。それに、倫理観という意味では私は初めからおかしかった。迷いなくアスターを追えるくらいには。
だから、どうしてリンドウがそんなに健全な感覚でいられるのかが不思議で仕方ない。リンドウはリンドウでもう壊れているのに。私たちを囲おうと思った時点でそれは真っ当ではないのだ。
「本気で言ってる?」
「幸せに生きてほしいだろ。それで、死ぬ時は穏やかであればなおよしだ」
いつもより柔らかい笑顔をリンドウは浮かべていた。そして、しっかりと私を抱きしめる。らしくなく頭を撫でたりなんかもしている。
「だから、さ。お前も泣くなよ。幸せに死ねたって思おうぜ。俺はお前が一緒で幸せだよ」
言われて、自分の目元に手をやる。濡れた手で涙を拭って無理矢理口角を上げる。
「泣いてないわよ。私だってアンタと一緒でよかったわ。独りは寂しいもの」
リンドウがいるから大丈夫、と胸で呟く。
一緒に死んでくれる人がいて幸せだ。1人で死ぬのは、凍えそうな程寒いけれど、2人だとその寒さは感じない。苦しくもない。とても穏やかな気持ちだった。
けれど、紫苑のことが気にかかる。大丈夫だろうか。リンドウの願い通り生きてくれるだろうか。まあ、無理だろうな、と冷静な部分の私が思う。
どれだけ願ったって、紫苑はリンドウの願い通り生きることはない。紫苑は孤独を知っているが故に独りはダメなのだ。だから、私はせめて紫苑の苦しくない死を祈る。
「しっかし、最上階の部屋で地震に火事って笑えねぇよな」
「間が悪いことこの上ないわね」
可笑しそうにぼやくリンドウに、私もふざけた調子で返す。
「あ"ー火炙りはちょっと嫌だよなぁ」
「焼け死ぬ前に死んどく?」
「そうすっか」
死ぬという行為を何度も繰り返しているせいで、自分が死ぬことが酷く軽いものになっている。この状況で死ぬ方法を選ぼうなんて狂っているとしか言いようがない。真人間ならどうにか逃げようと必死に足掻くところだ。
けれど、今更だ。例え正しい考えがわかったとしても、それを選ぼうとは思わない。
「この家、死ねそうなの包丁くらいしかないわよね」
「人の首が絞められるほどの縄もねぇしな」
リンドウは私の顔をじっと見ながら考えて、そして、悪戯っ子のように目を輝かせた。
「心中ごっこしようぜ」
「なに、小指に糸でも巻くって?」
「赤い糸で小指をグルグル巻きに繋いで、浴室で手首を切る」
「浴槽に水溜めて?」
「そうそう。あの時のお前みたいに」
若干眉を顰めて、けれど、ニヤリとリンドウは笑う。ルシナの死体を思い出して苦しくなるくらいその姿が記憶にこびりついている癖に、リンドウは愉快で愉快でたまらないと言いたげだ。
「じゃあ、火が回る前にさっさと用意しましょ」
私は立ち上がって赤い糸を探し始めた。リンドウは浴槽に水をためにいったようだ。
少しして、浴室で糸を握る。リンドウの左手の小指と私の右手の小指が離れないように糸を絡めていく。片手で巻きつけるのは存外難しくて、苦戦しながらなんとか巻ききった。血が止まるほどキツく巻いたそれは何があっても…それこそ死んでも切れない気がした。
そして、私たちは死んだ。手首を掻き切って、浴槽に手を沈めて。そうして、事切れるその瞬間まで、紫苑の穏やかな死と、3人の再会を切に祈った。
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