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第十七話:蒼穹のサーバー、導きの研究者

キングからの挑戦状と、@Yui_Musubiからの導き。二つの相反するようで、しかし同じ場所を示す道標――SEAWARD RINGシーワード・リングのAqua Nodeアクア・ノード天沢凪あまさわ なぎ雪村陽乃花ゆきむら ほのかは、そこに全ての答えがあると信じ、再びヴァルドギアに接続コネクトした。


TENJIN COREテンジン・コア内の特殊な転送ゲートを起動させると、視界は一度光に包まれ、次の瞬間には全く異なる空気が二人を包み込んだ。

目の前に広がるのは、これまでのエリアとは一線を画す、息を呑むほど美しい光景だった。太陽の光を乱反射してきらめく広大な海。その上に、まるで未来都市のジオラマのように、白い曲線で構成された高層ビル群が浮かんでいる。空中には、リニアモーターカーを思わせる静音の交通システムが網の目のように走り、都市全体がクリーンで洗練された雰囲気に包まれていた。


「うわぁー! 海だー! めっちゃ綺麗じゃん!」

陽乃花は目をキラキラさせながら、周囲の景色に見入っている。彼女のアクティブスーツ風バトルウェアも、この未来的な風景によく映えていた。

「確かに、これまでのエリアとは比べモンにならんくらい、進んどる感じやな……」

凪もまた、その圧倒的なスケールと美しさに言葉を失っていた。


二人の目的地であるAqua Nodeアクア・ノードは、SEAWARD RINGシーワード・リングの中心部、湾岸に突き出すようにして建設された巨大なドーム型の建造物だった。その外壁は特殊なガラス質の素材で覆われ、内部を循環する冷却水が青白い光を放っている。まさに「水の結節点」といった様相だ。その威容は、この施設がNEO-FUKUOKA CITY(ネオ-フクオカ・シティ)の情報ネットワークにおいていかに重要な拠点であるかを物語っていた。


「あそこがAqua Nodeアクア・ノードか……。見るからに、簡単には入れそうにないな」

凪は警戒を強めながら呟く。周囲には、警備用のドローンが複数飛行しており、ドームの入り口らしき場所には屈強なガードマンの姿も見える。これらは現実世界リアルの警備なのか、それともヴァルドギアの防衛システムなのか、判別がつかない。


「うん。師匠のデータによると、Aqua Nodeアクア・ノードのセキュリティはヴァルドギアの中でもトップクラスらしいよ。物理的な侵入だけじゃなくて、異能によるハッキング対策も万全なんだって」

陽乃花は自分のデバイスでデータチップの情報を確認しながら説明する。

「協力者っていうのは、この施設の内部におるんやろ? どうやって接触したらええんやろか……」


二人がAqua Nodeアクア・ノードへと続くアクセスブリッジに近づこうとした、その時だった。

「――待ちなさい。あなたたち、何者です?」

凛とした、しかしどこか研究者然とした女性の声が、二人を呼び止めた。


声のした方を見ると、そこには白衣を羽織った知的な雰囲気の女性が立っていた。歳は30代前半くらいだろうか。シャープな眼鏡の奥の瞳は鋭く、凪と陽乃花を値踏みするように見つめている。彼女の首からは、ヴァルドギアのバトラー《戦う者》が持つものとは少し形状の異なる、研究者用の認証デバイスのようなものが下げられていた。


「えっと、あたしたちは……」陽乃花が言葉に詰まる。

「オレたちは、ある情報を求めてここに来ました。Aqua Nodeアクア・ノードの中に、話を聞きたい人がおるんです」凪が代表して答えた。


女性は凪の言葉を聞いても、表情を一切変えなかった。

「Aqua Nodeアクア・ノードは機密情報管理施設です。アポイントメントのない部外者の立ち入りは許可できません」

その口調は冷静で、取り付く島もない。


「そこをなんとかお願いできひんもんでしょうか。どうしても会わなあかん人がおるんです。その人の名前は……」

凪が陽乃花の師匠の名前を口にしようとした瞬間、女性がそれを遮った。

「……その名前を、どこで?」

女性の表情が、初めて微かに揺らいだ。その瞳の奥に、驚きと警戒の色が浮かぶ。


「あなたは……もしかして、師匠の言ってた……?」陽乃花が期待を込めて女性を見つめる。

女性はしばらくの間、二人をじっと見つめていたが、やて小さくため息をついた。

「……ここは人目につきます。私の研究室へ来なさい。そこでなら、少しは話を聞けるかもしれません」

そう言うと、女性は踵を返し、Aqua Nodeアクア・ノードの職員用と思われるゲートへと歩き出した。


凪と陽乃花は顔を見合わせ、無言で頷き合うと、女性の後に続いた。

女性の認証デバイスによって厳重なセキュリティゲートが次々と開かれ、二人はAqua Nodeアクア・ノードの内部へと足を踏み入れた。内部は、まるで巨大なコンピュータの中に入り込んだかのように、無数のサーバーラックとケーブルが整然と並び、青白い光が明滅している。空気はひんやりと冷たく、サーバーの駆動音だけが低く響いていた。


やがて、女性は一つの研究室の前で立ち止まった。ドアプレートには「主任研究員 霧島きりしま レイカ」と記されている。

「入りなさい」

霧島レイカと名乗った女性は、二人を研究室へと招き入れた。研究室は、最新鋭の解析装置や大型モニターが並ぶ一方で、壁際には古い書物や研究ノートが山積みになっており、彼女の研究への情熱と、どこかアナログな一面を垣間見せた。


「さて、改めて聞かせてもらいましょうか。あなたたちが、なぜあの人の名前を知っているのか、そして、何をしにここへ来たのかを」

霧島レイカはデスクの椅子に腰を下ろし、鋭い視線で二人を見据えた。


凪と陽乃花は、これまでの経緯――旧0番線ホームでの出来事、陽乃花の師匠が遺した手紙とデータチップの内容、そしてキングという存在と、彼が口にした「ユイを解放する」という言葉について、包み隠さず霧島レイカに語った。


霧島レイカは、黙って二人の話に耳を傾けていた。時折、鋭い質問を挟みながらも、その表情は終始冷静だった。しかし、陽乃花の師匠の話や、「ユイ」という名前に触れるたび、その目には僅かな悲しみと、懐かしむような色が浮かんだように見えた。


全てを聞き終えた霧島レイカは、しばらくの間、目を閉じて何かを考えていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「……そう、やはりあの人は、そこまで辿り着いていたのですね。“深層ロストリンク”と、あのキングの存在に……」

その声には、重い苦悩が滲んでいた。


「霧島さん……あなたは、師匠のこと、そしてキングや、ユイさんのことを知ってるんですか!?」陽乃花が身を乗り出して尋ねる。


「ええ、少しだけ……。私も、そしてあなたの師匠も、かつてはこのAqua Nodeアクア・ノードで、ヴァルドギアの謎とNEO-FUKUOKA CITY(ネオ-フクオカ・シティ)の成り立ちについて研究していました。私たちは、この世界が単なる仮想空間やゲームなどではなく、もっと根源的で、そして危険な“何か”と繋がっていることに気づき始めていたのです」

霧島レイカは遠い目をして語り始めた。


「そして、その研究の中心にいたのが、高良結心たから ゆい……あなたたちが『ユイ』と呼ぶ、類稀なる才能を持った研究者でした。彼女のシステムは、世界を救う可能性を秘めていましたが、同時に、計り知れないリスクも孕んでいた……」

「システムの、暴走……」凪が、師匠の手紙にあった言葉を口にする。

霧島レイカは、驚いたように凪を見たが、静かに頷いた。

「ええ。そして、その暴走を食い止めるために、彼女は自らを犠牲にした。今の彼女は、ヴァルドギアの管理者として、かろうじて世界のバランスを保つための“人柱”のような存在です。キングの言う『解放』とは、おそらく、彼女をその宿命から解き放つことを意味しているのでしょう」


「そんな……!」陽乃花は言葉を失う。

「キングもまた、その研究に関わっていた人間です。彼がどのような経緯で今の力を得たのか、そして何を真の目的としているのかは、私にも分かりません。しかし、彼のやり方はあまりにも危険すぎる。彼の強引な干渉は、ユイが必死で保っているバランスを完全に崩壊させ、ヴァルドギアと現実世界、双方を破滅に導きかねないのです」

霧島レイカの表情は険しく、その瞳には強い危機感が宿っていた。


「オレたちのミッションは、キングの野望を阻止することになっとる。霧島さん、あんたなら、キングに対抗する術を知っとるんやないか?」凪が核心を突く。


霧島レイカは凪の目をじっと見つめ、そして、小さく頷いた。

「……術、というほどのものではありません。ですが、ヒントなら。キングの力の源泉、そして、この世界の真実が眠る場所……それは、このAqua Nodeアクア・ノードの最深部、通常のアクセスでは到達できない隔離されたサーバー領域――通称『データ・サンクタム』に封印されています。あなたの師匠も、そこを目指していました」


「データ・サンクタム……!」

「そこへ至る道は極めて危険です。キングの妨害だけでなく、ヴァルドギアのシステム自身が、深層へのアクセスを拒むように強力な防衛プログラムを配置しています。それでも、行きますか?」

その問いに、凪と陽乃花は迷いなく頷いた。


「もちろんです!」

「ああ、覚悟はできとる」


「分かりました。では、私も協力しましょう。これ以上、あの人の犠牲を無駄にはできませんから」

霧島レイカは立ち上がり、研究室の奥にある隠し扉のような場所へと二人を導いた。

「ここから先は、私の管轄外の領域です。Aqua Nodeアクア・ノードの表の顔とは全く違う、危険な迷宮が広がっています。あなたたちの力が、そして、あなたたちの“響き”が、その道を切り開く鍵となるかもしれません」


霧島レイカは、二人にそれぞれ小さなデバイスを手渡した。

「それは、データ・サンクタムへアクセスするための特殊な認証キーであり、同時に、私と連絡を取るための通信機でもあります。何かあれば、すぐに知らせてください。できる限りのサポートはします」


「ありがとうございます、霧島さん!」陽乃花が心からの感謝を告げる。

「礼を言うのはまだ早いですよ。本当の戦いは、これからですから」

霧島レイカは厳しい表情を崩さなかったが、その瞳の奥には、二人への信頼と、未来への僅かな希望が込められているように見えた。


隠し扉の先には、薄暗く冷たい通路がどこまでも続いていた。Aqua Nodeアクア・ノードの深部、データ・サンクタムへと続く道。

失われた記録ロストログと、世界の真実を巡る戦いが、今、本格的に始まろうとしていた。


(第十七話:了)

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