第十六話:王からの”招待状”、SEAWARD RING(シーワード・リング)への導き
『ユイを解放したくば、私を越えていくがいい』
その圧倒的な存在感を放つメッセージは、勝利の余韻に浸っていた天沢凪と雪村陽乃花の心に、新たな戦慄となって突き刺さった。送り主の名は〈King〉。陽乃花の師匠が遺した手紙にも記されていた、ヴァルドギアの法則を歪めかねない危険な存在。
「キング……! なんで、あたしたちのことを……それに、ユイを解放って……?」
陽乃花は、デバイスに表示されたメッセージを見つめ、困惑と警戒を隠せない。
「分からん……。けど、こいつが師匠さんの言ってた奴で、間違いなさそうやな」
凪もまた、その文面から放たれる、ルーラーとは比較にならないほどの威圧感に息を呑んだ。「ユイ」という名前。それは、凪が追い求める「@Yui_Musubi」と同一人物なのだろうか。そして、なぜキングは、そのユイが「解放」されるべき存在であると知っているのか。謎は深まるばかりだった。
メッセージはそれきりだった。キングがどこにいるのか、次は何をしてくるのか、全く分からない。ただ、自分たちの行動が、ヴァルドギアの頂点に君臨する何者かに完全に「観測」されているという事実だけが、重くのしかかってくる。
「……とりあえず、一度現実世界に戻ろうや。ここは長居する場所やない」
凪は、まだ静寂を取り戻したばかりのNexus Square(ネクサス広場)を見回しながら言った。ルーラーの支配は消えたが、キングという新たな、そしてより巨大な影が、この場所に落ちているように感じられた。
「うん……そうだね」
陽乃花も頷く。二人はログアウトポイントを探し、ヴァルドギアから離脱した。
凪のアパートに戻った二人は、ソファに深く沈み込み、言葉もなく天井を仰いだ。ルーラーとの死闘、@Yui_Musubiの助け、そしてキングからのメッセージ。あまりにも多くのことが起こりすぎた。
「……なあ、陽乃花」凪が、沈黙を破った。「あんたの師匠さんのデータチップに、キングについて何か他に情報はないんか?」
「うん、今もう一度調べてるんだけど……」陽乃花は自分のデバイスを操作する。「やっぱり、断片的な情報しかないんだ。『極めて強大な力を持つバトラー《戦う者》』『ヴァルドギア創生期に関わった可能性』『多くのバトラー《戦う者》を影響下に置いている』……どれも、今のあたしたちじゃ歯が立たないってことくらいしか……」
彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「ユイを、解放……」凪は、キングの言葉を反芻する。「@Yui_Musubiは、やっぱり何かに囚われとるんやろか。オレを導いてくれたのも、助けてほしいからなんやろか……」
もしそうなら、自分は彼女の期待に応えられたのだろうか。ルーラーは倒したが、それは@Yui_Musubiの助けがあってこそ。そして、今度はキングという、さらに強大な敵が現れた。
「……あたしたち、これからどうすればいいんだろうね」
陽乃花の不安げな声が、部屋の静寂に響く。
その時だった。
凪のペンデバイスが、再び温かい光を放ち始めた。それは、先ほどの戦いで感じた、@Yui_Musubiの想いの旋律と同じ、優しく澄み切った光だった。
スクリーンには、ノイズ混じりの文字ではなく、一つの鮮明な地図データが表示されていた。
『……SEAWARD RING・Aqua Node……』
地図は、NEO-FUKUOKA CITY(ネオ-フクオカ・シティ)の湾岸エリアにある、巨大なドーム型の施設を指し示している。
「SEAWARD RING……!」陽乃花が声を上げる。「師匠のデータにもあった場所だ! ヴァルドギアの情報ネットワークの中枢の一つで、師匠の協力者がいるかもしれないって……!」
「@Yui_Musubiも、同じ場所を示しとる……」
凪は、地図データを見つめた。これは、偶然ではない。キングという脅威が現れた今、次に向かうべき場所を、@Yui_Musubiが示してくれているのだ。
「そこに行けば、キングのことや、ユイさんのこと、何か分かるかもしれへん」
「うん!」陽乃花の瞳にも、再び光が宿る。「師匠の協力者っていう人に会えれば、あたしたちだけじゃ分からないことも、きっと……!」
二人の心に、新たな目標が定まった。
それは、キングから与えられた挑戦状への返答であり、@Yui_Musubiの導きへの信頼の証。
「でも、SEAWARD RINGって、師匠のデータだと、かなりハイレベルなエリアみたいだよ。防衛システムもすごいって書いてあるし、今のあたしたちで大丈夫かな……」
陽乃花が、少しだけ不安を口にする。ルーラーとの戦いで力は取り戻したが、消耗も激しい。
「ああ、無茶かもしれん。けど、行くしかないやろ」凪は、力強く言った。「オレたちの“歌”は、まだ始まったばかりや。一人やったら無理でも、二人なら……陽乃花と一緒なら、きっと道は開けるはずや」
その真っ直ぐな言葉と瞳に、陽乃花は顔を赤らめながらも、力強く頷いた。
「……うん! あたしと凪くんのデュオなら、最強だもんね!」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
絶望的な敗北を乗り越え、強敵を打ち破り、そして、より大きな謎と脅威に直面した二人。しかし、彼らの心には、もはや以前のような虚無感はなかった。
確かな絆と、守るべきもの、そして進むべき道。
「よし、行こうか。SEAWARD RINGへ」
凪が立ち上がると、陽乃花も元気よくそれに続いた。
王からの“招待状”は、新たな冒険の始まりを告げるゴングだった。二人は、その挑戦を受けるべく、次なるステージへと歩き出す。
(第十六話:了)