脅迫状事件【後編】
私はイザベラ嬢、クライブ伯爵と話をして、その後脅迫状により身の危険にさらされるようなことが起きていないかヘレナに聞いてみることにした。
「ヘレナ。」
ちょうど廊下を歩いていたヘレナの後ろ姿に声をかける。
「ディアナ様。」
見知った人物からの声掛けに喜ぶように笑顔で答えてくれるヘレナ。
「その後はどうかしら?何かされていない?」
まずは彼女の身の心配をしてみる。
「ええ。怖いくらいに何もありません。マルクスも傍にいて注意してくれてはいるのですが。あれは悪戯だったのでしょうか?」
「そうね、悪戯であったら良いんだけど。そう言えばクライブ伯爵に聞いたんだけど、貴女が象のペンダントを持っていたって。」
事件とはあまり関係ないかもしれないが、クライブ伯爵のあの発言が少し気になっていたので確認してみることにした。
「も、申し訳ございません。学園では貴金属の持ち込みは禁止なのに。」
この学園では以前貴族が高価なアクセサリーを持ち込み、それがなくなったのがきっかけで貴族と庶民間の窃盗騒動があった。
それ以降、無用なトラブルを防ぐため貴金属の持ち込みを禁止しているのだ。
「いいえ、何かわけがあるのでしょう?」
私はそのことについて学園に通報するつもりはなかった。
きっと何か理由があると思っていたからだ。
「は、はい。これは祖母の形見なのです。私がこの学園に来る一週間前に亡くなったのですが、息を引き取る前にこれをお守り代わりにと渡してくれたんです。」
懐から銀でできた象の飾りがついたペンダントを取り出し、ギュッと抱きしめるヘレナ。
「象って珍しいわね。」
この国には象自体が生息していないため、象をモチーフにしたアクセサリー自体が珍しいものだった。
「祖母の出身の国では象を神の使いとして崇めているみたいなんです。」
「なるほど。それで象なのね。」
私はその大切なペンダントを贈ったおばあさんの気持ちを考えると少し胸が熱くなる。
きっとこの子がこの学園で上手くやっていけるようにと渡してくれただろうに。
まさかこんな脅迫状で悩まされるだなんて。
「ヘレナ。貴女の悩みは私が必ず解決してみせるわ。」
私は改めて彼女に自分の決意を伝える。
「ありがとうございます。ディアナ様。」
不安げな表情を向けながらも力になってくれることにお礼を言うヘレナ。
私はその不安げな顔を見ながら、自分の中で引っかかっている事を確認することにした。
ある夕暮れの放課後の渡り廊下。
生徒が帰宅している時間帯に、本棟から別棟に行く渡り廊下を歩く人はほとんどいない。
その人気がない渡り廊下で2つの人影が見える。
一つの影は男性だった。
「やっと二人きりになれたね。」
そう言いながらその男性の影はもう一つの影の持ち主を抱きしめる。
「私もずっとこうしたかったです。」
抱きしめられたもう一人は頬を赤く染めながら相手をギュッと抱きしめ返す。
「ヘレナ。あのペンダントはもうなくさないようにね。」
「ええ、クライブ様。今後は普段開けないカバンの内ポケットにしまっておこうと思います。」
「僕だと思って大切にしてくれないと困るよ。」
そう言いながらクライブはヘレナの腰をよりグッと引き寄せるのだった。
ヘレナはクライブの胸元に顔を押し付ける。
愛する人との逢瀬を噛みしめるように。
私はその渡り廊下でのやり取りを、下からではこちらは見えない位置の上階の窓から覗いていた。
「やっぱりね。」
そう呟くとその場を離れるのだった。
あの夕暮れの渡り廊下から数日後の昼下がり。
「ディアナ様。」
ヘレナが私に話しかけてきた。
「ヘレナ。最近はどう?」
「はい、ディアナ様がお力になってくださっているお陰か特に変わりはありません。犯人もきっと諦めたのでしょう。ですから、この件はもうお忘れになってください。」
「そう、貴女がそれで良いのなら。また困ったことがあればいつでも頼って頂戴。」
「ありがとうございます。これから実習室で授業ですので。」
と頭を下げた彼女は足早に去っていった。
「さてと。」
私はこの事件の幕引きをしようと考えたのだった。
ヘレナのクラスは次の時間実習室での授業のため、鐘がなるまでに移動しないといけないため、みんな足早に移動していく。
つまりヘレナの教室には今は誰もいない状態。
その静寂に包まれた教室で静かにうごめく影がある。
その影はゆっくりとヘレナの机に近づき、机の横に掛けられていた彼女のカバンに手を伸ばす。
そしてそのカバンをゴソゴソと探った後に目当ての物を取り出す。
手に取った物を見つめてニヤリとしたその時、
「やはりあなたが犯人だったのね!」
私はドアをバン!っと開ける音と同時に声を上げる。
いきなり現れた侯爵令嬢にカバンを漁っていた人物は一瞬驚くが、すぐに冷静に戻る。
「なんだ、ディアナ様じゃないですか。なんのことですか。」
「そのペンダントをどうするつもりだったの。マルクス。」
そう、ヘレナのカバンを漁っていたのはこの事件で彼女に一番に寄り添ってくれていたマルクスだった。
「いや、これはヘレナに頼まれてですね。」
必死に考えながら話しているのだろうか、冷静を装ってはいるが少し汗をかいている。
「私はそんなこと頼んでません。」
私の後ろに隠れていたヘレナが前に出てくる。
「へ、ヘレナ?!なんでここに教室移動していたんじゃ。」
「貴方がそろそろ行動に起こすんじゃないかと思って、見張りを立てておいたのよ。」
私の横にするアンナが右手でVサインをする。
無表情でするから少し怖いわね。
「い、いや、これはだから、、そう!貴金属の持ち込みが禁止なのに持ってきたことを注意しようと思って!クライブ伯爵からもらえて浮かれる気持ちはわかるけど!良くないことだから!」
矢継ぎ早に話すマルクス。
「ええ、私が貴金属を持ち込んだのは校則違反です。それについては罰則を受けるつもり。でも貴女が私のカバンから盗もうとしたのは別の問題じゃないかしら。」
ヘレナは相手に負けじと強く応対する。
「そもそもそれは僕からの贈り物じゃあないよ。」
私の後ろに控えていたクライブ伯爵が顔を出す。
「クライブ伯爵!な、なんで彼まで?!」
「私もいますわよ。」
ひょいっとクライブの横に立つイザベラ嬢。
「な、なんなんだよ。」
更に増えた登場人物に彼はもう冷静さを取り戻せなかったみたいだ。
「人のことを容疑者扱いするからですわ!私は脅迫状なんて卑怯な行いはしませんわ!やるなら正面衝突ですわ!」
そう言いながら右ストレートを前に突き出す。
「最初にイザベラ嬢が怪しいと言ったのはマルクスだったわね。彼女を容疑者に誘導しようとした。」
私はなおも焦るマルクスに事情を説明し始めた。
「そ、それはイザベラ子爵令嬢がクライブ伯爵のことを好きだったから、仲が良いヘレナに嫉妬したからだと。」
「そもそも僕とヘレナ嬢は君が思うような恋仲じゃないよ。」
マルクスの言い分にサラリと反論を言うクライブ伯爵。
「う、嘘だ!ヘレナにペンダントを贈っていたじゃないか!渡り廊下で抱きしめあっていたし!いつも渡り廊下で逢瀬してたんだろう!!」
静かな教室に彼の叫び声がこだまする。
「マルクス。クライブ伯爵様は、私が落としたペンダントを拾って渡してくれただけよ。もしかしたら渡してくれた部分だけを見て勘違いしてしまったのかしら。」
「か、勘違い?」
自分が思ってもみなかったことを言われて驚き、思わずヘレナを凝視するマルクス。
「貴女が今持っているペンダントは祖母の形見なの。」
「か、形見?で、でも渡り廊下で抱き合っていたじゃないか!」
「あれは私が指示したのよ。」
スッと前に出てマルクスに説明する。
「恐らく犯人は貴方だと推測した私は、貴方を挑発してもう一度何かしらの犯行を行いように仕向けたの。常にアンナに見張らせて、怪しい行動を取ったら私たちに連絡するようにしてね。そして貴方はまんまと罠にかかってしまったってわけ。」
「罠。。」
もう言い逃れ出来ないと悟ったのか彼はガックリと項垂れてしまう。
「マルクス。どうしてこんなことをしたの?私のために寄り添ってくれていると思っていたのに。」
信頼していた友人に裏切られてショックを受けているヘレナが彼に問う。
黙るマルクス。
「恐らく嫉妬、でしょう。彼はクライブ伯爵とヘレナが恋仲にあると勘違いして、脅迫状を送ることで二人を引き離そうとした。脅迫状を仕込んだ彼には、貴女がその手紙を読むタイミングを見計らって話しかけることも出来た。それをきっかけに常に傍にいるようにも出来たから、彼からしたら一石二鳥ね。」
「マルクス。。」
心配そうに見つめるヘレナに対して彼は気持ちを打ち明け始めた。
「ヘレナ。。俺はこの貴族が偉そうにしている学園が許せなかったんだ。ただ貴族で生まれただけなのに。そんな中でも自分の芯を持ってこの学園で頑張っている君の姿を見ているうちに好きになってしまったんだ。」
この場にいるみんなが彼の話を静かに聞いている。
「たまたま渡り廊下でヘレナがクライブ伯爵にペンダント渡されているところを見た時、絶望したよ。結局君も貴族に媚を売るその辺の令嬢と一緒だって。そう思ったら怒りが収まらなくて、思わずあの脅迫状を君の机に仕込んでしまったんだ。」
項垂れながらもどうしてこうなったのか、きちんと説明しようとする姿勢に彼にまだ理性が残っているんだなと聞きながら私は思った。
「でもやったことは最低だな。怖い思いをさせて本当に申し訳なかった。」
彼は深々と頭を下げた。
ヘレナがどうすべきか悩んでいる横で私は、パンパン!と顔の横で手を鳴らした。
何事か?とみんなの視線を集めていたが、
「話は聞かせてもらったよ!」
バーン!と教室の窓から急に顔を出すアルベルト王太子にくぎ付けになるのだった。
「やあやあ事情は把握したよ。」
と言いながら窓から教室内に入ってくる王太子。
「アルベルト王太子!一階だからって王太子が窓から入るものではありません!」
アルベルト王太子に注意しながらも自分も王太子に次いで窓から入ってくる付き人のルイス。
「して、そこのマルクス君、だったかな。」
おかしな行動は取っているが、仮にも王太子から話しかけられて今までで一番ビクリと反応するマルクス。
「さすがに脅迫文、窃盗未遂をしておいてお咎めなしは出来ない。君の名誉を一番に考えると、このことはここだけの話にする代わりに自主退学を勧めるがどうかな。ヘレナ嬢さえ良ければ、だが。」
急に真剣な口調で話す王太子に、真面目にしてればちゃんとイケメンなのよね、とため息をつく。
「私はことを大きくはしたくありません。この話は私たちの間だけで大丈夫です。マルクスだって本気で私に何かしようと思ってしたことではないと思いますし。」
「だ、そうだよ。マルクス君。」
「はい。。。自主退学でお願いします。。王太子殿下とヘレナの恩情に感謝します。」
そう言うとマルクスは王太子付きの従者ルイスによって別室へと連れていかれた。
「では僕は王太子として一人の国民の行く末を見守ってくるよ。」
これから自主退学となると恐らく学園長とも話し合いになるであろう彼の未来を考えて、話し合いの席に参加をするのだろう。
「またな!愛しのディアナ!」
ウィンクをして謎のキラキラの粉をまき散らしながら去っていった。
「事件のクライマックスにキラキラの粉はいらないのよ。」
手でパタパタしながらキラキラを振り払う私にヘレナが話しかけてきた。
「ディアナ様。今回は本当にありがとうございました。ディアナ様に相談して良かったです。」
まだ友人が犯人だったことに混乱しているだろうに、健気にも感謝の気持ちを述べてきた。
「それにイザベラ子爵令嬢様、クライブ伯爵子息様も。このようなことに付き合わせてしまい申し訳ありませんでした。」
二人に対して最大限の敬意を込めて頭を下げるヘレナを見て、
「貴女はなにも悪いことしていなじゃないの!」
イザベラ嬢が頭をあげなさい!と叱りの言葉を投げる。
「貴女は被害者なのでしょ!ならば謝る必要はないわ!もちろん貴女がクライブ様を慕っているというなば貴族、庶民関係なく私のライバルですわ!」
ニヤリとした顔をするイザベラ嬢。
彼女なりに気をつかわないようにと思ってのことだ。
貴族と庶民の区別はハッキリとしているイザベラ嬢だが、だからといってそれを理由に差別なんてしない素直で良い子なのだ。
「僕もなんだか変に誤解を与えてしまったみたいですまないね。」
「いえいえ!クライブ伯爵様こそ関係ないことに巻き込んでしまって。今後はあまり近づかないようにします。」
「それはそれで寂しいんだけどね。」
少し寂しそうにするクライブ伯爵にイザベラ嬢が私はいつでもお近づきになりたいですわ!とここでもアピールするその行動力は素直に尊敬する。
色々あったけれど一応決着をつけたこの脅迫状事件は幕を閉じるのだった。
そしてある日のティータイム。
私は侯爵邸の中庭でいつものように大好きなティータイムと共に大好きな小説を読んでいた。
「ディアナ様。おかわりはいかがですか。」
私のことを誰よりもわかってくれているアンナはいつも絶妙なタイミングでおかわりをするか提案してくれる。
ではお願いするわ、と言うと彼女は準備をしてくれる。
私はその芸術的なほど綺麗に紅茶をカップに注ぐ彼女の仕草に見とれてしまう。
「今回の事件、大事にならなくて良かったです。ディアナ様になにかあったらロレーヌ侯爵は黙っていませんからね。」
「そうね。」
娘命の父親の心配する姿を想像して、少しだけ自重しようかしらと思う。
「もしまた相談事などされたらお受けになられるのですか?」
新しい紅茶を注いだティーカップを私に差し出しながら聞いてくる。
私はそのカップを一枚の絵画のように優雅に持ってこう言うのだ。
「もちろんよ。私にかかればどんな相談事もティータイム前なのだから。」
侯爵邸の洗練された中庭で私はいつものようにティータイムを楽しむのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
春の推理2024にどうしても参加してみたくて頑張って書いてみました。
稚拙な文章に最後までお付き合い頂けた読者様には感謝します。
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