脅迫状事件【前編】
「その婚約者が最近はまっていると言う隣国の特産品。それはケリー男爵令嬢の領地が独占的に仕入れている物よ。」
「そういえば彼がケリー男爵令嬢と二人で歩いていたのを見たと言う人もいました。」
「ケリー男爵令嬢は今週末に領地に戻って特産品のバザーに参加するそうよ。」
「そこで密会するかもしれないってことですね。」
「確実に、とは言えないけれど可能性はあるわ。」
「ディアナ様!ありがとうございます!」
貴族の子女と思われる女子生徒はディアナと呼ばれる自分より位の高い貴族の子女にお礼を告げて部屋を去っていった。
「ディアナお嬢様のミステリー欲は満たされましたか?」
給仕服を着た私付きのメイドは、今しがた出て行った彼女が飲んでいたティーカップを片付けながら聞いてきた。
「そうね、まあまあかしらね。」
私は自分のティーカップに残っていた紅茶を飲み干すと、なぜ自分がこんな相談室みたいなことを始めたのか思い出すのだった。
ロレーヌ侯爵の一人娘でもある私ことディアナは、いつものように侯爵邸の洗練された中庭で大好きなティータイムと共に、同じく大好きなミステリー小説を読んでいた時のことだった。
「面白いことがしたいわ。」
先ほどまで大人しく小説を読んでいたのに、突然変なことを言うものだから、傍に控えていたメイドがこちらを怪訝な顔で見てくる。
彼女はアンナ。黒いサラサラした長髪を清潔感を出すためにお団子にしてまとめ上げている。メイド服は紺を基調にしたワンピースで、その上に汚れ一つない白いフリルのエプロンをつけている。侯爵家のメイドとしての品格を忘れていない格好だ。アンナは侯爵令嬢である私専属のメイドで幼い頃から傍仕えとして一緒にいる気心しれた存在である。
「ディアナお嬢様。小説を読むのに飽きてしまわれたのですか?」
私が朝から小説を読みふけってしたため、飽きてつまらなくなったと思ったのだろう。
「いいえ。小説を読むのを飽きたのではないわ。」
ではなんなのか、と言う顔でこちらを見てくる。
私は特にミステリーやサスペンスなどの謎を解いていく小説を好んで読んでいる。
「小説を読んでいたら、登場人物のように私もいろいろな人の悩みを解決してみたいと思ったの。」
胸を張って言う私を呆れた目で見てくるアンナ。
「ディアナお嬢様。なるべくロレーヌ侯爵様にご迷惑にならない範囲でやりましょうね。」
止めても無駄だということは長年仕えている彼女にはわかっていたので、暴走しないように諫めるくらいで留めるのだった。
「悩みのある人を見つけて一緒に解決するって言うのはどうかしら?物語によくあるやつ!」
また何を言い出したのかと呆れた目線を向けるアンナをよそに私は一人盛り上がる。
「街での銃撃戦に参加したり!王家の秘宝を探しに行ったり!」
やるのは決定事項みたいに話す私。
「街で銃撃戦なんてあったりしたら領民はたまったものではありませんよ。」
やれやれ。と呆れたアンナは少し考えた後、
「それでしたら学園の空き教室を一室借りてそこでやるのはどうでしょうか?」
なるべく周囲に迷惑をかけないように学園内にするようにそっと誘導する。
「いい提案よ、アンナ。さっそく手配しましょう。」
思い立ったが吉日とはこのディアナのためにあるようなもの。
「かしこまりました。」
アンナは軽く会釈をして、この美しいご令嬢の望みを叶えるべく動き出すのだった。
そうして学園にある空き教室の一室を借りれることになったのだが。
元々使っていなかった物置小屋のため、教室など人が多いところから離れているため人が来ない日が続いた。
「変ね。誰も来ないわ。」
放課後にこの空き教室でティータイムをしながら誰か来るかとワクワクしながら待っていたのだが、あいにく閑古鳥のようだ。
「そうですね、誰にもここで相談室をやっていると伝えていないからではないでしょうか。」
アンナの一言にハッとする。
「アンナ、そこに気付くなんて貴女は天才ね。」
当たり前のことを言っただけなのだがすごく褒められてしまった彼女は少し呆れている。
「入り口に悩み相談受付中!などの看板を掲げることにするわ!」
これは妙案と自分を褒めてから看板の設置しようとするのだが、ここはアンナに任せてくださいと言われたので任せてみることにした。
「やれやれ。悩み相談受付中!って書いても怪しくて誰も来ないでしょうね。ですからここは。。」
【ディアナ侯爵令嬢とお茶会したい方どなたでもどうぞ★】
アンナの達筆によって書かれた木の看板を入り口に立てかけると、連日すごい人だかりになるのだった。
「ディアナ様ー!この紅茶とっても美味しいですわー。」
「こちらの茶菓子は今王都で流行っているものですね。」
「ディアナ様本日もとってもお美しいですわ。」
きゃっきゃとはしゃぐ学園に通う令嬢たち。
「ありがとう。」
可愛らしくはしゃぐ女子生徒たちに侯爵令嬢として最大限の礼を尽くす。
「不思議ねアンナ。連日たくさんの子女たちが来てくれるけどみんなあんまり悩みとかなさそうだわ。」
「それはそうでしょうね。皆さん普段高根の花のディアナ侯爵令嬢と話せるのが嬉しくて来ていただいているのですから。」
ディアナに聞こえないくらいでぼそりと呟くアンナ。
「え?」
「いえ、皆さん悩みを言うのが恥ずかしくて言い出せずにいるのではないですか?お嬢様から聞いてみるとよろしいかと。」
「確かにそうね!さすがアンナだわ!」
彼女たちに悩みがあるかはわからないが、思春期だし何かしらはあるだろうと期待を込めてアンナは言ってみた。
「ごほん。皆様。つかぬ事をお伺いしますが、皆様の中で悩みとかを相談したいって方はいらっしゃられますか?」
笑顔で聞いてみる。
「「「悩み?」」」
子女たちは顔を向き合わせて少し間を置いた後に、
「あります!!」
と大きな声で返事をしたのだ。
「まあ!もし私の力になれるようなことであればぜひ相談してください。」
自分の望む反応以上が帰ってきたことに嬉しくなってしまう。
「実は婚約者の彼が、庶民の女の子と仲良くしていて。」
「わたくしは好きな殿方がいるのですが仲良くなる方法が知りたいです。」
「今度のエスコートされて行く夜会で着ていくドレスについて。」
口々に話す彼女たちの悩み事は全て恋愛に関することだった。
「あ、あら、皆様、恋愛にお困りなのですね。」
もっと大事件が待っていると思っていたので拍子抜けしてしまった。
「だってディアナ様ってあの王太子様をメロメロにさせた恋愛上手ってお伺いしましたわ。」
「そうそう、ディアナ様に恋愛の秘訣を聞きたい女子いっぱいいるんですよ。」
「そ、そうなの。。」
思っていなかった悩みごとだけれど、自分を信じて話してくれたことだから真摯に受け止めて対応してみた。
そうしたら口コミがどんどん広まり、いつの間にかここはディアナ侯爵令嬢の恋愛お悩み相談室になってしまっていたのだ。
「別に良いんだけど、思っていたのと違う!」
両手をこぶしにしてテーブルに叩きつけるとアンナにはしたないですよとたしなめられた。
「私はディアナお嬢様が危険な目に合わないようなので安心しましたよ。恋愛相談なんて可愛い悩み事を聞くくらいならロレーヌ侯爵様もお許しになるでしょう。」
確かに家で小説を読んでいるよりは生身の人間の悩みを聞くことは刺激的ではある。
例えそれが恋愛相談でも。
まあこれもいいか、と思っていた時だった。
コンコン。
扉をノックする音がした。
いつもの令嬢たちかな?と思いアンナに扉を開けさせるように指示をする。
ガラガラガラ。
扉を開けるとそこにはこの学園の女子生徒と男子生徒の二人が並んで立っていた。
女子生徒はうつむいて暗い顔をしている。
「どうぞ。お座りになって。」
私は彼女達を自分が座っているソファのテーブルを挟んだ向かい側のソファに座るように即す。
「ありがとうございます。」
二人は誘導されるままにソファに座るやいなや女子生徒が突然話始めた。
「あの!ロレーヌ侯爵令嬢様は悩み相談を受けてくださるって噂でお聞きしました!もしよければ私の悩みも聞いていただけませんか?!」
少し焦っているように早口で私に語り掛けてきた。
また恋愛相談かしら?けれど男子生徒も一緒のパターンは初めてね。
「ええ。わたくしで力になれることであれば。」
何でも話してという雰囲気を出してほほ笑むと、彼女は安心したのか少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとうございます。では、まずこちらをご覧頂きたいです。」
そう言って彼女は自分で持っていた学園指定のカバンから一枚の紙を取り出して私に差し出す。
それを受け取った私は、半分に折りたたまれた紙を広げて中に書いてある文字を読むのだった。
【クライブ伯爵様にこれ以上近づくな。】
「なるほど、脅迫文ね。」
私は目の前の怯えている彼女に対して言うと、彼女はゆっくりと頷くのだった。
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