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【2ー41】調教師 フェルナ・バドス






 鞭を装備した俺と、剣を装備したヤクザが再び向かい合って睨み合う。


 いや得物の差が酷い。片や命を簡単に奪える凶器に対して、俺の得物は命を漲らせるというか、特定の人を喜ばせてしまう得物である。


 そりゃ本気で叩けば痛みはあるだろうが、プレイ用にカスタマイズされたこの鞭でどこまでやれるというのか。


 だが困った事に、俺は鞭の効果的な使い方が分かってしまう。従馬には使う必要がないので初めて持ったのだが、御者ギフトの影響だろうな。


 例えば目を狙ったりすれば、こんなプレイ用の鞭でも効果絶大だろう。狙うとしたらそこなのだが、そんな簡単に顔を狙えれば苦労しない。



「てめぇ、ふざけるのも大概にしろよ?」

「ふざけてねぇ、これでお前を……躾けてやるよ!」


「だからふざけんなって、言ってんだろうがァッ!」


 額に青筋を浮かべたヤクザが向かって来る。俺は鞭を片手に初撃の回避に全力を注ぐ。


 攻撃パターンは変わらず振り下ろし。だが先ほどまでと比べて動きが僅かに機敏、更に剣筋も鋭くなっている。


 火事場の馬鹿力というか、怒ってパワーアップしてしまったのだろうか?


 とはいっても誤差の範囲。間合いをしっかり把握し、全体の動きを見るように努めれば脅威ではなかった。



「避けんじゃブッ!? てめぇ! いてェだろうがッ!」

「……これ、素手より攻撃力が落ちてないか?」


 鞭は軽く、隙の多いヤクザに当てるのは造作もなかった。


 奴に剣を一度振らせてしまえばこっちのもの。気を付けるのは足払いや、蹴りによる攻撃だけなので間合いさえ気を付けていれば問題ない。


 ――――バチンッ! バチンバチンバチンッ!


「だから……いてェつってんだろうがッ!?」

「えぇ……全然効いてなくないか?」


 俺の鞭は奴の顔、体、尻などに次々とヒットするがダメージを与えられている感じがしない。


 顔などの肌が露出している所に当たった箇所は少し赤くなっているが……ほんとに少しだけ赤くなっているだけだ。


 御者だからだろう、鞭の扱い方は分かる。どうすれば効率よく鞭を振るえて打ち付けられるかは分かるが、いかんせんSM用だ。



「やっぱりスライム素材で作られた鞭じゃだめか……」

「……ヒュアーナさん? 今なんて?」


「それ、スライム素材で作られた、通称スライムチなんです」

「スライムチ!? あの緩衝能力に優れたスライム素材ですか!?」


 そりゃ効かねぇわな!? かの優秀なスライム素材、それが鞭に使われている理由はただ一つ。


 極力人体に影響を与えないように作られているからだ。紛う事なきプレイ用、俺はなんて物を装備してラストバトルに臨んでいたのか。


「……っ!? そうだわ! ヨルヤさん! それをフェルナに渡してください!」

「は、はぁ?」


「それを最も上手く扱えるのはフェルナなんです! いいから早く!」


 よく分からないが、俺もこの鞭は手放そうと考えていた所だ。


 こんなのを使うより殴った方がダメージを与えられる。再び素手になるのは少し怖いが、このまま続けても埒が明かない。


 俺はフェルナの方を向き、驚いた表情で固まっているフェルナに向かって鞭を投げ飛ばした。



「さぁフェルナ! 拾って! そして叩いて!」

「お、お母さん……? こんな時になにを……」


「いいから拾えッ! もたもたしないのっ!」


 ヒュアーナの鬼気迫る表情に圧倒されたフェルナは、訳が分からないといった表情でスライムチを手に取った。


 ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと顔を上げた。感触を確かめるかのように鞭を振り回し、何度か地面を叩いて何かを確認し出した。


 なぜだろう、すげぇ似合っている。そしてなぜだろう、逆らえる気がしない。


「……そういう事か。分かったよ、お母さん」

「えぇ、あなたならやれるわ」


「いや分からねぇよ、説明して」

「ヨルヤさん、フォローをお願いします。私があいつを躾けます」


「いやだから、どういうこ――――」

「――――いいから言う事を聞きなさい? あなたは黙って私に従えばいいの。分かった?」


「あ、はい。分かりました」


 なぜだろう、逆らえる気がしない、というか逆らってはいけない気がする。


 フェルナ様は行動のフォローをお望みだ。行動とはもちろんヤクザを鞭でしばく事であろう。


 父が受けた仕打ちの事もあり、奴を打ちのめしたい気持ちは強かろう。だがしかし、その鞭で打ちのめすのは無理ではないだろうか?



「なんだよお前、先に殺されてぇのか? そんなもん持って、どこまでふざけ――――」

「――――喋るな豚。アンタが発していい言葉はブヒブヒだけ」


「…………てめぇ、殺されてぇみたいだな?」


 あまりの圧にヤクザは一瞬押し黙るが、すぐさま気を取り戻してフェルナを睨みつける。


 睨みつけられてもフェルナは動じる事なく睨み返しているが、どうやらヤクザの標的はフェルナに変わってしまったようだ。


 なんか覚醒した主人公みたいでカッコいいけど、これで呆気なく倒せるなんていうご都合主義ストーリーとはならないだろう。


 しっかりフォローしなければ。フェルナに意識が向いている今の内に、その無防備な背中に蹴りをくれてやる。



「――――グッ!? て、てめぇ……」

「どこ見てんだよ? お前の敵は俺だろうが!」


「そんなに死にてぇなら、先にぶっ殺し――――」


 ――――バチィィィンッッ!


「あひぃぃぃぃんっ…………え?」

「え?」


 ヤクザの凶悪な表情が、甲高い音がしたと思ったら急に崩れた。


 恍惚。まるで美味しい物でも食べた時のような、大好きな玩具を眺める子供のような、我慢に我慢を重ねた尿意を解き放った時のような。


 だだとりあえず、さっきまでずっと凶悪だった男の表情が急に恍惚とする様は気持ちが悪い。



「随分といい声で鳴くじゃない? ほら、もっと鳴きなさいっ!?」


 ――――バチィンッ――――バチィィンッ――――バチィィィンッッ!


「て、てめ――――んひぃぃっ!? あひぃぃん!? おほぉぉぉんんっ」


「…………きも」

「さすが私の娘ね。想像以上の才能だわ!」


 鞭に叩かれる度に体をビクビクさせ、恍惚とした表情をする元強面。


 その様子はただただ気持ちが悪く近づきがたい。隙だらけだというのに、あまりの不気味さに攻撃するのを忘れてしまっていた。


 そういえばフェルナのジョブギフトは調教師。不思議な世界で不思議な力を持った女王様の調教は、プレイの領域を超えていた。


 こんな真面目な場面で、何をふざけているのだと誰もが思うだろう。


 だがふざけている訳ではない。神より授けられたギフトの力によって、抗いたくても抗えない状態になってしまっているのだろう。


 いやでも、最強すぎない? 男に対して最強すぎるでしょ、そのギフト。


「やっぱり才能があったのね。あの男の息子ならそうだと思ったわ」

「……あぁ、そっちの才能」


 どうやらМ男に対して最強のギフトのようだ。あの男の息子……ヒュアーナの客であった小太りのオッサンの息子ならMだと。


 俺が叩いた時はただ痛がるだけだったのに……叩く人が変わるだけでここまで変わるのか。


 そんな事を、部屋中に響く鞭の音と嬌声を聞きながら思いました。


 もうギャグバトル化しちゃってるじゃんかよ。そろそろヴェラ達が来てくれてもおかしくないだろうし、このまま終局か。



「こ、殺す……殺す……絶対に……お前だけは……コロス……ッ!」

「肩で息をしている癖に、何を言っているのかしら?」


「まだ目覚め切ってない……! フェルナ! まだそいつには恥じらいの心があるわ! へし折ってやりなさい!」

「完全に堕とすつもりか……!? なんと惨い……」


 肩で息をして疲れ切っている様子のヤクザにフェルナが近づく。


 ヤクザに肉体的なダメージはないように見えるが、精神的ダメージはさぞ強く受けている事だろう。


 それにスタミナが限界っぽい。疲れて動けなくなっている今の内に奴を拘束するのがいいだろう。


 そう思って、ヤクザに近づこうと足を動かすと同時だった。



「けんな……ふざ……け……――――ふッざけんなァァァァァッ!!」

「――――きゃっ!?」


 最後の力を振り絞ったとでもいうのか、もはや持ち上げる事も振り下ろす事も出来ないと思われていた剣を、ヤクザは振り上げて見せた。


 振り上げた剣はフェルナが持つ鞭に当たり、それを弾き飛ばす。


 いきなりの行動に驚いたフェルナは尻餅をついた。ヤクザは振り上げによって崩れていた態勢を立て直し、ゆっくりと剣を上段に構え始める。


 第三者目線で、さっきと同じ光景が目の前に出来上がった。


 このままではフェルナが殺されてしまう、そう思った俺の行動は早かった。


お読み頂き、ありがとうございます

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