【2ー36】最新部にはラスボス、これ常識ね
遊戯フロアを抜けた先は入口とも遊戯フロアとも違い、随分と雑然としていた。
落ちているゴミのせいなのか臭いし、装飾品の類は一切ない。客に見せない場所は汚くてもいいという事なのだろうが、それにしても汚すぎだ。
こんな所にフェルナ達が捕らえられているというのであれば可哀そうの一言である。
しかし、早々に助け出さなくては……と思っていた俺の想いは早々に裏切られる事になった。
「ほんと気持ちの悪いブタだわ!」
とある部屋から、そんな女性の声が聞こえてきたのだ。
続いて聞こえてくるのは男の汚く野太い声。声を聞く限り近づきたくない感じだったのだが、聞いた事のある声だったので仕方なしに部屋を覗き込む。
「もっと! もっと踏んでくれェェェ!」
「私に命令しているの? 随分と偉くなったわね、このブタ風情がっ!」
「ぶひっぶひィィィィ!」
「ほんっと気持ち悪いっ! このっ! このッ!」
部屋の中を覗き込んで見えたのは、随分と煽情的な格好をしたヒュアーナが、男の事を踏みつけているという異様な光景だった。
ぽっちゃりと太っている半裸の男の事は見た事がない……というかもう見たくない。
そう思った俺はそっと扉を閉めた。
「……見なかった事にしよう」
あれは本当にヒュアーナだったのか、分からない。とてもじゃないが、攫われましたという感じではなかった。
表情は本当に気持ちの悪い者を見た時のものだったが、楽しんでいたようにしか見えなかったぞ。
攫われた者があんな表情、あんな行動を取る訳がない。他人の空似という事にして、俺は再び通路を進みだした。
「……なんか、すげー勘違いをしていそうで怖くなってきたな」
まさかと思うが……何も事件など起きていないのでは? 金を盗んだと言うのもフェルナ達を攫ったというのにも明確な証拠はない。
ここ、もしかしてヒュアーナのバイト先なんじゃね? もしかしてフェルナが金を持ち出して逃げたんじゃね?
いや流石にないか。ヒュアーナは分からないけど、フェルナはそんな子じゃない。それにそんなクソストーリーがあってたまるかよ。
一応、念のため、万が一に備えて護衛を呼んでおくか。ヒュアーナに危険が迫った時は、小太りの男を排除しろと命令し監視させる。
女王と豚という関係なら危険はないと思われるが……客が暴走して嬢に怪我を負わせるというのは良く聞く話。
さながらこの護衛は黒服という事だな。幸いにも召喚された護衛は女性型だったので、プレイを見られたヒュアーナの精神的苦痛も少しはマシだろう。
「さて、となるとここが最後の部屋なんだが……」
通路の最奥にある扉。最後の扉の先、それすなわち最深部、つまりラスボスの間という事だ。
この扉の先の部屋にはラスボスのヤクザがいて、助けを待つお姫様のフェルナが捕らえられているはずだ。
俺はゆっくりと扉を開け、中へと入っていった。
「……お邪魔します」
「お~御者、やっと来たかよ?」
予想通り、部屋の中にはヤクザがいた。粗末な椅子に腰かけて、何が楽しいのかニヤニヤしていやがる。
一通り部屋を見渡すが、フェルナの姿は見えない。となるとフェルナはいるのは、奥に見える扉の先という事になるが……ヤクザが通してくれるかどうか。
「フェルナはどこだ? あと金返せよ」
「いきなりだな。金を返すのはお前らじゃないのか? 担保の馬車、忘れた訳じゃねぇだろ?」
「その担保分の金を、お前らが盗んでいったんだろうが!」
「そんな証拠がどこにあるってんだよ? 人を盗人呼ばわりとはいい度胸じゃねぇか」
ヤクザの言う通り確かに証拠はない。監視カメラなんかない世界、現行犯じゃないと盗みの立証は難しい。
だが奴の馬鹿にするかのようなニヤニヤとした表情、タイミングの良さや状況証拠などでコイツら以外にあり得ない。
コンラードじゃないが、俺はコイツが犯人だと確信している。
「差し押さえの期日まで数日だ。金を用意できなければ……分かってるな?」
「……ここに来る前の部屋にヒュアーナさんがいたぞ? アレはどう説明するんだ?」
「あれはなんつーか……親父の趣味だ。まったくあんな年増のどこがいいんだか……まぁとりあえず、ただの娼婦と客だろうよ」
「…………」
ただの娼婦と客。そんな訳ねぇだろ!? と言い返したい所だが言い返せない。
俺もそう思ったもん。そう思うのが自然だった。攫われたのに嬉々として女王様をしているのだとしたら精神状態を疑う。
「金は期日までに用意してもらうぜ? 盗まれたってのはこっちには関係ねぇ、また稼いでくれや。まぁ可哀そうだから期日を伸ばしてやってもいいぞ?」
「……なるほど、そういう事か」
こいつ等は馬車を差し押さえるつもりなどないんだ。担保分の金を用意させ、いい所でその金を盗みリセットさせる。
そして同情を見せるように期日の延長を提案し、再び金を準備させると。
そんなうまく行く訳はないが、仕組み上では奴らは永遠と金を得る事ができると言う訳だ。
俺達はカモにされているのか。あっという間に金を用意した俺達を見て、今回のような強硬手段を取った可能性もある。
「商売は上手くいっているようだし問題ないだろ? 期日を十日伸ばしてやる、また稼いで来い」
「……ふざけんな。証拠がねぇなら作ってやるよ! 来いッ!」
最後の護衛を召喚する。バドス商会に二体、フロアに二体、ヒュアーナの元に一体、そして今回の一体で計六体。
睡眠を取っていないせいなのかGPは回復していない。正真正銘最後の一体だ、この護衛の力で押し切る!
絶対にどこかに金庫があるはずだ。もしくはフェルナ、それを物的証拠として突き付けてやる。
「おいおいお前、召喚士だったのか? 御者だとばかり思ってたぜ」
「どこかに鉄製の金庫があるはずだ! 探すぞッ!」
ここに来てランダム生成SSR。金髪イケメンで剣士風な王道の装い、立派な剣を持つ姿はまさにファンタジー物語の勇者といった感じだった。
ラストバトルで召喚されたのが勇者。負けるイメージが全く湧かない。
「ったく素直に帰ればいいものを……おいッ! 出番だぞッ!」
ヤクザが大声でそう叫ぶと、奥の部屋から一人の男が現れた。
装いはダヴィドや傭兵崩れ達と似たような感じなので、こいつも用心棒か。
その手には勇者と同じような長さの剣が握られていたが、勇者が光の剣だとすれば男の剣はどす黒く、闇の剣と言った感じだった。
「ダヴィドほどじゃねぇが、こいつも腕利きだ。俺だって切り札の一つや二つは持ってるぜ?」
「こっちがラスボスかよ!? 確かに光と闇って感じだけど……」
ヒュアーナのために護衛を召喚した事を後悔する。
念話で呼び戻すか……? いや万が一があるし、ヒュアーナに何かが起こってしまったらこの物語はハッピーエンドでは終わらない。
二人でやるしかない。戦闘の心得はなくても俺だってレベルは上がっている。
一瞬でも隙を作れれば勇者が何とかしてくれるはずだ。
「(絶対に負けられない、絶対にだ! 何が何でも、何をしてでもアイツを倒すぞ!)」
「――――」
俺の熱い想いが護衛に伝わったかどうかは分からないが、勇者っぽいし何か不思議な力が湧き出るかもしれない。
しかし冗談ではなく、何が何でも負けられない。当たり前ではあるが、ここで負けたらゲームオーバーだ。
「こいつ等をどうすればいいんだ? いつもみたいに殺せばいいのか?」
「こいつらはウチの従業員じゃねぇからな。過労死って事には出来ねぇから痛い目を見て……いや、世界警察も来てたしここらで引いとくか――――もういらん、殺せ」
どうやら世界警察の介入もあり、これ以上関わるのは危険と判断したようだ。
俺を殺せば世界警察が……と思ったが、何となくコンラードはダヴィドを捕縛したらそのまま帰りそうな気がする。
つまりコンラードは助けに来ない。職務怠慢もいい所だが、世界警察ってそんなもんだというイメージが固まってしまっている。
過労死の噂はそういう事か。邪魔になった身内を過労死に見せかけて殺す。医療の発達していない世界ならば死因の特定は難しい。
「じゃあ行くぜ? 安心しろ、嬲る趣味はねぇからよ」
『バトルシステムを選択してください』
【ターン制コマンドバトル――――選択不可】
【リアルタイムアクションバトル――――選択可】
【タワーディフェンスバトル――――選択不可】
【カードバトル――――選択不可】
【放置バトル――――選択不可】
強敵のためターン制コマンドバトルが選択不可。
ダヴィドほどではないと言っていたが、流石はラスボスと言ったところか。
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