【2ー33】警官と不法侵入者
「ここだ」
「……本当にここなの?」
「教えられたのはこの場所、この建物だ」
「でもここって……」
真顔のコンラードに対し、怪訝な表情を浮かべるヴェラ。
ヴェラはなぜそんな顔をするのか分からない。俺には普通の建物に見えるが……普通すぎておかしいと言う事だろうか?
「ここ、ビクス商会が運営している賭博場の一つなはずよ?」
「ビクス商会……? ブラク商会じゃなくてか? それに賭博場って……」
聞くとビクス商会とは馬車の運行や販売、小売に不動産など幅広い商売を行っている大商会らしい。
そして商いの一つに賭博があり、ここはその賭博を行うための建物の一つという事だ。
「クルーゼさんはブラク商会が所有している建物だって言ってなかったか?」
「どうでもいい、行ってみればわかる事だ」
「ちょっとコンラードさん!? 正面から行くんですか? こういうのって裏口からとかじゃ……」
「そうよ。それに人質がいるのかもしれないのよ? 慎重に行くべきだわ」
俺達の言葉にとりあえず足を止めてくれたコンラードだったが、面倒そうな表情をしやがった。
人質というのは彼には関係ないのかもしれないが……お前一応は警察官だろ。
「……俺が正面から世界警察の調査として入り、注目を集めてやる。その間に人質とやらを連れ出して帰れ」
「言われなくても、フェルナ達が見つかれば帰るわ」
簡易的ではあるが作戦を決める。
コンラードが正面から入り、奴らの注目を集める。
奴らはコンラードが俺達の協力者だとは知らないはずなので、一先ずは様子を見るだろう。
その間に俺とヴェラが別口から侵入し、フェルナ達の事を探す。
フェルナ達を見つける事が出来たら、俺達は脱出を優先させるつもりだ。
「では俺は行く。念のために言っておくが、ダヴィドは処刑ではなく捕縛する。絶対に殺すな」
「それは約束できないわね。コイツに危険が及べば、あたしは迷わず排除するわ」
「ダメだ。ダヴィドは捕縛、ジャッジとしての判断だ。命令する、従え」
「アンタの命令に従うつもりなんてないわよ……!」
再び険悪な感じになりそうだったため、二人の間に入って仲裁を図った。
もう敵の本拠地前だと言うのに、こいつらは何を考えているのだろう? なまじ力を持っているせいなのか、緊張感というものが感じられない。
ダヴィドと遭遇した場合は無理に戦闘を行わず、回避の方向で行動する事をコンラードに伝えて場を治めた。
「……これを渡しておく。ダヴィドを見つけたらこれを吹き、俺に知らせろ」
そう言うとコンラードは俺に小さなホイッスルを渡してきた。
なんの変哲もないホイッスルだが、手に持った瞬間に変な感じがしたため普通のホイッスルではないのだろう。
「特殊な魔力の波長を生み出す笛だ。音は出ないがこれを吹けば、近くにいる世界警察の人間に居場所を知らせる事ができる」
「警官大集合とか……吹きたくねぇ……」
それを俺に渡すとコンラードは行ってしまった。
堂々と正面から、軍服を着て軍刀を携えた目つきの鋭い男が賭博場に……事件の匂いしかしない。
しかしこんなホイッスルがあるのなら、魔力を使った連絡手段というのがありそうなものだが……魔道具と呼ばれるこのような技術は世界警察がほとんど牛耳っているらしい。
異常な権力に技術の独占、国家以上の軍事力……ラスボスかよ? ほんと関わりたくない組織である。
「じゃあ、あたし達も行きましょうか?」
「おう」
「まずは裏口を探して……それとあなた、念のため護衛を呼んでおきなさいよ?」
俺はヴェラに言われた通り一体の護衛を召喚する。
一応、隠密行動という事を考えて召喚を一体に留めたのだが、現れたのはどう見ても隠密が得意そうなタイプではなかった。
どこの騎士団所属ですかと聞きたくなるような立派な鎧を身につけている。金属音は一切しないだろうが、目立つぞ。
ヴェラも呆れた表情をしているが、まぁ仕方がないかと割り切った俺達は行動を開始した。
――――
正面から突入したコンラード。その佇まいは堂々としており、隠密のおの字もないほどの目立ちっぷりだった。
遊戯フロアへとやってきたコンラードは店内を見渡すと、ギャンブルに興じていた老若男女、その全ての者の視線がコンラードへと注がれた。
何か事件があったのか、誰かこの中に犯罪者でもいるのか、ここは違法賭博場だったのか、などといった表情を誰もが浮かべている。
そんなコンラードの元に、一人の男性店員が近づいて来る。
「こ、これは世界警察の……ジャッジ殿。当店になにか御用でしょうか?」
「……見た所、普通の賭場だな」
「え、えぇ。ここは我々ビクス商会が運営する、国にも世界警察にも認可を受けた真っ当な賭場でございますので……」
違法な賭博場ではないかと世界警察が調査しに来た……誰もがそう思った。
全く問題ないのにも関わらず、客も店員も顔が引きつっており緊張している様子。それほどまでに軍服の威圧感は凄まじい。
「お前はここの責任者か?」
「は、はい。そうです」
「ダヴィド・イシルス……もしくはブラク商会の事を何か知らないか?」
「ダヴィド……という人物に心当たりはありませんが、ブラク商会の事であれば……」
そう言うと責任者は語り始める。ビクス商会とブラク商会の関係性についてだ。
クルーゼの情報は間違っていなかったようで、この建物の所有者はブラク商会であるという。
ビクス商会はブラク商会からこの建物を借りている、賃貸契約を結んでいるそうだ。
「ブラク商会の噂を聞いた事はありましたが、賃料は普通でしたし、契約内容にも特に問題がなかったので……」
「……そうか。店の奥も見させてもらうが、構わないな?」
「は、はい、どうぞこちらへ……」
責任者は素直に従った。悪事など働いていないし、見られて困る物もない。そもそも世界警察に逆らって良い事などなにもない。
店の奥に移動する折、コンラードは店内を隅々まで確認するが、異常は見当たらなかった。
――――
「ちょっとお客さん!? 困りますよ、こんなトコに入ってきちゃ!」
「…………」
「――――」
「……その鎧のせいよ? 目立ちすぎんのよ、ばか」
裏口を見つけて、入ってすぐに見つかった。ゆっくりと歩く鎧護衛の姿を見られてしまったからだ。
そもそも護衛を連れて隠密というのに無理があったのだ。
護衛には緻密に命令を出さないと、その通りに動かない。基本的に俺に危険が迫った時にしか動かないので、命令してないとただ後ろを付いて来るだけなのである。
俺達が物陰に体を隠しても、命令を出さないと護衛は傍に突っ立ているだけ。
そうつまり、俺が命令し忘れただけ。つまりヴェラの馬鹿という言葉は、俺に対して使われた言葉だ。
「入口を間違ったんですか? 入口は反対側ですよ? そんな隠れるように入って来て……ここを連れ込み宿か何かと勘違いしてます?」
「は、はぁ!? なにふざけた勘違いしてんのよ!? 誰がこんな奴に連れ込まれるかっ!」
「鎧護衛もいるから……3〇ーか」
「ぶっ飛ばすわよ?」
殺気が籠ったマジトーンを放つヴェラ。目にも殺意が宿っており、ここで対応を間違えると本当に殺される。
冗談はさておき、見つかってしまったのであれば仕方ない。こいつを人質に取ってでもフェルナ達の居場所を聞き出さなくては。
「……あんた、ブラク商会の人間?」
「ブラク商会? 何を言ってるんですか? ここはビクス商会が運営する賭博場ですよ?」
「嘘を吐いている……感じはないわね」
「ビクス商会って表の看板にもデカデカとあったでしょう? 勘違いしようがないと思うんですが……」
その後も店員に色々と聞くが、どれもブラク商会と繋がりそうな情報は出てこなかった。
当たり前だが、店を色々と調べさせろと言ってもダメだと言われる。
警備の者を呼ぶと言われ、いよいよ強行突破するしかないかと思われた時、扉が開く音と共に聞いた事がある声が聞こえてきた。
「……お前達はなにをやっているんだ?」
世界警察、ジャッジ様の登場であった。
悪い事はしてないのに悪い事をした気分になってきた。いや不法侵入だから悪い事はしているんだけど、構図が完全に犯罪者と警官だ。
これでやって来たのがコンラードでなければ、文句なしに捕まっていたのだろう。
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