【2ー32】審判者 コンラード・イシガミ
「…………」
「その……怒ってますよね?」
「怒ってるわ」
「……連絡が遅れて、すみません……」
へーベル工房を後にした俺はバドス商会に戻っていた。
ダヴィドの居場所は知れたし、クルーゼが紹介しれくれるというジャッジとの面会時間には間に合いそうだしと、少しホッとした様子で戻ったのだが。
商会前で仁王立ちして待っていたヴェラの姿、そして怒り顔を見た瞬間に冷や汗が止まらなくなった。
「一応、昨日すぐに冒険ギルドに向かったんですけど……」
「最初に傭兵ギルドに向かたってベンセルから聞いたけど?」
「…………(ベンセルめ)」
「それに今日、すぐに魔術ギルドに向かったと聞いたわ、ベンセルに」
ベンセルめ。俺をアニキと呼ぶならもう少し兄の事を守ってくれてもいいんじゃないだろうか?
素直なのは奴の美点だが、もう少し世渡りスキルを身につけた方がいい。
しかしヴェラをスルーしてしまったのは俺だ。いくらダヴィドへの糸を辿る道だといっても、ヴェラに相談する時間は取れたはずである。
「フェルナはあたしの友達なのよ? こんな事になっていたのに、何も知らないでここに来たあたしの気持ちが分かる?」
「すまん……」
「アンタも、自分がどれだけ危険な事をしていたのか分かってるの? もし緑鬼と遭遇していたらアンタ……死んでたわよ?」
「…………」
「何度も同じ事を言わせないでよっ! あんたに死なれたら困るって、何回も言ったじゃないっ!」
いつもとは怒りの質が違うヴェラを前に、俺は謝る事しか出来なかった。
本気で俺とフェルナ達の事を心配してくれており、ずっとバドス商会を守ってくれていた冒険者だ。
こういう事態になった時は、真っ先に相談しなければならなかった人だろう。
色々と事情があったとはいえ、先走ってしまった。物語の万能主人公にはなれないと確認していたはずなのに、冷静になれていなかった。
「……もういいわ。でも今度また、同じような行動をしたら許さない、殴るわ」
「お、おう」
「それで? 今どんな状況なのよ?」
ヴェラに今までに起こった事、判明した事を全て話した。
これからどう行動するかはヴェラと、これからやってくるはずのジャッジの判断に任せようと思う。
俺がブラク商会に突っ込んでもいい結果にはならないだろう。最悪の事態……そんな事になってしまう可能性すらある。
「……ジャッジねぇ。世界警察にまで話が言っているのか」
「クルーゼさんの身内って話だから、悪い人じゃないと思うんだけど……」
「まぁ戦力としては申し分ないわ。ジャッジとか言ってるけど、ジャッジやエクスキューションになるには相当な武力が必要らしいから」
裁判官のようなイメージだったジャッジだが、武力も兼ね備えているらしい。
更にその上には執行者がおり、こちらは世界警察の最高戦力と言われるほどに強い者達ばかりらしいが、数は多くないという話だ。
「どちらにしろそのダヴィドって奴が、世界警察が追っている犯罪者だというのなら好都合と言えば好都合だわ」
「まあ、ダヴィドの事は任せればいいんだもんな」
「そうね。この国の指名手配犯でなければ……って、来たみたいよ?」
ヴェラの視線が俺の背後に移り、来たという言葉に反応して振り返ってみた。
こちらに向かって来る二人の姿が確認できる。手を振りながら近づいて来る男はクルーゼなので、その隣にいる男がジャッジなのだろう。
ポリスと同じような軍服に軍帽。一般人の服装とも、傭兵や冒険者が身につける防具とも違った装いは、この世界に似つかわしくないほど現代的だ。
腰には細い剣、軍刀と呼ばれるものが二本もさしてあった。軍服ということもあるだろうが、威圧感が凄まじい。
「ヨルヤさん! お待たせいたしました!」
「クルーゼさん、色々とありがとうございます」
まずクルーゼと挨拶を交わす。その後クルーゼはヴェラに軽く会釈をした後、後ろに控えていた男の事を紹介し始めた。
「ではヨルヤさん、ご紹介します。私の妻の弟で、世界警察でジャッジの位についている、コンラード・イシガミです」
「北方方面軍所属、ジャッジのコンラード・イシガミだ」
「ヨルヤ・ゴノウエです。よろしくお願いします」
「……ヴェラ・ルーシー、よろしく」
イシガミとは……まさか石上か? 日本人召喚者の末裔なのかもしれない。
初めは目つきが鋭く怖い印象を受けたが、話してみると普通だった。
まぁ少しぶっきら棒な感じがするが、警察の人間ならそんなもんだろ……と思っていたら、本当の意味で世界警察の人間だった。
「よろしくやる必要はない。お前達は俺に情報を渡し、ここで待っていろ。ダヴィド・イシルスは俺が捕縛する」
なんといきなりの拒絶。拒絶というか、もしかしたら俺達の身を案じて……という可能性もあるが、その言い方だと俺はまだしもヴェラは……ほらやっぱり、オコである。
横目でヴェラを確認してみると、まぁ不機嫌そうな表情を浮かべていた。
しかしジャッジに手を出すのはマズいだろう。こいつらは組織に守られている、冒険ギルドよりも大きく力のある組織に。
「ここで待ってろですって? 冗談じゃないわ、友達の命が掛かってんのよ」
「それも含めて俺が対処する。お前達は手を出すな」
「偉そうに……そもそもアンタ達が何年も放置しているからこうなってんじゃない」
「放置などしていない。そもそも俺はジャッジだ、自ら犯罪者を探し歩いたりなどしない」
「だからあたし達が探し歩いて見つけてやったのよ! 今さら現れて指図すんなっ!」
「うるさい女だ……犯罪の取締り、罪の審判、刑の執行は世界警察の役割だ。引っ込んでいろ」
いや探し歩いたのは俺なんだが。なんてツッコんでやりたいが、今のヴェラにツッコんだら怒りの矛先が俺に向く。
もう誰が聞いても、誰が見ても分かる、この二人の相性は最悪だ。
このまま続けさせたらヴェラが爆発してしまう。なんとか止めさせなきゃないのだが、この二人に割って入る力は俺にはない。
そのため俺はクルーゼに目を向けた。お前が連れて来たんだ何とかしろ……といった目で彼の事を睨んだ。
「コ、コンラード。そう言わないで、義兄さんの顔を立ててくれよ……」
「俺はこいつらの身を案じて言っている」
「自分の身は自分で守るわよ。アンタなんかに心配されるほど弱くないわ!」
「お、俺も自分の身は自分……の護衛が守ります!」
「……なら勝手にしろ。ただ邪魔だけはするな」
一先ず穏便に? 話し合いを終えた俺達は情報の共有を図った。
ラリーザの事や工房での事を話すと面倒になりそうだったので、上手いことダヴィドの情報だけを二人に伝えていく。
ブラク商会に辿り着いたとはいっても、俺はどこにあるのかも分からなければ、奴らがどれほどの戦力を整えているのかも分からない。
まさかダヴィドも商会で普通に働いている……なんていう事はないだろう。上手いこと隠れながら用心棒的な事をしているはずだ。
「ブラク商会……そこにも世界警察の調査は入っているはずだが、ダヴィドの話は聞いた事がない」
「見落としているだけなんじゃないの? だとしたら職務怠慢ね」
「……まさかブラク商会が出てくるとは……」
「クルーゼさん? なにか知っているんですか?」
コンラードとヴェラの事は放っておいて、ブラク商会の名前を出した時から難しい顔をしているクルーゼに話を聞く。
クルーゼは新聞記者なので、そこらの人間よりたくさんの情報を持っている。それこそブラックで有名な商会なんて、出版社の恰好の的だろう。
「ブラク商会。表向きは馬車販売を商いとしている普通の商会なのですが、おかしな点がいくつかあります」
「販売商会? 運行って聞いてたんですが、御者の求人も出してましたし……おかしな点って、ブラックな所とかですか?」
「それもありますが……ブラク商会から馬車を購入した、走っている所を見た、なんて話は一度も聞いた事がないんですよ」
「えっと? じゃあどうやって商会を維持してるんですか?」
馬車なんてそんなポンポンと購入する物ではない。個人が買うなんて事はあまりないだろうし、買うとしたら仕事に使う者だけだろう。
馬車には購入した商会の刻印が押されるのが一般的らしい。その刻印された馬車が走れば宣伝になるので、刻印がない馬車というのは逆に珍しいのだ。
だから購入したメーカーの話は普通に聞こえてくるはず。販売会社として店舗があるのに、そのメーカーの車が全く走っていないというのはおかし過ぎる。
しかしワザワザ理由を調べようとする者はいない。商業ギルドなら台帳などは確認するだろうが、工房で見た感じいくらでも改竄できそうだったし。
疑問を持っても、せいぜいが噂する程度。だがクルーゼ達のような商いをしている者達にとっては、その限りではない。
「私達は最初、ブラックな環境という事を記事にしようと調査したのですが……販売商店なのに全く販売していないという事が最初に分かりまして……」
「それがどうした? 馬車が売れない、だから走っていない、別におかしくはない」
「……なぜブラックで有名なのか、分かるかい? 仕事が忙しいらしく、過労死者を何人も出しているんだ」
「それがどうした? 売れないから働く、そして疲れて死ぬ、別におかしくはない」
「コンラード、後でちょっとお話しようか? 義兄さん少し心配になってきたよ……」
売れないから働く、そして過労死というのは暴論だが、理解できなくはない。
しかし売れていないのに商会が維持できる訳がない。馬車販売の他に収入源があると考えられる。
「ブラク商会には他に収入源がある、そう睨んだ我々は調査を進めたのですが……」
「なんだ? これ以上は関わるなと脅されたか?」
「その通りだよ。担当者が強面の男達数人に囲まれて、酷い暴行を受けた」
「ふむ、いい情報だ。敵は複数、ダヴィド以外にもいるようだな」
「コンラード、後でちょっとお話しようか? 義兄さん凄く心配になってきたよ……」
やはり危険な商会のようだ。まぁダヴィドの他にも、あんなヤクザっぽい奴がいる商会が危険じゃない訳がないが。
それにコンラードではないが、ダヴィドの他にも用心棒的な奴がいる事が分かった。
「まぁ、その担当者というのが私なんですけどね」
「なんだと……?」
「でも大丈夫、骨を数本折っただけだから。ともかく、私は家族の事もあって、関わる事を止めたんだよ」
「あの時か……! 義兄さんが暴走馬車に轢かれたと聞いた時は、なんてトロくさい義兄なのだと思ったが……そんな事情があったとは」
「コンラード、もう少し優しくなろうよ? 義兄さん泣きそうだよ……」
「そういう時は世界警察に通報しろ。俺もいたのに、なぜ黙っていたんだ」
「迷惑を掛けたくなかったからね……」
「なにを言う? 義兄さんがお姉ちゃんと結婚した事が、一番の迷惑だった」
「コンラード、君は相変わらずシスコンなんだね……」
黙って二人の話を聞いていたが、そろそろヴェラが限界のようである。
コンラードがシスコンとか、ちょっとベンセルと同じく憎めない奴的な雰囲気を出し始めたが、それは今どうでもいい。
「それでっ!? その後はっ!?」
「急に大声を出すな、うるさいぞ」
「うっさい! シスコンは引っ込んでなさいっ!」
「……シスコンではない。お姉ちゃんが好きなだけだ」
それを世間一般的にシスコンというのだが、本当に今は引っ込んでいて欲しい。
フェルナやヒュアーナが攫われたかもしれない事を忘れていないだろうな? そんな和やかにシスコンの話なんかしている場合ではないのだ。
「す、すみません……それで、その時に調査して分かった事というのが、馬車の販売店舗の他に、もう一つ建物を所有している事が分かったのですよ」
「そこが、奴らの収入源に関係していると」
「確証はありませんが、恐らく」
「よし、その建物に向かう。案内……は危険だな、場所を教えてくれ」
クルーゼに建物の情報を聞いた俺とヴェラ、コンラードの三人はその場所へと向かい出す。
クルーゼはバドス商会で待っていてくれるとの事だったので、護衛を一体追加召喚して万が一に備えた。
クルーゼとの別れ際、もう一つのブラク商会についての不審点を聞かされたのだが、それが何に繋がるのかは分からなかった。
「後もう一つのおかしな点というのが……借金をしている者ほど、ブラク商会と接触しているという事です」
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