【2ー30】人を隠すなら人の中……とはよく聞くけど
真夜中の冒険ギルドは、傭兵ギルドほどではなかったがそれなりに騒がしかった。
酒場が併設されているせいか、冒険者の数は多い。これなら一人くらいは有力な情報を持っているかもしれない。
とはいっても冒険者の知り合いなんてヴェラしかいないので、一先ずはギルドの受付に進んだ。
「すみません。ヴェラ・ルーシーさんと連絡って取れますか?」
「ルーシーさんでしたら先ほど顔を出されましたが、今日はお帰りになられたようですよ?」
「えっと、ですから連絡……なんか通信魔法みたいなのってないんですか?」
「はい? つーしん魔法……? それはどんな魔法なのでしょうか?」
ダメ元で聞いてみたが、やはりないのか。電話なんてのもある訳ないし、連絡については本当に苦労する世界だ。
この世界の主な連絡手段は手紙によるやり取りである。魔力や魔石が存在する為か、電気がない。
電気関連の分野については未発達。電気がなければ電波もないと思われるので、それを使った通信技術なんて確立されていないだろう。
頼みの綱である異世界召喚者は十代ばかりなので、そういった知識や技術もあまり伝えられていないのだ。
しかしなんと言うか……魔法が発達している世界なら、魔法を使った通信技術とか確立されていてもいいと思うのだが。
「ルーシーさんは毎朝ギルドに顔を出されますので、明日の朝にいらしてはいかがでしょうか?」
「……そうですか、分かりました」
これ以上は受付さんに縋っても無駄な様だ。こうなったら知らない冒険者に聞き込みをするしかない。
そう思った俺は酒場になっている区画に移動して、話しかけやすそうな雰囲気の者を探して……いる時に声を掛けられた。
「おぉ!? 珍しいな、ヨルヤじゃねぇか!」
「ん……? あぁそっか、お前達の事を忘れてたわ」
そこにいたのは青銅級パーティーの……えっと。
「誰の彼氏……えっと……ダレノガレ氏? だったか?」
「黄昏の獅子だ! 何回も教えただろ!?」
そこにいたのは青銅級パーティー、黄昏の獅子。
タゴナ率いる四人組の冒険者パーティーで、大量のゴブリンから逃げまどっていた情けない冒険者たちだ。
一応おさらいしておくと、リーダーの剣士タゴナに重戦士のチャドラ、魔術師のテトに紅一点で軽戦士のツァリである。
しかし黄昏って、比喩的に衰退という使われ方をしなかったか? 衰え始めた獅子って……いいのかそれで。
「あなた一人なの? あのピンクイケメンは?」
「あぁ、あいつなら田舎に帰ったよ。もう会う事はない」
「うげぇぇ……もう飲めましぇぇん……」
「お前っていつも嘔吐いてんな」
「先日は世話になった。お陰で五体満足で冒険者を続けられている」
「いえいえ、またのご利用を……ってそれどころじゃねぇんだよ」
空いていた椅子にドガリと座り込んだ俺は、ダヴィドの話と数年前まで在籍していたはずの冒険者の話をする。
ダヴィドは傭兵だし、辞めた冒険者の事なんて覚えていない可能性が高いが、一縷の望みに掛けた質問だった。
「数年前って言われるとな……有名な奴ならまだしも」
「あぁ。それに冒険者を辞める奴は多い」
「傭兵が冒険者に近づくとか珍しいんですけどねぇ……あ~、気持ちわる……」
「…………」
やはりと言うか、数年前にやめた冒険者の事など覚えていないようだ。
そもそも数が多い冒険者、挫折や稼ぎが悪く辞めていく者も多いらしい。
傭兵と冒険者の交流もほとんどないようで、ダヴィドという傭兵の事も聞いた事がないとの話だった。
明日までヴェラを待つしかないか……そう思った時、ツァリが反応を示した。
「……ねぇ、もっかい名前を言ってみてくれない?」
「ダヴィド・イシルスだ」
「ダヴィド……イシルス……」
「なんだツァリ、もしかして知ってんのか?」
何かを思い出すかのように、頭に手を置き考え込むツァリ。俺達は邪魔をしないように黙っている。
時間にして数十秒。何かを思い出したかのようにハッとした表情を見せたツァリは、なぜか少しだけ興奮気味に話しだした。
「……そうだ、思い出したわ。いつだったか、すっごい綺麗な冒険者がいたのよ」
「綺麗な冒険者……それで?」
「あまりにも綺麗だったからさ、興味が湧いて色々と聞いたのよね。肌のケアとか」
「お前にもそういう事を気にしていた時代があったのか……」
茶化すタゴナを殺気の籠った目でツァリが睨む、それを受けたタゴナが目を逸らす。
しばらく睨んでいたツァリだが、溜め息を吐いた後に再び話を再開した。
「それで、結構話すようになったんだけど……気が付いたらさ、いなくなってたのよ」
「いなくなってた……?」
「全く冒険ギルドに来なくなったの。ギルドの職員に聞いても分からないって言われたわ」
「分からないって……辞めたのなら辞めたって言うよな?」
タゴナの言う通り、単純にギルドを辞めたのであれば職員も把握しているだろう。
分からないという事は、誰にも何も言わずに急に来なくなったのか、それともギルドが来なくなった理由を隠しているのか、どちらかだろう。
「鉄級だったはずだから、テトと違って優秀な魔術師だったんだろうし。なんで辞めちゃったんだろ」
「悪かったですね! 優秀じゃなくうげェェェェっ」
「お、おい吐くなよテト!? チャドラ、雑巾もってこい!」
「断る。嘔吐物など見たくも触りたくもない」
男どもが騒ぎ出すが、俺は何かが思い出せそうな、何かが引っ掛かってる気がして頭を捻っていた。
そして何かが思い出されようとした時、ツァリの次の言葉が答えへと導いた。
「それでね。その人の名前がイシルスなのよ。確か……ラリーザ・イシルス」
「ラリーザ・イシルス……!」
頭の中に、すっげぇ美人な魔術ギルドの受付嬢の顔が浮かび上がった。
何かがずっと引っ掛かっていた。恐らく、クルーゼからダヴィドの本名を聞いた時からなのだろう。
元冒険者で、魔術師で、ダヴィドと同姓、そしてすっげぇ美人。
ダヴィドと接触していた冒険者というのがラリーザとは限らないが、これらの情報からまず間違いないだろう。
「ありがとうツァリ。助かったよ」
「いいのよ。その代わり、今度またピンクイケメンに会わせてよね」
「ランダムの奇跡を祈っておいてくれ。じゃあ俺は魔術ギルドに行って来る」
「魔術ギルド? 魔術ギルドなんてとっくに閉まってるわよ? あそこの連中はみんな定時で帰るから」
なんて、出鼻を挫かれてしまったが、閉まっているギルドに行ってもどうしようもない。
俺は逸る気持ちを抑えながら、一旦ベンセルが待つバドス商会に戻った。
――――
そして翌朝、一睡もしていない俺は魔術ギルドの入口付近でラリーザの事を待っていた。
念のためにベンセルにはジャッジの事を話している。昼前には来るはずなので、俺が戻らなければ対応を頼むと言っておいたが……すげぇ嫌そうな顔をしてたな。
クルーゼの紹介なため、時間までには戻ろうとは思っているが……何が起こるか分からないし。
そしてついに、ラリーザらしき人物がギルドに向かって来るのを確認する。
相変わらず顔が隠れるほどの大きな帽子を被ったラリーザは、俺の姿を確認したのか数歩離れた場所で立ち止まった。
「ラリーザちゃん、おはよう」
「……おはようございます」
「ちょっとお話しできませんか?」
「申し訳ございませんが、これから仕事がございますので」
人の目があるためか本来の口調ではなく、小声でミステリアスな雰囲気を醸し出しながら話すラリーザ。
止めた足を再び動かし、俺とすれ違う。すれ違う際に小声で見当違いな事を言ってきた。
「朝早くからナンパですか? また終業後に来てくれると嬉しいな?」
そう言って軽く微笑んだラリーザは、そのまま商会の中に入って行こうとする。ナンパ男に対するあしらい方として完璧だろうが、今回はナンパではない。
「ダヴィド・イシルスについて聞きたいんだ」
「――――っ」
肩をビクっとさせたラリーザは、ゆっくりと振り向いた。
表情は隠されていて見えないが、焦っている様子がヒシヒシと伝わって来る。
その様子で確信する。間違いなく、ラリーザはダヴィドの事を知っていて、接触していた冒険者とはラリーザの事だろう。
「……ヨルヤ君、もしかして世界警察の関係者?」
「いや、ただの御者だよ」
「……裏手で……話そうか」
その言葉に頷いた俺は、ラリーザに続いて魔術ギルドの裏手に向かう。
裏手についたラリーザは帽子を取り、前回と同じように帽子をどこかへ収納した。
以前、ここでお昼ご飯を食べた時とは違って、重苦しい空気が二人の間に流れていた。
「相変わらず綺麗だな」
「……ごめん。今は余裕ないかな」
「そうだよな、ごめん。それで、ダヴィド・イシルスの事なんだけど」
俺はラリーザにダヴィドの事を話した。
帝国の傭兵であり、数年前に王都に来たという事。王都に来てから、とある冒険者と接触をしていたという事。
ダヴィドが逃げてきた事とか、フェルナ達の話は省いた。俺が聞きたいのは、ダヴィドと接触したラリーザなら、彼の居場所を知っているのではないかという事だ。
ラリーザは俯きながら俺の話を聞いていた。一通り話を聞いたのち、俯いたまま言葉を発し始める。
「……ダヴィドと接触していたという冒険者は私だと思う」
「…………」
「あの人と私は……異兄妹なんだよ。父が同じで、母が違うの」
「異兄妹……」
話を聞くと、兄妹ではあるが関りはあまりなかったそうだ。お互いの存在を知っており、小さい頃に何度か顔を合わせた事がある程度の付き合いだったらしい。
その男が数年前、突然ラリーザの元を尋ねて来たと言う。
「あの人は会うなり、金を貸せだの家に住まわせろって言ってきた」
「……それで?」
「いくら血を分けた兄妹といっても、何年も会ってないし連絡も取ってなかったんだよ? 流石に無理だって断ったんだけど……」
しかしダヴィドは引かず、強引にラリーザの家に転がり込んだという。
冒険ギルドにも平気な顔をしてやって来て金をせびってくるようになり、辟易していたある日、冒険ギルドの幹部職員に言われたそうだ。
「ダヴィドと関わるなって。その後で異兄妹だという事と、家に転がり込まれている事を伝えると、冒険者を辞めてしばらく身を隠せって言われちゃった」
「ダヴィドの噂をギルドが把握したって事か? それで辞めたのか……」
「世界警察の調査が入ったらしいの。ダヴィドの事、ダヴィドを匿いそうな人物の事を、色々と調査されたんだって。その時に、ダヴィドの噂も聞いたの」
世界警察の調査が入り、冒険ギルドはラリーザを守るために冒険者を辞めて身を隠せと言った。
身内であり、不本意でも匿っているという事実を世界警察に知られれば、ただでは済まない。
世界警察とはそういう組織だと。事実が全てであり、情状酌量の余地などない。ましてや大犯罪者を匿っていたとなれば、どうなっていたか想像もしたくない。
「ギルドに言われた通り、私は王都を出て数年間身を隠した。王都に戻ってきたのは、つい先日なんだよ?」
「なるほど……でもどうして戻ってきたんだ?」
「資金が底をついて、働かなきゃなくなったの。働き口の問題もあるけど、人が多い王都の方が安全かと思ってね」
「豪胆なのかなんなのか……」
人は多いが世界警察の数も多いだろうに、それにダヴィドがまだいるかもしれない。
世界警察が数年前の事件にまだ力を入れているのかは分からないが、ダヴィドがいる可能性のある街に戻ってくるというのは中々だぞ。
「というのは半分冗談で、半分は本気。資金がなくなりかけていた頃に、私に逃げるように言ってくれた冒険ギルドの人が魔術ギルドを紹介してくれたの」
「なるほどな。でもラリーザは美人だし、目立つだろ」
「ん~大丈夫じゃないかな? 帽子で顔を隠してるし、この帽子には魔術ギルド特製の認識阻害の魔法が付与されているから」
「認識阻害……?」
「私の事をちゃんと認識しようとしないと、私の存在に気が付かないの」
そんな不思議な帽子だったのか、ただのデケェ帽子なんだと思っていた。
ともあれ事情は理解した。ラリーザには嘘を吐いている雰囲気もないし、言っている事に矛盾点はない……と思う。
正直な話、ダヴィドと同姓、そして異兄妹だと聞いた時はラリーザの関与を疑った。
バドス商会の事に、フェルナたちの事。とりあえず彼女の事は信じていいと思う、なんて言ったって美人だし。
「大変だったんだな……でも良かったよ」
「ん? なにが?」
「ラリーザが関与してなくて。あともちろん、ラリーザが無事で」
「……よく分からないけど、先に無事を喜んで欲しかったかな? ちょっとマイナスかも」
どうやら俺の言葉がお気に召さなかったようだが、ようやっと笑ってくれた。やっぱり美人には笑顔が似合うよ。
ラリーザに笑顔が戻った所で、俺はいよいよ本題の話をする。ダヴィドの居場所、身を寄せている所に心当たりはないかと。
数年間も王都を離れて身を隠していた彼女に、どれほどの情報があるのか分からないが……今頼れるのは彼女しかいない。
お読み頂き、ありがとうございます




