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【2ー27】馬鹿な子ほど可愛い?

長いです






「おはよ~……」


 フウドナーから戻った、次の日の朝。


 本日はヒーメルン行きの馬車を運行予定である。中々にタイトなスケジュールだが、俺が無理を言ってヒュアーナとフェルナに設定してもらっていた。


 戻ってすぐに馬車の状態の確認作業を行うため、睡眠時間はほとんどない。しかし眠々打破ギフトがあるので、今の所は居眠り運転なんてしていない。


 二人は休日を入れようと提案してきたが、二十日間で数百万を稼がなければならないのだ。


 いま無理をしないでいつするのだと、二人を説得している。



「ヨ、ヨルヤさん……」

「ん……? どした?」


「目が虚ろですよ……? それに、すごく体調が悪そうです」

「あ~まぁ少し眠いかな? でも大丈夫だよ……眠々打破」


 ギフトを使用すると、スッと眠気が吹き飛んだ。気分爽快とまではいかないが、このくらいなら運行するのに問題ない。


 さぁ今日も張り切って……と思った瞬間、再び睡魔が襲ってきた。



「あ、あれ……? 眠々打破っ」


 再度ギフトを使用して眠気を吹き飛ばそうとするが、少しだけ目が覚めた様な気がするだけで眠気がなくならない。


 ギフトが効果を発揮できないほど眠いのだろうか? 今の眠々打破ギフトのレベルは1。今の俺の睡魔に抗うにはレベルが低いのかもしれない。


「今日は休んだ方がいいですよ! フラフラじゃないですか!?」

「いやでも……客の予約が……」


「……すみませんヨルヤさん。ハッキリ言いますよ? そんな状態で馬車を運転して、何かあったらどうするんですか?」

「…………」


 フェルナの言う通りであった。例えば事故ったりすれば、客だけではなく商会にも迷惑を掛ける事になる。


 実は御者が体調不良で……なんて事になれば、そんな状態で仕事をさせている商会は非難され客は離れていく。


 体調管理は運転手の立派な仕事だ。いくらここが異世界で不思議な力があるとは言っても、体調不良の運転手が操縦する車ほど恐ろしいものはない。



「ね? 今日はお休みしましょ? お客様には説明をしておきますから」

「……そうだな、悪い――――」


「――――話は聞かせてもらったぜ!」


 フェルナの言う通りにしようと思った時、頭に響く大声が商会内に響き渡った。


 声の主はベンセル・クレーデル。フェルナの婚約者が腕を組んで、商会のど真ん中で仁王立ちをしていた。



「……ベンセル、朝から大きな声を出さないで。あと忙しいから後にして、帰って」

「か、帰ってって……婚約者に向かって……ここが俺の家みたいなもんだろ……?」


「ねぇ本当に後にして? ヨルヤさんを休ませて、お客さんに説明しに行かなきゃならないんだから」

「そ、そうそれだよ! 御者がいなくて困ってるんだろ? 御者ならここにいるぜ!」


 そう言いながら親指で自分の顔を指さすベンセル。自信満々な表情で、自分は御者であると宣言して見せた。


 確か他商会に御者の修行に出ているとの話だったが、修行が終わったのだろうか?



「御者……? ベンセルが?」

「そうだぜ! お前と商会のために修行に出ていた事は知ってるだろ?」


「……御者のジョブギフトを授かったの?」

「いやまぁ……その……」


 どうやら御者ギフトは授かっていないっぽい。まぁギフトがなくても御者は出来るだろうが。


 不思議なもんで、御者ギフトがあるとないじゃ馬車運行への影響が段違いなんだよな。


「さ、授かったは授かったんだけど……」

「なに? 早くしてよ」


「その……整備士だったんだよな」

「整備士……?」


 聞くと全く関係ないギフトと言う訳ではなく、馬車などの整備を行えるジョブギフトらしい。


 まさかそっちとは。乗り物に乗るのではなく、乗り物を直す方か。



「……ベンセル、あなた御者の修行に行ってたんじゃなかった?」

「いやそうなんだけど! せんっぜん手綱に触らせてもらえなくて、馬車の整備ばかりやらされてた!」


「やらされてた! じゃないでしょ!? なにしに行ってたのよ!?」


 ここにもキリールのような被害者が……もうちょっと若者の指導に力を入れないと、俺が元いた業界の様に高齢化問題が勃発するぞ。


 まぁしかし、そういう事ならベンセルに任せる訳にはいかない。


 もちろんジョブギフトが全てではないが、今の彼に定期馬車を任せるというのは色々と問題がある。



「でも大丈夫だ! 御者の勉強はずっとしてきたから、経験がないだけで知識はしっかりある!」

「それ現場では役に立たねぇ奴の代名詞じゃんかよ……」


「なんだよ!? 俺はこの商会を助けようと提案してんだぜ!? ドタキャンは印象悪いだろ!?」


 確かに印象は悪いだろうが、無理に出発させる事で何か問題が起こった方が印象が悪くなってしまう。


 俺とフェルナがそれを説明しようとした時、別の声が商会の外から聞こえてきた。



「この馬鹿。あんたヨルヤとフェルナが頑張ってここまで戻した商会を潰すつもりなの?」


 声がした方に目を向けると、そこにいたのは苛立ちを隠そうともしていない護衛のヴェラだった。


 今日は護衛の依頼を出していない日だが、なぜヴェラがここにいるのだろうか?


「案の定ね……様子を見に来て良かったわ」

「様子って、俺の? 心配してくれてたの?」


「……別に」

「ほぉ……」


 デレた、こいつ今デレた。恥ずかしそうに視線を逸らすの仕草が、それを物語っていた。


 わざわざ休みの日に様子を見に来るなんて、もうデレッデレじゃないか?


「昨日、死にそうな顔してたから。アンタに死なれちゃ困るの、あたしの稼ぎがなくなるわ」

「(にやにや)」


「な、なにニヤニヤしてんのよっ!? キモい! 死ねっ!」

「いま死なれちゃ困るって言ったばかりじゃねぇかよ……」


 なんて二人を放ってヴェラとイチャつき? 始めると、我に返った様子のベンセルがヴェラに詰め寄った。



「馬鹿って俺の事か!? 急に来てなんだよお前は!?」

「うるさいわね……もう少し静かに話なさいよ」


「俺はヨルヤの代りに御者をして商会を助けようとしただけだぞ!? なんで馬鹿なんて言われなきゃないんだ!」

「アンタには務まらないって言ってんのよ」


 今度は俺とフェルナが蚊帳の外に置かれ、ヴェラとベンセルが言い合いをし始めた。


 一方的にヴェラが口撃しているようにしか見えないが、ヴェラが全てを言ってくれそうなので様子を見守る事にする。



「ヨルヤだからあの結果なのよ。今のアンタが操縦する馬車なんて、並以下だわ」

「た、確かに俺はギフトを授かってないけど、誰がやってもそんな変わらないだろ!」


「変わるわよ馬鹿。アンタは御者としても並以下。それにアンタは、それ以外の事もダメダメじゃない」

「それ以外の事ってなんだよ!? 御者に必要なのは運転技術だけだろ!?」


「それは他の商会での話。アンタに馬を用意できるの? 護衛は? 言っておくけどあたしはヨルヤの護衛しか引き受けないわよ?」


「ほぉほぉ」

「おいそこっ! ニヤニヤするな! ちょっと言い間違っただけよ!」


 その後もヴェラの口撃は続く。徐々にベンセルの口数が少なくなっていき、俯き始めた。


 ベンセルに定期馬車を任せられない物理的な理由が、ヴェラの言った通り従馬だ。


 従馬は一日で消えてしまうため、俺がいないと再召喚が行えない。普通の馬の手配は金もかかるし厳しいだろう。



「ともかく、そういう事よ。助けようとする意志は立派だけど、今のアンタには何もできない。商会を助けたいなら、今は大人しくしておきなさい」

「…………」


 言い終わるとヴェラは商会を後にしようとした。


 俺は慌ててヴェラの事を追いかける。ベンセルの事はフェルナが上手くやってくれるだろう。



「ヴェラ」

「……なによ? 寝てなさいよ」


「ありがとな。わざと悪役になってくれたんだろ?」

「……なに言ってるの? あまりにも考えなしの馬鹿だから黙っていれなかっただけですけど」


 ……あれ? なんかマジっぽいな。表情を見るに、マジで馬鹿なベンセルに黙っていれなかったっぽいんだが。


 いやそんな事はない。ヴェラは俺と商会の事を心配して、わざと憎まれ役を買って出てくれたのだ。


 本来なら俺が言わなきゃなかった事を、今後の事を考えてくれたヴェラが代わりにやってくれた……んだよな?


 順調にヒロイン化してきている。ツンデレヒロイン爆誕までそう遠くなさそうだ。


「だからニヤニヤするなってのっ! このばかっ!」


 馬鹿という言葉すら、ベンセルに言った時より柔らかかった気がするし……いや、気のせいか?




 ――――




 運行を取りやめた日の夜。


 ガッツリ休ませてもらった俺は、本来の寝床に戻ろうとしていた。


 王城に顔を出さないと日給が貰えないからな……なんて考えて商会を出ようと歩いていると、商会の入口付近の壁に寄りかかって座り込んでいるベンセルの姿が目に入った。


 まさに意気消沈。それを体現しているかのような態勢と雰囲気だ。



「……ベンセル」

「あぁ、アンタか。さっきは……というか最初からか、色々と悪かったな」


 まさかベンセルの口から謝罪が出てくるとは思わなかった。


 ヴェラに色々と言われた事が、相当効いたようだ。


「俺は遅かったんだな……アンタがいなけりゃこの商会は潰れてた」

「…………」


「俺は他の商会で馬車を整備していただけ。今さらノコノコ現れて、アンタが救ってくれた商会をぶっ壊す所だった」


 そういうベンセルだが、この商会を助けたくて色々と行動したのだ。


 修行に出ていたのだって、俺の代わりに御者をしようとした事も。


 馬鹿なクソガキなのかもしれないが、そこは否定してはいけないだろう。



「なぁベンセル。お前って馬車の整備が出来るんだろ?」

「ん? あぁ、得意だよ。それだけはな」


「ならこの商会のために、馬車の整備を請け負ってくれないか? 俺とフェルナだけじゃ厳しくてさ」

「俺でも……役に立てるのか?」


 そこでやっと顔を上げたベンセル。


 俺は彼の目を見ながら、続けて話していく。


「お前にしか出来ない事だ。この商会のためにも、フェルナのためにもお願い出来ないか?」

「フェルナの……や、やるぜ! 完璧に整備してやるぜ!」


 拳を握りながら立ち上がり、力強い目となったベンセル。


 ベンセルが整備士として力を貸してくれるなら、俺は真夜中に馬車の確認作業をする必要がなくなり、運行にも好影響だ。


 そしてもう一つ。今日の騒動で考えさせられた事……若者への指導である。



「あとお前、明日から俺の運転する馬車に御者見習いとして同行しろ」

「御者見習い……?」


「お前はこの商会の御者になるんだろ? 俺がいなくなっても、お前がフェルナ達を助けていけるようになれ」


「ほ、本当か!? 本当に教えてくれるのか!?」

「まぁ、教えられるかどうかは分からないけど……近くで見れれば勉強にはなるだろ」


「あ、ありがてぇ……! じゃあよろしく頼む……じゃなくてお願いしますっ! アニキ!」

「アニキ……?」


 目を輝かせ、俺をアニキ呼ばわりし出した。


 まぁいいか……俺って一人っ子だから、姉か妹が欲しかったところだ。出来れば妹が良かったが。


 それよりさっそくだが一つ、さっきから気になっていた事を弟に質問せねばなるまい。



「……それよりお前、その頬の手形はなんだ?」

「あぁ……婚約者だし、一緒に寝ようとして布団に潜り込んだら叩かれました。そんで説教くらったっす」


「……お前まさか、それがあったからここにいるのか?」

「え? そうっすけど」


 ほんと、憎めない奴だ。あんな事があった日の夜によく潜り込めるな。


 どうやらヴェラの攻撃は全く通じてなかったらしいが、フェルナに説教されて猛反省していたようだ。


 さすが、調教師フェルナ・バドス。この商会の未来は明るいな?


お読み頂き、ありがとうございます

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