【2ー24】影差す未来
「それではみなさん、ありがとうございました」
「クルーゼさん、ご乗車ありがとうございました」
ヒーメルンに一泊し、王都ハイルオールに戻ってきた。帰り道は休憩も少なく昼食も馬車内で行ったので、かなり早い時間で戻る事が出来ていた。
客は事情を知ってるクルーゼだけだったので、帰り道はそれなりなスピードで馬車を走らせてみたのだが。
やはり従馬は問題ない。しかし馬車の状態は調べないといけないな、次回の走行中に壊れでもしたら大変だし。
「じゃああたしも帰るわ」
「お~、ヴェラもありがとうな。またよろしく頼むよ」
「えぇ。でも早めに予定を伝えてくれないと、いない事もあるから気を付けてよ?」
「分かった。早めに連絡する」
じゃあまた……そう言ってヴェラとも別れた。二日間に渡る護衛だったので10万の護衛料となったが、乗車料が入っているので問題ない。
この感じで定期馬車を運行していけば、バドス商会も盛り上がりを取り戻していく事だろう。
「じゃあ俺達も戻ろうか? ちょっと話したい事もあるし」
「話したい事ですか?」
「うんまぁ、ヒュアーナさんも交えて話すよ」
そして俺達もバドス商会へと戻った。戻った途端にヒュアーナに大層驚かれたが、事情を説明すると半信半疑の様子だったが一先ず納得してくれた。
そして俺は二人に今後の運行についての話をする。
俺が走らせる馬車は、ギフトの恩恵で他の馬車に比べて格段に早く目的地に到着する事ができること。
馬車の乗り心地が快適になるという副産物もあるが、これはまぁ特に問題視はしていない。
問題なのは到着時間の常識を変えてしまう事だ。バドス商会の馬車は早いと認知されれば、それを求めて客が殺到するだろう。
それに応えられれば問題ないが、応えられなかった場合は期待と落胆の差で一気に客は離れていく。
俺は正直に、いずれは独立するつもりだと話した。それがそう遠くない話だという事も。
「「…………」」
二人は考え込む。俺がいると相談しづらいかと思って、俺は二日間に渡って客を乗せた馬車の様子を見てくると言い、二人の元を離れた。
簡単なチェックではあったが、馬車は特に異常なし。あとはフェルナに最終チェックを行ってもらえば完璧だろう。
時間は僅か十数分だったが、俺は二人からの視線を感じたため二人の元へ向かった。
そして椅子に座るとすぐに、ヒュアーナから告げられる。
――――ヨルヤさんの、お好きなようになさって下さい。
投げやりな感じで言われた訳ではなく、真剣にそうヒュアーナに言われた。フェルナの表情も真剣であり、適当に考えたという訳ではなさそうだ。
「そもそもこの商会は、ヨルヤさんに助けられたのですから」
「助けた……ですか? まだこれからでしょう?」
「いいえ、助けられたのです。あの日、ヨルヤさんが来なければ、数日でこの商会は終わっていました」
冗談でも、大袈裟に言っている感じでもなかった。この話はヒュアーナしか知らず、フェルナも聞かされていなかった話らしい。
借金の話はもちろん知っていたが、商会が終わる……なんていうのは寝耳に水だったようだ。
「この商会、かなり危なかったんですよ」
「いやそれは知ってます。というか今だって危ないでしょ」
「ヨルヤさんが来る少し前に通知が来てまして、あと二日ほどで借金の一部でも返済できなければ、馬車が差し押さえられていたんです」
「そりゃ……馬車が押さえられたら終わりですね」
長く商業ギルドは借金の返済を待ってくれていた。利子のせいで少しずつ借金は膨らんでいったが、強引に取り立てられるなんて事は一度もなかったそうだ。
事業計画などを商業ギルドに提出し、それを理解してくれたギルドは待っていてくれたようだが……先日、ついに取り立てが入ったと。
「この商会はヨルヤさんに救われたのです。ヨルヤさんがいなければ未来なんてありませんでした」
「結構ギリギリだったんですね……俺、あの日たまたま求人票を見たんですけど」
「ですので、この商会の未来はヨルヤさんにお任せいたします。どんな未来、どんな結末が訪れようとも、私達は受け入れます」
「……そうですか」
「そ、そんな顔しないで下さいよ! 押し付けちゃって申し訳ないですけど、ヨルヤさんなら大丈夫です! それに、以前より悪くなるなんてあり得ないですから!」
そう明るい感じで話を締めてくれたフェルナ。
前はほんとに酷かったよねぇなんて、ヒュアーナと砕けた口調で話し出す。
ともかく、二人と話せてよかった。一人でウダウダと考えて、勝手にバドス商会の未来を決めようとしてしまっていた。
しかもヴェラに指摘された通り、本当は自分の事しか考えていなかったというダメっぷり。
あそこで気づかされて本当に助かった。
俺は決めた。俺は俺が出来る最善を尽くして、未来ではなく今の二人を笑顔にする事だけを考えればいい。
「じゃあ明日からも、最善を尽くして働きますか!」
「「はいっ!」」
「ではヒュアーナさんは引き続き商会の運営と、客の申し込みに対応してください。フェルナは売り上げの確認と、いくら返済に回せるか計算して」
「はい! 分かりました!」
「…………」
「俺は備品の補充と、あと借金の返済は道中危ないから俺が……ってヒュアーナさん? どうしました?」
元気よく返事をするフェルナとは対照的に、ヒュアーナは返事をせずキョロキョロと視線を彷徨わせるだけだった。
なにか言いたい事があるのかと聞くと、言いづらそうに話し始める。
「あの……まだ女王様プレイの予約が二件ほど……」
「アンタも女王様だったのかよ!? だっとというか現職かい!? というかもう辞めて、こっちに専念してくださいよ!」
親子そろって女王様とは、なんなんだこの商会は。
確かにヒュアーナもフェルナも美人だ。いま俺が思う事は、Mじゃなくて良かったという事。
もし俺がそっちの人なら、独立などせずにこの商会に留まった事だろう。
――――
それから数日。新聞掲載の日も決まり、次の定期馬車への客の応募もある。そんな全てが上手くいきかけていた時の事。
俺は商業ギルドに借金の一部を返済しに訪れていた。
一部でも返済しないと馬車を差し押さえるとの通知があったそうなので、ギルドに返済の意志ありを伝えるために来ていたのだが。
「バドス商会が商業ギルドに借金をしている事は事実ですし、書面で返済について通知した事はありますが……馬車の差し押さえなんて通知は出していませんよ?」
そんな事を、商業ギルドの担当者から聞かされた。
別の者が通知したのではないかと聞いても、そんな記録はないの一点張り。嘘を言っている様子も全くないし、そもそも嘘を吐く理由がない。
「じゃ、じゃあどこからの通知ですか? 借金は商業ギルドにしかしていないと聞いていますが……」
「そう言われましても……少なくとも、商業ギルドは通知しておりません」
それを聞いた俺は、借金の返済処理を一時中断し、急いでバドス商会へと戻った。
今日は通知にあった馬車差し押さえの日。朝早くから商業ギルドに訪れていたため、当日であっても問題ないと思っていたのだが。
もし通知した者が商業ギルドの者でないとすれば、別の誰かが今日バドス商会にやって来るという事になる。
嫌な予感がした俺は、従馬を召喚し猛スピードでバドス商会へと向かう。
そしてその嫌な予感は、悪い事に的中してしまった。
バドス商会に着いた時、商会の中から叫び声と何かが割れる音が聞こえてきたのだ。
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