【2ー22】考えすぎず最善を尽くせ
「ご乗車ありがとうございました。ヒーメルンに到着です」
あの休憩地を出発後、特に何事もなくヒーメルンへと辿り着いた。
夜道であっても問題はなく、予定通りの時間でヒーメルンへと到着する事ができていた。
客が馬車から降り、荷物を渡してお見送りを行う。往復運行ではないので、ここで彼らとはお別れだ。
このように快適で早く到着する馬車は初めてだと、みな口々に賛辞を述べてくれた。
とりえずこれで、初運行は終了だ。俺個人としては色々と考えさせられた運行ではあったが、客的には何の問題もなかったと思う。
「あの、ヨルヤさん。最後のあれ、どうしてあんな事を言ったんですか?」
お客たちを見送り終わったフェルナが俺に、そう質問してきた。
最後のあれと言うのは到着後、俺が客に向けて言った言葉の事を指しているのだろう。
「まぁ……あまりさ、過大な噂が広まっても困るじゃん?」
客への挨拶後、俺は客たちに向けて今回の運行に関して説明を行った。
簡単に言えば、このように早く到着できたのは馬の調子が良く、たまたまであるという事。
次回の利用の際には野営が発生する事になると説明を行った。
今後は、そのように運行するつもりだ。極端に早く到着させる事は控えようと思っている。
本来ならわざわざこんな補足説明は行わないだろう。早く目的地に到着する馬車、そういう噂が広がった方が商会としてはいいのだから。
「半日でヒーメルンに到着するって噂が広がったらさ、到着できなかった時のクレームが怖いだろ?」
「は、はぁ、そうですかね? 別にいいような気もしますけど……」
そもそも定期馬車には時刻表がない。定期馬車は様々な状況によって、到着時刻なんて大きく変わってしまうのだから。
だから半日で着くとの噂が広がって、半日で着かなかったとしてもクレームなんてまず来ない。
半日で着くなんてのは、ただの噂だ。商会が確約しているのなら話は別だが、噂に対して文句を言う奴なんていないだろう。
だが噂は期待に繋がる。そんなもの、俺が抜けた後のバドス商会には足枷にしかならない。
噂を聞いて、期待してバドス商会の馬車に乗り、期待外れだと噂される。
噂は所詮、噂。不確かな情報は簡単に捻じ曲がり、期待外れの噂は曲解されていく。
バドス商会は嘘つきだ、バドス商会の馬車は遅い、バドス商会は落ちぶれた。そんな事を噂されないとも限らない。
「……なんだよ、ヴェラ?」
「別に……ただまぁ、アンタって色々と考え過ぎなんじゃない?」
フェルナと話をしていると、ヴェラが何とも言えない目つきで俺を見ている事に気が付いた。
実はヴェラは俺とクルーゼの話を聞いていたのだ。クルーゼが俺に接触を図った時、即座にヴェラは反応し駆けつけてくれていた。
まぁ雰囲気から問題ないと判断したヴェラは、物陰から俺達の会話を聞くに留まったようだが、盗み聞きとは趣味が悪い。
だが話を聞いていたのに考え過ぎとは、どういう了見だろうか?
「そりゃ考えるだろ? 俺の行動で、色々と変わってしまうかもしれないんだから」
「あたしが言ってるのは、考え過ぎていると何も出来なくなるわよって、そう言ってるの」
「じゃあ考えなしに行動しろってのか? それでマズい事になるのかもしれないのに、先の事を考える事がそんなに悪い事か?」
「そんなこと言ってないでしょ? 先の事ばかりを考えていると、今の事を考える余裕がなくなるわよ?」
「お、俺は、バドス商会の未来の事を考えて……」
「アンタが考えているのは、見据えているのはバドスの未来じゃなくて、自分の未来なんじゃないの?」
「――――っ!?」
何故かヴェラのその言葉が胸に突き刺さった。
俺はバドス商会の未来の事を考えているつもりだ。俺が抜けた後も上手くやっていけるようにと、今後は下手に力を出さない事で抑えるつもりだった。
俺のせいでバドス商会が困った事になるのは避けたい。俺がいなくなっても問題ないように、飛ぶ鳥跡を濁さずってやつだ。
俺が抜けた後に商会の評判が悪くなり、また落ちぶれていく事になったら嫌だ。そうならないために俺は動くんだ。
じゃないと俺は独立できなくなる……独立できなくなる……? くそっ、ヴェラの言う通りかよ。
「アンタは今できる最善を尽くすべきよ。手を抜いた先の未来なんて、たかが知れてるでしょ?」
「分かってるよ……! でもな、簡単に言うなよ!? これでも俺は……!」
「ちょ、ちょっと二人とも!? どうしたんですか? お、落ち着いて下さい!」
ヒートアップしそうになった時、フェルナが間に入ってくれて熱を引かせてくれた。
といっても熱が入っていたのは俺だけで、ヴェラは珍しく終始冷静だった。
フェルナが間に入ってくれなければ、俺はヴェラに暴言でも吐いてしまっていたかもしれない。
痛い所を突かれて感情的になる、人間が出来ていない証拠だ。
「……悪かった、だけどもう少し考えてみる」
「……そう」
「えと、じゃあ……宿に行きましょうか?」
なんとも言えない感じで初運行が終わってしまった。結局のところ、全部自分の未熟さが原因なのだが。
ヴェラの言う通りではあったが、やっぱりこのままの感じで馬車を走らせるのは問題だよな。
どうするか……あ~分からん、こういう時は酒を飲んで寝るに限るな。酒場の一つや二つ、これだけ大きな街ならあるだろう。
あ……でも金がねぇんだった。ヴェラから日給を返してもら……無理だよなぁ……はぁ。
――――
「だから考えすぎだっての! 考えるより感じなさいよ!」
「うるへ~ばか! どこのリーのブルースだよ!? 脳筋の冒険者と違ってこっちは繊細なんだ!」
「はぁ? なんですってぇ!? あたしのどこが脳筋よ!? どこに筋肉があるのよ!? 柔らかいわよ!?」
「柔らかい訳あるかいっ! あんなデケぇ槍振り回して、この腕が柔らかい訳……やわらかっ!?!?」
「ちょっなに勝手に触ってんのよ!? 金取るわよ!?」
「え……金払えば触らせてくれるのか……?」
「きもっ! なに本気にしてんの!? アンタなんかに触らせる訳ないでしょ!?」
「あ、あの~……取材料はここに置いておきますので、私はお先に失れ――――」
「――――ちょっとクルーゼさん!? ぜんっぜん飲んでないじゃないですか!? もう少し飲みましょうよ!? 取材料のお陰で飲めるんすから!」
「あの、ヨルヤさん? そんなに飲んで、明日の馬車は大丈夫なのですか?」
「大丈夫です大丈夫です! 明日の客はクルーゼさんだけですし、俺の馬って優秀っすから!」
「……ちょっと乗るのが怖くなってきたのですが」
「すみませ~ん……えっと、二人にはこれで、あたしはこれで」
「おいヴェラ! なに一人だけ高ぇ酒を頼んでんだよ!? お前も安酒にしろ!」
「うっさいわねぇ! あたしに安い酒を飲めって言うの!?」
「そもそもヴェラ・ルーシーさん。あなた、未成年ですよね? そんなに騒いでポリスに見つかったらどうするんですか……」
「ポリスが怖い冒険者なんていないわよ! ぶちのめしてやるわっ!」
「お~こわ。これだから脳筋槍女はぶっ……いってぇな!?」
「ほんっとアンタってムカつく! 大っ嫌い!」
「俺だって暴力女は嫌いだね! いくら顔が良くても嫌いだね!」
「いや、あなたたち、本当は凄く仲いいですよね……?」
「「はぁ? どこがぁ!?!?」」
こうして酒盛りは続いて行った。
頭いてぇ……え? どうしてこうなってるかだって?
ちょっと頭が痛いから次でいいかな?
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