【2ー20】何の問題もなく終わるはずがなく……?
食事を終えた一行は馬車に乗り込み、再びヒーメルンへの道を進み始めていた。
休憩前と後では気分が少し変わっていた。客の中に一人、不穏分子が紛れ込んでいた事が分かったのだ。
不穏分子と言う程ではないのかもしれないが、この馬車の運行について色々と嗅ぎまわっている様子な事、他商会のスパイかもしれないとの事が心に影を落としていた。
「……何も起きなきゃいいけどな」
しかし正直な所、あまり心配はしていない。
この運行レベルにしては不釣り合いなほどの護衛の数と質、冒険者もいる。
それらを突破して俺に何か危害を加えるのは不可能だと思うし、一度走り出した馬車に細工をするのも困難だ。
あるとすれば適当な理由で馬車を停止させ、到着時刻を大幅に遅らせるとかだろうが、そもそも早めに到着する予定なので問題はない。
「あの、ヨルヤさん。お客様が到着時間を知りたいと仰っているのですが」
「そうだなぁ。試運転の時よりスピードが出ているから、あと数回休憩したとしても夜には着くと思う」
「ほ、ほんとにそんなすぐに着くんですか?」
「着くね。従馬を三頭にした影響が強いのかも」
御者席へとやってきたフェルナが、到着時刻の確認をしてきた。
嘘でも何でもなく、このペースなら試運転の時と同じくらいの時間帯に到着する事が出来るだろう。
体感でもなんでもなく、確実に馬車の速度は試運転の時より上がっていた。それなのに体に感じる風圧などは試運転の時と大差なく思う。
こんな不思議な現象、間違いなく従馬の影響だろう。ただの馬ではないと思っていたが、ここまで馬車運行に特化した馬だとは思っていなかった。
「客の反応はどう? 負担を感じている様子とか、速すぎて怖がっているとか」
「特に問題はなさそうです、楽しそうにお喋りしていたり、眠っている方もいらっしゃいますし」
「そっか、ならいんだけど」
「客車に乗っているとスピードを感じないんですよね。でもこの御者席に座ると、凄く速くてビックリしちゃいます」
快適な高速馬車って感じです、そうフェルナは続けて言った。
馬車や客への負担を考えず、ただただスピードだけを意識して運行する、文字通りの高速馬車。
俺のいた世界で言う高速バスとは意味合いが少し違うが、街と街を移動するのに何日も掛かるとあればスピードを重視する者も大勢いるだろう。
「それで到着時間だよね。なんて伝えようか?」
「そうですね……今日の夜には着きます、なんて言っても信じてもらえないかもです」
「う~ん、まぁ実際に着けば本当だって分かると思うけど……俺が説明してこようか?」
「え? う、運転はどうするんですか?」
フェルナより御者の俺の言葉の方が信じられるかもしれない、そう思ったという事もあるが、説明に対して再び質問をされた時にフェルナでは答えにくいだろう。
なんでそんなに早いんだ、野営はどうするつもりなんだ……などなど、繰り出される質問をいちいち俺に確認しに来るのも面倒だろうし。
「こいつら優秀だからさ、命令しておけばちゃんと走ってくれるんだよ」
「そ、そうなんですか? じゃ、じゃあ……手綱、握ってみてもいいですか? 私も御者になってみたいです!」
「ああ、握るだけなら問題ないと思うよ」
本来は走行中に運転手をチェンジするなど、あり得ない事である。そこから想像されるのは大事故クラッシュだが、俺の従馬であれば問題ない。
運転手なしで馬車を走らせる事が可能な事は確認済みだ。ちゃんと命令しておけば問題なく走る、数分程度なら何の問題もないだろう。
それにフェルナの輝いた目を見てしまっては、やっぱ止めよう……なんて言えなくなってしまった。
「じゃあ、よろしくね御者さん? 俺は客達に説明をしてくるよ」
「はい! 任せて下さい!」
嬉しそうにはしゃいじゃって……そう思いながら、手綱を彼女に手に握らせた時だった。
――――ガタガタガタガタガタガタガタ――――
急に馬車が振動し始めた。立っていられないという程ではないが、不快に感じてしまう程の振動ではあった。
「ちょちょちょっ!? な、何してんの!? 何してんの御者さん!?」
「な、何もしてないですよぉ!? やーめた! 御者やーめた! 返しますコレ!」
投げるように戻された手綱を俺が握ると、再び馬車は静かになった。
確かにフェルナは何もしていない、ただ手綱を握っただけ。従馬には命令を出していたので、フェルナが御者をやる事を拒否った訳でもない。
となると俺の御者ギフトの影響か。ジョブギフトである御者と、スキルギフトの従馬召喚が合わさってあの快適走行だったのだ。
いかんいかん、気を緩ませ過ぎたようだ。御者が手綱を手放すとは何事か、そう神達に怒られたような気がする。
「……お客様への説明と、対応をお願いします。私は運転に集中します」
「か、畏まりましたぁ……」
そう言ったフェルナは今の振動を客に説明するために、客車へと移動していった。トラウマなどにならなきゃいいが……彼女は二度と手綱を握れないかもしれない。
やはり走行中に運転手を変わるのはダメだな。みんなもダメだぞ、そんな危ない事をしちゃ。
――――
「ふぅ……通って良いわよ」
「はいよ~ありがとさん」
途中、やはりというか魔物の襲撃は何度か受けた。襲撃とはちょっと意味合いが違うけど。
ほとんどは馬車のスピードについて来れずに素通りをしたが、たまに道の真ん中で屯する不良のような魔物がいて、それらはヴェラ達に排除してもらうしかなかった。
がしかし何の問題もなかった。馬に乗ったヴェラが槍を片手に魔物に突っ込むだけで、面白いように魔物が吹き飛ぶのだ。
強すぎだろヴェラ・ルーシー。それに……。
「綺麗だな」
「ん? なにがよ?」
「ヴェラが」
「はいはい、ありがと」
もう少し恥ずかしがってくれてもいいと思うが、適当にあしらわれてしまった。
世辞でもなんでもなく本気で思っているのだが、どうにもこの軽い感じで伝えてしまう癖が治らない。
もっと真剣に伝えた方がモテるのだろうか……ってそうか、恥ずかしいんだな俺も。だから軽い口調で女性を褒める事しか出来ないのか。
なんて情けない自分分析を終えた所で、僅かに頬を赤く染めていないヴェラが話しかけてきた。
「あとはこの道を真っすぐよ。どうする? ここら辺で最後の休憩でも入れる?」
「そうだな、そうするか。その時に客達に到着時間の話をするよ」
「じゃあ先行するわ、また後で」
そう言って馬を走らせ去って行ったヴェラを追いかけるように、俺も馬車を再び走らせ始めた。
フェルナを呼び、最後の休憩を入れると説明し、客達に伝えてもらう。
これなら野営は必要ない。客達も今日中にヒーメルンに着けるのに、わざわざ野営をしたいなんて言わないだろう。
さていよいよ終わりが見えてきた。
初運行は何のトラブルもなく、終える事が出来そうだな。
――――
「ヨルヤ・ゴノウエさん。ちょっとよろしいでしょうか?」
そう言いながら、懐から月明りで輝く何かを取り出した乗客の男。
目は真剣であり、漂う雰囲気からただ世間話をしたいと言った感じでもない。
最後の最後、あと少しだけ馬車を走らせれば目的地に到着するといった休憩地にて、俺はこの運行中で初めての冷や汗を流した。
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