【2ー13】守銭奴ヴェラ・ルーシー
「いい天気ねぇ~」
「……そうですね」
「ねぇ御者、あたし喉が渇いたわ」
「……後ろの荷台に積んでありますが」
「取って来て。なんか変な匂いするから入りたくない」
「…………」
手綱を握る御者を扱き使う冒険者、ヴェラ・ルーシー。俺は彼女に水を渡すため、荷台へと乗り移り水を確保する。
従馬の事も召喚していると分かったヴェラはすぐに仕様を理解し、運転中など関係ないとばかりに雑事を押し付けてくる。
「ったく、自分で取れよな」
「なにか言ったかしら?」
「いえ別に」
「そ、じゃあ早く持ってきて」
顔は良いのに性格が悪い。やはり天は二物を与えないのだな。そう考えるとエカテリーナは奇跡の女性か、俺もあんな妹が欲しい。
しかしよくよく考えるとヴェラは俺のヒロインだし、この状況はもしかして馬車デートなのではないか?
……ないな。運転手を扱き使う助手席に座る女とか嫌だわ。
「あの道を進めば早く付くわよ。まぁ魔物も盗賊も出るけどね」
「盗賊とかマジでいるのかよ……」
「あたしがいるんだから大丈夫よ。さ、行きましょ」
「客が行き先を決めんなよな……」
「客じゃなくて護衛よ、ご、え、いっ!」
なんでこうなったのか、話は出発前に遡る。
予定している出発日まではまだ時間があったため、その間に俺は行き先としていた隣街へと試運転を行う事にしたのだ。
掛かる時間や運行ルートの確認、休憩場所の選定など諸々をチェックしながらのんびりと馬車を走らせるつもりだったのだが。
「ねぇ御者、あたしお腹が空いたわ」
「草でも食ってろよ」
「あぁん!?」
「ひぃっ」
ほんと、なんでこうなったんだか。
————
「隣町に行ってみる……ですか?」
「あぁ、色々と確認しておいた方がいいと思って」
クッションなどが完成するのは三日後、出発予定日を五日後に予定しているため時間があった。
定期馬車というのは本来、一定の人数が揃ったら発車するという仕組みらしいが、集客力がないバドス商会では難しい。
そのため発車日を予め設定するというやり方を取った。五日後に出発しますので、乗りたい方はどうぞ、という形だ。
しばらくは儲け度外視でやる。たとえ客が一人しかいなくても発車させるつもりだった。
「隣町に行くには二日ほど掛かりますよ? 休憩や野営も必要になるかと……」
「えっ……そんなに掛かるの!? 隣町に行くだけで?」
「掛かりますよ! 二日ならまだ近い方です」
「う~ん異世界舐めてたなぁ……」
つまり今出発すれば、戻って来るのは最短で四日後。次の日はすぐさま客を乗せて再出発する事になる。
まぁ俺は問題ないが……不測の事態が起きなければいいけど。
「まぁそれなら尚更行ってみないと。ルートも休憩場所も野営地も分からないから」
「そう……ですよね。分かりました、準備しますね!」
簡単な野営道具や食料を軽く積み込み、出発の準備を整えていく。本番への予行練習にもなるため、フェルナも真剣に動いていた。
出発してから忘れ物がありました……なんて洒落にならない。それこそ一発で信用を落としかねない。
とはいえ俺一人分の物資だけでいいため、準備はすぐに終わった。忘れ物がないかを念入りに確認し、俺達は出発の準備を整えた。
「じゃあ行ってくるよ。クッションの方は宜しくね」
「お任せください! じゃあ……行ってらっしゃい!」
フェルナに見送られ、俺はバドス商会を後にした。加工品の受け取りの事も話したし、後はフェルナに任せれば大丈夫だろう。
さてこれから四日か。中々に旅行なのだが、残念ながら観光も宿泊も出来ない日帰り弾丸ツアーだ。
0泊4日。まぁ野営を行うから2泊4日になるのだろうか?
「まぁ従馬も護衛もいるから何の問題も————」
「————ちょっとアンタ! どこ行くのよ? ぜんっぜん護衛の話持ってこないし、どうなってるの!?」
バドス商会を出てすぐの事だった。
道の真ん中で、まるで待ち構えていたかのように腕を組んで怒気を撒き散らすヴェラ・ルーシー。
そういえば彼女に出発予定日の事を伝えていなかった事を思い出した。
「あ、悪い。出発は五日後になったから。五日後にバドス商会に来て下さい。じゃよろしく~」
「ちょっと待ちなさいよ!? アンタはどこに行くのよ?」
「隣町まで、試運転に」
そう言った時にヴェラの目の色が変わったのを俺は見逃さなかった。
まるで獲物を見つけたかのような狩人の目をしたヴェラは、俺に提案をしてくる。
「その護衛、あたしが請け負うわよ? もちろん5万でいいわ」
「いえ間に合ってます」
今の俺であれば護衛が五、六体呼べるのだ。ヴェラは凄腕であるが、隣町まで護衛してもらう必要はない。
狩人の目というか守銭奴の目だったか。なんでそんなに金がいるんだか。
ヴェラの事だ、5万とか言ってるが最終的に四日間で20万を請求してくるに違いない。
「あらいいの? あたしなら運行ルートも野営地の場所も、危険な場所の情報も持ってるわよ?」
「…………」
「その情報が事前に5万で手に入るのだから、破格だと思わないかしら?」
「……本当に5万なんだな? 追加請求なしだぞ?」
「1日5万……と言いたい所だけど、10万でいいわ。帰りの分はオマケしてあげる」
ほらでた、やっぱりそういう事だった。俺が確認を取らなければ絶対に20万請求してきたぞコイツ。
しかし10万て……俺のほぼ全財産なんだが。
確かに事前に情報を知れるというのは魅力的だが、時間を掛ければ俺一人でも行える事だ。
「……いい。今回は俺一人で行く」
「ふ~ん。でもいいのかしら? あたしが今日あなたに付いていく事で、信憑性が上がるわよ?」
「信憑性……? なんの話だ」
「いくら広告にあたしの名前を書いたからって、真に受ける人は多くないって事よ」
どういう事だ? まさかヴェラなんていう有名冒険者の事なんて、手配できるハズがないと思われているのか?
つまり、嘘を記載していると思われていると? まぁ今のバドス商会を知っている者であれば、そう思うのも理解は出来る。
「当日になって確保していた護衛が体調を崩した……そう言えばいいのだもの。客もそれを理解しているから、集客のために嘘を吐いていると思う人も沢山いると思うわよ」
「……この時代だからか? そんな事したらSNSに晒されて大炎上だぞ」
嘘ではないが、嘘を吐いても誤魔化せると。
仮に別の場所で確保したという護衛の姿を見た者がいたとしても、その証拠を押さえられない。
精々が身内で噂する程度。そんなもの、数日もすれば掻き消える。
「この業界の宣伝文句みたいなものよ。でも事前にあたしとあなたが一緒にいる姿を見た者達は……それでも宣伝が嘘だと思うかしら?」
「……ほんとに10だな? 本当に10万ゴルドなんだな!?」
「あたし、嘘は嫌いなの」
そう言いながらニッコリと微笑むヴェラは物凄く可愛かったが、その笑顔がすでに嘘くさい。
でもヴェラの言った事は一理ある。
ヴェラと一緒に馬車を走らせる事で、本当にバドス商会はヴェラ・ルーシーを雇っていると思わせられるのだから。
「……よろしく、お願いします」
「はいよろしく、じゃ~準備するから、着いてきて」
言われるがままにヴェラに着いていく。その際、沢山の者が好奇の目で俺達を見ているのが分かった。
この選択は正解だ、広告より余程効果があると思って喜んでいたのだが。
出発してから少しして思った。
「でも俺がバドス商会の御者だって知ってる奴とかいるのか?」
「いるわけないじゃない」
「じゃ意味ないじゃないかよ!? なんか知らない奴とヴェラが一緒にいる~とか思われるだけじゃん!」
「そこまで知らないわよ。馬車にバドス商会の看板でも下げてればいいじゃない」
もう街の外なんだが。
どうやら守銭奴ヴェラ・ルーシーに上手いことやられたようだ。
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