【1ー22】今は亡きクソおや……父親のために
「お願いします! 借りたお金はちゃんとお返ししますから、どうかその馬車だけはっ!」
カウンターから出て来た女性は、そう声を張りながら俺に近づいてきた。
年の頃は二十歳前後、相変わらず体を震わせながらもしっかりとした足取りで俺の元までやってきた彼女は、勢い其のままに土下座をし始める。
「ちょっちょっと!?」
「お願いします! お願いします! その馬車だけは持って行かないで下さい! それはお父さんの……お父さんの……!」
なんとも凄い絵面である。誰がどう見ても金を貸した男が屈強な護衛を連れて、女性を威圧し金を回収しようとしている……そんな風にしか見えない。
商会の中で助かった。これが表で行われていたら、間違いなく変な目で見られていた。
「あの、俺は借金取りじゃなくて、面接に来たんですけど」
「どうかお願いしまっ……え? 借金取りじゃ、ないんですか……?」
「違いますよ。商業ギルドで求人票を見てここに来ました」
「求人票って……? 求人……求人!?」
なんだその、求人なんて出してたっけ? みたいな反応は。
確かに少し求人票が色褪せていたように見えたが、そんな大昔に出した求人なのだろうか? まぁあの条件なら誰も来ないだろうが。
「あの、後ろの方たちは……?」
「俺の護衛ですよ」
「護衛……じゃあその馬は……?」
「俺の従馬ですよ」
面接官に頭を下げなさいと頭の中で命じると、護衛二人と従馬までもが彼女に向かって頭を下げた。
これでほぼ確定である。護衛、そして従馬に命じる時は声に出す必要などなく、頭の中で命じれば伝わるようだ。
「ど、どうも……それで、本当に求人票を見て来てくれたのですか?」
「えぇそうです。一応、御者のギフトを持ってますので」
護衛に頭を下げる女性だが、護衛達の無表情を見てすぐさま視線を俺の方に戻した。
未だに信じられないといった表情の彼女は、何かをブツブツと呟いている。僅かに聞き取れる内容から、俺の事を疑っているようだ。
「護衛を雇っていて、馬持ちで身なりのいい人がウチに来る……? 御者ギフトがあるとか言ったけど、出来過ぎてるよ……」
まぁそういう反応になるだろう。金持ってそうなのにあんな求人に応募するなんて何か裏があるんじゃ……誰もがそう思う。
極端に言えば、俺の状態は馬車さえあれば御者としてやっていける状態だ。
護衛もいるし馬もいる、御者ギフトの不思議な力で馬車を動かす事も出来るだろうし。
「まぁその、給金の事はあれですが、他の条件が私にとって都合が良かったので」
「他の条件ですか……?」
「働く時間が要相談ってありましたけど、あれって御者の仕事がある時だけ働いてもらうって事なんですよね?」
「す、すみません。その求人は母が出したものだと思いますので、正確には分かりませんがそうだと思います。仕事、ありませんので……」
……仕事がない? え、全くないの? ならなんで求人を出してんだ?
仕事がある時に働くんじゃなくて、仕事がないからの要相談?
なにやら雲行きが怪しくなり変な雰囲気が漂い始めたが、そんな雰囲気をぶち壊す声が商店の入口の方から聞こえてきた。
「しゃ、借金取り!? そんな、まだ期日までは……お願いします、娘だけは、娘だけは勘弁してください! 私ならどうなっても構いませんので、娘だけはぁっ!」
買い物かごを持った妙齢の女性が現れるや否や、それを放り投げスライディングするかのように商会内に滑り込んできた女性は、そのまま地面に頭を擦りつけた。
見事すぎるほど見事なスライディング土下座であった。こんな事を思うのは失礼だが、間違いなく彼女は土下座をやり慣れている。
「お母さん!? あ、あのね、この人は――――」
「――――お願いしますどうかお願いします娘の代りに私を連れて行って下さい私もいい歳ですがまだまだ若いもんには負けませんだから娘だけはどうかどうかこの私で我慢して――――」
怒涛の勢いで喋り続けるお母様。誤解を解こうにも隙を与えないかのように喋り続けるため、言葉を発する事ができない。
これは一種のテクニックなのだろうか? もういい、もうめんどくさい……といった感情が生まれそれが顔に現れてしまった時、彼女がニヤッと笑ったような気がした。
そんな彼女は喋り続け、埒が明かなかったのだが娘さんが間に入ってくれた。
娘さんが母親に説明すると、先ほどまでの表情は一変する。
えっ? あんな求人に応募する人いるん? なんて不審者でも見るかのような表情となり俺の事をジロジロ見始めた。
不審者はアンタの方なんだが。
――――
母のヒュアーナ・バドス。娘のフェルナ・バドス。そう自己紹介をしてくれた二人は、机を挟んだ向かい側で居心地悪そうにしていた。
求人に応募してくれた者を借金取り扱い、母親に至っては巧みな話術で煙に巻こうとしてしまったのだ。
俺も正直、ここに足を踏み入れた事に後悔し始めていた。
だってフェルナの言う通り、今は仕事が全くないらしいから。
「すみません、あの求人を出した時には辛うじてあったのですが……」
「辛うじてですか……」
そう言う美魔女の母親ヒュアーナ。
若いもんには負けないと言うだけあり、確かに美人でプロポーションも良い。さっきから挙動不審なのだが、どうやら馬が苦手らしい。
「その、馬車があっても御者がいなくて……あれよあれよと仕事が……」
「まぁ、運転手がいないんじゃね……」
そう言う美人の血を色濃く引いた娘フェルナ。
聞くと歳は十八で、御者の勉強をしてギフト取得を目指しているらしいのだが、如何せん馬に嫌われる体質らしい。
本当に馬車商会なのだろうか? 馬が嫌いな主人に馬に嫌われる跡取り、仕事もなく借金まみれのお先真っ暗商会である。
「あの、言い難いのですが……あの馬車を売ればいいんじゃないですか?」
「それはできません! あれは主人が残してくれた馬車ですので!」
「お父さん、御者だったんです。でも、その……色々あって」
なんとなくそんな気はしていたが、やはりお父様は亡くなられているようだ。
その父が残してくれた馬車を守り続け、いつの日か再び走らせる事を目指していると言うが、今の状態では夢のまた夢だ。
だがしかし、そういう話に俺は弱い。亡き父のために頑張る母娘、なんとか力になってやりたい所ではあるのだが。
「父はギャンブルに嵌まり借金を重ね、一攫千金の大勝負に出たらしいのですが……」
「ん……?」
「なんと勝負に勝ったそうなんです。それであまりの喜びと興奮で心臓発作を起こしてそのまま……」
「うん、一気に同情がなくなったわ」
クソ親父じゃねぇか。あまり人様の家族をどうこう言いたくはないが、全てその父親のせいで今の状況になっているんじゃないか。
まぁ彼女達にしか分からない家族の絆でもあるのだろうか? そんな神妙な表情をされても俺は理解できないが。
「あの! もう一度あの馬車を走らせて商会を守りたいんです! どうか、お力を貸して頂けないでしょうか!?」
「お願いします! どうか、お願いしますっ!」
「そうですねぇ……(なんか思ってたんと違うんだが)」
『ストーリー【バドス商会の夢】が発生しました』
【あらすじ:亡き父が残してくれた馬車を再び走らせ、商会を蘇らせようとしているヒュアーナとフェルナ。そんな商会に訪れたヨルヤは、二人のために御者として力を貸し商会に少しずつ光を取り戻していくが……】
「……いや、なにこれ? 主人公じゃん俺」
引き受けるかどうかを迷っていると、ストーリーが発生したとの音声が流れ、続いて目の前にあらすじが表示された。
まだ引き受けてすらいないのに、俺が御者として力を貸す事になっているし光を取り戻していくとあるが、なにその不穏な点々。
ストーリーとあるし、ある程度は道筋が決まっているという事だろうか? 本当に俺が力を貸す事で光を取り戻せると……?
そういう事なら力を貸してやりたい所だが……。
【注意:ストーリーを開始させると、終了するまで新しいクエストは発生しなくなり、進行中のクエストは進行不可となります】
【注意:クリアー時間に制限のあるクエストの制限時間は停止せず、経過していきます】
『【バドス商会の夢】を開始しますか?』
【はい】
【いいえ】
なにやら色々と制限があるのがストーリーイベントらしい。
要はストーリーを開始させると、その一本に絞られて終了するまであまり自由には動けないと。
まぁ別にいいけど……ってそうだ! エカテリーナのエルフ酒! あれも進行不可になるって事だよな!?
あれの期限が50日だから、それまでにストーリーを終わらせないといけないという事か。
……無理くね? 50日で潰れかけの商店に光を取り戻すとか出来るのか……?
――――the next bashastop is ~どう見ても潰れかけの馬車商会じゃん……~
お読み頂き、ありがとうございます
終章となります
少しでも暇潰しになりましたでしょうか
宜しければブクマや評価、感想などもお待ちしております




