【1ー19】ファンタジーなんだから細けぇ事はいいんだよ
「では15万ゴルドになります。お確かめ下さい」
スライムを売って金貨1枚と銀貨5枚。15万ゴルドを受け取った俺は、受付さんにとある話を聞いていた。
「すみません、あそこにあるのって……求人票ですか?」
「えぇ、そうですよ」
支払われる金の到着を待ってる間、商業ギルドを見渡していた時の事だ。
商業ギルド。商いを行う者達で構成されたギルドは、冒険ギルドとも傭兵ギルドとも違った雰囲気だった。
なんというか慌ただしい、忙しない。大きな声や陽気な声が聞こえる訳でもないのに、どこか騒々しい。
そんな商業ギルドの一角に、日給いくらとか月給いくらとか書かれた紙が掲示されているのを見つけたのだ。
「何か気になる求人がございましたか?」
「あぁいえ、ちょっと見て来てもいいですか?」
もう売却手続きは終わったようなので、特に問題がないとの事。
もう他に用事もないので、俺は掲示板へと移動してゆっくりと見てみる事にした。
「へぇ、結構あるんだな」
基本的にあまり日本にいた頃と変わらない求人票だ。
こんな人を求めています、こんな条件があります、こんな待遇ですなどの文言が並ぶが、やはり給料の額に目がいってしまうのが卑しい性。
「商店の販売員、劇場の清掃員、飲食店の料理人、ウェイトレス…………ん? ウェイトレス?」
あれ、そういえばなんで文字が読めるんだ? 漢字も平仮名もウェイトレスなんて横文字も、この世界では違和感しかない。
というか今更だが、なんで言葉が通じているんだ? 話せるし聞き取れる、文字も日本語だし。
日本からの転移者が過去にはいたのかもしれないが、それが共通言語になるとは思えない。
「……あの、すみません」
「はい? どうかなさいましたか?」
求人掲示板の近くにいた男性職員に話しかける。
当たり前のように日本語で話しかけたが、向こうも当たり前のように聞き取り日本語で返事をした。
「俺の言ってる言葉が分かりますか?」
「は、はい? えぇと、分かりますが……?」
「なんと言えばいいか……俺が使っている言語って、なんですかね?」
冷静に考えると俺、凄く変な事を言っている気がしてきた。逆の立場だったら俺だってこの職員さんのような反応をするだろう。
しかしこの職員は優秀だったのか、ヤバい奴を相手にしてしまったとの表情を一変させ、何かを理解した表情となった。
「もしかして遠方の国からいらした方でしょうか? 大丈夫です、凄く流暢なダンジリ語ですよ」
「ダ、ダンジリ語……? え、なにそれ」
いや待ってくれよ、俺ダンジリ語なんて話しているつもりないよ。なのにこの職員さんは俺がダンジリ語を流暢に話しているという。
この国では日本語の事をダンジリ語というのだろうか。
「……halo. Iam yoruya. Nice to meet you」
「おぉ! ダンジリ語の南部訛りですね! 凄くお上手ですよ! いやぁ懐かしいなぁ……私、故郷が南部地方なんですよ」
南部訛り……? いや英語だよ、訛りじゃなくて別言語だよ。
次は文字を見せてみようと思い俺は近くにあった用紙と鉛筆のようなものを取り、紙に自己紹介を書いて職員に見せてみた。
平仮名やカタカナ、もちろん漢字も散りばめた自己紹介文。ついでに英文も追加して作成したのを見せる。
「……どうですか?」
「うん、凄く綺麗なダンジリ字ですね。こちらのは……ははは、訛りを文字にすると面白いですねぇ!」
もうやめよう、なんか怖い。触れてはいけない禁則事項のような気がしてきた。
俺はこの件に深く関わる事をやめた。どんな力なのか分からないが、言語や文字が現地の人達に分かるように変換されているようだ。
異世界人を拉致る事ができる世界なのだ、言語や文字を異世界人が困らないように変換する力が働いていてもおかしくない。
「なにか他にお困りの事はございますか? この国で仕事をお探しでしょうか?」
「えぇまぁ……どんな仕事があるのかなぁと」
ハ〇ーワークの職員さんかというほど親身になって話を聞いてくれるギルド職員。
俺のギフトが御者だという事を伝えると、御者の仕事があるかどうかを探し始めてくれた。
起業するつもりではあるのだが、今は金がない。まずは手頃でもいいから馬車を購入できるだけの資金を貯めなければならない。
「えぇと、今のところ御者の求人は三件ありますね」
そう言って求人票を三枚見せてくれる職員さん。俺はその求人をザっと確認してみる。
「……う~ん」
まずい、スライムの15万が頭から離れない。見せられた求人票に記載されている給金とどうしても比べてしまっている自分がいる。
ここは異世界、不思議な世界だ。ヘドロを倒すだけで15万くれるような世界で、普通に働いて普通の給金を得る……それはなんか、面白くない。
「おススメはやはりこのビクス商会の募集ですかね。大商会ですので、給金の支払いもよく安定していると思われます」
「まぁ、大企業には憧れるけど……」
月給で24万、大卒初任給くらいだろうか? 雇用条件に【御者Lv3】以上とあるが、残ったギフトポイントで届くだろう。
ただしかしフルタイム勤務で夜勤も発生する可能性あり。残業代は払われるだろうが、ここに就職すれば本当に家と職場の往復人生になってしまう。
ここは異世界だぞ。世界を冒険したいとは言わないが、そんな雇われ人生は嫌だな。
「あとはこちらの求人……えぇと、ブラク商会の求人で、楽しい職場環境を売りにしている……明るい職場かと……」
「あ、それはパスで」
もう一つの求人も見せてくれたが、なんともブラック臭漂う求人だったのでパス。職員さんもなんか微妙な顔をしているし。
となると残った求人は一つだけなのだが、これが意外にも俺の望みにあった求人だった。普通なら見向きもされない酷い求人ではあるのだが。
「残る求人はこちらなのですが……こういう事はあまり言いたくないのですが、こちらの求人はあまりおススメ致しませんね」
仕事内容はもちろん御者。仕事時間が要相談となっており、確認すると仕事がある時だけに召集される形らしい。
どうやらあまり上手くいっていない商会らしく、仕事が少ない可能性があるとの事。給金も低めで、もうずっと誰も触れていない求人だとか。
「バドス商会か……」
少しだけ色褪せた求人票から哀愁が漂ってくる。給金は大人が貰うとは思えないような額で、ほぼボランティアといって差し支えないほど。
給金の事は残念だが、働く時間が短いのは都合がいい。御者という仕事の勉強をしたいだけで、長く雇われ御者になるつもりはないし。
御者として働ける時は働かせてもらって、他の時間で別の事をする。それこそ金稼ぎ、護衛を連れてダンジョンに行ってみるのも面白いかもしれない。
「このバドス商会に行ってみます」
「ほ、本気ですか? あの、この商会はですね……実はギルドに多額の借金をしているほどでして、記載の給金すら払われない可能性もあるのですよ」
「でもギルドも求人として出してますよね? 大丈夫ですよ、給金目当てじゃないんで」
「そうですか……まぁこちらとしても勝手に求人を取り下げる訳にはいかないので、助かると言えば助かるのですが……」
訳ありな商会らしいが、罪を犯している訳じゃないだろうし今にも潰れそうな店は俺達の世界にだってある。
借金をしている会社なんて普通だよ。別に給金はいらない、だって王様が日給5万もくれるし。
俺はただ、馬車に乗り御者としてやってみたいだけだ。
「職業証はお持ちですか? この求人には御者レベルの指定はございませんが、発行しておくと色々と便利ですよ?」
聞くと自分が所持しているジョブギフトとレベルを調べ、それを職業証として発行出来るらしい。
もしかしたら身分証の事を言っているのかと思い、それを職員に見せてみたら当たりだった。
しっかりと身分証には【御者Lv1】の記載があったので、有能な文官さんが作成してくれていたようだ。
いやでもLv1か。今の俺はLv2のはずだから、更新されていないということだ。
なんだよ、不思議カードじゃないのか。魔物倒したら勝手に記録されるとか、そういうのじゃないんだな。
せっかくなので更新をお願いした。記載が【御者Lv2】に変わったが、しっかりと手数料を取られました。
俺は職員にお礼を言い、商業ギルドを後にする。そのまま訳ありバドス商会とやらに足を運んでみる事にした。
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