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地獄のバケーションを生き延びる方法  作者: 春屋 寝狐
大人が居ない時には、別荘地へ行ってはいけない
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 ゲームに負けた僕は、シリルとカフェに来ていた。

 シリルを先頭にして背中に隠れるようにウェイトレスを見たが、前に来た時にバリバリと人を食べていた事なんてなかったかのように不機嫌そうな顔で「何名様ですか?」と聞いてきた。

 二本の指をシリルが立てると、前と同じ席に案内された。

 席に着くとシリルはメニューも見ずに「いつもの」と言った。

 メニューを開いて確認すると、シリルの言う「いつもの」は結構高かった。

 僕は思わず引っくり返ったような声で「コーヒー」と言ってしまった。

 ウェイトレスがつまらそうに厨房へとオーダーを届けに行ってから、財布の中を慌てて確認すると、何とか足りそうだった。

 こんな事ならシリルにゲームをしないか?なんて持ちかけなければ良かった。

 

 おっかなびっくり始まったヘレンさんの家での滞在は、静かだった。

 ヘレンさんは母さんに似て穏やかで、料理上手だった。

 ベンおじさんは、毎日何をやっているのかは分からなかった。

 地下で何かの作業をしているみたいだけど、遭遇する事はまれだった。

 深夜、動物みたいな叫び声が響いてきて目が覚めた。びくびくしながらトイレに行った帰り、血塗れのエプロンで遭遇した時は心臓が止まるかと思ったけど、僕の方をチラッと見てから何事もなかったかのように、シャワーを浴びにいってしまった。

 何をしていたのかは未だに聞けていないけど、僕に対して興味がなさそうなので助かった。

 出掛けるなって言われてる僕は、リビングで持ってきたゲームを毎日やっていた。

 他にやる事もないし。

 シリルも同じ部屋で僕がやるゲームを眺めていたり、本を読んだりしていて外に出る事はなかった。

 だから今日は、勇気を振り絞って一緒にやらないか?って誘ってみたんだ。

 対戦用のカーゲームも持ってきていたから。

 もしかしたら仲良くなれるかもと思って持ってきたんだけど、会話の口実が出来て良かった。

 シリルは面倒くさそうに付き合ってくれて、いつの間にか勝負になっていた。

 負けた僕は、シリルに好きな物を奢る羽目になっていた。

 でも、久しぶりに外へ出られてちょっと解放感がある。

 いくら僕が普段から外に出ない引きこもりだと言っても、毎日のように部屋にこもりきりなのはよくない。

 でも、この町の事を知らない僕が行ける場所なんてほとんどないんだけど。

 シリルは以前のように運ばれてきたアップルパイにハチミツをたっぷりかけてから、味わうように一切れずつアップルパイを切り取り食べている。

「食べるか?」と聞かれたが、見ているだけでも胸焼けしそうだったから丁重に断った。

 友達とカフェに行くなんて、あっちに居る時もそんなになかったから見ているだけでも楽しい。

 こっちに来て良かったかもしれない。と僕はブラックのコーヒーをすすった。

 きっと僕は浮かれていたのだろう。

 

 入り口のベルが鳴って、新しいお客さんが入ってきた。

 男女のカップルだった。

 一人は見るからに鍛えているマッチョな人で、もう一人はマッチョな人の腕にしがみつくように歩いている。

 楽しそうにイチャイチャしているから、思わず見ないように視線を反らしてしまう。

 そうだよ。モテない僕はいまだに彼女というものが出来た事がない。

 ヒガミじゃないよ。

 不機嫌なウェイトレスは空気も読まずにカップルを僕らの隣の席へと案内した。

 マッチョな男の人が、アップルパイを食べているシリルに目を留めた。

 

「シリルか?」

「ああ」

「奇遇だな。バケーションに入ってからだから久しぶりだけど、相変わらず不健康そうだな」

「うるさいよ、マイケル」

「シリルって本当に冷たいよね」

「シンディこそ、次はマイケルと付き合う事にしたの?」

 

 シンディと呼ばれた女性は、大きい胸をマイケルに押し付けながら笑った。

 マッチョなマイケルとシンディは、案内された僕たちの隣の席へと座る。

 そのままメニューを二人で軽く見てから、オーダーをした。

 ウェイトレスは不機嫌そうにメニューを聞いて、厨房へとオーダーしに行った。

 コーヒーのお代わりは頼みそびれてしまった。

 

「誰?」

 

 僕は小声で聞いてみる。

 アップルパイを食べ終えたシリルは、コーラにガムシロップを入れる作業をしている。

 

「クラスメート」

 

 シリルは不機嫌そうに短く答える。

 そうなんだ。シリルって愛想がなさそうなのに友達多いのかな?

 気まずくなって、僕は誤魔化すように、底に少ししか残っていないコーヒーを飲んだ。

 

「なあ、オレ免許とったんだぜ。それでみんなでキャンプに行くんだけどさ、お前も来ないか?」

 

 オーダーしたサイダーが来たマイケルは上機嫌にシリルに聞く。

 

「私も行くし、他に何人か来るよ。楽しみだよね」

 

 シンディが抱きつくようにマイケルに言う。

 くそ、羨ましくない。

 

「行かない」

 

 シリルは二人の事なんて知らないとばかりに、きっぱりと言った。

 

「何でだよ、きっと楽しいぞ」

「嫌だね」

 

 凄い。

 僕だったらきっと怖くて断れないのに、シリルは一切考える事なく断っていってる。

 

「じゃあ、そっちのお前は?」

 

 そういってマイケルが僕を指差す。

 

「おい、よせよ」

 

 慌ててシリルが止めるが、気にも止めず上機嫌にマイケルが僕に笑いかける。

 

「いいじゃないか。シリルの友達だろ?オレはマイケル。よければ一緒にキャンプに来ないか?一緒に来る奴らも気のいい奴らばっかだし、シリルは外で遊んだりとかあんましないから、退屈だろ?」

「私の友達で彼氏居ない、可愛い子も来るよ」

 

 シンディの言葉にぐらりと来た。

 自慢じゃないけど、女の子と遊べる機会なんてほとんどないし、楽しそう。

 マイケルもいい人そうだし。

 でも、シリルは外に出るなって言ってたしな。

 伺うようにチラリとシリルを見たが、眉間にシワを寄せて不機嫌そうな顔をしていた。

 よし、断ろう。

 

「なんだよ、もしかしてシリルの許可がないと何も出来ないベイビーなのかい?」

「いきます」

 

 挑発するように言われた言葉に、反射で返事をしていた。

 シリルは頭を抱えているが、知らない。

 僕だって青春したいのだ。

 

「決まりだな。シリルはどうするんだ?」

「行くに決まってんだろ」

 

 シリルはぶっきらぼうに答えてから腕を伸ばし、向かいに居た僕の頬を思いっきり引っ張った。

 痛い、痛いから。

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