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地獄のバケーションを生き延びる方法  作者: 春屋 寝狐
ベビーシッターを頼まれると、嵐が来る
25/31

9

 

 あの後、何事もなかったかのように静かになった地下室の電気はすぐに点いた。

 不気味な穴は跡形もなくなくなっていて、ただの広い地下室に戻っていた。

 僕らは地下室から出て、とりあえずリビングでアイラとライラに残していたシュークリームを出した。

 もう夜も遅いのに何かを食べるなんてよくないけど、今日は色々あったから特別だ。

 きっとオリヴィアさんも許してくれるだろう。

 一緒に軽く暖めたミルクを、四人分用意する。

 シリルはミルクに何杯も砂糖を入れていたが、二人は何も言わずに出されたシュークリームを食べていた。

 落ち着くとシリルは、アイラの頭に拳骨を落とした。

 アイラはライラに抱きつきわんわんと泣いた。

 余程怖かったのだろう。

 僕だって怖かった。

 ライラはいつの間にか喋れるようになっていた。

 ライラが小さく父さんと呼んだ男が何かしたのだろうか?

 だとしても良かった。

 泣いていたアイラはライラに促され小さく「ごめんなさい」と言った。

 僕は許してあげたが、シリルは何も言わなかった。

 泣きつかれた二人は、そのままソファーで寝てしまった。

 本当はベッドに運んだ方が良かったんだろうが、また何かが起こると困るからそのままソファーに寝かせて置いた。

 二人が寝たから僕は自分の為にコーヒーを入れた。

 もちろんシリルの分も。

 

「あの男は、アイラとライラのお父さんだったのかな?」

「まあ、本人達がそう言ってるんだからそれでいいだろう。俺たちは二人の父親の写真すら見てないから判断できないだろう」

 

 アイラとライラの側に良くないものが居るとわかって、心配して僕に警告しようとしていたのだろうか?

 僕を追いかけてきたのは、追っていれば二人の元に辿り着けると思ったからだろうか。

 冗談じゃなく怖かったけど。

 オリヴィアさんは二人の父親は亡くなったと言っていた。

 死んでからも二人が心配だったのだろうか?

 二人は天使のような顔をして眠っている。

 僕は二人が起きないように声を落とす。

 

「あの穴はなんだったんだろう?」

 

 僕は悪夢のような光景を思いだしながら言った。

 突き出た無数の腕。

 全てを恨んでいるかのような声。

 

「知らない。けど、生きている者がいる場所じゃないだろうな」

 

 雨音はいつの間にか小さくなっていた。

 シリルは少し寝ると言って、早々に寝た。

 僕は今日の事を思い返して、いつまでも寝れなかった。


 

 次の日は昨日の雨なんて無かったかのような、恨めしいぐらいの晴天だった。

 朝食にはパンケーキを作った。

 所々焦げていた部分もあったけど、二人は文句も言わずに食べてくれた。

 二人は昨日の事なんて忘れたかのように笑顔で話している。

 子供って順応性高いな。

 シロップを溢れんばかりにかけたシリルだけが、パンケーキが焦げている事に対して文句を言っていた。

 僕が食べようとした所で、鍵があく音がした。

 そして、バタバタとオリヴィアさんが走りながら、リビングの中へと入ってくる。

 

「アイラ、ライラ!」

「「ママ!」」

 

 オリヴィアさんが広げた手に、アイラとライラは同時に飛び込んでいき、抱き締め合う。

 

「二人とも良い子にしてた?」

「うん」

「うん、ママ」

 

 ライラがオリヴィアさんを呼ぶと、オリヴィアさんは少し目を見張ったあと、クシャリと顔を歪めた。

 

「ライラ、あなた声が……」

「ママ」

 

 三人はひしっと抱き締めあっている。

 僕達は空気のようになって、絵のような幸せな三人の家族を眺めながらパンケーキを食べた。

 

「早く食わないと置いて帰るぞ」

 

 いつの間にかシリルはパンケーキを食べ終えていた。

 

「あ、ちょっと待って」

 

 僕は急いで皿の上のパンケーキを片付ける。

 

「二人とも、ありがとう。昨日は帰れなくてごめんなさいね。朝食まで用意してもらって」

「いえ……簡単な、ものしか」

 

 食べながら答えるからつっかえつっかえになってしまうのを、オリヴィアさんが微笑ましそうに見ているから、余計に焦ってしまう。

 シリルが返事をしないから仕方ない。

 最後の一切れを食べ終えるとオリヴィアさんが「洗い物は私がするわ」と言ってくれたので、ありがたく任せる事にした。

 そして僕らはオリヴィアさんの家を出ていく。

 出ていく前にオリヴィアさんは、僕とシリルに封筒を渡す。

 さすがにこの場で中を見るのは不躾なので、ポケットの中に入れた。

 新しいゲームを買う資金にしよう。

 

「じゃあ、ありがとうね」

「もう二度と来ない」

「僕は……頼まれれば」

 

 素っ気ないシリルの言葉に被さるように僕が言うと、オリヴィアさんは笑った。

 

「お兄ちゃん達帰っちゃうの?」

 

 喋れるようになったライラが、僕に言う。

 僕は少し屈んで、ライラとアイラの頭を撫でた。

 ライラは嬉しそうに、アイラはそっぽを向きながらも「また来てもいいわよ」と言ってくれた。

 どうなるかと思ったけど、結果的には二人と仲良くなれてよかった。

 そんな僕達を余所に、シリルがオリヴィアさんに近づき、小さい声で囁いた。

 

「地下には二人の父親が埋まってるのか?」

 

 え?

 シリルの言葉は小さすぎてアイラとライラには聞こえなかったようで、撫でてもらって満足した二人はオリヴィアさんに勢いよく抱きついた。

 僕は思わずオリヴィアさんの顔を見る。

 オリヴィアさんは何も言わずに、笑っただけだった。

 シリルも返答を求めていなかったようだ。

 

「帰るぞ」

 

 それだけ言って、そのまま門を出ていくから、僕は慌てて後を追った。

 三人は僕らが見えなくなるまで手を振っていた。



 リザルト

 死人相手の為、死者ゼロ

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