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雨色の煙草  作者: りた
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わしを見つけた坊様の話6

本作品は個人Vtuber飴雨あづさに関する2次創作である。

飴雨あづさは2次創作について全面的に許可しており、本作品においても投稿することを承認いただいている。


#あづさくひん

 気付けば雨は上がっている。風も吹かない闇夜は耳が痛いほど静寂だ。

「……はあ、思ったより早いな」

 大きくため息をついて、子供の位置を正すため背負い直す。上体を起こし過ぎると落としかねないので、気を付けながらポシェットに手を伸ばし、数珠を直していなかったことに気付く。

 本堂で読経したときは寺に常備しているものを使ったので、いまのいままで紐が切れていたことを忘れていた。たく、なにしてんだ俺は。

 仕方ねえから、札を3枚手に摘まみ取った。

「ぎゃーてーぎゃーてーってな」

 言葉には力がある。言霊信仰は本来、神道であるが、実際に声に出すことは怪異や悪霊に対して効果的だ。生きていない彷徨う者を輪廻に戻すため対話することは浄霊浄化の基本であり、要は会話してこの世から去ってもらおうってことなんだ。

 だが、俺は怪異とは対話をしない。聞く耳を持たないやつがほとんどで、じじいの教えであるまずは対話っていうのは怪異に対しては時間の無駄だと思っているからだ。対話しても意味がないんだから、最初から強制的に送ってしまった方が早い。

 札を自分の服や子供の額に貼りつける。ちなみに札も神道で使うものであって、寺では本来使わない。だが、神仏習合。使えるものは取り入れていった方が良い。独学で紙に力を込める方法を見つけ出し、魔除の紋様を綴ったこの紙は怪異に対してある程度の効力を持つ。

 札を怪異に触れさせる必要はない。怪異が札を認識するだけでいい。そうすればどんな怪異も――――


「――――ああああああああ!!」


 どんな怪異も、俺たちに近付くことはできない。

「え、なに?」

「ああ、起こしたか。まあ、目をつむって待ってろ。すぐ終わらせる」

 目の前でどす黒い煙が空へ上がらず、意思を持って不規則に動いている。煙は丸い塊となって俺たち目掛けて突撃してくるが、まるで透明な壁があるかのように、一定の距離に近付けなくて霧散する。

 俺の背中から前方を覗き込もうとした子供の頭を後ろ手で撫で、怪異に視線を戻す。通常の怪異ならもう跡形もないはずだが、目の前の怪異はどれだけ阻まれようとも、苦しみながらも俺たちに突撃している。

 少しずつだが、怪異の姿がはっきりと人の形を成してきた。振り乱した長髪に血走った目。開いたままの小さい口。生きていれば美人だったろう怪異はまっすぐ俺を、いや、俺の背にいる子供を見ている。

 ビリッと乾いた音を発て、俺の服に貼っている札が真ん中から縦に裂け破れる。

「ずいぶんガッツがあるやつだな」

 追加で札を取り出し、また服に貼る。数珠があれば物理的に怪異を浄霊浄化することもできるが、札では防ぐのが関の山。札がなくなる前に寺に戻らなければいけない。幸いにも子供の家が近かったおかげもあって、もう寺の門が遠くに見えている。

「あああああああああ!!」

「なんの声なの、これ」

 俺の背で見えないから、あれの叫び声だけでは状況がつかめず怖いのか、子供が状況を確認したくて少し暴れる。

「おい、大人しくしろって」

 ポシェットから次の札を取り出そうとしていたため、片手では抑えきれずに子供が下りてしまう。

「……え?」

 あれを目にしたら怖がって騒ぐかと思ったが、子供は怪異を見た途端に目を丸くして動きを止める。声も出ないくらい怖がっているわけではなく、信じられないといった様子だ。

「あれが怪異だ。怪我したくなかったら俺の後ろに――――」


「――――お母さん!」


 悲鳴に近い歓喜の声が俺の言葉を遮り、俺が止める間もなく怪異に向かって走り出す。焦って追いかけ腕を掴もうとしたが、不意に感じた背後からの嫌な気配に反射で対応してしまう。

 振り向き様に札を投げ、迫っていた者を近付けないようにする。背後に迫っていた存在に札が当たった瞬間、一瞬にして札が粉々に破れ散った。

 不気味な長髪に赤いワンピース。血走っているが落ち着いた眼。口許を覆い隠すマウス。

 こいつは別格にヤバい怪異だ。

 まさかもう1体出てくるとは思わなかった。ポシェットに残った札を漁り、枚数があと10枚程度しかないことに気付いて舌打ちをする。ただ寺に逃げるだけなら問題ないが、このヤバいやつを相手するには準備不足だ。枚数を確認して、数珠を直しておけば、このヤバいもう1体をきちんとこの場で浄霊できた。

「仕方ねえ。あんたは後日だ」

 札を3枚地面に落とし、ヤバいやつが近づけないように道に簡易的な結界を張る。いや、ただの時間稼ぎにしかならないがな。

 子供を連れて寺に戻るには十分だ。先ほどの怪異の方へ向き直ると、すでに怪異の目と鼻の先まで子供が行ってしまっている。

 怪異が手を出した。

 やめろと、叫ぼうとしたときには遅かった。まるで我が子を抱きしめるように両腕を広げ、包み込むように子供を収める。それに応えるように子供も腕を怪異へ伸ばし、甘えるように抱き着く。

 次の瞬間には怪異は消え、どす黒い煙が子供を包み込んで、消え失せた。

「おい、大丈夫か!?」

 子供は何もなくなった虚空を見つめながら意識を失い、倒れ込んだ。

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