わしを見つけた坊様の話3
本作品は個人Vtuber飴雨あづさに関する2次創作である。
飴雨あづさは2次創作について全面的に許可しており、本作品においても投稿することを承認いただいている。
#あづさくひん
口裂け女というもののことはよく知っている。一昔前に社会現象をも起こした有名な都市伝説だ。実際はただの不審者だの、鎌を持って追いかけてくるだの、話はもう一筋ではないだろう。
「まあ、子供の頃はそういうの意味もなく友達と語らうもんさな、話を聞いて怖くなったのか?」
信じていないわけではないが、この手の話をする子供の大半が本物の怪異とは遭遇しないものだと知っている。だがごく稀に本物がいたりするから、さらに詳しく状況を聞こうとしたが、子供は涙をポロポロと流しながら腹を鳴らした。
「飯食べてねえのか?」
「だって……だって……」
「あー、わかった。ちょっと待ってろ」
台所で適当に握り飯を作り、温め直した味噌汁と一緒に持って戻る。部屋の隅で震えていた子供は俺が戻ったのに気づくと慌てて近づいてきた。
「落ち着いて食べろよ」
握り飯をがっつく子供にそう言いつつ、寒かったかと思い毛布を取り出した。いや、もしかしたら怖がってただけかもな。
「ごほっ! ごほっ!」
「だから落ち着け」
子供の背中を擦り、咳が止まった頃に毛布をかけてやる。なんで俺は子守りをしているのかとため息しつつ、無意識に煙草を取り出して火をつけた。
「けほ、こほ」
「ん、ああ。……悪い」
煙草の煙にわざとらしい咳をしたので、苦手なのだろうと理解してすぐに火を消す。子供の前じゃ煙草も吸えねえな。
「落ち着いたか?」
「うん」
「じゃあ、ゆっくりでいいから話してみな」
子供の話は要領を得ないものだったが、まとめると家の窓に不審者がいたという。不審者なら警察に行けと言ったがどうにもただの不審者ではない様子だ。
今日はもう遅いので、どうにか家の電話を聞いて親を呼ぼうとしたが出やしない。
寂しそうに「たぶん帰ってない」と呟いていたから、ずいぶんと忙しい親なのか、もしくは……。
さて、この状況、本来なら警察に連絡するんだろうが、子供の様子を見るとどうにもままならない。本当は良くないだろうが、仕方ないので明日家に帰すついでに、その不審者とやらについて少し確認してやることになった。
布団を2つ並べて敷く。ひとりだと怖いと言うので灯りは消さず、寝付くまで本でも読むことにした。
「……お坊さまは煙草好きなの?」
「ん? まあ、そうだな」
布団を顔半分まで被ってこちらの様子を伺っている。聞かれて気づいたが、自然と手が煙草に伸びていた。
「お父さんも吸うけど、煙草は嫌い」
「……あんたの前では吸わねえよ」
ため息をはいて時計を見上げる。22時だ。一応僧侶なので普段も寝る時間は早い。むしろ今日は遅い方だ。
「お坊さまは口裂け女怖くない?」
「まあ、大して怖くないな。早く寝ろ、学校に遅刻するぞ」
この年齢の子供なら小学校に行ってるだろうと思って言ったが、明日は申し訳ないが休んでもらうべきか?学校経由で警察に連絡いったら誘拐軟禁とかにならないか心配になる。
だが本当に怪異だったら警察にはどうしようもできない。親も一緒に来てもらうのがベストなんだが、な。
「学校は行ってない」
「うん、まだ入学前だったか?」
首を横に数度振り、答えたくなさそうにそっぽを向く。それ以上追及はしなかった。
「あの口裂け女、ここにも来るかな」
俺から顔を背けたまま、そんなことを聞こえるギリギリの声量で呟く。
「口裂け女が何か知っているか?」
「えっ……と、口が裂けた女のお化け?」
「そのままだな。口裂け女はだいぶ前に流行った都市伝説だ」
子供は顔をこちらに向き直し、首を傾げる。都市伝説って言葉が難しかったか?
「まあ、子供の間で流行った怖い話で、ほんとは存在しないものってことだな。実際どういう話かというと、帰り道にマスクをした女に『わたし綺麗?』って声をかけられる。そんで『きれい』って答えると『これでもかっ!』って言いながらマスクを外して、耳まで裂けた口を見せつけて追いかけてくるってものだ」
俺の話を聞きながら自分が見た不審者を思い出したのか目をギュッとつむって震えだす。
「まあ、ここだけ聞けばただの怖い話だがな、口裂け女には弱点があるんだよ」
「弱点?」
「おう、なんでもポマードの匂いが苦手らしくて、ポマードポマードポマードって3回唱えたら逃げていくらしい」
「そうなの!?」
「いや、そうでもないらしい」
俺が自分で説明した内容を否定すると、子供は「え?」とどういうことかわからず首をひねる。
「いろんな噂があるんだよな。ポマードって10回言うとか、ポマードって言うとさらに怒るとか。これでもかって言われた後も、さらにきれいって言うと喜んでいなくなるとか。最近じゃ抱きしめてやるなんてのもあるらしいな」
弟弟子から聞いた話だと抱きしめたあとは結婚するなんてアホな話にも展開しているらしい。俺にはよくわからんな。
「えー、どれが本当なの?」
「たぶん、全部嘘だ。そもそも口裂け女自体が嘘なんだから当たり前だな」
「嘘じゃないもんっ!」
子供は俺の言い分に怒って起き上がる。それをなだめるように言葉を続けた。
「あんたが何かを見たのは間違いないだろうな。だが、それはいま話した口裂け女とは別のものっていうことだ。たとえそいつの口が本当に裂けていて、そいつが女だったのだとしても、それは口裂け女じゃないんだよ」
「……そう、なの?」
「ああ、だから安易にそいつを口裂け女なんて呼ぶなよ」
子供の頭を撫でながら横にさせる。さすがに子守歌なんて歌えやしねえが。こうして横にいてやればそのうち落ち着いて寝るだろう。
「……お坊さま、じゃああいつが来たらどうすればいいの?」
「うん、安心しろ。そもそもここは寺の敷地だから入ってこれねえよ」
「……そうなの?」
「ああ、そうだよ。それに、そいつは俺がなんとかしてやるよ」
そこまで話すと、子供はすんなりと目をつむって寝息を立て始める。俺は少し時間をおいてから灯りを消し、自分も眠りについた。