わしを見つけた坊様の話
本作品は個人Vtuber飴雨あづさに関する2次創作である。
飴雨あづさは2次創作について全面的に許可しており、本作品においても投稿することを承認いただいている。
#あづさくひん
激しく雨がトタン屋根を叩き、耳障りな音が頭上を支配する。ベンチの脇に放置された空き缶には煙草の吸殻が溜まっているが、さすがによそ者がそこに捨てるのはよくねえだろうと、咥えていた煙草を携帯灰皿に入れた。
白い息を吐き出して時刻表を見るが、バスは一向に来る気配がない。もう散々見直したが、時間を間違えたわけではない。事前に役所で聞いた話だと問題なく運行しているとのことだが、本当にちゃんと来るのかね。
まあ、気長に待つことにしよう。気軽な一人旅だ。
もう一服しようと懐からマルボロの箱を取り出すとき、ふとベルトに括ったアクセサリーが目に留まる。紫色の丸い水晶を白いフリルで飾ったてるてる坊主風のアクセサリーだ。こんな可愛らしいものを俺のようなおじさんが付けているのはなんとも気恥ずかしい姿だろうが、これはあいつからもらった大切なものなので外すことはない。
雨も相まってあいつのことを思い出しつつ、煙草に火をつけた。
「あんた、こんなとこでなにしてるんだい?」
声をかけられて顔をあげると、そこには腰が曲がったばあさんが立っている。両手で杖を持ち体重を預けている様子から相当年齢のいったご老体だ。真っ白で細い長髪が強めの風に当てられさらさらと揺れている。
田舎のバス停でよそ者が気になったのだろうと瞬時に思ったが、そのばあさんの様子からそれは勘違いだと思い直す。
「いや、ちょっと依頼があって、な」
「依頼とな? こんな山奥の村に仕事かい」
「ああ、旅の道中で知り合ったやつからの依頼だ」
まだ吸い足りていない煙草を携帯灰皿に入れ、ばあさんのためにベンチの端に座り直す。ばあさんも素直に横に座り、俺の次の言葉を待つように体を少しだけこちらに向けた。
「こう見えて俺は坊主でね、知人の依頼でさ迷ってる怪異を浄化しにきたんだよ」
「ほぉ、お坊様かい。だったらどうして、私と会話してくれるのかね」
「そりゃ、ばあさん。あんたが対話を望んでるからじゃねえか?」
ばあさんは俺の回答に嬉しそうに笑う。
「そうかい、そうかい。ずいぶんと優しいお坊様だね」
「優しくなんかねえさ。もう失敗したくねぇだけだ」
「おお、そうかい。あんたみたいなお坊様でも失敗するんだねぇ」
「……少し前の話だ」
ばあさんは「そうかい、そうかい」と繰り返すと、満足そうにうなずく。
「もういいのかい?」
「ああ、おしゃべりできただけ、十分さね」
俺は腰にかけたポシェットから数珠を取り出して、ばあさんに向かって経を唱える。この雨の中で一切濡れていないばあさんは、俺が経を唱え終えた頃には影もなくなっていた。
少し前の話だ。俺がまだ日本を廻る旅に出る前の話だ。
師匠から学べることを学んだ俺は不本意だが、それなりに世のため人のために働いていた。悪霊だ怪異だの相手なんざするもんじゃねえが、誰かがやらなきゃいけねえことではある。ならば「視える」俺がやった方が早いだろうってだけだ。
面倒だと思ったことは何度もある。生臭坊主なんて呼ばれるのもしょっちゅうある。実際、俺の品行は良いものじゃないだろう。若い頃は修行をサボってはその度に、師匠に井戸へ落とされて反省を促されたもんだ。とんでもねえな、よく生きてた俺。
そんな俺だが、あの悲劇があって思うところがあった。
いや、悲劇なんて自分で言うもんじゃねえな。あれは現実で劇じゃねえ。最悪な現実の話で、そう、少し前の話だ。俺がまだ旅に出る前の話。
あいつと出会うより、ずっと前の話。